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恋煩い
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「あ、それと……昨日、宴があってな。ルタが泥酔して、他の奴と喧嘩したんだ。俺も必死になって止めたんだが……取っ組み合いになって、目元に大きなあざがある。まぁ、若気の至りってことであまり触れてやらないでくれ」
「ルタはそんなことしない」
風が吹いた。二人の間を流れる。サラサラと草が揺れる音が、妙に耳にこびりついた。俺は間抜けな声で聞き返す。
「な、なんて?」
「ルタは泥酔するまで酒を飲まない。嗜む程度は飲むけれど、それ以上は踏み入らないの」
「あなただって知ってるでしょう」。そう問われ、喉の奥がグッと狭まった。そんなこと、知っていたはずだった。「僕の父はね、酒乱で。酔ってない時はすごくいい人なんだけど、酒が入ると暴れ回って手がつけられなくてね。母を殴ったりしたんだ。だから僕は、酒はあまり飲まないようにしているんだ」。まだ集落が完成する前。倉庫内で身を寄せ合って生活していた時期。廃墟になったスーパーから大量に酒類を強奪した日があった。飲もう、と缶を開けみんなが喉を鳴らす中、ルタは肩を竦めそう言った。彼の背後にそんな過去があったと知らなかった俺は、新たな一面を見ることができてどこか興奮していた。
「それに、体調不良なのに宴に参加? そして泥酔? なんか変じゃない?」
俺はつくづく自分の立ち回りの下手さに嫌気が差した。苦手な彼女が目の前に居て、少し緊張が孕んだのかもしれない。汗が滲んだ手をグッと握りしめ、口角を無理やり上げた。
「な、なんか飲みたい気分だったらしい。ルタだって、そういう時があるだろう」
ルタの真面目な性格を知っている彼女に訴えかけるように、言葉の語尾を強めた。誰だって、羽目を外したい時が存在する。それが昨日だったというだけの話だ。そう自分に言い聞かせていると、遠くから声が聞こえた。「おーい」と、まるで鈴が鳴るような愛らしい音だった。
「シルヘル」
ジェスと俺の間に割り込んだのは、七歳にも満たない少女だ。艶やかな金髪を揺らしジェスの足元に抱きついた。上目遣いで彼女を見つめる。
「ルタは? 今日会う予定なんでしょう?」
「今日はいないみたいよ。明日には、来るってさ」
やけに穏やかな声に、目を見開く。この声の主は誰だと視線を彷徨わせた。終着地点がジェスに落ち着く。その表情は優しげで、ルタを彷彿とさせた。シルヘルの小さな頭を撫で「また、明日にしましょう」と囁く。うん、と頷いた少女がジェスの脚に頬を擦り寄せた。
────こんな顔、初めて見た。
まるで別人のようなジェスを見て、調子が狂う。母のような目でシルヘルの頭部を撫でる彼女をまじまじと眺めていると、少女がこちらへ顔を傾けた。
「ルタにね、銃の扱い方を教えてもらうんだ」
隙間の空いた歯列を見せるシルヘルが目を弧にする。鱗粉を振り撒く妖精のように愛くるしく微笑んだ彼女に、そうか、と頷く。
今、俺はうまく笑えているか分からない。ここで流れる穏やかな時間と、ルタが置かれた環境が同じ空間で起こっている出来事だとは思えなかった。あまりにも乖離した現状に、脳の奥がぼんやりとする。
────だからって今更、引けない。
俺たちは甘い蜜を吸ってしまった。その甘美なものを手放すことができるはずない。それはBエリアにいる全員が思っているはずだ。
「……どうしたの? 大丈夫?」
ジェスが不思議そうに俺に問うた。飛んでいた意識を舞い戻し、なんでもない、とかぶりを振った。
「ルタはそんなことしない」
風が吹いた。二人の間を流れる。サラサラと草が揺れる音が、妙に耳にこびりついた。俺は間抜けな声で聞き返す。
「な、なんて?」
「ルタは泥酔するまで酒を飲まない。嗜む程度は飲むけれど、それ以上は踏み入らないの」
「あなただって知ってるでしょう」。そう問われ、喉の奥がグッと狭まった。そんなこと、知っていたはずだった。「僕の父はね、酒乱で。酔ってない時はすごくいい人なんだけど、酒が入ると暴れ回って手がつけられなくてね。母を殴ったりしたんだ。だから僕は、酒はあまり飲まないようにしているんだ」。まだ集落が完成する前。倉庫内で身を寄せ合って生活していた時期。廃墟になったスーパーから大量に酒類を強奪した日があった。飲もう、と缶を開けみんなが喉を鳴らす中、ルタは肩を竦めそう言った。彼の背後にそんな過去があったと知らなかった俺は、新たな一面を見ることができてどこか興奮していた。
「それに、体調不良なのに宴に参加? そして泥酔? なんか変じゃない?」
俺はつくづく自分の立ち回りの下手さに嫌気が差した。苦手な彼女が目の前に居て、少し緊張が孕んだのかもしれない。汗が滲んだ手をグッと握りしめ、口角を無理やり上げた。
「な、なんか飲みたい気分だったらしい。ルタだって、そういう時があるだろう」
ルタの真面目な性格を知っている彼女に訴えかけるように、言葉の語尾を強めた。誰だって、羽目を外したい時が存在する。それが昨日だったというだけの話だ。そう自分に言い聞かせていると、遠くから声が聞こえた。「おーい」と、まるで鈴が鳴るような愛らしい音だった。
「シルヘル」
ジェスと俺の間に割り込んだのは、七歳にも満たない少女だ。艶やかな金髪を揺らしジェスの足元に抱きついた。上目遣いで彼女を見つめる。
「ルタは? 今日会う予定なんでしょう?」
「今日はいないみたいよ。明日には、来るってさ」
やけに穏やかな声に、目を見開く。この声の主は誰だと視線を彷徨わせた。終着地点がジェスに落ち着く。その表情は優しげで、ルタを彷彿とさせた。シルヘルの小さな頭を撫で「また、明日にしましょう」と囁く。うん、と頷いた少女がジェスの脚に頬を擦り寄せた。
────こんな顔、初めて見た。
まるで別人のようなジェスを見て、調子が狂う。母のような目でシルヘルの頭部を撫でる彼女をまじまじと眺めていると、少女がこちらへ顔を傾けた。
「ルタにね、銃の扱い方を教えてもらうんだ」
隙間の空いた歯列を見せるシルヘルが目を弧にする。鱗粉を振り撒く妖精のように愛くるしく微笑んだ彼女に、そうか、と頷く。
今、俺はうまく笑えているか分からない。ここで流れる穏やかな時間と、ルタが置かれた環境が同じ空間で起こっている出来事だとは思えなかった。あまりにも乖離した現状に、脳の奥がぼんやりとする。
────だからって今更、引けない。
俺たちは甘い蜜を吸ってしまった。その甘美なものを手放すことができるはずない。それはBエリアにいる全員が思っているはずだ。
「……どうしたの? 大丈夫?」
ジェスが不思議そうに俺に問うた。飛んでいた意識を舞い戻し、なんでもない、とかぶりを振った。
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