2 / 18
聞きたい、と思った
しおりを挟む
……早生との出会い、となると六月のあの日だろう。
とは言え、厳密に言うと『会った』のではなくて『見かけた』のだけれど。
某インターネットプロバイダー会社。そこのテクニカルサポート窓口に、日向が入社して五年。一般オペレーターをサポートするリーダーになって、三年になる。
特に専門学校などには行っていないが、日向はパソコンやインターネットが好きだった。
一応、男なので最初は就職活動もしたのだが、体調を崩して入院してしまった。コールセンターに入るのに特に資格はいらない。リハビリ代わりに、と紹介されて入ってから早五年だ。
「おい……何だ、アイツ?」
基本、派遣社員で形成されているコールセンターには良くも悪くも個性派が集まりやすい。
その事は理解していたつもりだが、今日から遅番(夕方六時から十一時)要員として入る新人達の一人を見て、日向は思わずそう呟いてしまった。
リーダーである日向は基本スーツだが、オペレーター要員の服装は肩や腹を出さなければ良い。だからシャツとデニムと言う服装自体はNGではないし、他の面子もそう変わらない格好をしている。
しかし、頭一つ高い身長とか。その上に乗っている小さくて、無駄に整った顔とか。
完璧過ぎて、そもそもどうしてここにいるのかが理解出来ない。何と言うか、そこだけドラマのようで。芸能人が、一般人を『演じている』気さえしてくる。
「久賀早生君、大学生なんだって」
「……ってもう、名前とかチェックしたのか?」
「私、今回はメインの研修担当だもの……まあ、確かにイケメンだけどね?」
「彼氏に泣かれるぞ?」
「一般論でしょうが。あ、でも心配かけたくないから、寿には内緒ね」
「ハイハイ」
同僚である足立未来の言葉に、笑いながら返事をする。
セミロングの黒髪に、大きな目。同様のスーツ姿つまりはリーダーである彼女とは、彼氏込みでの友人なのでお互い単なる軽口だ。
(あぁ、それならアリか)
遅番要員は、バイト感覚の学生や仕事の掛け持ちをしている者が多い。副業なら、毛色の違うタイプが入る事もあるだろう。
成程、と納得すると日向は朝礼(時間は遅いが)の為に未来と共にセンターの端(対応中のオペレーターに声が被らないように)へと向かった。
※
新人研修は、メインとサブの違いはあるがリーダーが交代で行う。
そんな訳で日向も、一ヶ月の新人研修の中で何度か担当をしたけれど――顔だけではなくインターネットやメールに関する知識を覚えるのも、そしてそれを電話で客に伝えるスキルも、早生は完璧だった。おかげて他の同期より早く、即戦力として着台(一人で客と対応する事)したくらいだ。
用語や仕組みに怯んだり、それを説明する難しさに挫けたりして、研修前に辞める者も多い。だから逆に、デビューすれば一人前として、そして同じ職場の仲間として認められる。
そんな訳で、早生は先輩連中から食事や飲み会に誘われるようになった。
……まあ、女性陣としては所謂イケメンである早生に対する下心もあるだろうけど。
「酒まで強いとか、本当に無敵だな」
「井原さんだって全然、酔っ払っていないじゃないですか」
「俺は、自分のペースで飲んでたからな。でもお前、注がれまくってたろ?」
そんな飲み会の一つに、たまたま日向も呼ばれて一緒になった。
夜十一時の終業後から飲んだので、普通に飲んでも二次会三次会となれば朝になる。徹夜となれば、残ったのも数人だ。そんな中、帰る方向が同じだった為、日向と早生は他愛もない話をしながら地下鉄へと向かった。
日は昇っていて明るく、けれどまだそれほど人気はない。昼間はクールビズ用の半袖でも暑いか、逆に職場の冷房で震え上がると言うように極端だが、早朝だと適度に涼しくて気持ち良かった。
(意外と……だと、失礼か。うん、でも結構、話しやすいよなコイツ)
年下の部下との、他愛も無い会話。そんな穏やかな一時ひとときに、我知らず目を細めていると。
「……飲みたかったんで、ちょうど良かったです」
「えっ?」
「一人だと、酔えないし……家だと、電話を待ってしまうんで」
ポツリ、と落ちた呟きに日向は目を見張った。
……もしかして、早生は実は酔っ払っているんだろうか? そして、今の呟きからすると――辛い恋にでも、悩んでいるんだろうか?
「じゃあ、もうちょっと俺に付き合わないか?」
「え?」
「どうせお前も今日、休みだろう? 〆のラーメン……って、時間じゃないか。朝飯食ってくぞ」
そう言って数センチ身長の高い相手を見上げると、普段見た事がないような困り顔が返された。
(余計なお世話だったか?)
