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プロローグ
【1回目の戦】2
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勝利の宴から15日。
一向に城門の外に出られず、城の中に封じられた帝国軍は、じわじわと飢えに苦しみ始める。
城の食料庫はどれも空っぽ。
持ってきた食料は、初日の宴で半分が消えた。
軍馬を潰して食べようとしたが、半数が馬に蹴られ、ただ怪我をしただけだった。
今日も堂々巡りの軍議が城の中で行われている。
軍議とは言うものの、まともな作戦を思いつく者は誰もいない。
ただ、つい3日前までは「誰がこの状況を招いたか」について責任を押し付け合うだけの罵り合いだったのが、今は少し内容が変わっている。
彼らは口々に下の者を詰る。
「奴はまだ、間諜であることを認めないのか!」
「はっ…申し訳ございません」
「責めが足りないのではないか?
もっと締め上げて、敵の情報を吐かせろ!
それが分かればこの状況を打破できるはずだ!」
もしそれが分かったところで彼らに状況を打破できる作戦など思いつくわけがないのだが、自分たちを有能だと信じて疑わない彼らにはそれが分からない。
いや、有能ならば、もはやこの状況を覆して勝つことは不可能だと分かるだろう。
今から出来ることはただ1つ。
なるべくこちらに有利な条件で降伏を申し出る事。
だが、今までの征服戦争で降伏してきた敵に対し苛烈な手段を取ってきた帝国軍人たちは、降伏は虐殺を受け入れるのと同義だと思い込んでいる。
降伏は出来ない。
面白半分で殺されてはたまらない…
自分たちがそうしてきたのだから、敵もそうなのだと考えるのは自然な事であった。
「あの売国奴が…!」
「許せん、国を裏切り自分だけが助かろうなどと」
「あの髪、あの目…。
やはり蛮族の血を引いているに違いない…!」
「やはり最初に殺しておくべきだったのだ!!
皇太子だから目をかけてやったというのに!」
彼らが売国奴と罵るのは、部下も連れないで1人この城へ入った第2皇太子である。
曰く、勝利の宴にも参加せず自室に当てられた部屋に籠っていたのは怪しい。
曰く、何度も撤退を口にしていたのは怪しい。
曰く、この状況を先に知り得たのは、敵から情報を仕入れていたからだ…云々。
帝国を売って、その見返りに、トーリ王国での地位を確約させているのではないか。
第2皇太子が帝国を捨てる理由は、いくらでもある。
それこそ、ここに来るまで、自分たちが彼にしてきた事も、動機になりえるだろう。
<皇太子が国を裏切るなど、普通は考えられん。
だがあの性奴隷風情の餓鬼なら、有り得る…>
そんな疑念が堂々巡りの軍議に入り込み、どうやってでも責任を逃れたい面々には、その疑念が真実に見えたらしい。
そこへ一人の騎士が駆け込む。
「トーリ王国より、書状が届きました」
そこに書かれていた内容は、「降伏勧告」。
全ての武装を解除し、武器、防具を引き渡す事。
そうすれば命は助けてやる…云々。
引き渡しの手順までご丁寧に書かれている。
その書状を見て憤る指揮官達だったが、さすが大将は何かを考えついたらしい。
「そうだ!
降伏勧告を受け入れるふりをして、奴らを騙してやればいい。
降伏を受け入れ、武器の引き渡しをすると見せかけて、やつらを引き入れ……殺す」
「ほう!」
「まず、庭の土を集め山をつくり、その上に武器も防具も半分だけ庭に集め、嵩増しするのだ。
帝国を降伏させたと喜ばせておいて叩く…
あの弱腰軍隊なぞ、小賢しい策を弄せなければ我々の敵ではないわ」
確かに、半数は馬に蹴られて戦えなくなっている。
戦えないものから武器と防具を取り上げるだけだ。
なるほど名案だと、全員が頷いた。
----------
一方のトーリ王国側。
帝国の馬鹿共の考えていることくらい、手に取るように分かる。
何せ、王都の火の見櫓から、丸見えなのだ。
だが、
「見えんな」
と銀髪の男が呟く。
するともう一人の見張りが言う。
「そうですか?こっちはよく見えてますが。
庭の土を集めてお山を作ってますよ」
「それではない。あそこの部屋…あるじゃろ。」
そこは3日前まで、第2皇太子が自室にしていた所だ。
「あそこに、金色の頭が、見えんのだ。
ここ3日ほど見ていない。
寝込んでおるのかのう…可愛そうに」
「どの口でそれを言うのやら…その可愛そうな状況に追い込んだのは、あなたでしょう?」
「うう…それはそうなんじゃが」
早う出してやらねば…、と銀髪の男が独り言ちる。
しばらくそうやって見ていると、3番目の砦から早馬がやってきた。
「伝令!北の猟犬を王都付近にて発見」
「何だと?」
「ですが、早々に見失ったとのこと」
「阿呆、早う探せ。
しかしあれがおるとすれば厄介じゃの…。
もう少し兵を増やすしか無いか。
儂も出ねばならぬかの」
「はっ!」
--------------
[1章へ続く]
一向に城門の外に出られず、城の中に封じられた帝国軍は、じわじわと飢えに苦しみ始める。
城の食料庫はどれも空っぽ。
持ってきた食料は、初日の宴で半分が消えた。
軍馬を潰して食べようとしたが、半数が馬に蹴られ、ただ怪我をしただけだった。
今日も堂々巡りの軍議が城の中で行われている。
軍議とは言うものの、まともな作戦を思いつく者は誰もいない。
ただ、つい3日前までは「誰がこの状況を招いたか」について責任を押し付け合うだけの罵り合いだったのが、今は少し内容が変わっている。
彼らは口々に下の者を詰る。
「奴はまだ、間諜であることを認めないのか!」
「はっ…申し訳ございません」
「責めが足りないのではないか?
