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『番の呪い』後編
86 切羽詰まった男、回復す
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シリウス(オリオン)視点
***
黒衣に身を包み、茶髪に茶色の瞳をした少年が病室に入ると、レインが少年を射殺さんばかりの視線で睨み付けた。
「遅いぞ!」
シリウスは何も言い返さず、ややムスッとした顔をレインに向けていた。
シリウスはちょっとこの男に怒っていた。
現在、二度目のシドの脱獄を防ぐべく、魔法使い全員が許可なく九番隊砦から出ることが禁じられている。魔法は対象から一定の距離離れてしまうと効力を失ってしまうのだ。
さらに明日の昼に首都近郊で行われる公開処刑のために今日中にはシドを処刑場近くの監獄まで移送しなければならない。シドを拘束したことを広く国民に知らしめるべく移送は魔法で転移させるのではなくわざわざ檻を馬に引かせて首都までの街道を進むことになっていた。
最初にこの男から『オリオンを呼べ!』という要請が来た時、シリウスは兄たちに許可を取った上で素直にレインの所に来た、はずだった。しかし、病室に入る前にレインの「所業」を知り、結局会わずにトンボ帰りをした。それが昨日の話。
その後も何度かレインからの呼び出しがあったがシリウスは無視をし続けていた。正直こちらは再びシドに拘束を破られないようにとピリピリしていてそれどころではなかったというのもあるが、一番の理由はレインが兄や自分たちの忠告を無視してシドの処刑前にヴィクトリアと肉体関係を持とうとしたことだった。
ヴィクトリアはシリウスにとって妹のような存在であるが、レインが無理矢理に手折ろうとしたこと自体は別にいい。シリウスも同じ穴のムジナとでも言うべきか、恋に心が掻き乱されて喉から手が出そうなほど相手が欲しいのに、手に入らなくて苦しくて発狂しそうになる気持ちはよくわかっている。
獣人は人間とは違う理の中にいる生き物だ。どんなに嫌われていたとしても一回抱いてしまえば惚れてくれるのだから、叶わない恋の苦しみから解き放たれるためにも相手が嫌がろうが無理矢理事に及んでしまうのも一つの方法ではある。
シリウスもレインの恋を応援していたうちの一人だ。ただ、時期が早すぎた。
(馬鹿だ。あれほど言ったのに)
口付けくらいなら最悪シドが脱獄してもレインが八つ裂きにされる程度で済んだだろうが、もしもヴィクトリアの純潔が奪われただなんてことがあの魔王の耳に入ったら、レインの命程度では飽き足らず、人間に報復するために怒り狂って街の一つや二つくらい吹っ飛んだだろう。
下手をすれば人間への憎しみを募らせすぎて国の半分くらいが焦土と化した可能性もある。
(この色ボケ阿呆は自分の行動の重さをわかっていない)
しかも、結局自分のものに出来ずに取り逃がしてるし。
シリウスは怪我をしたというレインからの治療とヴィクトリアの捜索要請を、忙しくてそれどころじゃないという理由で突っぱね続けた。
シリウスとてヴィクトリアのことが心配ではあったが、彼女の行き先は調べるまでもなく里だろうと思っている。一日二日程度なら所在を確定させておかなくても大丈夫だろうと思っていた。
とりあえず馬鹿は怪我の痛みに呻きながら自分と同じように愛しい女性に逃げられて失うかもしれないという焦りと後悔に苛まれ続ければいいと思った。
もしかしたらもう既に他の男のものになってしまったのではないかという懸念に神経をすり減らし続け、ああすればよかったこうすればよかったという自責の念に耐えながら地獄を味わえばいいと思っていた。
レインの所に向かわないのはシリウスにとって彼への仕置きのつもりだった。ところが、今朝になって状況が変わった。
レインはギリギリになって兄に泣きついたらしい。シドの移送が始まればそれこそ本当に構っていられない。レインも流石にそのことはわかっている。
しかしシリウスは苛立っていた。
(兄さんに頼むならこんな際になってではなくてもう少し早く言え! 兄さんの負担を増やすな!)