だから、話題を変えて無かった事にしようと口を開きかけたが――他ならぬ、早生によって遮られた。
「……食べながら、僕の話を聞いてくれませんか?」
とは言え、厳密に言うと『会った』のではなくて『見かけた』のだけれど。
某インターネットプロバイダー会社。そこのテクニカルサポート窓口に、日向が入社して五年。一般オペレーターをサポートするリーダーになって、三年になる。
特に専門学校などには行っていないが、日向はパソコンやインターネットが好きだった。
一応、男なので最初は就職活動もしたのだが、体調を崩して入院してしまった。コールセンターに入るのに特に資格はいらない。リハビリ代わりに、と紹介されて入ってから早五年だ。
「おい……何だ、アイツ?」
基本、派遣社員で形成されているコールセンターには良くも悪くも個性派が集まりやすい。
その事は理解していたつもりだが、今日から遅番(夕方六時から十一時)要員として入る新人達の一人を見て、日向は思わずそう呟いてしまった。
リーダーである日向は基本スーツだが、オペレーター要員の服装は肩や腹を出さなければ良い。だからシャツとデニムと言う服装自体はNGではないし、他の面子もそう変わらない格好をしている。
しかし、頭一つ高い身長とか。その上に乗っている小さくて、無駄に整った顔とか。
完璧過ぎて、そもそもどうしてここにいるのかが理解出来ない。何と言うか、そこだけドラマのようで。芸能人が、一般人を『演じている』気さえしてくる。
「久賀早生君、大学生なんだって」
「……ってもう、名前とかチェックしたのか?」
「私、今回はメインの研修担当だもの……まあ、確かにイケメンだけどね?」
「彼氏に泣かれるぞ?」
「一般論でしょうが。あ、でも心配かけたくないから、寿には内緒ね」
「ハイハイ」
同僚である足立未来の言葉に、笑いながら返事をする。
セミロングの黒髪に、大きな目。同様のスーツ姿つまりはリーダーである彼女とは、彼氏込みでの友人なのでお互い単なる軽口だ。
(あぁ、それならアリか)
遅番要員は、バイト感覚の学生や仕事の掛け持ちをしている者が多い。副業なら、毛色の違うタイプが入る事もあるだろう。
成程、と納得すると日向は朝礼(時間は遅いが)の為に未来と共にセンターの端(対応中のオペレーターに声が被らないように)へと向かった。
※
新人研修は、メインとサブの違いはあるがリーダーが交代で行う。
そんな訳で日向も、一ヶ月の新人研修の中で何度か担当をしたけれど――顔だけではなくインターネットやメールに関する知識を覚えるのも、そしてそれを電話で客に伝えるスキルも、早生は完璧だった。おかげて他の同期より早く、即戦力として着台(一人で客と対応する事)したくらいだ。
用語や仕組みに怯んだり、それを説明する難しさに挫けたりして、研修前に辞める者も多い。だから逆に、デビューすれば一人前として、そして同じ職場の仲間として認められる。
そんな訳で、早生は先輩連中から食事や飲み会に誘われるようになった。
……まあ、女性陣としては所謂イケメンである早生に対する下心もあるだろうけど。
「酒まで強いとか、本当に無敵だな」
「井原さんだって全然、酔っ払っていないじゃないですか」
「俺は、自分のペースで飲んでたからな。でもお前、注がれまくってたろ?」
そんな飲み会の一つに、たまたま日向も呼ばれて一緒になった。
夜十一時の終業後から飲んだので、普通に飲んでも二次会三次会となれば朝になる。徹夜となれば、残ったのも数人だ。そんな中、帰る方向が同じだった為、日向と早生は他愛もない話をしながら地下鉄へと向かった。
日は昇っていて明るく、けれどまだそれほど人気はない。昼間はクールビズ用の半袖でも暑いか、逆に職場の冷房で震え上がると言うように極端だが、早朝だと適度に涼しくて気持ち良かった。
(意外と……だと、失礼か。うん、でも結構、話しやすいよなコイツ)
年下の部下との、他愛も無い会話。そんな穏やかな一時ひとときに、我知らず目を細めていると。
「……飲みたかったんで、ちょうど良かったです」
「えっ?」
「一人だと、酔えないし……家だと、電話を待ってしまうんで」
ポツリ、と落ちた呟きに日向は目を見張った。
……もしかして、早生は実は酔っ払っているんだろうか? そして、今の呟きからすると――辛い恋にでも、悩んでいるんだろうか?
「じゃあ、もうちょっと俺に付き合わないか?」
「え?」
「どうせお前も今日、休みだろう? 〆のラーメン……って、時間じゃないか。朝飯食ってくぞ」
そう言って数センチ身長の高い相手を見上げると、普段見た事がないような困り顔が返された。
(余計なお世話だったか?)
だから、話題を変えて無かった事にしようと口を開きかけたが――他ならぬ、早生によって遮られた。
「……食べながら、僕の話を聞いてくれませんか?」
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
孤狼のSubは王に愛され跪く
ゆなな
BL
旧題:あなたのものにはなりたくない
Dom/Subユニバース設定のお話です。
氷の美貌を持つ暗殺者であり情報屋でもあるシンだが実は他人に支配されることに悦びを覚える性を持つSubであった。その性衝動を抑えるために特殊な強い抑制剤を服用していたため周囲にはSubであるということをうまく隠せていたが、地下組織『アビス』のボス、レオンはDomの中でもとびきり強い力を持つ男であったためシンはSubであることがばれないよう特に慎重に行動していた。自分を拾い、育ててくれた如月の病気の治療のため金が必要なシンは、いつも高額の仕事を依頼してくるレオンとは縁を切れずにいた。ある日任務に手こずり抑制剤の効き目が切れた状態でレオンに会わなくてはならなくなったシン。以前から美しく気高いシンを狙っていたレオンにSubであるということがバレてしまった。レオンがそれを見逃す筈はなく、シンはベッドに引きずり込まれ圧倒的に支配されながら抱かれる快楽を教え込まれてしまう───
灰かぶり君
渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。
お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。
「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」
「……禿げる」
テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに?
※重複投稿作品※
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる