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愛の深度
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◇
「隊長、食べてくれ」
あの日以降、みんなの慰み者になったルタは昔の面影を殺していた。目は虚ろで、生きているかさえ怪しい時がある。
パンを千切り、彼の口元へ押し付ける。焼きたてのそれは、Aエリアで作られたものだ。「美味しいぞ」と促しても、彼は興味を示さない。浅く呼吸を繰り返し、ぐったりとしているだけだ。
「……しょうがないな」
パンを口に含んだ。そのまま、ルタへ口移しをする。舌を器用に動かしながら、彼に飲み込むよう促す。喉が動いたのを確認し、その頭を撫でた。
「偉いな、隊長」
愛しげに頭を撫でると、光のない目で俺をじっとりと見上げた。「美味しい?」と問い、もう一度口移しをする。ついでに舌を入れ、歯列を愛撫しながら深い口付けをした。
はふはふと息を乱し、引き剥がそうと弱々しく手で抵抗するルタが愛くるしい。意地悪したくなり、舌を喉の奥に入れ込んだ。
「ん゛、ん……っ、んぅ……」
薄い粘膜を丹念に舌先で刺激する。後頭部を掴み、逃さないように固定しながら何度も角度を変える。舌を吸い、軽く喰む。
「んっ、~……ッ、ん、んぅ……」
「はぁ、ッ、たいちょ、たいちょう……」
────この時間だけは、隊長は俺のものだ。
隊長がみんなの慰み者になって以降、彼の身の回りの世話を俺が焼くようになった。もちろん、俺が申し出た。ゴドフリーは片眉を上げ「好きにしたらいい」とだけ言って、あまり深くは触れてこなかった。
「うっ」
無意識に彼の体を弄っていた俺は、苦しげな声で我に返る。指先が横腹に触れた途端、ルタがビクンと跳ねた。大袈裟なその態度に驚き、服を捲り上げる。そこには青々とした大きな痣があり、顔を顰めた。
どうせ、この痣の犯人はゴドフリーだ。息を漏らしながら、その部分を指先でなぞる。ルタは眉間に皺を寄せ、目を伏せた。
「痛い?」
問うと、彼は浅く頷いた。俺は身を屈め、痣へ唇を寄せる。べろりと舐めると、彼の足先がビクンと跳ねた。少し熱を帯びたそこは、塩気がある。もう一度、今度は力を込めて舐めてみる。ルタは「あっ」と声を漏らした。
「可愛いよ、ルタ」
彼の体にある薄くなった痣も舐める。その度に、ルタは体をビクつかせていた。
瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。俺は伸ばしていた舌を引っ込め、ルタから体を離した。ルタとは性行為を何度もしている。けれど、何故かこの行為がとても恥ずかしいものに思えたのだ。
顔を上げると、そこにはゴドフリーが立っていた。訝しげに顔を歪め「何やってんだ、お前」と唇を尖らせていた。
「ルタに飯は?」
「た、食べさせてる」
「へぇ。こいつの腹を舐めながら飯を食わせてたのか?」
バカにする口調で言われ、頭に血が上る。気を取り直し、トレーの上に乗っていたパンを掴んだ。
「どうせ今日も、まともに飯を食わないんだろ? ルタは」
ゴドフリーが呆れたように肩を竦める。ルタのそばに屈み、ニタリと笑った。
「食わなけりゃ、爪を剥げばいい。刃向かえば痛みを味わうと体に教え込めば、こいつだって命令に従うだろ」
ルタの顎を掴み、恐ろしいことを言い出す。俺は慌てて彼からルタを引き剥がした。
「やめろよ。ストレスで食事ができないんだ」
彼を庇うように抱きしめる。その姿に、ゴドフリーが嫌味っぽく笑った。
「お前がこの状況下に追い込んだくせに、なに良い人ぶってんだよ」
「そ、それは、お前らが……」
「加担したことに、変わりない」
彼の言葉は真実だ。唾液を音を立てて嚥下する。ルタを抱きしめる手のひらに汗が滲んだ。「まぁ、どうでも良いけどよ」とゴドフリーが立ち上がる。
「そうだ。今度、宴があるだろ? ルパートが外でいいもん見つけたらしくてな。宴の日に持ってくるらしい。楽しみだな、ルタ」
彼が愛しげにルタの柔い髪を撫でる。ルタは訪れるであろう辛い日のことを想像し、身を強張らせた。
「じゃあな。ちゃんとルタに飯を食わせろよ。死なれたら困る」
それは、お前もだろ? そう言いたげな瞳で、ゴドフリーが俺を見た。そうだ。彼に死なれたら困る。愛玩動物がいなくなるのが寂しい、とかそういう理由じゃない。単純に愛する人間を失いたくないからだ。それは、ゴドフリーも同じだ。彼は歪んではいるが、本当の愛をルタにぶつけている。
踵を返し、部屋から去るゴドフリーの背中をぼんやりと眺め、息を吐き出す。「食事の続きをしようか、ルタ」。ひとりごち、トレーに置かれたパンを割いた。