レインが兄に助けを求めることを渋っていた理由は知っている。実に下らないが、レインは少しの時間でヴィクトリアの信頼を得て仲良くなってしまった兄に嫉妬心を抱いていた。
兄には他に心から好いた女性がいるのだからそんなこと起こるはずがないのに、レインは兄がヴィクトリアを奪うのではないかと疑って敵視していた。全くもって阿呆ここに極まれりだった。
もうすぐシドの移送が始まるというこの張り詰めた時に、ただでさえ忙しすぎる兄を行かせるわけにはいかない。そうしてシリウスは兄に代わりレインの所へとやって来たのだった。
「忙しい時に悪かったな。すまないが至急ヴィクトリアが今どこにいるのかと、彼女の安全確認。それから俺の怪我を治療してほしい」
シリウスが苛立っていることを認識したらしきレインは強気な態度を崩して低姿勢になっていた。すぐに自分の所に来なかったことを責めてもヴィクトリアは帰ってこない。ここでシリウスにそっぽを向かれたら彼は非常に困るのだ。
「えー? どうしよっかなー?」
シリウスは手を頬に当ててコテリと首を傾げ、わざと苛つかせるようなしゃべり方で煽る。
レインは何とか笑みを貼り付けようとしていたが、額に青筋が浮かんでいた。この程度おちょくるくらいは可愛いもんだろうと思う。
レインがどう出るかと眺めていると、苛つきを必死で抑えながら頭を下げてきた。
「頼む、力を貸してほしい」
シリウスは仕方がないとばかりにため息を吐いた。
「力を貸すなら条件がある。シドの処刑が済むまでは姫さんに手を出すな。番になるなんて以ての外。キスも禁止。シドが知ったら激怒しそうなことは姫さんにはするな。奴が死んだら抱き放題なんだからそこまで我慢しろ」
「わかった」
「それからお前自身も反省しているんだろうけど、俺からの余計な一言。絶対に逃げられないように頭を使え。
薬を盛ることができたんだったら身体の動きを封じるだけじゃなくて意識も奪っておけばよかったな。
せっかく監禁部屋を用意してあるんだから本懐を遂げるならそこに運んでからにしろ。せっかくのお楽しみは細心の注意を払った上で誰にも邪魔されないようにするんだ。
どこから邪魔が入るかわからないからな」
シリウスはなぜか窓の外に目をやり遠くを見ながら何かを懐かしむような、どこか悔しさを滲ませた顔をしている。
「そうだな。どうせやるならもう少し上手くやるべきだった。俺も失敗したなと思っている」
男たちは至極真面目に語り合っているが、話の内容はヴィクトリアが聞いたら卒倒しそうなものだった。
「姫さんはおそらく里に帰っていると思う」
一通り危険な内容の話をし終えた後、シリウスが自分の見解を述べると、レインの顔色が急速に悪くなっていく。
「やっぱりそう思うか。俺もヴィクトリアは里に帰ったんだろうなと思っている…… あんな所に……
昔ヴィクトリアの血を飲みまくっていた変態がいたり、何よりあのクソ忌々しいリュージュがいるような危険な場所に!
今頃リュージュの毒牙にかかって二人で一緒に朝を迎えてしまっていたら俺は一体どうしたらいいんだっ!」
レインはヴィクトリアに馴れ馴れしく接するリュージュのことを最初から心良く思っていなかった。レインはヴィクトリアに近付く全ての男を排除したいという思想すら持っていた。
レインはヴィクトリアがリュージュに好意を寄せるようになったと知って以降、リュージュに対してより激しい嫉妬心と敵愾心を燃やすようになった。
たまに潜入から戻った時にシリウスはレインに隠し撮りしていたヴィクトリアの写真を渡していたが、リュージュはヴィクトリアと仲が良かったので写真に一緒に写り込んでしまうことがあった。
シリウスはレインが写真のリュージュの顔をナイフで滅多刺しにしたり銃弾を撃ち込んで穴を開けていたりしたことを知っている。
ちなみにレインとリュージュに直接の面識は無い。
レインは目を血走らせて髪を掻きむしりながら歯噛みしていた。シリウスは呆れた様子でレインを見ている。
(あーあ、錯乱し始めたよ。末期だな)
「考えすぎじゃないか? リュージュにはサーシャがいるし」
(ただあの二人、上手くいってなかったけどな……)
シリウスは続く言葉を飲み込んだ。余計なことを言ってレインの錯乱に拍車をかけるべきではないと判断した。
少なくともリュージュはサーシャを心から愛しているようだったので、シリウスは今更彼がヴィクトリアを選ぶとは全く思っていなかった。
シリウスの中ではリュージュはヴィクトリアが姉だと勘違いしたままだし、ヴィクトリアもあの夜シドにリュージュが弟だと間違った情報を吹き込まれたままだった。
シリウスはヴィクトリアとシドが里を出た日に自身も里から離れており、その後リュージュがサーシャと別れたことや彼らがお互いに血の繋がりがないと認識し合ったことを知らない。
「だが俺はヴィクトリアがシドの娘ではないことを彼女に伝えてしまったんだ! つまりヴィクトリアはリュージュとは姉弟ではないことを知っている!
