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新婚旅行

海沿いの診療所 4

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伯父さんの部屋から離れた別室で、担当のお医者さんと今日の総括をする。

「…今日は、有難う御座いました」
「いえ、先生と細かい部分まで詰める事ができたからこそです…
 ですが、暫くは自殺しないように気を配ってあげてください」
「ええ、もちろん…
 生きる気力が出てきたということは、死ぬ気力も出てきたということですからね」
「少し調子が上向いた途端…なんて事も良くあると聞きますから」
「…その知識は、前世で?」
「ええ、まあ…そうですね。
 友人の父が…そうやって、死んだので」
「そうでしたか…」

前世の話をここでするのも何だけど、それなりに友だちもいたしそれなりに色んな経験をした。
ついぞ彼女は出来なかったけど。

少し遠い目になった俺をどう思ったか、先生は話を変えて質問をしてきた。

「その、前世の記憶というのは不思議ですね」
「…そうですよね、普通は無いものですし。
 大して長い人生じゃなかったですけど、色々知識を貯め込むのが好きな性格で…」

前世の頃から、妙な雑学を知るのが好きだった。
気になった事はとにかくガンガン調べるタイプだったから、パソコンを覚えた時には良く徹夜でネットサーフィンをした。

そのせいで成績が落ちて、高3の時しょーちゃんに死ぬほど勉強させられたんだ。
絶対同じ大学へ行くんだからな、って…。

はっ、いかん。
懐かしい思い出に浸ってる場合じゃない。
今日の治療について話をしないと。

「それにしても光魔法で脳を治癒する方法に、これほど効果があるものでしょうか?」
「脳に対する理解の深さも関係ありそうですが…
 どちらにしろ、魔法が使えない私には出来ない治療ですね」
「ええ、ですが魔道具「ああ…だからか」」

急に殿下が話に割って入った。
俺はその言葉が良く分からなくて聞いた。

「何がです?」
「カール殿があなたに手紙を見せなかった理由だ」
「…どういうことです?」

俺の質問に、殿下は答えた。

「もうこれ以上あなたには治療する手立てが無いと、彼は知っているんだ。
 魔法でなら医者でもない甥っ子が治療できるかもしれないのに、あなたは魔法が使えないというだけで主治医なのに治療が出来ない。
 その事であなたが傷つくんじゃないか…と思ったんだろう」
「…えっ」
「えっ?」

何だか良く分からないな。
先生のプライドを傷つけかねないのは分かるけど…
そこは俺も結構気を遣ったし。

「でもそれならむしろ、俺のほうを突っぱねるんじゃないですか?
 伯父さんが魔法治療を受け入れた事に理由が付かないですよ」
「ふむ…それはだな。
 カール殿が、主治医殿を自分から解放しようと思ったからじゃないか、と思う」

そう言うと、殿下は先生にとんでもなくプライベートな事を聞いた。

「主治医殿には恋人や伴侶、または片恋の相手などは居るか?」
「い、いや、いません」
「では、最近誰かに恋心を打ち明けられたりは?」
「それは、まあ…。
 しかしここに勤めている医者は稼ぎが良いですし、珍しい事ではありませんよ」

先生によると、お見舞いに来る人の従者さんや側付きさんに良く言い寄られるらしい。

「でも、仕事中に勝手にやって来て、どうしても伝えたかっただの何だの言う人とは、ちょっとね…」
「仕事中に、ですか」
「ええ、そうです…迷惑でしょう?」

えー、確かに迷惑……なのか?
モテた事ないからちっとも分からん。

殿下は先生の言葉を受けて言った。

「で、あれば、カール殿はあなたがモテるのをご存知だと推察できるな」
「…はあ」
「断りの口実に仕事を使う事は?」
「それは…まあ、ほぼ毎度ですが…」
「やはりな。
 カール殿は、あなたが自分の担当から外れれば、時間ができて恋人を作れるのだと思ったんだろう。
 の為に何かできると思ったから、魔法を受け入れる気になったんじゃないか?」
「えっ!?」

その言葉に俺はただ驚き、先生は立ち上がり、そして怒涛の勢いで反論した。

「今までカールさんの事を一番見て来た私が断言します、そんな様子は一切ありません!」

すると殿下は言った。

「王家が治療費を支払っている以上、カール殿の状況はこちらにも定期的に報告が上がっている。
 主治医があなたに代わってから、カール殿の病状は改善されている、と聞いているが?」
「えっ、そうなんですか!?」
「この件については王家にも責任があると言っただろう?
 要はそういう事だ。
 主治医を変えろと言ったのもお祖父様だしな」

知らなかった。
いつの間にかそこまで王家にお世話になっていたなんて…。
俺の驚きをよそに、先生はさらに反論した。

「前任の先生は何も悪くありません!!
 ただ私は、先生のやり方で改善が見られないのであればと、積極的に様々な療法を試しただけです。
 散策や海水浴、音楽、マッサージ、減薬…どれかが偶然当たっただけでしょう。
 前任の医師のやり方で救われている患者さんも大勢います、偶然です!」

確かに、相性っていうのはあるだろう。
特に精神的な病気となれば、なおさら。
それでも殿下は自分の説を曲げない。

「…自分の為に色々手を尽くしてくれる人間を特別に思うのは、おかしな事か?」

…そう言われてみれば、そうかもしれない。
だけど先生はその説に納得がいかないらしく、反論を続ける。

「そんなことあり得ません!
 厳しくし過ぎて、嫌われていたくらいです。
 散歩に誘っても動かないから中止したら、食事を摂らなくなるし…
 何とか食べさせようとスプーンでお粥を口まで運んでも、一口しか食べずにベッドに戻ってしまうし」
「……」
「海に入る時も、服を脱がさせてくれないし、手を取ろうとしたら抵抗するし」
「……」
「薬を減らした時の見守りも、交代しようとしたら枕を投げてくるし」
「……」

何だかおかしい。
聞いていた伯父さん像と何かが違う…
すると、そこまで先生の話を聞いていた殿下が先生をジロリと睨んで言った。

「主治医殿。
 カール殿は感情を表す事が出来ない、と聞いていたが…「嫌がっている」となぜ分かるんだ?」
「……あっ!?」
「…!!」

そうだよ、感情が出せないなら嫌がってるって思わせる事も出来ないはずだもん!

「伯父さん…随分良くなってたんだなぁ」
「感情を表せないだけで、思考することはできるようになっていたんだろう。
 話さなかったのも、単に気を引く手段かもな」

主治医の先生は茫然としている。

「…表情が変わらないから、当時は……。
 そうか、今思えば、あれは感情の、発露…」

殿下はその言葉を聞き、フンと鼻で笑ってから先生に言う。

「報告が不完全だったな、主治医殿?」
「は…い、申し訳…ありませ、ん…」

謝る先生に、殿下は通告する。

「長らく世話になった。
 カール殿は連れて帰る。
 我々が滞在している間に、退院の準備を」

その言葉に先生は力なく頷き……
俺と殿下は療養所を後にした。
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