ワンナイトパラダイス

中頭かなり

文字の大きさ
上 下
33 / 77
夫と娘と日曜日

2

しおりを挟む



「あ、アラーム鳴ったね。はい。じゃあ、シャワー浴びようか」

 硬くて居心地の悪いベッドから起き上がり、客を促した。彼は裸体もそのままに何も言わずうつ伏せで寝転がっている。私は面倒臭いな、と言う呟きを堪え、にこやかに微笑みを浮かべ彼の背中をさすった。

「ほら、早くして。延長料金、取られちゃうよ」

 悪戯っ子のようにそう言い、風呂場へ向かう。部屋に併設されたそこは、まるで「それだけ」のために取って付けたように存在している。私は見慣れたその光景に息を吐き出した。

「俺と」
「ん?」
「俺と結婚してよ」

 最も聞きたくないフレーズが耳を掠め、ため息を噛み殺す。ベッドへ視線を投げると、彼があぐらをかいていた。中年男性のだらしない裸体に眩暈を覚え、とぼけた様に、なんか言った?と聞き返した。

「だから、俺と結婚してよ。俺ならかりんちゃんを幸せにできるよ」

 指紋がついた眼鏡越しに見える瞳が、一世一代の告白をする男の目をしていて全身にサブイボがたった。
 この男は、きっと何一つ理解してないだろう。
 私は結婚がしたいんじゃない。理想の結婚がしたいのだ。完璧な旦那に、可愛い娘。立派な家に、穏やかな日々。ただ、結婚すれば良い訳ではない。結婚したところで、それらが実現する確率はほぼ無に等しい。それは、自身のことだからわかる。私のような低学歴でまともな職についたことのない女が、理想とする家族像を生み出せるわけがない。
 そう。自分のことだから、痛いほどわかるのだ。夢物語だと。
 だからこそ、私は夢に縋った。夢に生きて、夢から覚める。その繰り返しをしている。それを、彼は誤った受け取り方をした。
 結婚すれば良いじゃないか、俺と。だなんて、よく言えたものだ。何故、歳の離れた女を金で購入する男に、惹かれると思い込んでいるのだろうか。私は、彼に夢を見る時間をプレゼントしているだけだ。心を捧げているわけではない。
 こういう店に来る男は、時々そこを理解していない。受付で支払った料金が何だったのかを忘れ、本気で私たちにぶつかり、勝手に好意を持つ。
 本当に気味が悪い。彼は先程の話を聞いて、自分が「幸彦」になれると、そう思ったのだろうか。私は思わず鼻で笑ってしまう。

「ねぇ、時間過ぎちゃうよ。早く、シャワー浴びて着替えようよ」
「俺、ちょうど母親が孫の顔見たいって言い出してさ。それに介護も必要になってくるし……」
「もう、その話はいいから……」

 彼の会話を遮り、眉を顰めた。

「結婚したいんだろ? 貰い手がないなら俺が────」
「あのぉ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クズはウイスキーで火の鳥になった。

ねおきてる
ライト文芸
まさか、じいちゃんが教祖で腹上死!? この美人はじいちゃんの何? 毎日、夜12時に更新します。(できるだけ・・・)

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...