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学園6年目
兄と弟の和解 ~エルさま視点~
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兄上の結婚式が何とか終わって次の日。
この機会に昔話でもしよう、という兄上の提案があり、私はジョンと指定のレストランを訪れた。
二人だけで話をしたいという事だったが、万一の事もあるからとジョンが付いてきてくれたのだ。
店に着き、給仕の案内で通された個室には、兄上だけが居て…
「ふむ、時間通りだな」
と言った。
兄上が約束通りに1人で来たのを確認すると、ジョンは「では外で待ちます」と言って個室を出て行った。
兄上は「ミモザ卿は心配性だな」と言って笑った。
アルファード殿下によれば、兄上の言葉に裏などない…兄は思った事をそのまま言っているだけ、なのだそうだ。
ルース先生曰く「ナチュラル失礼」とのこと。
確かに私もそう思う。
ともかく、ジョンが外へ出たのを見計らって、私は兄に挨拶をした。
「…兄上、改めて、結婚おめでとうございます」
「ああ、ありがとうエルグラン。
昨日はご苦労だった、助かったぞ」
私は驚いた。
まさか兄上が私に、感謝の言葉を述べるとは思わなかったからだ。
「……兄上からそのようなお言葉を頂けるとは」
「私を何だと思っているんだお前は。
相手に言葉の裏を読んで貰わねば意思疎通もできん連中と付き合っていたせいで捻くれたのか?」
気が付けば憎まれ口をたたく兄上。
今となれば、そういう所が私との諍いの始まりだったのだと分かる。
変わらないな、と何だか可笑しくなる。
「兄上はいつもそういう事を言う」
「相手が気づくことを一方的に期待して回りくどく話すのは甘えだ。
はっきりこっちが思っている事を言うのが一番早い」
「それはそうかもしれませんが…
相手が怒ったらどうするんですか」
「私は第一王子だ。
この国で怒らせてはいけない相手などいない」
「なっ…そうかもしれませんが!!」
「はは、分かっている。
外国との交渉時にはなるべく黙っている事にする」
気遣いの出来る伴侶を得たからな…と兄。
ゴードさんへの依存度が心配になる。
「まあ国内では、怒るどころかご機嫌取りに来る連中のほうが多いしな」
「ご機嫌取りであることは分かるのですね」
「ああ、そういうのはニヤニヤと笑うからすぐ分かる。俺の発言を肯定するふりをして調子に乗るしな。
だがそういうのは使い勝手がいいから重宝するぞ!書類仕事の手伝いをさせたりな」
「えっ…兄上が書類仕事…?」
兄上が机について何かをしているなんて想像が出来ないのだが…
いつからそんな事をしていたのだろう?
「ある日やせ細った官吏を、死んではいかんからと太るまで登城停止にしてやったら、その間そやつの仕事をする者がおらねば困ると言われてな。
ならばと仕事を代わってやることにしたのだ。
そうやってついに、全ての部署を制覇したぞ!
おかげで今の政治のおかしさに気付けた」
「…そうだったんですか」
一体いつからそんな事をしていたのだろう。
城の中を闊歩し、やせ細った官吏たちを見つけては登城停止にする兄上…
本当は彼の命を心配しての行動だが、第2王子派に属していた者たちは悪意を持って捉えたのだろう。
そして、私に兄の悪口を延々と聞かせて…
あなたが王になるべきだと持ち上げて。
でもその言葉を鵜呑みに出来るほど私はお気楽な性格では無くて…。
唯一信用できたのは、貴族と縁のなかったジョンだけだった。
そしてそのジョンを伴って、兄の言う通りにカメリアを出た…。
私は、ローズへ行っても変わらないと思っていた。
国に縛られて、自分を殺して生きていくのだと…
それなのに。
考え込む私に、兄は続けて言った。
「その…だな。
小さい頃の俺は「過労」という言葉を知らず、痩せた者は死ぬという恐ろしい呪いがこの城にかけられていると思っていたんだ。
だから死にたくない一心で強い身体を手に入れた。
手に入れたんだが…呪いでは無いと分かった今でも、細い者を見ると不安が掻き立てられてな」
「…それで、やせ型の人間を遠ざけているんですか?」
「うむ、情けない話だが…理解しているつもりでも、どうしてもそれが抜けんのだ」
何と、細身の人間を嫌う理由もちゃんとあったのだ。
意味も無くただ気に入らないのかと…。
「父上たちがお前をアルファード殿と番わせると言ったのに賛成したのもな。
お前が細かったから、このままでは呪いで死ぬかもしれんと思って…
だからよそにやったほうが良いと思ったんだ」
「あの媚薬入りワインの理由は?」
「側室として子どもが出来なければ3年で返されると聞いたからだ。
ローズの学園祭へ行った者がな、お前がこちらにいるよりずっと楽しそうにしていると報告してきたから、だったら末永くローズにいられるようにしてやるべきだと思った」
本当にそうなのか?
