先祖返りの君と普通の僕

紫蘇

文字の大きさ
上 下
28 / 88
先祖返りの君と普通の僕

盆踊り当日

しおりを挟む
今年の盆踊りは大盛況。
参加している生徒たちは、高校の友人だけでなく中学校のときの友達にも声をかけてくれたらしい。
久しぶりの再会を楽しむ子どもたちや、生徒たちの親御さんも訪れ、ここ最近で一番の人手となった。

商店街の店主たちも忙しそうに焼き鳥やたこ焼き、ベビーカステラなどの屋台を切り盛りしている。

「はーい、かき氷、イチゴ味。」
「せんせ、次、レモンとブルーハワイ」
「はーい、レモンと、ブルーハワイね」

野球部員を中心にかき氷と焼きそばの屋台が並び、他の生徒たちもフランクフルトやどんぐり飴の屋台で楽しそうに順繰りで店番をしている。
店番をしていない生徒も、屋台で買い食いをしたり盆踊りを踊ったりと楽しそうだ。

なぜか職員室で高原先生の隣の席にいる筋肉教師…幸田先生も一緒に混じって楽しそうにしている。
来年は高原先生をサポートするよう理事長から直々に頼まれてしまったそうで、視察がてら生徒の見守りに来たとのことだが…当人もやる気でタンクトップの上から法被を着て、自慢の胸筋をぴくぴくさせている。

「高原先生もどうです!食事とトレーニングですぐに効果が実感できますよ!」
「は、はあ」
「え~、高原先生がムキムキになったらやだ~」
「なぜです!筋肉を鍛えると心も前向きになれてハッピーですよ!」
「確かに、幸田先生はハッピーな感じするけども」
「授業もテンション高めだしね~」

幸田先生は生徒たちにも「面白い先生」と認識されていて、実は人気のある先生なのだ…プロテインと筋肉を猛プッシュする以外は。

「先生!そろそろ交代だよ」
「うん、ありがとう!」
「一緒に屋台回ろうぜ!俺、たこ焼き食いたい!あとフランクフルトと、りんご飴と…」
「たこ焼き?タコを焼いてるの?足?ちっちゃいタコ?あ、みんなのぶんも頼んでくるね」

先生は「食い物の思い出しかない」部員に連れられて屋台巡りに行く。
残った店番の生徒はそれを見送って話し出す。

「モノが分からねえのに買ってきてくれるの、強いな」
「っていうか、やっぱたこ焼きも食べたことないんだな」
「焼きそばは食ったことあるみたいだったけどな」

先生は初めて「たこ焼き」を食べ、りんご飴の美しさに感嘆し、わたあめという謎のふわふわしたお菓子に心を奪われ、鯛焼きには鯛が入ってないのはなぜだろうと疑問を持ち、チョコバナナというものの虚無を知った。
地区予選回りで踊りの練習に出られなかったから、盆踊りは見るだけにした。
来年は覚えて踊れるといいな…と思いながら、浴衣で楽しそうに踊るおばちゃんたちを見ていると、

「あらっ、高原先生、ほら、こっちこっち」
「えっ、でも、踊りが分からないし…」
「いいのいいの」

Yシャツにスラックス、革靴に黒縁眼鏡。
いかにも「先生」っぽい恰好は、祭では目立つらしい。
先生はおばちゃんたちに踊りの輪の中に引き込まれる。

「前の人に合わせて踊ればいいのよ!大丈夫よ!」
「は、はい」
「み~ぎ、み~ぎ、ひだり、ひだり、し~た、う~え、し~た、ぽん!よ」
「はい、え、あっと、み、みぎ…」

ループの最初のタイミングがわからない。右と左がこんがらがって変な踊りになる。

「うふふ、先生、ぽん、からやってみて。いーち、にーい、さーんでぽん!」
「ぽん!」
「そうそう」

音楽も終盤だが、お茶を濁す程度には踊れるようになった。

「教えるのうまいんですね!」
「うふふ、これでも昔は踊りの先生だったのよ」
「へえ~!だからなんですね!」
「来年も一緒に踊りましょうね」
「ええ、ぜひ」

いつの間にか来年も盆踊りに参加することになったが、元よりそのつもりだから、構わない。

生まれて初めてのお祭りは楽しかった。
野球部の顧問になって、学校のグラウンドを取り上げられたときはどうしようと思ったけれど、河川敷のグラウンドに来た途端に人生が充実しはじめた。

「来年も、また宜しくお願いします」


それを遠目にみていた警備係の草野球チームの面々は、まんざらでもない様子でニヤニヤする。


「いやあ、草野球の連中には頭が上がらないね」
「よく声をかけてくれた」

警備を仕切っているキャプテンも、商店街のみんなに褒められてうれしそうにしている。

「しかし、あの高原先生、だっけ?随分生徒から慕われてるんだな」
「無理やりやらされてるんじゃなくて、先生のためにしてあげるってのはいいよな」
「そのうち、商店街のためにって、なってくれるやつが出るといいな」

キャプテンが言う。

「あの先生、施設で育ってまともな思い出がねえんだ。だから子どもらも「先生に思い出を作ってあげたい」…ってよ…
 だから俺らも気合はいるんだよな、今からでも楽しい思い出を作ってやりたいってさ」

中華屋の親父も言う。

「餃子も麻婆豆腐も食ったことないってのには驚いたな!だからよ、うちで食うのが初めての中華なんだぜ、そりゃ気合も入るよ。気合ついでに、近々小籠包も作ってやろうかと思ってな」
「最近遅くまでなんかやってんなと思ったら、そういうことか」

おっさんたちで話をしていると、警備本部に人が訪ねてくる。

「迷子のお子さんを連れてきたんですけど…」
「何!?迷子!」
「おい、迷子の対応ってどうしてたっけ」
「わからん!とにかくそこのケーキ屋で菓子とジュース与えて泣き止ませろ、んで本人の名前聞いて、親を呼び出せ」
「おい、この放送の機材の使い方、分かるか…?」
「わからん、たしか高校の放送部の子がいたろ、呼んで来い」



商店街と高校生、持ちつ持たれつの関係がスタートした瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

目の前の魔法陣と男に巻き込まれて

葵桜
BL
※厨二病時の厨二病による厨二病異世界BL王道?ファンタジー さっきから根暗くん根暗くんって何なんだ。 名前くらい覚えろやぁ! ってなんで壁ドンされてんのかなぁ...? あ、なんか君の後ろに魔法陣が見えるな!ハハハ! 勇者ぽい自己中顔面アイドル君に巻き込まれなんか異世界転移をとげるらしい。 どうか恋人ができますように。 いや、無双ができますように? 年に数回ぼちぼちとリメイクしています。 終わったあと興味があればぜひもう一度読んでください。 完結は…。できないかもしれないです。気長にお待ちください。申し訳ございません。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...