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新婚旅行
海沿いの診療所 5 ~主治医視点~
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アルファード殿下とルース殿下がお帰りになった後、俺は一人混乱していた。
「…カールさんが、俺の事を、好き?」
そうは言われても、ただの患者と医者の間柄だ。
その、特別な感情をこちらから抱いたことは…
うん。
なくは、ない。
ただ…それは恋愛感情でも無くて。
…ここに入院しているのは大半が高齢者だ。
その中でカールさんは飛び抜けて若い。
患者は金持ちばかりだから介護人を自分で雇って連れてきているし、
ほとんどの患者は持病の管理さえしていれば問題無く生活できるし、
認知機能が低下した患者にはカールさんの前任担当医だった先生がついている。
先生は「穏やかに死を迎えさせる事」に重きを置く人だ。
高齢の患者は新しい治療を否定しがちだから、慎重に物事を進めていく先生のやり方が合ってるんだ。
…つまり、俺も異質な存在だ。
何でこの診療所に来たのかと言えば…
正直に言おう。
ユーフォルビア一族に興味があったからだ。
末子相続という特殊な家系。
貴族としては特殊な、当主が出産をする家。
当主が離婚と結婚を繰り返すせいで、子どもの胤親がバラバラなのが日常茶飯事。
その上不倫相手の子を孕む事もあるという。
気が多く性に奔放で、多産…。
多産は、貴族の間では嘲笑の対象でもある。
何故なら「種付け」と呼ばれる奥で精を放たれる性交は、通常より深い快楽が得られる…と、言われている。
そして妊娠の可能性は相当に高まる。
つまり、多産である事はそういう事だと…馬鹿馬鹿しい話だが。
ユーフォルビア家は常に大勢の子どもを拵えて貧乏に喘ぐ…どの当主の時でもだ。
ユーフォルビア一族には経済観念が欠落しているのか、極端に快楽に流されやすいのか分からないが、ともかく俺にはその精神構造に興味があった。
だから「カールさんの新しい担当医を探している」と先生に声を掛けてもらった時、すぐに飛びついてここへ来た。
そして真っ先に、カールさんの兄弟とその伴侶たちに下世話な聞き取りをした。
その結果分かったのは、どの兄弟も経済観念はしっかりしているし、貞操観念が緩くもない…という事だ。
他に男を作る事も、色街で遊ぶ事もしない。
清純と見せかけて実は下半身の緩い貴族も多い中で、むしろ珍しいぐらいの貞淑さだった。
当主だけに受け継がれる性質なのかと思って、ゼフさんと面接をした。
そこで分かったのは、ゼフさんも相当に病んでいる事と、この国の闇だった。
ユーフォルビアの当主は、ユーフォルビアの子を欲しがる家の為に子どもを産むのだ。
その代に子どもが作れなければ直系が断絶してしまう家の為に、子どもを産む。
産まれた子どもたちは皆、本人どころか当主の意思すらも無視して周りが勝手に輿入れ先を決めるのだそうだ。
それをイフェイオン家が横から攫って行った事で、ゼフさんは不倫を余儀なくされたと言っていた。
その上、そのイフェイオン家がカールさんが産めなかった分もう1人産めと…
俺は思った。
何だ、その地獄は…と。
貴族どもがお綺麗でいる為に汚い所を全て引き受けさせられて、押し付けた奴らはそれを嘲笑う。
こんなもの誰だって病むに決まっている。
おまけにゼフさんの証言によれば、カールさんが受けた傷の深さは…。
カールさんが生きてここに来た事は奇跡だ。
俺はこの人を幸せにしたい、幸せにするんだ…と、思った。
だから綺麗な景色を見せに行こうと思った。
だから美味しい物を食べさせようと思った。
美しい音楽を聞かせたいと思った。
人の温もりを教えたいと思った。
その為に、減薬を積極的に進めた。
前任の先生のおかげで悪夢や幻視に苦しむ事は少なくなっていた。
だけどその為にかなりの量の薬を飲んでいた。
それを飲んだら薬が切れるまでベッドの上で過ごし、また薬を飲んで…
