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学園6年目

【閑話休題】式典準備 ~王宮お針子部隊と調理場の面々~

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王宮の一室。
黙々と、手を動かし続ける10人の男たち。
彼らは王宮衣装係…王族の衣装、官吏の制服、式典の記念グッズ、カーテン、クッション、テーブルクロス…etc.布で出来ている物なら何でも作る係だ。

「……」ダダダダダダダダダダダ
「……」ダダダダダダダダダダダ
「……」ちくちくちくちくちくちく
「……」ちくちくちくちくちくちく
「……」しゅっ、しゅっ、きゅっ。

王宮衣装係は特殊な場所だ。

まず働くのに身分を必要としない。
そして係の長も存在しない。

手を動かさないものは要らない。
デザインを考えつかない者も要らない。
布や糸の在庫管理は管理部に丸投げし、作る事のみに集中できる環境で働く。
次期正室殿下から直々に「王宮お針子部隊」と二つ名を頂く手芸特化型精鋭集団だ。

この春には立太子式と結婚式が控えている。
記念グッズの試作品はすでに神殿の作業所へ回した。
最近の神殿作業所は侮れない。
小物のデザインなどは時に目を引くものがある…

負けてはいられない。

「……」ちくちくちくちくちくちく
「……」ちくちくちくちくちくちく
「……」あみあみあみあみあみあみ
「……」あみあみあみあみあみあみ
「……」しゅっ、しゅっ、きゅっ。

今作っているのは立太子式で王子が纏う長いマントと、結婚式で正室殿下が着用する盛装だ。
黒目黒髪のかのお方は実に平均的な体つきで、のお顔は地味だ。
だからこそ、一番美しく見える装いが決まらない。
ご当人は「お揃いの色違いでいいよ」というが、その服は王子の手足がすらりと長く均整がとれた鍛えられた体形と凛々しく美しいお顔をより良く見せる為のものであって、正室殿下が着ると…無理をして父親の服を着ている子どもと言った感じで…

簡単に言うと
「王子と同じデザインの物が似合わない」
ということだ。

そんなわけで、全員で悩みに悩んで2年半、ようやくデザインが決まったのは1ヶ月前。

「素朴な色合いでシンプルかつ華やか…」
「素朴な色合いでシンプルかつ華やか…」

レース編み班が呪文のように衣装のコンセプトを唱えながら手を動かす。
ジュストコールに刺繍する班も同じように手を動かす。

王宮衣装係は思う。

いっそ閨着のように、アルファード殿下がデザイン画を持って来てくれたら話は早かったのに…。

「どうして先にルース様にお伺いをたててしまったのだろうか」
「自分の見た目に頓着しなさすぎるのは見て分かっていたのにな…」

あれが本当にMDMのステージ衣装を考えた人間なのだろうか?

今後ルース様のお召し物はアルファード殿下にお伺いを立てる事にしよう…

衣装係はそう堅く心に誓ったのだった。

***

一方、王宮の1階にある厨房。

そこもまた特殊な職場だ。
ここでも働くのに身分は考慮されない。
キャベツの千切りも出来ない奴に用はない。
料理の実力があって、王家に反目する可能性が無い人間ならそれでいいのだ。

そこでは結婚式後の晩餐会で提供する食事について会議が重ねられていた。

アルファード殿下とルース様の思い出を辿る…というストーリーを考えたうえで、
メインはルース様の得意料理で殿下がお好きだというハンバーグに決定。
同様の理由でサイドディッシュはコロッケ、前菜はポテトサラダ、そしてスープはじゃがいものポタージュ…と来たところで、気づいた。

「ジャガイモが足りない」

ステーキの付け合わせからポテトフライを抜いてベイクドオニオンに変えたところで、圧倒的に足りない…
ついでに玉ねぎもちょっと足りない。

買えば良いという話ではない。
買えば確実に買い占めになりそうだという話である。

ここ2~3年、ジャガイモの需要は右肩上がりだ。
突如現れたポテチとご当地コロッケによる波及効果で、消費量がどんどん増えているのである。
今やジャガイモは単なる救荒作物ではない。
小さな農家が自給の為に庭先で細々と作るものですら多少の値段が付いて取引される勢いだ。
大きな農家までが輪作のローテーションの中にジャガイモを入れて計画的に栽培を始めている。

「どうしよう…」
「ルース様に相談差し上げては?
 コロッケもポテトサラダもルース様の得意料理だろう」
「しかし、ジャガイモの仕入れ先はさすがに範囲外じゃ…」
「ジャガイモでない料理で殿下との思い出の料理が無いか聞けば良いんじゃないか?」
「そうか、それでまんべんなく食材を使えるコースに組み直す!」

料理長と副料理長たちは急いで離れへ走る。
今日の夕方、ルースは学園へ戻ってしまう。
現在すでに14時過ぎ…荷造りをしている最中だろう。

「何で殿下に相談してしまったんだ…!」
「宴に慣れていらっしゃるからと油断した…!」
「そもそもそれほど食に興味のある方では無かったのを忘れていた…!」

一昨年のクリスマスパーティーの時、厨房の面々はこう考えていた。

「殿下はルース様を愛しすぎて、目が曇っている」

彼らは、あの時ルースが料理の陣頭指揮を執ることになったのは殿下のごり押しだ…と思い込んだ。
彼らは「キッシュとコロッケとピザと唐揚げとチーズバーガー」というメニュー構成を、単にルース様が作れる料理を並べただけなのだと勘違いした…!

「今にして思えば、料理はルース様の十八番おはこだったのだ…」
「神殿のお菓子も最近始まった食堂も、レシピは全てルース様がご寄付されたものだというのに」
「今後、料理の事はルース様に聞こう」
「…そうだな」

料理の腕はこっちが上だが、料理の知識はあっちが上。
そういう事だ…

料理長たちはそう納得し、離れの呼び鈴を鳴らした。
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