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秘密は柑橘の匂い

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 手の中にある綺麗に飾り付けされた小瓶を見つめ、屋敷の門を潜り抜ける。庭で花壇の手入れをしているレジューがパッと顔を上げ、俺の姿を視界に捉えた。途端に立ち上がり、服についている泥を払いながらこちらへ近づく。

「王子」
「こんにちは、レジュー」

 穏やかに微笑むと、彼女は浅く頭を下げた。髪がするりと肩から落ち、胸元で留まる。その艶やかな髪を眺め、小瓶を彼女に差し出した。桃色のリボンがついたそれは、レジュー用に作ったオイルである。彼女はキョトンとして、私に? と不思議そうに呟いた。

「そう。これは君に。オイルだよ。水を使う仕事が多いだろ? 使ってくれ」
「あ……ありがとうございます」

 レジューはもう一度、頭を下げた。何故、私に? と言いたげな彼女が俺の手に握られたもう一つの小瓶へ視線を遣る。

「それは主人に、でしょうか?」
「あぁ、そうだ。君が渡してくれないか」

 橙色のリボンがついたそれをレジューに渡す。あぁ、これが本来の目的か、と言いたげに頷いた。しかし、眉を顰め、唸る。

「……王子が直接お渡しするのが宜しいかと?」
「えっ」

 そちらの方が、きっと主人は喜びますよ。目元に皺を寄せ穏やかに微笑んだ彼女が続ける。風が吹き、彼女のメイド服を揺らした。

「主人は二階にいます。ご案内しますか?」
「いや、いいよ。ありがとう」

  彼女に礼を言い、屋敷へ向かう。顔だけを傾け振り返ると、すでに彼女は先ほどの作業に戻っていた。
 ────そちらの方が、きっと主人は喜びますよ。
 その言葉がぐるぐると脳内を回る。熱を帯び、やがて手のひらに乗せた雪のようにサッと溶けた。
 弟の姿で、兄に会うのは頗る緊張する。体は硬直するし、口内がカラカラに乾いてしまう。手は震えて汗が滲み、彼に触れることさえ禁忌のように感じてしまう。
 だから、このプレゼントをレジューに託そうと思ったのだ。しかし、彼女は俺が渡した方が喜ぶと言ったのだ。その言葉がやけに嬉しくもあり、同時に鋭い鞭で叩かれたかのようでもあった。
 ────無意識に、弟の姿で兄に会うのを避けているのかもしれない。
 カルベルの前では、兄が誇れるような弟でいたいという願望が強い。だからこそ、その立ち位置から一ミリでも外れた行為をして、失態を晒したくないのだ。
 ────実の兄を犯している分際で、一体何を考えているのやら。
 自身の矛盾を鼻で笑いつつ、カルベルの自室へ向かう。戸を叩き中へ入ると、窓際で穏やかな日差しに身を包んでいた兄がパッと顔をこちらへ向けた。歪な開閉音を奏でる方向を訝しげに見つめ、恐るおそると言いたげに口を開く。
 小動物のような怯え具合が可愛くて、胸が締め付けられる。

「……レジュー?」
「俺です、兄さん」

 声音に反応したカルベルが表情筋を緩め、花が咲いたように笑う。彼の笑みは、世界の季節を春に変えてしまえるほど美しい。
 なんて馬鹿なことを考えているとカルベルがよろよろとこちらへ近づいた。その姿を見て、支えるように彼へ手を伸ばす。
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