くそっ! とんだ失態だった! あの悪魔の息子だぞ? 獣人の理をぶち破って同時に女を複数抱ける奴かもしれないじゃないか!
こんな所でぐずぐずしてはいられない! 一刻も早くヴィクトリアを『保護』しなくては!」
レインの言っている「保護」とは即ち「監禁」のことだった。
とりあえず動けるように怪我を治してくれとレインに勢い込んで頼まれるが、シリウスの中に躊躇いが生まれる。
レインはヴィクトリアに逃げられたことに気付いて大慌てで窓から飛び降り、受け身を取ることも忘れてその場から動けなくなるほどの怪我をした。
たまたま飛び降りた部屋が二階だったから死にはしなかったものの、この男はヴィクトリアを追う為なら四階だろうと五階だろうと飛び降りたのではなかろうかと思ってしまう。
普段はそこまで愚かではないのだが、ヴィクトリアが関わると一気に熱くなってしまうようだ。
ヴィクトリアのことしか考えられずに視野狭窄しているような状態のレインを解き放ったら暴走しそうで、こいつはしばらく両足を折ったままで病院の寝台に括り付けられていた方が世界は平和なんじゃないかと思ってしまう。
シリウスは葛藤しつつも、結局はレインの身体に手をかざした。
レインがヴィクトリアに思いを寄せて約六年。シリウスは二人のいきさつを知っていた。レインには幸せになってほしいと思っている。
眩い光が生まれ、魔法の力でレインの怪我が治っていく。
「……相変わらず、不思議な力だな」
全身の痛みが無くなったらしく、レインが感心したように呟いた。
***
黒衣に身を包み、茶髪に茶色の瞳をした少年が病室に入ると、レインが少年を射殺さんばかりの視線で睨み付けた。
「遅いぞ!」
シリウスは何も言い返さず、ややムスッとした顔をレインに向けていた。
シリウスはちょっとこの男に怒っていた。
現在、二度目のシドの脱獄を防ぐべく、魔法使い全員が許可なく九番隊砦から出ることが禁じられている。魔法は対象から一定の距離離れてしまうと効力を失ってしまうのだ。
さらに明日の昼に首都近郊で行われる公開処刑のために今日中にはシドを処刑場近くの監獄まで移送しなければならない。シドを拘束したことを広く国民に知らしめるべく移送は魔法で転移させるのではなくわざわざ檻を馬に引かせて首都までの街道を進むことになっていた。
最初にこの男から『オリオンを呼べ!』という要請が来た時、シリウスは兄たちに許可を取った上で素直にレインの所に来た、はずだった。しかし、病室に入る前にレインの「所業」を知り、結局会わずにトンボ帰りをした。それが昨日の話。
その後も何度かレインからの呼び出しがあったがシリウスは無視をし続けていた。正直こちらは再びシドに拘束を破られないようにとピリピリしていてそれどころではなかったというのもあるが、一番の理由はレインが兄や自分たちの忠告を無視してシドの処刑前にヴィクトリアと肉体関係を持とうとしたことだった。
ヴィクトリアはシリウスにとって妹のような存在であるが、レインが無理矢理に手折ろうとしたこと自体は別にいい。シリウスも同じ穴のムジナとでも言うべきか、恋に心が掻き乱されて喉から手が出そうなほど相手が欲しいのに、手に入らなくて苦しくて発狂しそうになる気持ちはよくわかっている。
獣人は人間とは違う理の中にいる生き物だ。どんなに嫌われていたとしても一回抱いてしまえば惚れてくれるのだから、叶わない恋の苦しみから解き放たれるためにも相手が嫌がろうが無理矢理事に及んでしまうのも一つの方法ではある。
シリウスもレインの恋を応援していたうちの一人だ。ただ、時期が早すぎた。
(馬鹿だ。あれほど言ったのに)
口付けくらいなら最悪シドが脱獄してもレインが八つ裂きにされる程度で済んだだろうが、もしもヴィクトリアの純潔が奪われただなんてことがあの魔王の耳に入ったら、レインの命程度では飽き足らず、人間に報復するために怒り狂って街の一つや二つくらい吹っ飛んだだろう。
下手をすれば人間への憎しみを募らせすぎて国の半分くらいが焦土と化した可能性もある。
(この色ボケ阿呆は自分の行動の重さをわかっていない)
しかも、結局自分のものに出来ずに取り逃がしてるし。