薬のおかげで症状は治まるが、副作用で動けなくなっていたのだ。
俺は彼を車椅子で外へ連れ出した。
薬を減らせば、自分の足で歩けますよと何度も言った。
歩けるようになったら、一緒に街へ出かけましょうと何度も言った。
そうしてようやく庭や海へ出かけられるようになって…
「ああ、そうか…」
今になって思えば、あの言葉はカールさんにとって初めての「デートのお誘い」だったんだ。
散策を渋ったのは、歩けるようになったのに街へ出かけなかったからだ。
カールさんは嫌がったんじゃなくて拗ねてたんだ。
そして、俺がいつまで経っても街へ連れて行かないから…
あれは嘘だったんだと…
あれは自分を治療するための嘘であって、デートの誘いではなかったと思ったんだ。
そして、俺を自分から遠ざけようと…
いや、逆か。
自分を俺から遠ざけようとしたんだ。
魔法での治療を受け入れるという、一種の「裏切り」をすることで…
いや、裏切りでも何でもないんだけどさ。
より良い治療を求めるのは患者として当然の権利だし。
だけどカールさんはそんな事知らないだろう。
それにきっと俺は言ったと思う。
「俺に任せてくれ」って。
俺があなたを幸せにするから。
生きていて楽しいと思わせてみせるから。
「…何だか、プロポーズみたいだな」
そうか、俺は、意図せずカールさんの恋心につけ込んで、治療を進めてきたんだ。
そして、カールさんは……。
「最低だな、俺…」
どうしてこんな奴を好きになるんだよ、カールさん。
もっと良い男がごまんといるだろ…なんて。
「…本当に、最低だ」
悪いのはカールさんじゃなくて、俺なのに。
治療の為とは言いながら、初心なあなたを弄んで。
「…俺は…」
最初は治してあげたいという純粋な思いだった。
でも俺が今カールさんに抱いているのは…劣情だ。
だって、どうしても気になる事があるんだ。
ここに入院している貴族たちは、カールさんがユーフォルビアだと知ると全員が全員ベッドに誘おうとする。
それを咎めると、決まってこう言うのだ。
「ユーフォルビアは至高の名器らしい、死ぬ前に一度経験したい」
…と。
「…カールさんが、俺の事を、好き?」
そうは言われても、ただの患者と医者の間柄だ。
その、特別な感情をこちらから抱いたことは…
うん。
なくは、ない。
ただ…それは恋愛感情でも無くて。
…ここに入院しているのは大半が高齢者だ。
その中でカールさんは飛び抜けて若い。
患者は金持ちばかりだから介護人を自分で雇って連れてきているし、
ほとんどの患者は持病の管理さえしていれば問題無く生活できるし、
認知機能が低下した患者にはカールさんの前任担当医だった先生がついている。
先生は「穏やかに死を迎えさせる事」に重きを置く人だ。
高齢の患者は新しい治療を否定しがちだから、慎重に物事を進めていく先生のやり方が合ってるんだ。
…つまり、俺も異質な存在だ。
何でこの診療所に来たのかと言えば…
正直に言おう。
ユーフォルビア一族に興味があったからだ。
末子相続という特殊な家系。
貴族としては特殊な、当主が出産をする家。
当主が離婚と結婚を繰り返すせいで、子どもの胤親がバラバラなのが日常茶飯事。
その上不倫相手の子を孕む事もあるという。
気が多く性に奔放で、多産…。
多産は、貴族の間では嘲笑の対象でもある。
何故なら「種付け」と呼ばれる奥で精を放たれる性交は、通常より深い快楽が得られる…と、言われている。
そして妊娠の可能性は相当に高まる。
つまり、多産である事はそういう事だと…馬鹿馬鹿しい話だが。
ユーフォルビア家は常に大勢の子どもを拵えて貧乏に喘ぐ…どの当主の時でもだ。
ユーフォルビア一族には経済観念が欠落しているのか、極端に快楽に流されやすいのか分からないが、ともかく俺にはその精神構造に興味があった。
だから「カールさんの新しい担当医を探している」と先生に声を掛けてもらった時、すぐに飛びついてここへ来た。
そして真っ先に、カールさんの兄弟とその伴侶たちに下世話な聞き取りをした。
