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序章─旅は道連れ。
始まりは道連れ。
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息苦しくて目が覚める。室内は真っ暗でひんやりとしていて、暖炉の火は消えたらしいと動かない頭で考える。
あぁ、そういえば彼はどうしたのだろう。火がなければ、彼は実体を保てないのでは無かったか?ぼんやりとして思考が纏まらない上、何だか体が非常に怠い。汗で肌に張り付く前髪が鬱陶しい。
自分の体なのに思うように動かせず困惑するばかりであるが、雨が屋根や地面に当たる音が何だか煩く感じられて。
しかしそれも、何だか遠くに聞こえるのは何故だろうか。
ぼーっとしていれば、真っ暗だった室内がじんわりと明るくなってきた。いきなりパッとついたわけではないので、眩しいとは感じない。
「あ、起きた?」
「……ぅ…ぁ……?」
上からこちらを覗き込むのは、実態を持った影。どうやらこの屋敷の明かりが復活したようで、その姿は先程見たときよりもハッキリとしていた。
しかし声を出そうとすれば喉が痛み、声が掠れて出なかった。酷く喉が乾いている。眉を寄せていれば、影が一言。
「お前、熱出して丸一日起きなかったんだぞ!ほら、飲み物出してきたから起き上がって飲め?」
丸一日。そう聞いて目を見開く。つまり、数分もしくは数時間かと思いきや、一日寝ていたわけで。オマケに熱を出しているという。だからこんなにも喉が乾いているのか、と納得する。
手を貸してもらいながら起き上がり、親切にもストローをつけてもらった飲み物を飲む。レモンの酸味と塩っぱさがある水を少しずつ飲み込めば、ようやく喉がマシになった。
薬もあるからとお粥を出された。時刻は既に夜らしいのだが、薬を飲むためにも何か腹に入れないといけない。
チーズと牛乳で作られた甘めのミルク粥は、好みの味でとても食べやすかった。残すかもしれないと心配だったが、無事に完食できた。
薬はぬるま湯で飲み込み、すぐに横にはならず毛布にくるまる。それを見て影は不思議そうに首を傾げた。
「寝ねぇの?」
「ねむく、ないです」
「熱は寝ないと治んねぇって俺知ってんだぞ!」
「物知りっすね」
そう言えば胸を張る影。自分より圧倒的に年上の筈なのに、何だか年下を相手にしている気分である。
眠くないとは言ったが、確かに風邪を治すには寝た方がいいだろう。眠くなくとも、横になれば眠れるはずだ。
……汗の不快感さえなければ。
「…とりあえず、寝るにしてもこのままだと風邪が悪化しますね…」
「なんで?」
「これだけ汗をかけば、服だって濡れますよ…服が濡れると、体が冷えて悪化するんです」
「えっ!!じ、じゃあ、替えの服いるじゃん!!」
流石に屋敷も服は出せないらしく、わたわたと慌てる影は見ていて楽しい。バイクに付けている鞄に替えがあると言えば、急いで取りに行った。
ふと自分の足下に目をやれば、水の張った桶にタオルがあった。どうやら屋敷の親切のようだ。影が服を発掘している間、着ていた服を脱いで水を絞ったタオルで体を拭く。少しひんやりとしたタオルが、火照った体に気持ちいい。
発掘できたらしい服を持ってきた影が、いつの間にか水の消えた桶に脱いだ服を投げ入れた。人の服だぞ。
「こっちはこうしとけば洗ってくれるから。早くこれ着て寝て治せ!」
「…うん、どうも」
替えの服を着れば、幾分か気分も良くなった。やはり一度乾いたとはいえ雨に濡れ、しかも今度は汗を吸った服は気持ち悪い。
多少さっぱりしたので、今度は恐らく眠れるだろう。ソファに横になれば、影がまたその横に座り込む。
「お、寝る?」
「寝る…」
「じゃ、おやすみ」
「うん…」
横になってしまえば自然と瞼は下がってくる。意識が途切れる前、額に冷たい物が柔らかく触れた気がした。
─────
本日、快晴。しかし晴れやかな空とは正反対に、地面は酷く水分を含みぬかるんでいた。下手に歩けば足を取られて転んでしまうだろう。
