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孤独な屋敷の主人について

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「カルベル。お前は最近、何かしているのか? ぼーっと毎日、過ごしているわけじゃないだろう?」

 その問いに、カルベルが肩を揺らした。えっと、と口籠もり、目を伏せる。父のニヤニヤ笑う下衆い顔が見えていなくて、本当に良かった。私なら目の前にあるグラスに注がれた水を顔面にかけているところだ。
 それはフォールも同じで、不機嫌そうにイズエを睨んでいる。カルベルから、何もしていないという言質を取りたくてウズウズしている姿は見ていて気色が悪い。
 不意に、カルベルが口を開いた。

「……ぴ、ピアノを、弾いてます」

 照れくさそうに肩を竦めた彼は、ぎこちなくそう言った。フォールがわざとらしく、そうなのか? と前のめりになって兄へ問うた。カルベルは声のする方へ視線を投げ、頷く。

「すごいな、兄さん。俺、ピアノ弾いたことないから、尊敬するよ」

 あからさまに明るい声を漏らすフォール。その声音に、カルベルは全身の力を抜き、ホッとした表情を浮かべる。その光景を面白く思っていないのが、イズエだ。彼は嫌味ったらしく笑い、フォークを皿へ投げた。

「ピアノぉ? そんなの、お前だって練習すりゃ弾けるようになるさ」
「……ならないよ。俺にだって、できないことぐらいある」

 フォールは子供のように唇を尖らせ、イズエを睨んだ。カルベルは自分が引き金で起こっている言い争いに、戸惑っている。

「俺、兄さんが弾くピアノが聴きたいな」
「えっ! あ……う、うん、いいよ────」
「そんな素人が弾くピアノになんの価値がある。ピアノなんて、うちで雇ってるピアニストが弾くもので十分だろ」

 それに、めくらが弾くピアノなんて聴いたら何がうつるか分からん。その言葉に、空気が凍る。弟の願いに笑顔で答えたカルベルはその表情を徐々に曇らせ、顔を俯かせた。フォールは心底呆れた様子で額に手を押し当て、息を吐き出す。うつるわけないだろうと小声で呟き、舌打ちをした。
 イズエは悪びれもせず、ワインを一気に飲み干した。私にグラスを掲げ、早く注げと命じる。酒瓶を顔面に叩きつけてやりたい衝動を抑えながら、承知しました、と抑揚のない声で答える。本当にお前は愛想がない女だな。口をへの字に曲げたイズエにそう言われ、申し訳ありません、と頭を下げた。
 
「……ですよね、すみません。今の話は忘れてください」

 カルベルは泣き出してしまいそうな表情を無理に笑顔へ変え、そう呟く。
 掠れた声が、この悲惨な家族団欒に響いた。
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