上 下
134 / 220
処刑場編

106 一人足りない

しおりを挟む
 時刻は昼。

 ヴィクトリア、マグノリア、ロータスの三人はシドの公開処刑が行われる処刑場まで来ていた。

 獣人の処刑の為のその処刑場は、首都郊外に作られている。

 広場の中央には首が落とされる大掛かりな機械が設置されていた。

 危険がないようにと処刑用広場の中に一般人は立ち入り禁止になっているが、広場を取り囲むように円形の建物が建てられていて、硝子で隔てられているものの、段差のある観客席が幾つもあり処刑場広場の見学は自由だった。

 ヴィクトリアたちは、稀代の大悪党獣人王シドの処刑見たさに集まって、ごった返す観客の中にまぎれていた。三人は結局、もうすぐ処刑が始まるというこの時間までに、ナディアを見つけ出して救出することができなかった。

 マグノリアの『真眼』の能力があれば居場所を特定できそうなものだが、マグノリアが当たりをつけた場所に向かっても、ことごとくナディアがいない。

 マグノリアは諦めずに魔法を使ってナディアをずっと探し続けていた。時々、「気を分けてほしい」と言われて、ヴィクトリアは人気のない場所で例の黒い渦巻きを介して、マグノリアに気を分けていた。

 時間だけがじりじりと消費され、ヴィクトリアとロータスが別人の姿のままで焦りの表情を浮かべる中、マグノリア一人だけが落ち着き払ってこう言った。

「……どうやら、いつの間にかは私の『真眼』の能力を越えていたみたいね」

 詳しいことはわからないが、つまり、マグノリアよりも力を持った魔法使いによって、ナディアの居場所が秘匿されているようだった。

 首都近郊にある獣人が収監されていそうな場所は調べ尽くした。
 困り果てた三人は――マグノリアは焦っているようには見えなかったが、本人曰く焦っているらしい――こうなったら最終手段として、「処刑場にナディアが現れた時点で掻っ攫う」という作戦に切り替えることにした。

 攫う瞬間にばれる可能性大だが、銃騎士隊や民衆にとって一番重要なのはシドの処刑であり、ナディアの処刑は後から追加されたいわばおまけのようなものだ。どさくさに紛れて何とかするとマグノリアは言った。

 現在、ヴィクトリアとロータスはマグノリアの後について、観覧用に建てられた円形の建物内部を歩き回っていた。

 観客席は人間だらけで混雑していたが、一部だけ人がいない空間があった。

 そこは貴賓席のようて、一番見晴らしのよい高い位置にあり、上等そうな椅子が設置されて一般人の立ち入りが制限されていた。
 見るからに高貴そうな人々が居並び、彼らを守るように朱色の騎士服を着た近衛隊員たちや、藍色の隊服を着た銃騎士隊員が周囲を固めている。

 横並びになった貴賓席の中央にいるのは、艶やかな銀髪を美しく結い上げ、上品そうな淡黄色のドレスをまとった、二十歳前後ほどに見える美女だった。
 彼女の瞳の光彩は左右で違っていて、右が薄紫色、左が黒色だ。

 この国の次期宗主ジュリナリーゼ・ローゼンの瞳の色が特異的で左右で違うことは、人間社会の勉強のために何年か前に読んだ本の知識で知っていたから、ヴィクトリアは彼女がそうなのだろうと思った。

 ジュリナリーゼの向かって左側は何故か空席だが、右側には全体的に柔らかくて優しそうな雰囲気の壮年の紳士が座っている。
 ジュリナリーゼの結婚相手にしては年が離れすぎているので、おそらくは彼女の父親であるクラウス・ローゼン宗主配なのだろうと思った。

 クラウスは元は黒色だった髪色に白が混じっているが、年を重ねても甘い容貌に陰りは見えない。瞳の色は黒で、相手に常に安心感を抱かせそうな落ち着いた色をしている。

 クラウスはジュリナリーゼではなく、反対側にいる貴族の男性とばかり会話をして談笑していた。

 ヴィクトリアは、ジュリナリーゼの隣の空席は宗主ミカエラ・ローゼンのものだろうと思った。

 しかし、ヴィクトリアは知らなかったが、その席はジュリナリーゼの婚約者のための席だった。

 宗主ミカエラは昔、自分の姪である最後の女王の処刑に立ち会って倒れてしまったことがある。身体の弱いミカエラは、それ以来どんな処刑の立ち会いにも不参加だった。

 獣人の処刑は常に宗主や貴人が立ち会うわけではないが、今回は人間の最大の敵とも言うべき獣人王シドの処刑であり、ジュリナリーゼは国民の代表である宗主の名代として、シドの処刑を見届ける義務があった。