窓の外から視線を外し、自分の後ろで歓喜に振るえる影を見る。彼の紅い瞳は、昨晩見たものとは比べ物にならないほど輝いていた。
「窓が!!!黒くない!!!!」
「そうですね」
「なぁ、空が青いぞ!!!白い雲が見える!!!光があったかい!!!!!」
「そうですね」
「Fuuuuuuuuuuuuu!!!!!!!!!!」
「うるさっ」
果たして何年ここで独り過ごしたのかは知らないが、テンションの上がりようが凄い。同情が一周回って『うざい』に書き換えられる程に。
テンションが上がるのはいい。久しぶりに見えた外にはしゃぐのは分かる。分かるが、至近距離で叫ばないでほしい。
何が『フゥーーゥ!!』だ。こっちは『うわぁ…』だ。
時計を見ればまだお昼前であり、地面のぬかるみ的にも出発はもう少し後にすることにした。熱はもう下がっている。体も特にダルさは残っていない。万全とは言えないだろうが、旅を続けるには十分であろう。
はしゃぐ影を無視して、屋敷の風呂を借りることにした。乾いたとは言え、雨に濡れたのでシャワーぐらいは浴びたい。
脱衣所に向かえば、棚には綺麗に洗濯され乾いた昨日来ていた服が畳まれて置かれていた。なんとなく柔らかく良い香りがするが、それが何の匂いかは知らなかった。
浴槽に溜められていたお湯に有り難く浸かり、恐らく用意されたらしい石鹸を使い、久しぶりにホカホカと湯気が出そうなほど暖まれた。
服を着ようと先程置いた場所を見れば、いつの間にか先程まで着ていた服も洗ってくれたらしく、丁寧に畳まれているのが目に入る。この屋敷に何故人が居ないのかが分からない。
「風呂終わったー?飯出来てるぞー!」
「…この屋敷の出来る範囲と出来ない範囲がわからない…」
「気にするだけ無駄だ」
談話室に戻れば、テーブルの上にサラダとパンとスープが置かれていた。影はどうやら食事の必要はないらしく、一人分しかなかった。
先にサラダを食べ、スープにパンを浸けて食べる。食後の紅茶には角砂糖を二つ。普通に美味しかった。対面に座る影は何が楽しいのか、こちらをニコニコと笑いながら見ている。食べ終われば、食器は煙のようにふわりと消えた。
「なぁ、いつ出発するんだ?」
「もう少し地面が固まったら。あと二時間もすれば多少固まるでしょうし、それからですね。アンタは今すぐにでも出れるんじゃないんすか?」
「うん。出れた。さっき出てみた」
「?じゃあ何でまだここに?」
「え、だってお前いるし」
二人で首を傾げる。また認識の齟齬があるらしい。どうやら、この影はきちんと話さなければすれ違いが多くなることが分かった。
これきりの関係の筈なのに、何故こんなことを気にしなければないのだろうか。
「自分がいたとしても、アンタはもう自由でしょう?何故自分がいるからとここに残る必要があるんすか?」
「??だって、一人はつまんねぇだろ?」
「……つまり?」
「旅は道連れ、ってよく言うよな!!」
つまり、このまま自分についてくる、ということで合っているのだろうか?思わずため息をつく。
「はぁ…世の中、情けも容赦もないと思いますけどね」
「ふはっ!ひねくれとる~」
本当に何が面白いのか。ケタケタと笑う影は、やはり昨日よりその姿がハッキリと濃くなっている気がした。
頬杖をついてニヤリと笑う影。こちらを見る紅い瞳が享楽に染まっているのは 、残念ながら見間違いではない。
「独りより二人の方が楽しいぜ」
「…必ずしもそうとは限りませんけどね」
「え~?じゃあ、オレ戦えるぜ」
何でも無いように告げられたその台詞に、目を見開く。何十年もここに閉じ込められていたと言う影が戦えるなんて思いもしなかったし、何よりただの影に戦えるのかという疑問が沸く。
しかしその紅い瞳に嘘偽りは見られず、着いてきたいがために着いた嘘では無さそうだと判断する。実力は定かではないが、護衛になり得るというのなら少々魅力的だ。
しばらく考え込み、顔を上げれば良い返事を待っている黒い顔が。もう一つ、ため息をつく。
「しょうがない…何か断っても付いてきそうですし、いいですよ。道連れ、されてやろうじゃないですか」