「隊長、食べてくれ」
あの日以降、みんなの慰み者になったルタは昔の面影を殺していた。目は虚ろで、生きているかさえ怪しい時がある。
パンを千切り、彼の口元へ押し付ける。焼きたてのそれは、Aエリアで作られたものだ。「美味しいぞ」と促しても、彼は興味を示さない。浅く呼吸を繰り返し、ぐったりとしているだけだ。
「……しょうがないな」
パンを口に含んだ。そのまま、ルタへ口移しをする。舌を器用に動かしながら、彼に飲み込むよう促す。喉が動いたのを確認し、その頭を撫でた。
「偉いな、隊長」
愛しげに頭を撫でると、光のない目で俺をじっとりと見上げた。「美味しい?」と問い、もう一度口移しをする。ついでに舌を入れ、歯列を愛撫しながら深い口付けをした。
はふはふと息を乱し、引き剥がそうと弱々しく手で抵抗するルタが愛くるしい。意地悪したくなり、舌を喉の奥に入れ込んだ。
「ん゛、ん……っ、んぅ……」
薄い粘膜を丹念に舌先で刺激する。後頭部を掴み、逃さないように固定しながら何度も角度を変える。舌を吸い、軽く喰む。
「んっ、~……ッ、ん、んぅ……」
「はぁ、ッ、たいちょ、たいちょう……」
────この時間だけは、隊長は俺のものだ。
隊長がみんなの慰み者になって以降、彼の身の回りの世話を俺が焼くようになった。もちろん、俺が申し出た。ゴドフリーは片眉を上げ「好きにしたらいい」とだけ言って、あまり深くは触れてこなかった。
「うっ」
無意識に彼の体を弄っていた俺は、苦しげな声で我に返る。指先が横腹に触れた途端、ルタがビクンと跳ねた。大袈裟なその態度に驚き、服を捲り上げる。そこには青々とした大きな痣があり、顔を顰めた。
どうせ、この痣の犯人はゴドフリーだ。息を漏らしながら、その部分を指先でなぞる。ルタは眉間に皺を寄せ、目を伏せた。
「痛い?」
問うと、彼は浅く頷いた。俺は身を屈め、痣へ唇を寄せる。べろりと舐めると、彼の足先がビクンと跳ねた。少し熱を帯びたそこは、塩気がある。もう一度、今度は力を込めて舐めてみる。ルタは「あっ」と声を漏らした。
「可愛いよ、ルタ」
彼の体にある薄くなった痣も舐める。その度に、ルタは体をビクつかせていた。
瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。俺は伸ばしていた舌を引っ込め、ルタから体を離した。ルタとは性行為を何度もしている。けれど、何故かこの行為がとても恥ずかしいものに思えたのだ。
顔を上げると、そこにはゴドフリーが立っていた。訝しげに顔を歪め「何やってんだ、お前」と唇を尖らせていた。
「ルタに飯は?」
「た、食べさせてる」
「へぇ。こいつの腹を舐めながら飯を食わせてたのか?」
バカにする口調で言われ、頭に血が上る。気を取り直し、トレーの上に乗っていたパンを掴んだ。
「どうせ今日も、まともに飯を食わないんだろ? ルタは」
ゴドフリーが呆れたように肩を竦める。ルタのそばに屈み、ニタリと笑った。
「食わなけりゃ、爪を剥げばいい。刃向かえば痛みを味わうと体に教え込めば、こいつだって命令に従うだろ」
ルタの顎を掴み、恐ろしいことを言い出す。俺は慌てて彼からルタを引き剥がした。
「やめろよ。ストレスで食事ができないんだ」
彼を庇うように抱きしめる。その姿に、ゴドフリーが嫌味っぽく笑った。
「お前がこの状況下に追い込んだくせに、なに良い人ぶってんだよ」
「そ、それは、お前らが……」
「加担したことに、変わりない」
彼の言葉は真実だ。唾液を音を立てて嚥下する。ルタを抱きしめる手のひらに汗が滲んだ。「まぁ、どうでも良いけどよ」とゴドフリーが立ち上がる。
「そうだ。今度、宴があるだろ? ルパートが外でいいもん見つけたらしくてな。宴の日に持ってくるらしい。楽しみだな、ルタ」
彼が愛しげにルタの柔い髪を撫でる。ルタは訪れるであろう辛い日のことを想像し、身を強張らせた。
「じゃあな。ちゃんとルタに飯を食わせろよ。死なれたら困る」
それは、お前もだろ? そう言いたげな瞳で、ゴドフリーが俺を見た。そうだ。彼に死なれたら困る。愛玩動物がいなくなるのが寂しい、とかそういう理由じゃない。単純に愛する人間を失いたくないからだ。それは、ゴドフリーも同じだ。彼は歪んではいるが、本当の愛をルタにぶつけている。
踵を返し、部屋から去るゴドフリーの背中をぼんやりと眺め、息を吐き出す。「食事の続きをしようか、ルタ」。ひとりごち、トレーに置かれたパンを割いた。
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