ワンナイトパラダイス

中頭かなり

文字の大きさ
上 下
47 / 77
冷えた手のひら

6

しおりを挟む
 彼女が動きを止めた。抑揚のない声が鼓膜を撫でる。
 時々しおりは、表情から色をなくす時がある。無機質さが妙に恐ろしく、そして逆にその無機質さが俺の心をこじ開ける。
 ────彼女は、何かを抱えている。
 そう悟った俺は、しおりに打ち明けようと思った。引かれてもいい、蔑まれてもいい。伊織を知っている彼女に、俺が見る夢の内容を聞いて欲しかった。
 何故? 何故かは分からない。無意識に、ずっと誰かへ打ち明けたいと願っていたのかもしれない。それがたまたま、伊織の姉である彼女だったということだけ。
 冷たい瞳が、俺を射る。皺を寄せて微笑んでいた目元と違った、その氷のような瞳を見つめ返した。

「……伊織を助け、佐々木悦司を殺す夢」

 伝えた時、しおりは表情筋ひとつ動かさなかった。じっとこちらを見つめ、話を黙って聞いている。
 俺はなるべく詳細に伝えた。殺す方法は問わないこと。けど、奴が苦しめば苦しむほど、俺は救われること。夢の中の伊織は傷ひとつなく、清らかなままであること。
 伝え終わった後、やはり俺は巨大な後悔の波に襲われていた。言わなければよかった。こんな気狂い、きっと今後の墓参りを拒絶されるに違いない。
 しかし、しおりの反応は予想外のものだった。
 墓石を磨きながら、あっけらかんと言葉を放つ。

「私も見てる」
「……一応、何を見ているか聞いても良いですか?」
「佐々木を殺す夢」

 その目に、光はなかった。死んだ魚のような目とは、こういう瞳のことを言うのだろうな。と、妙に冷えた脳の裏で思った。何も言わない俺を気にすることなく、しおりが言葉を続ける。

「佐々木の後頭部をね、アイスピックで何度も刺すの。持ち手に到達するまで奥深く突き立てるとね、抜く際にピューって血が吹き出すのよ。それを何度も続けるの。佐々木はやめてくれって懇願するんだけどね。私はやめない。きっとあいつも、伊織のやめてと言う願いを聞き入れなかったはずだから」

 ぱちゃん。スポンジを水へ浸す音で、やっと我に返る。全身に汗が滲んでいた。しおりが手に持っていたスポンジをぎゅうと握りしめる。バタバタと落ちる水の音が、妙にうるさく感じた。

「聖也くんは、さぁ」
「はい」

 しおりがゆっくりとこちらを見た。風が吹き、彼女の髪を乱す。その薄くて乾いた唇がどう動くのだろうか。俺は心臓が張り裂けんばかりに緊張していた。

「あの男をどういう風に殺してるの?」

 その言葉で、俺は箍が外れたように語り出した。熱湯に何度も落として甚振ったこともあるし、元の顔がわからなくなるまで顔面を殴りつけたこともある。頭部を何度も強打し、割れたスイカのようにしてやったこともある。爪を剥ぎ落とし、歯を抜き、目を抉ったことさえも。四肢を切断し、断面にタバコの火を押し付けたことだってある。崖へ連れて行き、ここから落ちるように指示をしたことだって。佐々木が助けてくれと懇願する目は何ものにも代え難い甘美さがある────。
 そこまで語り、俺は我に返った。額に汗を滲ませながら、しおりへ視線を投げる。彼女は、表情筋ひとつ動かさず話を聞いていた。やがて、ふっと小さく微笑み口火を切る。

「……いいなぁ、あの男を色んな方法で殺せて。私はね、いつも同じなの。あの男をアイスピックで滅多刺しにする。ただ、それだけ。もっと、色んな方法で殺してやりたいって思ってるんだけど……どうやら私の頭では、その想像ができないみたい」

 弟の仇も自由に殺せないなんて、なんて出来の悪い姉なのかしら。そう言い残し、彼女は立ち上がった。綺麗に磨かれた墓石をぼんやりと見下ろしている。表情はとても冷めていて、どこか虚ろだ。

「……でもね、これはあの子が私に、その方法で殺せって言っているような気もしているの。来るべき日に備えて、何度もシミュレーションを重ねるようにって」

 びゅうと風が吹く。今日は寒いわね、と言ったしおりが地面に置いていたトートバッグから何かを取り出す。その手にはアイスピックが乗っていた。俺は目を見開き、乾いた喉に唾液を送り込む。

「私ね、今から佐々木を殺しに行くの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クズはウイスキーで火の鳥になった。

ねおきてる
ライト文芸
まさか、じいちゃんが教祖で腹上死!? この美人はじいちゃんの何? 毎日、夜12時に更新します。(できるだけ・・・)

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...