「やったー!!あ、そういえばお前のことなんて呼べばいい?」
思い出したかのように告げられた言葉に、ピタリと止まる。確かに自分たちは自己紹介すらしていない。熱で一日朦朧していたとはいえ、一応二日ほど一緒に居たわけだが。
別に減るものでも無いし、既に同行を許可してしまっている。呼び方ぐらい好きに…と思いつつ、それで変なあだ名でも付けられたら面倒だなと大人しく名乗ることにした。
「自分はバイク乗りです」
「バイク乗り?へぇー。あのバイクに乗ってるからか」
「そうですね。身内がそう呼ぶ内に、それで定着したので」
「なるほどなー。オレはドッベルゲンガー!よろしくな!」
彼の名乗りに、パチリと目を瞬かせる。ドッペルゲンガーとは、自分とそっくりなものが現れる現象。それに出会うと命を取られてしまうなんて話がある。
まさかそんな危険と言われる種族だとは思わなかった。しかし、目の前の影は全く自分に似ていない。自分よりも背が高いし、何より全身真っ黒で顔は目と口くらいしか分からない。
何処がドッペルゲンガーなのか。そう不審がっていることに気づいたのだろう。心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。
「言っとくけど、姿をコピーして成り代わるのは魔物の方だからな。オレたちはただ、誰かの影に入ってちょっとだけ元気を分けてもらうだけ。ま、簡単に言えば影の神様だな!」
「かみさま」
「おうよ!影さえあれば自由に操れるぜ!!」
凄いですね、とどうにか呟く。どうやら、思ったより凄い人物だったらしい。ただし、影がなければ使い物にならないんだろうな、と何処が冷めた考えが頭を過る。
これからの旅路が心配になってくる。はたして、平穏に進むことが出来るのか。
「ところで、まだ出発しねぇの?」
「まだ三十分も経ってませんが」
やはり、少々不安である。
大体おやつの時間と呼ばれる時間帯。ようやく地面がマシになってきたようなので、そろそろ出発するところであった。影─ドッペルゲンガーは、出発を今か今かと待ち望んでいた。そわそわと少々うるさい。
屋敷から少しだけ旅の物資を貰い、バイクの燃料も満タンにした。カバンの中身を確認し、ようやく準備が終わる。
完璧に乾いた飛行帽を被り、ゴーグルを着ける。ドッペルゲンガーには何も要らないであろう。
「ところで、ゲンガーさんはどうやって乗るんですか?後ろに乗るんですか?」
「ゲンガーさん??や、オレはお前の影に入ってるわ。途中で半分出てくるかもしんねぇけど」
「ドッペルゲンガーとか、長ったるい…まぁ、それならいいんですけど。落ちないでくださいね」
「え、じゃあお前バイクくんな!!おう!!ちゃんと掴まっとく!!!」
「えぇ…まぁ、いいか…」
バイクに跨がり、エンジンをかける。ドッペルゲンガーは既に影に入り込んでいた。なんだか少し、自分の影が濃くなっている気がする。
壊れた扉から屋敷の中を見る。やはり、踊り場の絵画は真っ黒に塗りつぶされていた。
バイクを走らせれば景色が後ろへと流れていく。スピードが出てくれば、物珍しそうに影からドッペルゲンガーが顔を出した。そのまま上半身まで出し、寄り掛かってきた。
重さは感じないが、気分的に重いと文句を言えばケタケタと笑う。
「なぁ!どこ向かってんの!!」
「何処か!!」
「どこだよ!!!」
風の音にかき消されないよう、声を張る。目的地は決まっているが、何となくでぼかす。本当に何となくであった。それでもツボにでも嵌まったのか、爆笑しているドッペルゲンガー。何が面白いのだろうか。
目的地にはここから三日ぐらいで着く筈だ。明るければある程度方向は分かる。途中で野宿しながら、ある程度の決まり事を彼と決めなければいけない。
頭にインプットされている世界地図を開きつつ、自分たちの位置を考えながら道を進む。
突然始まった二人旅。最初の目的地は『発明の国』である。
しばらくは何もない道をバイクは走る。
白い少年と真っ黒な影という正反対の二人を乗せて。
旅は、道連れから始まる。
『魔法の屋敷』→next『発明の国』
あぁ、そういえば彼はどうしたのだろう。火がなければ、彼は実体を保てないのでは無かったか?ぼんやりとして思考が纏まらない上、何だか体が非常に怠い。汗で肌に張り付く前髪が鬱陶しい。
自分の体なのに思うように動かせず困惑するばかりであるが、雨が屋根や地面に当たる音が何だか煩く感じられて。
しかしそれも、何だか遠くに聞こえるのは何故だろうか。
ぼーっとしていれば、真っ暗だった室内がじんわりと明るくなってきた。いきなりパッとついたわけではないので、眩しいとは感じない。
「あ、起きた?」
「……ぅ…ぁ……?」
上からこちらを覗き込むのは、実態を持った影。どうやらこの屋敷の明かりが復活したようで、その姿は先程見たときよりもハッキリとしていた。
しかし声を出そうとすれば喉が痛み、声が掠れて出なかった。酷く喉が乾いている。眉を寄せていれば、影が一言。
「お前、熱出して丸一日起きなかったんだぞ!ほら、飲み物出してきたから起き上がって飲め?」
丸一日。そう聞いて目を見開く。つまり、数分もしくは数時間かと思いきや、一日寝ていたわけで。オマケに熱を出しているという。だからこんなにも喉が乾いているのか、と納得する。
手を貸してもらいながら起き上がり、親切にもストローをつけてもらった飲み物を飲む。レモンの酸味と塩っぱさがある水を少しずつ飲み込めば、ようやく喉がマシになった。
薬もあるからとお粥を出された。時刻は既に夜らしいのだが、薬を飲むためにも何か腹に入れないといけない。
チーズと牛乳で作られた甘めのミルク粥は、好みの味でとても食べやすかった。残すかもしれないと心配だったが、無事に完食できた。
薬はぬるま湯で飲み込み、すぐに横にはならず毛布にくるまる。それを見て影は不思議そうに首を傾げた。
「寝ねぇの?」
「ねむく、ないです」
「熱は寝ないと治んねぇって俺知ってんだぞ!」
「物知りっすね」
そう言えば胸を張る影。自分より圧倒的に年上の筈なのに、何だか年下を相手にしている気分である。
眠くないとは言ったが、確かに風邪を治すには寝た方がいいだろう。眠くなくとも、横になれば眠れるはずだ。
……汗の不快感さえなければ。
「…とりあえず、寝るにしてもこのままだと風邪が悪化しますね…」
「なんで?」
「これだけ汗をかけば、服だって濡れますよ…服が濡れると、体が冷えて悪化するんです」
「えっ!!じ、じゃあ、替えの服いるじゃん!!」
流石に屋敷も服は出せないらしく、わたわたと慌てる影は見ていて楽しい。バイクに付けている鞄に替えがあると言えば、急いで取りに行った。
ふと自分の足下に目をやれば、水の張った桶にタオルがあった。どうやら屋敷の親切のようだ。影が服を発掘している間、着ていた服を脱いで水を絞ったタオルで体を拭く。少しひんやりとしたタオルが、火照った体に気持ちいい。
発掘できたらしい服を持ってきた影が、いつの間にか水の消えた桶に脱いだ服を投げ入れた。人の服だぞ。
「こっちはこうしとけば洗ってくれるから。早くこれ着て寝て治せ!」
「…うん、どうも」
替えの服を着れば、幾分か気分も良くなった。やはり一度乾いたとはいえ雨に濡れ、しかも今度は汗を吸った服は気持ち悪い。
多少さっぱりしたので、今度は恐らく眠れるだろう。ソファに横になれば、影がまたその横に座り込む。
「お、寝る?」
「寝る…」
「じゃ、おやすみ」
「うん…」
横になってしまえば自然と瞼は下がってくる。意識が途切れる前、額に冷たい物が柔らかく触れた気がした。
─────
本日、快晴。しかし晴れやかな空とは正反対に、地面は酷く水分を含みぬかるんでいた。下手に歩けば足を取られて転んでしまうだろう。
窓の外から視線を外し、自分の後ろで歓喜に振るえる影を見る。彼の紅い瞳は、昨晩見たものとは比べ物にならないほど輝いていた。
「窓が!!!黒くない!!!!」
「そうですね」
「なぁ、空が青いぞ!!!白い雲が見える!!!光があったかい!!!!!」
「そうですね」
「Fuuuuuuuuuuuuu!!!!!!!!!!」
「うるさっ」
果たして何年ここで独り過ごしたのかは知らないが、テンションの上がりようが凄い。同情が一周回って『うざい』に書き換えられる程に。
テンションが上がるのはいい。久しぶりに見えた外にはしゃぐのは分かる。分かるが、至近距離で叫ばないでほしい。
何が『フゥーーゥ!!』だ。こっちは『うわぁ…』だ。
時計を見ればまだお昼前であり、地面のぬかるみ的にも出発はもう少し後にすることにした。熱はもう下がっている。体も特にダルさは残っていない。万全とは言えないだろうが、旅を続けるには十分であろう。
はしゃぐ影を無視して、屋敷の風呂を借りることにした。乾いたとは言え、雨に濡れたのでシャワーぐらいは浴びたい。
脱衣所に向かえば、棚には綺麗に洗濯され乾いた昨日来ていた服が畳まれて置かれていた。なんとなく柔らかく良い香りがするが、それが何の匂いかは知らなかった。
浴槽に溜められていたお湯に有り難く浸かり、恐らく用意されたらしい石鹸を使い、久しぶりにホカホカと湯気が出そうなほど暖まれた。
服を着ようと先程置いた場所を見れば、いつの間にか先程まで着ていた服も洗ってくれたらしく、丁寧に畳まれているのが目に入る。この屋敷に何故人が居ないのかが分からない。
「風呂終わったー?飯出来てるぞー!」
「…この屋敷の出来る範囲と出来ない範囲がわからない…」
「気にするだけ無駄だ」
談話室に戻れば、テーブルの上にサラダとパンとスープが置かれていた。影はどうやら食事の必要はないらしく、一人分しかなかった。
先にサラダを食べ、スープにパンを浸けて食べる。食後の紅茶には角砂糖を二つ。普通に美味しかった。対面に座る影は何が楽しいのか、こちらをニコニコと笑いながら見ている。食べ終われば、食器は煙のようにふわりと消えた。
「なぁ、いつ出発するんだ?」
「もう少し地面が固まったら。あと二時間もすれば多少固まるでしょうし、それからですね。アンタは今すぐにでも出れるんじゃないんすか?」
「うん。出れた。さっき出てみた」
「?じゃあ何でまだここに?」
「え、だってお前いるし」
二人で首を傾げる。また認識の齟齬があるらしい。どうやら、この影はきちんと話さなければすれ違いが多くなることが分かった。
これきりの関係の筈なのに、何故こんなことを気にしなければないのだろうか。
「自分がいたとしても、アンタはもう自由でしょう?何故自分がいるからとここに残る必要があるんすか?」
「??だって、一人はつまんねぇだろ?」
「……つまり?」
「旅は道連れ、ってよく言うよな!!」
つまり、このまま自分についてくる、ということで合っているのだろうか?思わずため息をつく。
「はぁ…世の中、情けも容赦もないと思いますけどね」
「ふはっ!ひねくれとる~」
本当に何が面白いのか。ケタケタと笑う影は、やはり昨日よりその姿がハッキリと濃くなっている気がした。
頬杖をついてニヤリと笑う影。こちらを見る紅い瞳が享楽に染まっているのは 、残念ながら見間違いではない。
「独りより二人の方が楽しいぜ」
「…必ずしもそうとは限りませんけどね」
「え~?じゃあ、オレ戦えるぜ」
何でも無いように告げられたその台詞に、目を見開く。何十年もここに閉じ込められていたと言う影が戦えるなんて思いもしなかったし、何よりただの影に戦えるのかという疑問が沸く。
しかしその紅い瞳に嘘偽りは見られず、着いてきたいがために着いた嘘では無さそうだと判断する。実力は定かではないが、護衛になり得るというのなら少々魅力的だ。
しばらく考え込み、顔を上げれば良い返事を待っている黒い顔が。もう一つ、ため息をつく。
「しょうがない…何か断っても付いてきそうですし、いいですよ。道連れ、されてやろうじゃないですか」
「やったー!!あ、そういえばお前のことなんて呼べばいい?」
思い出したかのように告げられた言葉に、ピタリと止まる。確かに自分たちは自己紹介すらしていない。熱で一日朦朧していたとはいえ、一応二日ほど一緒に居たわけだが。