シリウスは怪我をしたというレインからの治療とヴィクトリアの捜索要請を、忙しくてそれどころじゃないという理由で突っぱね続けた。
シリウスとてヴィクトリアのことが心配ではあったが、彼女の行き先は調べるまでもなく里だろうと思っている。一日二日程度なら所在を確定させておかなくても大丈夫だろうと思っていた。
とりあえず馬鹿は怪我の痛みに呻きながら自分と同じように愛しい女性に逃げられて失うかもしれないという焦りと後悔に苛まれ続ければいいと思った。
もしかしたらもう既に他の男のものになってしまったのではないかという懸念に神経をすり減らし続け、ああすればよかったこうすればよかったという自責の念に耐えながら地獄を味わえばいいと思っていた。
レインの所に向かわないのはシリウスにとって彼への仕置きのつもりだった。ところが、今朝になって状況が変わった。
レインはギリギリになって兄に泣きついたらしい。シドの移送が始まればそれこそ本当に構っていられない。レインも流石にそのことはわかっている。
しかしシリウスは苛立っていた。
(兄さんに頼むならこんな際になってではなくてもう少し早く言え! 兄さんの負担を増やすな!)
レインが兄に助けを求めることを渋っていた理由は知っている。実に下らないが、レインは少しの時間でヴィクトリアの信頼を得て仲良くなってしまった兄に嫉妬心を抱いていた。
兄には他に心から好いた女性がいるのだからそんなこと起こるはずがないのに、レインは兄がヴィクトリアを奪うのではないかと疑って敵視していた。全くもって阿呆ここに極まれりだった。
もうすぐシドの移送が始まるというこの張り詰めた時に、ただでさえ忙しすぎる兄を行かせるわけにはいかない。そうしてシリウスは兄に代わりレインの所へとやって来たのだった。
「忙しい時に悪かったな。すまないが至急ヴィクトリアが今どこにいるのかと、彼女の安全確認。それから俺の怪我を治療してほしい」
シリウスが苛立っていることを認識したらしきレインは強気な態度を崩して低姿勢になっていた。すぐに自分の所に来なかったことを責めてもヴィクトリアは帰ってこない。ここでシリウスにそっぽを向かれたら彼は非常に困るのだ。
「えー? どうしよっかなー?」
シリウスは手を頬に当ててコテリと首を傾げ、わざと苛つかせるようなしゃべり方で煽る。
レインは何とか笑みを貼り付けようとしていたが、額に青筋が浮かんでいた。この程度おちょくるくらいは可愛いもんだろうと思う。
レインがどう出るかと眺めていると、苛つきを必死で抑えながら頭を下げてきた。
「頼む、力を貸してほしい」
シリウスは仕方がないとばかりにため息を吐いた。
「力を貸すなら条件がある。シドの処刑が済むまでは姫さんに手を出すな。番になるなんて以ての外。キスも禁止。シドが知ったら激怒しそうなことは姫さんにはするな。奴が死んだら抱き放題なんだからそこまで我慢しろ」
「わかった」
「それからお前自身も反省しているんだろうけど、俺からの余計な一言。絶対に逃げられないように頭を使え。
薬を盛ることができたんだったら身体の動きを封じるだけじゃなくて意識も奪っておけばよかったな。
せっかく監禁部屋を用意してあるんだから本懐を遂げるならそこに運んでからにしろ。せっかくのお楽しみは細心の注意を払った上で誰にも邪魔されないようにするんだ。
どこから邪魔が入るかわからないからな」
シリウスはなぜか窓の外に目をやり遠くを見ながら何かを懐かしむような、どこか悔しさを滲ませた顔をしている。
「そうだな。どうせやるならもう少し上手くやるべきだった。俺も失敗したなと思っている」
男たちは至極真面目に語り合っているが、話の内容はヴィクトリアが聞いたら卒倒しそうなものだった。
「姫さんはおそらく里に帰っていると思う」
一通り危険な内容の話をし終えた後、シリウスが自分の見解を述べると、レインの顔色が急速に悪くなっていく。
「やっぱりそう思うか。俺もヴィクトリアは里に帰ったんだろうなと思っている…… あんな所に……
昔ヴィクトリアの血を飲みまくっていた変態がいたり、何よりあのクソ忌々しいリュージュがいるような危険な場所に!