 貴賓席に座るのは貴族ばかりのようだったが、その中には銃騎士もいる。一際目立つのが顔の上半分を仮面で覆った大柄な体躯の男だ。

 仮面の銃騎士のことは有名なのでヴィクトリアでも知っている。彼は初代銃騎士隊総隊長のグレゴリー・クレセントだ。
 昔は銀髪だったらしいその髪は色味が抜けて現在は白髪に近い。

 グレゴリーの隣には、銀髪に薄紫色の瞳をした繊細な雰囲気の、美女と見まごうような中性的な容姿を持つ二十代くらいの美人銃騎士が座っていた。
 人が多くてヴィクトリアの位置からでは匂いで判別できないが、隊服を来ているから女性ではなくて男性のはずだ。

 貴賓席にいるということは彼も貴族かそれに類する地位を持つ人なのかもしれないが、名前まではわからなかった。

 朗らかな様子の貴族たちとは違い、グレゴリーたち銃騎士二人は、緊張感の感じられる表情で何事かを話し合っていて、時折訪れる部下らしき銃騎士たちの報告を聞いては、何か指示を飛ばしているようだった。

 会場には銃騎士が点在していて、つつがなく処刑が遂行されるように監視の目を光らせている。

 ヴィクトリアはこの建物に入った時から、少し離れた通路に佇んでいるレインがいることには気付いていた。

『番の呪い』によりレインを番だと認識しているヴィクトリアは、彼の居場所がすぐにわかった。

『ヴィー、今は駄目よ。危ないから私から絶対に離れないでね』

 ヴィクトリアの視線を読んだマグノリアが精神感応テレパシーで話しかけてくる。周囲の銃騎士隊員たちに自分たちの正体を悟られないようにと、マグノリアは会話はできるだけ精神感応を使っていた。

 ヴィクトリアは頷いた。今レインに見つかるわけにはいかない。

「ねえ、ミア……」

 ヴィクトリアはあらかじめ決めていたマグノリアの偽名で呼びかけてから、彼女の耳に口元を寄せて小声で囁く。

「ナディアが連行されてくるのを待つのなら、観客席ではなくて出入り口あたりで見張っていた方が良いのではないかしら?」

『そうだけれど、探索サーチの魔法を使えば離れていても出入り口からナディアが入ったのがわかるし、今はできればを探したいのよ。もしかしたら手を貸してくれるかもしれないから』

 マグノリアは精神感応でヴィクトリアとロータスにも同じ言葉を返したが、そんなマグノリアを、ロータスは複雑そうな面持ちで見ていた。

 落ち着き払っていた様子のマグノリアが、突如ハッとした表情を見せた後に思案顔に変わる。

『来たわ、シドが。でもナディアがいない…………

 もしかしたら、直前でナディアの処刑が回避された可能性もあるわね。

 誰かがナディアを獣人奴隷として引き取ったのかもしれないわ』

 マグノリアの精神感応の言葉からしばらくして後、遠くから人々の怒号のような、悲鳴のようなざわめきが聞こえてきた。

 マグノリアの言葉の前から気付いていたヴィクトリアは、既に顔を青褪めさせ、全身をガタガタと震えさせていた。

「リア、大丈夫だ」

 ロータスがヴィクトリアの偽名で呼びかけてくる。

『そうよ。姿も声も匂いも変えているから流石のシドでもわからないわ』

 ヴィクトリアを心配したロータスとマグノリアが両側から手を繋いでくれる。その手がとても心強かった。

『ロイ、気を付けて。

 ロータスの顔に緊張が走る。彼ら――――つまりは、ロータスとマグノリアに『死の呪い』をかけた魔法使いたちも、シドと同時にこの処刑場に現れたということだろう。

『全部で四人よ』

 マグノリアが告げた魔法使いの人数は、ヴィクトリアが予想を立てていた銃騎士隊が抱える魔法使いの人数――――五人からは、一人少なかった。





***

※今後ナディアが主人公の話を載せる予定ですが、そちらを読まないとわからない部分がある為、以降適宜補足します。

補足① マグノリアの言う「あの子」とはブラッドレイ家四男でジュリナリーゼの婚約者であるセシルのことです。

② 貴賓席にいる名前不明の美人銃騎士は、公爵家次男で銃騎士隊副総隊長のロレンツォ・バルトです。

③ マグノリアが探している協力者は、マグノリアのハンター時代の仲間の一人である、ブラッドレイ家三男ノエルです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

ヤンデレ化した元彼に捕まった話

水無月瑠璃
恋愛
一方的に別れを告げた元彼に「部屋の荷物取りに来いよ」と言われ、気まずいまま部屋に向かうと「元彼の部屋にホイホイ来るとか、警戒心ないの?」「もう別れたいなんて言えないように…絶対逃げられないようにする」 豹変した元彼に襲われ犯される話 無理矢理気味ですが、基本的に甘め(作者的に)でハッピーエンドです。

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

処理中です...