ワンナイトパラダイス

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夫と娘と日曜日

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 え? 私に夢なんてあると思うの? こんな草臥れた風俗店で働く私に? まぁ。一応、夢はあるよ。私の夢は普通に働いて、職場で出会った男と結婚して、その男との間に娘ができて────そして、一軒家を建てるの。都市部じゃなくていい。買い物が出来て、遊べる施設があって、近くに公園がある、そんな場所に。
 家は真っ赤な屋根に、アイボリー色の壁。二階建てで、キッチンは広め。猫の額ほどの庭でプチトマトを育てたりして、のんびりとした時間を過ごす。
 で、日曜日になったら必ず近くの公園へ家族で遊びに行ったりして。娘は公園で知り合った名も知らない子供たちの輪に入り、無邪気に遊ぶんだ。旦那と私は木陰にシートを敷いて、その上に座り、娘を眺める。葉っぱの隙間から漏れる木漏れ日を浴びながら、青い芝生を揺らす風に身を任せてのんびりする。時折、娘が此方を見て、大きく手を振るの。私たちはそれに応じ、手を振り返す。
 旦那が私の肩に頭を預け、色んな話をしてくれたりして。旦那は博識で、頭の悪い私にも分かりやすいように、世界の様々なことを教えてくれる。ひけらかすような意地悪な人たちとは違い、まるで囀りのように私の鼓膜へ言葉を届ける。
 しばらくして、娘が私たちの元へ走ってくるの。お腹すいたぁって。
 私は朝から手作りしたサンドイッチやおにぎり、だし巻きや唐揚げ。ミートボールにエビフライ。ミニハンバーグにウインナー。プチトマトにウサギ型に形成されたリンゴ。それらが詰まった弁当箱を開ける。娘は待ちきれない、とサンドイッチを掴み、頬張るの。私は彼女を注意し、手をウエットティッシュで拭く。娘は口をモゴモゴさせながら、くすぐったいよママぁと駄々をこねたりして。
 旦那は唐揚げを頬張り、いつも以上に美味しいね、と私を褒めてくれるんだ。結婚して、いや、出会ってこの方、彼は私を貶したり、咎めたりすることはない。彼は、私に欲しい言葉だけをくれる人なの。私はその言葉が嬉しくて、ありがとうと返す。
 食事を終え、良い頃合いになったら三人で手を繋いで帰るんだ。しりとりしたり、鼻歌を歌いながら帰路に着く。
 帰宅したら、テレビで映画を見るんだ。菓子を大皿に盛り、氷のたくさん入ったコーラを用意し、長ソファに横一列に並んでダラダラ過ごすの。そうやって、日曜日が終わる。
 ……え? やけに具体的だねって? そりゃあ、ONP錠でいつも見てる夢だからね。旦那の名前は幸彦。黒髪のセンター分け。最近は前髪が後退してきたけど、私はそんなこと気にしない。垂れ目で、眼鏡をかけてる。私服は少しダサいけど、スーツ姿はバッチリ決まってる。娘は真美。ツインテールが似合っていて、笑うとクシャってなる。最近は淡いブルーが好きで、小学生になったらランドセルは青色一択だって。
 そんな、夢を見てるよ。ずっと。……何? 結婚したら良いじゃないかって? 嫌よ。私と夢の中の私は別人物なの。私は、彼女の道を歩めない。もし仮に私が結婚したら、その時点で夢の中に存在する私が、崩れてしまう。完璧な旦那と娘と、あの日曜日が、消えてなくなってしまう。あの世界の私は完璧な女性で、妻で、母親である。そんな私が崩れてしまう。唯一の拠り所であるあの夢が壊れてしまったら、私も道ずれになる。
 私は、彼女にはなれない。
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