その結果分かったのは、どの兄弟も経済観念はしっかりしているし、貞操観念が緩くもない…という事だ。
他に男を作る事も、色街で遊ぶ事もしない。
清純と見せかけて実は下半身の緩い貴族も多い中で、むしろ珍しいぐらいの貞淑さだった。
当主だけに受け継がれる性質なのかと思って、ゼフさんと面接をした。
そこで分かったのは、ゼフさんも相当に病んでいる事と、この国の闇だった。
ユーフォルビアの当主は、ユーフォルビアの子を欲しがる家の為に子どもを産むのだ。
その代に子どもが作れなければ直系が断絶してしまう家の為に、子どもを産む。
産まれた子どもたちは皆、本人どころか当主の意思すらも無視して周りが勝手に輿入れ先を決めるのだそうだ。
それをイフェイオン家が横から攫って行った事で、ゼフさんは不倫を余儀なくされたと言っていた。
その上、そのイフェイオン家がカールさんが産めなかった分もう1人産めと…
俺は思った。
何だ、その地獄は…と。
貴族どもがお綺麗でいる為に汚い所を全て引き受けさせられて、押し付けた奴らはそれを嘲笑う。
こんなもの誰だって病むに決まっている。
おまけにゼフさんの証言によれば、カールさんが受けた傷の深さは…。
カールさんが生きてここに来た事は奇跡だ。
俺はこの人を幸せにしたい、幸せにするんだ…と、思った。
だから綺麗な景色を見せに行こうと思った。
だから美味しい物を食べさせようと思った。
美しい音楽を聞かせたいと思った。
人の温もりを教えたいと思った。
その為に、減薬を積極的に進めた。
前任の先生のおかげで悪夢や幻視に苦しむ事は少なくなっていた。
だけどその為にかなりの量の薬を飲んでいた。
それを飲んだら薬が切れるまでベッドの上で過ごし、また薬を飲んで…
薬のおかげで症状は治まるが、副作用で動けなくなっていたのだ。
俺は彼を車椅子で外へ連れ出した。
薬を減らせば、自分の足で歩けますよと何度も言った。
歩けるようになったら、一緒に街へ出かけましょうと何度も言った。
そうしてようやく庭や海へ出かけられるようになって…
「ああ、そうか…」
今になって思えば、あの言葉はカールさんにとって初めての「デートのお誘い」だったんだ。
散策を渋ったのは、歩けるようになったのに街へ出かけなかったからだ。
カールさんは嫌がったんじゃなくて拗ねてたんだ。
そして、俺がいつまで経っても街へ連れて行かないから…
あれは嘘だったんだと…
あれは自分を治療するための嘘であって、デートの誘いではなかったと思ったんだ。
そして、俺を自分から遠ざけようと…
いや、逆か。
自分を俺から遠ざけようとしたんだ。
魔法での治療を受け入れるという、一種の「裏切り」をすることで…
いや、裏切りでも何でもないんだけどさ。
より良い治療を求めるのは患者として当然の権利だし。
だけどカールさんはそんな事知らないだろう。
それにきっと俺は言ったと思う。
「俺に任せてくれ」って。
俺があなたを幸せにするから。
生きていて楽しいと思わせてみせるから。
「…何だか、プロポーズみたいだな」
そうか、俺は、意図せずカールさんの恋心につけ込んで、治療を進めてきたんだ。
そして、カールさんは……。
「最低だな、俺…」
どうしてこんな奴を好きになるんだよ、カールさん。
もっと良い男がごまんといるだろ…なんて。
「…本当に、最低だ」
悪いのはカールさんじゃなくて、俺なのに。
治療の為とは言いながら、初心なあなたを弄んで。
「…俺は…」
最初は治してあげたいという純粋な思いだった。
でも俺が今カールさんに抱いているのは…劣情だ。
だって、どうしても気になる事があるんだ。
ここに入院している貴族たちは、カールさんがユーフォルビアだと知ると全員が全員ベッドに誘おうとする。
それを咎めると、決まってこう言うのだ。
「ユーフォルビアは至高の名器らしい、死ぬ前に一度経験したい」
…と。
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