今頃リュージュの毒牙にかかって二人で一緒に朝を迎えてしまっていたら俺は一体どうしたらいいんだっ!」
レインはヴィクトリアに馴れ馴れしく接するリュージュのことを最初から心良く思っていなかった。レインはヴィクトリアに近付く全ての男を排除したいという思想すら持っていた。
レインはヴィクトリアがリュージュに好意を寄せるようになったと知って以降、リュージュに対してより激しい嫉妬心と敵愾心を燃やすようになった。
たまに潜入から戻った時にシリウスはレインに隠し撮りしていたヴィクトリアの写真を渡していたが、リュージュはヴィクトリアと仲が良かったので写真に一緒に写り込んでしまうことがあった。
シリウスはレインが写真のリュージュの顔をナイフで滅多刺しにしたり銃弾を撃ち込んで穴を開けていたりしたことを知っている。
ちなみにレインとリュージュに直接の面識は無い。
レインは目を血走らせて髪を掻きむしりながら歯噛みしていた。シリウスは呆れた様子でレインを見ている。
(あーあ、錯乱し始めたよ。末期だな)
「考えすぎじゃないか? リュージュにはサーシャがいるし」
(ただあの二人、上手くいってなかったけどな……)
シリウスは続く言葉を飲み込んだ。余計なことを言ってレインの錯乱に拍車をかけるべきではないと判断した。
少なくともリュージュはサーシャを心から愛しているようだったので、シリウスは今更彼がヴィクトリアを選ぶとは全く思っていなかった。
シリウスの中ではリュージュはヴィクトリアが姉だと勘違いしたままだし、ヴィクトリアもあの夜シドにリュージュが弟だと間違った情報を吹き込まれたままだった。
シリウスはヴィクトリアとシドが里を出た日に自身も里から離れており、その後リュージュがサーシャと別れたことや彼らがお互いに血の繋がりがないと認識し合ったことを知らない。
「だが俺はヴィクトリアがシドの娘ではないことを彼女に伝えてしまったんだ! つまりヴィクトリアはリュージュとは姉弟ではないことを知っている!
くそっ! とんだ失態だった! あの悪魔の息子だぞ? 獣人の理をぶち破って同時に女を複数抱ける奴かもしれないじゃないか!
こんな所でぐずぐずしてはいられない! 一刻も早くヴィクトリアを『保護』しなくては!」
レインの言っている「保護」とは即ち「監禁」のことだった。
とりあえず動けるように怪我を治してくれとレインに勢い込んで頼まれるが、シリウスの中に躊躇いが生まれる。
レインはヴィクトリアに逃げられたことに気付いて大慌てで窓から飛び降り、受け身を取ることも忘れてその場から動けなくなるほどの怪我をした。
たまたま飛び降りた部屋が二階だったから死にはしなかったものの、この男はヴィクトリアを追う為なら四階だろうと五階だろうと飛び降りたのではなかろうかと思ってしまう。
普段はそこまで愚かではないのだが、ヴィクトリアが関わると一気に熱くなってしまうようだ。
ヴィクトリアのことしか考えられずに視野狭窄しているような状態のレインを解き放ったら暴走しそうで、こいつはしばらく両足を折ったままで病院の寝台に括り付けられていた方が世界は平和なんじゃないかと思ってしまう。
シリウスは葛藤しつつも、結局はレインの身体に手をかざした。
レインがヴィクトリアに思いを寄せて約六年。シリウスは二人のいきさつを知っていた。レインには幸せになってほしいと思っている。
眩い光が生まれ、魔法の力でレインの怪我が治っていく。
「……相変わらず、不思議な力だな」
全身の痛みが無くなったらしく、レインが感心したように呟いた。
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