もっと締め上げて、敵の情報を吐かせろ!
それが分かればこの状況を打破できるはずだ!」
もしそれが分かったところで彼らに状況を打破できる作戦など思いつくわけがないのだが、自分たちを有能だと信じて疑わない彼らにはそれが分からない。
いや、有能ならば、もはやこの状況を覆して勝つことは不可能だと分かるだろう。
今から出来ることはただ1つ。
なるべくこちらに有利な条件で降伏を申し出る事。
だが、今までの征服戦争で降伏してきた敵に対し苛烈な手段を取ってきた帝国軍人たちは、降伏は虐殺を受け入れるのと同義だと思い込んでいる。
降伏は出来ない。
面白半分で殺されてはたまらない…
自分たちがそうしてきたのだから、敵もそうなのだと考えるのは自然な事であった。
「あの売国奴が…!」
「許せん、国を裏切り自分だけが助かろうなどと」
「あの髪、あの目…。
やはり蛮族の血を引いているに違いない…!」
「やはり最初に殺しておくべきだったのだ!!
皇太子だから目をかけてやったというのに!」
彼らが売国奴と罵るのは、部下も連れないで1人この城へ入った第2皇太子である。
曰く、勝利の宴にも参加せず自室に当てられた部屋に籠っていたのは怪しい。
曰く、何度も撤退を口にしていたのは怪しい。
曰く、この状況を先に知り得たのは、敵から情報を仕入れていたからだ…云々。
帝国を売って、その見返りに、トーリ王国での地位を確約させているのではないか。
第2皇太子が帝国を捨てる理由は、いくらでもある。
それこそ、ここに来るまで、自分たちが彼にしてきた事も、動機になりえるだろう。
<皇太子が国を裏切るなど、普通は考えられん。
だがあの性奴隷風情の餓鬼なら、有り得る…>
そんな疑念が堂々巡りの軍議に入り込み、どうやってでも責任を逃れたい面々には、その疑念が真実に見えたらしい。
そこへ一人の騎士が駆け込む。
「トーリ王国より、書状が届きました」
そこに書かれていた内容は、「降伏勧告」。
全ての武装を解除し、武器、防具を引き渡す事。
そうすれば命は助けてやる…云々。
引き渡しの手順までご丁寧に書かれている。
その書状を見て憤る指揮官達だったが、さすが大将は何かを考えついたらしい。
「そうだ!
降伏勧告を受け入れるふりをして、奴らを騙してやればいい。
降伏を受け入れ、武器の引き渡しをすると見せかけて、やつらを引き入れ……殺す」
「ほう!」
「まず、庭の土を集め山をつくり、その上に武器も防具も半分だけ庭に集め、嵩増しするのだ。
帝国を降伏させたと喜ばせておいて叩く…
あの弱腰軍隊なぞ、小賢しい策を弄せなければ我々の敵ではないわ」
確かに、半数は馬に蹴られて戦えなくなっている。
戦えないものから武器と防具を取り上げるだけだ。
なるほど名案だと、全員が頷いた。
----------
一方のトーリ王国側。
帝国の馬鹿共の考えていることくらい、手に取るように分かる。
何せ、王都の火の見櫓から、丸見えなのだ。
だが、
「見えんな」
と銀髪の男が呟く。
するともう一人の見張りが言う。
「そうですか?こっちはよく見えてますが。
庭の土を集めてお山を作ってますよ」
「それではない。あそこの部屋…あるじゃろ。」
そこは3日前まで、第2皇太子が自室にしていた所だ。
「あそこに、金色の頭が、見えんのだ。
ここ3日ほど見ていない。
寝込んでおるのかのう…可愛そうに」
「どの口でそれを言うのやら…その可愛そうな状況に追い込んだのは、あなたでしょう?」
「うう…それはそうなんじゃが」
早う出してやらねば…、と銀髪の男が独り言ちる。
しばらくそうやって見ていると、3番目の砦から早馬がやってきた。
「伝令!北の猟犬を王都付近にて発見」
「何だと?」
「ですが、早々に見失ったとのこと」
「阿呆、早う探せ。
しかしあれがおるとすれば厄介じゃの…。
もう少し兵を増やすしか無いか。
儂も出ねばならぬかの」
「はっ!」
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[1章へ続く]
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