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◇
「……それでさぁ……ってお前、話聞いてる?」
佐野の声で我に返る。隣を歩んでいた彼が、じっとりと僕を見つめ顔を顰めた。
友人である彼を心配させまいと、無理に笑顔を作る。
「まだ寝起きなのか? ぼーっとしてんな」
「ごめん、ごめん。昨日、なかなか寝付けなくて……」
いつもの通学路。横を通り過ぎる自転車をぼんやりと眺め、佐野に謝罪をした。指定のバッグを持ち直しながら、そういう日もあるよなぁ、と彼がボヤく。
────昨日の夜は、ずっと弟の相手をしていた。彼は新しい玩具を見つけたと言わんばかりに僕の呼吸を絶って、反応を伺い、愉快そうにしていた。抵抗すれば不機嫌になり暴行される……運が悪ければ母に八つ当たりするので、それを避けるため必死になって彼の言いなりになっていた。結果的に僕は体の節々が痛いし、寝不足だ。
「あ、お前の弟じゃん」
佐野が声を上げる。彼の視線の先には、前方を歩くシュンの後ろ姿が見えた。
シュンが通う中等部と僕が通う高等部は同じ敷地内にあり、故に通学路も必然的に一緒になる。僕より少し先に家を出た彼は、同級生と共に楽しげに会話をしながら通学していた。
「お前の弟って、漫画の主人公みたいだよな」
「……」
「顔はいいし、身長は高いし。頭はいいし、運動も得意みたいだし。友達も多くて……まぁ、彼女はいないけど、そのうちできるだろうし……完璧だよな」
それに比べ、と佐野が僕を見る。ムスッとした顔に、彼が唸り声を上げた。
「……血、繋がってる?」
「うるさいなぁ。どうせ僕は平凡な顔だし、平均的な身長だし。勉強もそこそこだし、運動はできないし。友達は君みたいな奴しかいないし。彼女はいないよ」
なんだよ、俺が友達なのはプラス要素だろ? 佐野が不機嫌そうに喚く。僕は前を歩く弟の背中を見つめ、小さく息を吐き出した。
────そう。彼は他者から見たらとても優秀な人間だ。非の打ち所がない、そんな存在。だからこそ、家での異常性が余計に恐ろしく感じるのだ。
彼の本性はどっちなのだろう。きっと家での彼が本当の彼に違いない。通常は演技をしながらのらりくらりと生活しているのだ。けれど、いつかその化けの皮が剥がれる日が来るのではないかと兄としての不安が募る。弟の隣を歩む少年たちに牙を向かないか。将来、彼の心を射止めた女性に拳を振り上げないか。考えれば考えるほど、胸が痛む。その全ての暴力性が家族────自分に向いている間は、心が鎮まるのだ。
「そういえば、お前は大学どこにいくつもり?」
佐野が道路の石を蹴った。石はコロコロと不規則な動きをして道端へ転がっていく。その様子を目で追いながら、唇を舐める。
「うーん。地元でどっか適当なところを探すよ」
「へぇ。俺は此処から離れたいなぁ。そういう願望とかないわけ?」
きっと、願望は誰よりも孕んでいる。あんな檻を抜け出して、自由に生きてみたい。母を守らなければいけないという重圧や、弟から与えられる屈辱や暴力。それらから解放され、のびのびと生活をしてみたい。けれど、今の僕には無理だ。あの家を離れ、母と弟を二人きりにするなんて耐えられない。いつ帰るか分からない父さんには頼れない。
母は、僕が守らなくては。
「願望は、無いかな」
唇から溢れた嘘の言葉は、地面に落ちたまま溶けて消えた。
「……それでさぁ……ってお前、話聞いてる?」
佐野の声で我に返る。隣を歩んでいた彼が、じっとりと僕を見つめ顔を顰めた。
友人である彼を心配させまいと、無理に笑顔を作る。
「まだ寝起きなのか? ぼーっとしてんな」
「ごめん、ごめん。昨日、なかなか寝付けなくて……」
いつもの通学路。横を通り過ぎる自転車をぼんやりと眺め、佐野に謝罪をした。指定のバッグを持ち直しながら、そういう日もあるよなぁ、と彼がボヤく。
────昨日の夜は、ずっと弟の相手をしていた。彼は新しい玩具を見つけたと言わんばかりに僕の呼吸を絶って、反応を伺い、愉快そうにしていた。抵抗すれば不機嫌になり暴行される……運が悪ければ母に八つ当たりするので、それを避けるため必死になって彼の言いなりになっていた。結果的に僕は体の節々が痛いし、寝不足だ。
「あ、お前の弟じゃん」
佐野が声を上げる。彼の視線の先には、前方を歩くシュンの後ろ姿が見えた。
シュンが通う中等部と僕が通う高等部は同じ敷地内にあり、故に通学路も必然的に一緒になる。僕より少し先に家を出た彼は、同級生と共に楽しげに会話をしながら通学していた。
「お前の弟って、漫画の主人公みたいだよな」
「……」
「顔はいいし、身長は高いし。頭はいいし、運動も得意みたいだし。友達も多くて……まぁ、彼女はいないけど、そのうちできるだろうし……完璧だよな」
それに比べ、と佐野が僕を見る。ムスッとした顔に、彼が唸り声を上げた。
「……血、繋がってる?」
「うるさいなぁ。どうせ僕は平凡な顔だし、平均的な身長だし。勉強もそこそこだし、運動はできないし。友達は君みたいな奴しかいないし。彼女はいないよ」
なんだよ、俺が友達なのはプラス要素だろ? 佐野が不機嫌そうに喚く。僕は前を歩く弟の背中を見つめ、小さく息を吐き出した。
────そう。彼は他者から見たらとても優秀な人間だ。非の打ち所がない、そんな存在。だからこそ、家での異常性が余計に恐ろしく感じるのだ。
彼の本性はどっちなのだろう。きっと家での彼が本当の彼に違いない。通常は演技をしながらのらりくらりと生活しているのだ。けれど、いつかその化けの皮が剥がれる日が来るのではないかと兄としての不安が募る。弟の隣を歩む少年たちに牙を向かないか。将来、彼の心を射止めた女性に拳を振り上げないか。考えれば考えるほど、胸が痛む。その全ての暴力性が家族────自分に向いている間は、心が鎮まるのだ。
「そういえば、お前は大学どこにいくつもり?」
佐野が道路の石を蹴った。石はコロコロと不規則な動きをして道端へ転がっていく。その様子を目で追いながら、唇を舐める。
「うーん。地元でどっか適当なところを探すよ」
「へぇ。俺は此処から離れたいなぁ。そういう願望とかないわけ?」
きっと、願望は誰よりも孕んでいる。あんな檻を抜け出して、自由に生きてみたい。母を守らなければいけないという重圧や、弟から与えられる屈辱や暴力。それらから解放され、のびのびと生活をしてみたい。けれど、今の僕には無理だ。あの家を離れ、母と弟を二人きりにするなんて耐えられない。いつ帰るか分からない父さんには頼れない。
母は、僕が守らなくては。
「願望は、無いかな」
唇から溢れた嘘の言葉は、地面に落ちたまま溶けて消えた。
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