話が出来過ぎていやしないだろうか。
兄上が私を騙そうとしているのではないか?
自分がこの国の王になる為に…。
「私とアルファード殿下の間に子を作らせて、その子を通じてローズを操るつもりだったんでしょう?」
「ああ、それがローズ国民の為だと思ったからな。
あれはローズ王家に対する下らない噂を信じた私が悪かったのだ……。
だからアルファード殿に直接謝罪をしたし、ローズの国王陛下にも謝罪をした」
「謝罪!?…謝ったのですか、兄上が?」
「悪い事をしたと思ったら謝るのが筋だろう」
全く、私の事をどう思っているんだ…とムスっとする兄。
だって、今まで私の事を散々軟弱とかひ弱とか言っておいて、謝ったことなど…
……あっ。
悪いと思っていないからだ!!
そう考えると…うん、兄上らしい。
しかし、今までの話が本当なら、兄は口は悪いが自分でものを考える人間のはずだ。
なぜそんな怪しい噂を信じたのだろうか。
やはりおかしい……何か、ある。
「なぜ疑いもせず、その話を信じたのですか?」
「何故かはわからん、だが…その噂を確かめようともせず頭から信じてしまった事は一生の恥だ」
兄は後ろ頭をポリポリと掻きながらしょぼくれた顔をした。
それを見た私はふと思った。
もしかして、闇魔法?
まさか、兄上にも…!?
私は不安になり、兄に聞いた。
「兄上、兄上が会ったローズの貴族の中に、エルムという方は…」
「ん?ああ、居たぞ。
他の国でも夜会を開く、宴好きの小デブだろう」
「こっ…、どういう認識なんですか!?」
「どこでも偉そうな面をする薄ハゲ」
「よりひどくなった!?」
そのあまりの言いぐさに、私は兄に闇魔法に掛けられていた可能性がある事を…
一瞬、忘れた。
この機会に昔話でもしよう、という兄上の提案があり、私はジョンと指定のレストランを訪れた。
二人だけで話をしたいという事だったが、万一の事もあるからとジョンが付いてきてくれたのだ。
店に着き、給仕の案内で通された個室には、兄上だけが居て…
「ふむ、時間通りだな」
と言った。
兄上が約束通りに1人で来たのを確認すると、ジョンは「では外で待ちます」と言って個室を出て行った。
兄上は「ミモザ卿は心配性だな」と言って笑った。
アルファード殿下によれば、兄上の言葉に裏などない…兄は思った事をそのまま言っているだけ、なのだそうだ。
ルース先生曰く「ナチュラル失礼」とのこと。
確かに私もそう思う。
ともかく、ジョンが外へ出たのを見計らって、私は兄に挨拶をした。
「…兄上、改めて、結婚おめでとうございます」
「ああ、ありがとうエルグラン。
昨日はご苦労だった、助かったぞ」
私は驚いた。
まさか兄上が私に、感謝の言葉を述べるとは思わなかったからだ。
「……兄上からそのようなお言葉を頂けるとは」
「私を何だと思っているんだお前は。
相手に言葉の裏を読んで貰わねば意思疎通もできん連中と付き合っていたせいで捻くれたのか?」
気が付けば憎まれ口をたたく兄上。
今となれば、そういう所が私との諍いの始まりだったのだと分かる。
変わらないな、と何だか可笑しくなる。
「兄上はいつもそういう事を言う」
「相手が気づくことを一方的に期待して回りくどく話すのは甘えだ。
はっきりこっちが思っている事を言うのが一番早い」
「それはそうかもしれませんが…
相手が怒ったらどうするんですか」
「私は第一王子だ。
この国で怒らせてはいけない相手などいない」
「なっ…そうかもしれませんが!!」
「はは、分かっている。
外国との交渉時にはなるべく黙っている事にする」
気遣いの出来る伴侶を得たからな…と兄。
ゴードさんへの依存度が心配になる。
「まあ国内では、怒るどころかご機嫌取りに来る連中のほうが多いしな」
「ご機嫌取りであることは分かるのですね」
「ああ、そういうのはニヤニヤと笑うからすぐ分かる。俺の発言を肯定するふりをして調子に乗るしな。
だがそういうのは使い勝手がいいから重宝するぞ!書類仕事の手伝いをさせたりな」
「えっ…兄上が書類仕事…?」
兄上が机について何かをしているなんて想像が出来ないのだが…
いつからそんな事をしていたのだろう?
