72 / 72
一縷
しおりを挟む
リカルドのことは、憎んでいる。いや、リカルドだけではない。ノヴァーリス以外のアデライトの周り、いや、この王都にいる者全てが彼女にとっては復讐対象だ。
だが、しかし。
十月十日アデライトがこの身に宿し、数日前に生まれ落ちた我が子は巻き戻る前にはいなかった。貴族以上であれば、赤ん坊に乳を与えたり面倒を見るのは乳母である。だから、アデライトが会いに行かなければ自分の息子には会えない。
……適当な理由をつけて、会わないことも出来たけれど。
自分の子供であり、復讐相手であるリカルドの子供に対しては、生かすことをノヴァーリスに頼んでいたが──こうして会って、どう思うかを知ろうとアデライトはやって来た。そして、今。乳母に少し席を外して貰い、アデライトと息子は二人きりだ。
生まれてまもない赤ん坊は眠っていることが多いが、まるで彼女を待っていたように息子は起きていた。
(髪は、私やお父様と同じ白銀……そして、瞳は)
寝台を覗き込んだアデライトを、見上げてくる瞳はリカルドと同じ黒──アデライトの異母弟とは逆だが、同じように両親の色をそれぞれ引き継いでいる。
「どう思う?」
しばし黙って息子を見ているアデライトに、付いてきて隣で浮いているノヴァーリスが尋ねてくる。
その問いかけに、少し考えて──アデライトは、思ったままを口にした。
「……不思議なくらい、憎くはないです。こうして触っても、リカルドへのような嫌悪感はありません」
そう言いながら、アデライトは息子の丸い頬を指先でそっと触れた。半分はあの男の血を引いており、顔も自分よりリカルドに似ていると思うが、言葉にした通りリカルドに触れた時のような嫌悪も憎悪もなかった。
「ただ……異母弟の絵姿を見た時のような、愛しさも感じないです」
「なるほどね」
淡々と答えるアデライトに、ノヴァーリスはそれだけ答えながら考える。思えば裏切られたアデライトは家族や領民などの『身内』と、リカルド達『復讐相手』を区別している。そして、この生まれたばかりの息子はアデライトにとって、そのどちらでもないのだろう。
「……私がこの子に望むのは、私のように自分のやりたいように生きることだけです」
「へぇ?」
「愛してはいませんが、憎くもないので……不幸になることは、望みません。私が復讐することで、この子の未来は明るくはないでしょうが……それでも、生きていれば何だって出来ますから」
「そうだね」
ノヴァーリスが手を貸すのは、アデライトにだけだ。だから今、彼はただアデライトの話を聞いてあいづちをうつだけだし、彼女もそんなノヴァーリスに対して何かを求めることはない。ただ、聞かれたままに答えただけである。
けれど、いや、だからこそ。
指一本触れることなく、ノヴァーリスは『アデライトの望み』を叶える為に、彼女の息子に加護を与えた。
そして物心つく前に処刑された親から離され、教会で育った彼──リカルドが、アデライトの名前を元につけた『アリックス』は王となり、国と民に寄り添ったのである。
だが、しかし。
十月十日アデライトがこの身に宿し、数日前に生まれ落ちた我が子は巻き戻る前にはいなかった。貴族以上であれば、赤ん坊に乳を与えたり面倒を見るのは乳母である。だから、アデライトが会いに行かなければ自分の息子には会えない。
……適当な理由をつけて、会わないことも出来たけれど。
自分の子供であり、復讐相手であるリカルドの子供に対しては、生かすことをノヴァーリスに頼んでいたが──こうして会って、どう思うかを知ろうとアデライトはやって来た。そして、今。乳母に少し席を外して貰い、アデライトと息子は二人きりだ。
生まれてまもない赤ん坊は眠っていることが多いが、まるで彼女を待っていたように息子は起きていた。
(髪は、私やお父様と同じ白銀……そして、瞳は)
寝台を覗き込んだアデライトを、見上げてくる瞳はリカルドと同じ黒──アデライトの異母弟とは逆だが、同じように両親の色をそれぞれ引き継いでいる。
「どう思う?」
しばし黙って息子を見ているアデライトに、付いてきて隣で浮いているノヴァーリスが尋ねてくる。
その問いかけに、少し考えて──アデライトは、思ったままを口にした。
「……不思議なくらい、憎くはないです。こうして触っても、リカルドへのような嫌悪感はありません」
そう言いながら、アデライトは息子の丸い頬を指先でそっと触れた。半分はあの男の血を引いており、顔も自分よりリカルドに似ていると思うが、言葉にした通りリカルドに触れた時のような嫌悪も憎悪もなかった。
「ただ……異母弟の絵姿を見た時のような、愛しさも感じないです」
「なるほどね」
淡々と答えるアデライトに、ノヴァーリスはそれだけ答えながら考える。思えば裏切られたアデライトは家族や領民などの『身内』と、リカルド達『復讐相手』を区別している。そして、この生まれたばかりの息子はアデライトにとって、そのどちらでもないのだろう。
「……私がこの子に望むのは、私のように自分のやりたいように生きることだけです」
「へぇ?」
「愛してはいませんが、憎くもないので……不幸になることは、望みません。私が復讐することで、この子の未来は明るくはないでしょうが……それでも、生きていれば何だって出来ますから」
「そうだね」
ノヴァーリスが手を貸すのは、アデライトにだけだ。だから今、彼はただアデライトの話を聞いてあいづちをうつだけだし、彼女もそんなノヴァーリスに対して何かを求めることはない。ただ、聞かれたままに答えただけである。
けれど、いや、だからこそ。
指一本触れることなく、ノヴァーリスは『アデライトの望み』を叶える為に、彼女の息子に加護を与えた。
そして物心つく前に処刑された親から離され、教会で育った彼──リカルドが、アデライトの名前を元につけた『アリックス』は王となり、国と民に寄り添ったのである。
30
お気に入りに追加
540
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】
小平ニコ
ファンタジー
人里離れた森の奥で、ずっと魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、軍隊を率いてやって来た王太子デルロックに『邪悪な魔女』呼ばわりされ、国を追放される。
魔法の天才であるラディアは、その気になれば軍隊を蹴散らすこともできたが、争いを好まず、物や場所にまったく執着しない性格なので、素直に国を出て、『せっかくだから』と、旅をすることにした。
『邪悪な魔女』を追い払い、国民たちから喝采を浴びるデルロックだったが、彼は知らなかった。魔女だと思っていたラディアが、本人も気づかぬうちに、災いから国を守っていた聖女であることを……
姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
あかり
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!
蜜柑
ファンタジー
*第13回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。ありがとうございました。*
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。
――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?
追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。
その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。
※序盤1話が短めです(1000字弱)
※複数視点多めです。
※小説家になろうにも掲載しています。
※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる