上 下
194 / 220
アルベールハッピーエンド あなたと生きる道

8 絶対に許さない

しおりを挟む
 ヴィクトリアは、とりあえず馬車を降りると、川辺にいるはずの馬を見に行った。ヴィクトリアは転移魔法が使えないと思い込んでいたので、「寝ているアルベールをどうしよう問題」はあるが、とにかく逃げるためには馬が必要だと思った。

 川辺に辿り着くと馬はまだそこにいた。それから、たき火の跡と、そばの地面に刺さったままの魚串焼きが視界に入った。

(私はどうしてあの時、急に眠ってしまったのかしら……)

 ヴィクトリアは、もしかしたらアルベールが何かしたんじゃないかと疑い、現場の残り香を嗅ごうとしたが、魚と香草の焼けた匂いに邪魔されて上手く探れなかった。

 嗅覚で探るのは諦めたが、それでも不思議に思って考え込んでいると、いきなり、頭の中に現在目の前にある光景とは全く別の絵が浮かんできた。

 それは今の憎たらしい感じとは違って、もっとずっと可愛らしい子供のアルベールが、自宅で本を読んでいる様子だった。

 ヴィクトリアはこれは何かの魔法のようだと驚きつつ、本好きの彼女は子供のアルベールが何を読んでいるか気になり、絵の中で広げられている本の中身を注視した。

 そこには「麻酔草」の文字があり、麻酔草の写真と共に詳しい解説が載っていた。

 次いで、絵が切り替わり、大人になった今のアルベールが山の中を歩き回っている図が浮かんできた。

 絵の中のアルベールはふと歩みを止め、足元にあった草――本に載っていた写真にそっくりな草――を採取すると、口元にニヤッと悪そうな笑みを浮かべていた――――

「……何よ、これ…………」

 ヴィクトリアは図らずも『過去視』を発動させていたわけだが、それによって、自分が急に寝てしまったのではなくて、アルベールに嵌められたのだと知った。

「信じられない!」

 アルベールは処刑場でレインを「卑怯」だと言っていたが、ヴィクトリアにしてみればアルベールこそがとんでもない卑劣漢だった。

 ヴィクトリアはアルベールに対して怒りしか湧かなかったし、大切にされていないと猛烈に感じてしまって、悲しかった。










 そして現在ヴィクトリアは、かなり離れた場所から『遠視の魔法』を使って、アルベールの乗る馬車を見守っていた。

 アルベールの行為にはムカムカしていたが、ヴィクトリアはいきなり使えるようになった『過去視』によって、かつて自分が子供の頃に魔法書を読んでいた時の絵を見ることができた。

 ヴィクトリアは忘れかけていた魔法書の内容を全て読んだ。『解毒魔法』についての記載も読み込み、『遠視の魔法』を含む他の魔法も使えるようになった。

 それから『転移魔法』についての記述も熟読し、試しに使ってみたら成功した。処刑場で転移魔法が使えなかったのは、『転移魔法封じの魔法』を使われていたからだと理解した。

 ヴィクトリアは転移魔法でアルベールから逃げるつもりだった。

 会得した『解毒魔法』をアルベールにかけておいたので、このあとアルベールが一人になってしまっても、倒れることはないはずだ。

 ただし、「服を着せる魔法」みたいな記述はなかったので、アルベールは未だに全裸だし寝ている。

 寝込みを人間たちに襲われて死なれてしまったら後味が悪いので、ヴィクトリアはアルベールが起きるまでは見守ろうと思っていた。
 アルベールが一人でも逃げられるように、馬はちゃんと馬車に繋いで戻してある。

 ヴィクトリアはアルベールとここで「別れる」つもりだった。

 アルベールと番になったことは、正直半信半疑である。

(何かの理由でアルとは本当の番になっていないのかもしれない。もしくは、私が獣人として欠陥があるのかも……)

 レインへの『番の呪い』にかかった後は、『番の呪い』であっても、レインへの愛情が湧き出る泉のように溢れてきて幸福感を味わったというのに、現在、アルベールに対するそのような感情はほぼ感じない。

 むしろ、今は自分を罠に嵌めて強姦してきたアルベールに対しての憎々しさの方が強い。

 番ができたらきっと幸せになれるはずと思っていたのに、想像していた感じとはだいぶ違っていた。

 ただ、ヴィクトリアは自分のレインに対する『番の呪い』については、アルベールに抱かれたことで解けたのではないかと分析していた。

 今、レインに対しては恋心よりも、レインに殺されかかったことへの落胆と、何も償えなかったという罪悪感の方が強い。
 アルベールと関係する前までは確かにあったレインへの好意は消えてしまった気がした。

 ヴィクトリアはアルベールから離れた後はマグノリアを頼ろうと思っていた。『真眼』持ちの彼女ならば、ヴィクトリアの今の状態を正確に見抜いてくれるはずだと思った。

 そして、もしもやっぱりアルベールと番になっていたとしても、番関係を無効にできるような魔法は何かないかと、マグノリアに相談するつもりだった。

 アルベールはヴィクトリアの意志を完全無視して番になってきたのだから、こっちだって勝手に番をやめてやろうと思った。

 そんなことを考えると、胸が締め付けられて涙がはらはらと流れてきてしまうのだが、ヴィクトリアはアルベールを絶対に許さないつもりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

ヤンデレ化した元彼に捕まった話

水無月瑠璃
恋愛
一方的に別れを告げた元彼に「部屋の荷物取りに来いよ」と言われ、気まずいまま部屋に向かうと「元彼の部屋にホイホイ来るとか、警戒心ないの?」「もう別れたいなんて言えないように…絶対逃げられないようにする」 豹変した元彼に襲われ犯される話 無理矢理気味ですが、基本的に甘め(作者的に)でハッピーエンドです。

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

処理中です...