「ある日やせ細った官吏を、死んではいかんからと太るまで登城停止にしてやったら、その間そやつの仕事をする者がおらねば困ると言われてな。
ならばと仕事を代わってやることにしたのだ。
そうやってついに、全ての部署を制覇したぞ!
おかげで今の政治のおかしさに気付けた」
「…そうだったんですか」
一体いつからそんな事をしていたのだろう。
城の中を闊歩し、やせ細った官吏たちを見つけては登城停止にする兄上…
本当は彼の命を心配しての行動だが、第2王子派に属していた者たちは悪意を持って捉えたのだろう。
そして、私に兄の悪口を延々と聞かせて…
あなたが王になるべきだと持ち上げて。
でもその言葉を鵜呑みに出来るほど私はお気楽な性格では無くて…。
唯一信用できたのは、貴族と縁のなかったジョンだけだった。
そしてそのジョンを伴って、兄の言う通りにカメリアを出た…。
私は、ローズへ行っても変わらないと思っていた。
国に縛られて、自分を殺して生きていくのだと…
それなのに。
考え込む私に、兄は続けて言った。
「その…だな。
小さい頃の俺は「過労」という言葉を知らず、痩せた者は死ぬという恐ろしい呪いがこの城にかけられていると思っていたんだ。
だから死にたくない一心で強い身体を手に入れた。
手に入れたんだが…呪いでは無いと分かった今でも、細い者を見ると不安が掻き立てられてな」
「…それで、やせ型の人間を遠ざけているんですか?」
「うむ、情けない話だが…理解しているつもりでも、どうしてもそれが抜けんのだ」
何と、細身の人間を嫌う理由もちゃんとあったのだ。
意味も無くただ気に入らないのかと…。
「父上たちがお前をアルファード殿と番わせると言ったのに賛成したのもな。
お前が細かったから、このままでは呪いで死ぬかもしれんと思って…
だからよそにやったほうが良いと思ったんだ」
「あの媚薬入りワインの理由は?」
「側室として子どもが出来なければ3年で返されると聞いたからだ。
ローズの学園祭へ行った者がな、お前がこちらにいるよりずっと楽しそうにしていると報告してきたから、だったら末永くローズにいられるようにしてやるべきだと思った」
本当にそうなのか?
話が出来過ぎていやしないだろうか。
兄上が私を騙そうとしているのではないか?
自分がこの国の王になる為に…。
「私とアルファード殿下の間に子を作らせて、その子を通じてローズを操るつもりだったんでしょう?」
「ああ、それがローズ国民の為だと思ったからな。
あれはローズ王家に対する下らない噂を信じた私が悪かったのだ……。
だからアルファード殿に直接謝罪をしたし、ローズの国王陛下にも謝罪をした」
「謝罪!?…謝ったのですか、兄上が?」
「悪い事をしたと思ったら謝るのが筋だろう」
全く、私の事をどう思っているんだ…とムスっとする兄。
だって、今まで私の事を散々軟弱とかひ弱とか言っておいて、謝ったことなど…
……あっ。
悪いと思っていないからだ!!
そう考えると…うん、兄上らしい。
しかし、今までの話が本当なら、兄は口は悪いが自分でものを考える人間のはずだ。
なぜそんな怪しい噂を信じたのだろうか。
やはりおかしい……何か、ある。
「なぜ疑いもせず、その話を信じたのですか?」
「何故かはわからん、だが…その噂を確かめようともせず頭から信じてしまった事は一生の恥だ」
兄は後ろ頭をポリポリと掻きながらしょぼくれた顔をした。
それを見た私はふと思った。
もしかして、闇魔法?
まさか、兄上にも…!?
私は不安になり、兄に聞いた。
「兄上、兄上が会ったローズの貴族の中に、エルムという方は…」
「ん?ああ、居たぞ。
他の国でも夜会を開く、宴好きの小デブだろう」
「こっ…、どういう認識なんですか!?」
「どこでも偉そうな面をする薄ハゲ」
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