別に減るものでも無いし、既に同行を許可してしまっている。呼び方ぐらい好きに…と思いつつ、それで変なあだ名でも付けられたら面倒だなと大人しく名乗ることにした。
「自分はバイク乗りです」
「バイク乗り?へぇー。あのバイクに乗ってるからか」
「そうですね。身内がそう呼ぶ内に、それで定着したので」
「なるほどなー。オレはドッベルゲンガー!よろしくな!」
彼の名乗りに、パチリと目を瞬かせる。ドッペルゲンガーとは、自分とそっくりなものが現れる現象。それに出会うと命を取られてしまうなんて話がある。
まさかそんな危険と言われる種族だとは思わなかった。しかし、目の前の影は全く自分に似ていない。自分よりも背が高いし、何より全身真っ黒で顔は目と口くらいしか分からない。
何処がドッペルゲンガーなのか。そう不審がっていることに気づいたのだろう。心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。
「言っとくけど、姿をコピーして成り代わるのは魔物の方だからな。オレたちはただ、誰かの影に入ってちょっとだけ元気を分けてもらうだけ。ま、簡単に言えば影の神様だな!」
「かみさま」
「おうよ!影さえあれば自由に操れるぜ!!」
凄いですね、とどうにか呟く。どうやら、思ったより凄い人物だったらしい。ただし、影がなければ使い物にならないんだろうな、と何処が冷めた考えが頭を過る。
これからの旅路が心配になってくる。はたして、平穏に進むことが出来るのか。
「ところで、まだ出発しねぇの?」
「まだ三十分も経ってませんが」
やはり、少々不安である。
大体おやつの時間と呼ばれる時間帯。ようやく地面がマシになってきたようなので、そろそろ出発するところであった。影─ドッペルゲンガーは、出発を今か今かと待ち望んでいた。そわそわと少々うるさい。
屋敷から少しだけ旅の物資を貰い、バイクの燃料も満タンにした。カバンの中身を確認し、ようやく準備が終わる。
完璧に乾いた飛行帽を被り、ゴーグルを着ける。ドッペルゲンガーには何も要らないであろう。
「ところで、ゲンガーさんはどうやって乗るんですか?後ろに乗るんですか?」
「ゲンガーさん??や、オレはお前の影に入ってるわ。途中で半分出てくるかもしんねぇけど」
「ドッペルゲンガーとか、長ったるい…まぁ、それならいいんですけど。落ちないでくださいね」
「え、じゃあお前バイクくんな!!おう!!ちゃんと掴まっとく!!!」
「えぇ…まぁ、いいか…」
バイクに跨がり、エンジンをかける。ドッペルゲンガーは既に影に入り込んでいた。なんだか少し、自分の影が濃くなっている気がする。
壊れた扉から屋敷の中を見る。やはり、踊り場の絵画は真っ黒に塗りつぶされていた。
バイクを走らせれば景色が後ろへと流れていく。スピードが出てくれば、物珍しそうに影からドッペルゲンガーが顔を出した。そのまま上半身まで出し、寄り掛かってきた。
重さは感じないが、気分的に重いと文句を言えばケタケタと笑う。
「なぁ!どこ向かってんの!!」
「何処か!!」
「どこだよ!!!」
風の音にかき消されないよう、声を張る。目的地は決まっているが、何となくでぼかす。本当に何となくであった。それでもツボにでも嵌まったのか、爆笑しているドッペルゲンガー。何が面白いのだろうか。
目的地にはここから三日ぐらいで着く筈だ。明るければある程度方向は分かる。途中で野宿しながら、ある程度の決まり事を彼と決めなければいけない。
頭にインプットされている世界地図を開きつつ、自分たちの位置を考えながら道を進む。
突然始まった二人旅。最初の目的地は『発明の国』である。
しばらくは何もない道をバイクは走る。
白い少年と真っ黒な影という正反対の二人を乗せて。
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『魔法の屋敷』→next『発明の国』
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