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リュージュバッドエンド 輪廻の輪は正しく巡らない

8 生家

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 ヴィクトリアはリュージュに連れられて、引っ越し先の候補であるという家の下見に向かっていた。

 オニキスが新しい族長になることが決まり、数十年ぶりの族長交代の影響で今里の中は色々とバタついている。そんな中でもリュージュがかなり頑張ってくれたらしく、現状で引っ越し可能な家を早々に確保してきてくれた。

「てっきり、引っ越しはもう少し先になると思っていたわ」

 手を取り合って歩きながらヴィクトリアは思ったことを口にする。

「いつまでもあの家にいたら胎教に良くないだろうって思って、急いだんだ」

 まだ悪阻も始まっていないような初期であり、お腹もぺったんこだが、シドが死んだあの日の営みが実って、ヴィクトリアはリュージュの子供を妊娠していた。

 リュージュはあの日からずっとそわそわしっぱなしで、毎日ヴィクトリアの匂いを嗅いで妊娠したかどうかを確認していた。
 妊娠がわかった時にはリュージュは大喜びしてくれて、ヴィクトリアも笑顔になって二人で抱き合い、ヴィクトリアの身体に新しい命が宿ったことを一緒に祝った。

 それから、妊娠確定後しばらくして、毎日のように見ていたレインの夢を見なくなった。

 あの夢は、「レインにいつか償わなければ」という自分の心の枷を反映させたもののように感じていたが、子供ができたことで意識が変わり、自分の中で覚悟が決まったのだと思った。

 優先するべきはリュージュと子供であり、もし今レインが眼の前に現れても、ヴィクトリアは大事な二人に我慢を強いるような行動は起こさない。

「あの家だ」

 やがて視線の先に一軒の家が見えてくる。その家を指差すリュージュを見たヴィクトリアは、はたと立ち止まった。

「あれは……」

 間違いない。その家は、ヴィクトリアの母であるオリヴィアが亡くなるまで、一緒に暮らしていた家だった。

「あの家はお前が十歳まで暮らしていた家だし、お前が住むならいいんじゃないかってオニキスに言われたんだ。

 俺も一回下見したけど、七年前だからもう何の匂いも残ってない」

 リュージュに直接話したことはなかったが、母がシドに喰われてしまったことは、リュージュも知っていたらしい。

「お前が嫌な記憶が蘇るっていうなら別の所にするよ。でも、他の候補は全部一家軒じゃないんだ。

 今から新しく一軒家が欲しいって言っても、他にも待っている奴らがいて激戦だし、もし許可が下りても家が建つのには時間がかかる。

 俺は早くあの家から出たいんだ。

 お前の育った家は、中も広々としてるから子供ものびのびと育てられそうだし、定期的に掃除がされてたから状態もかなり良い。とりあえず見るだけ見てみないか?」

 母が亡くなってからあの家には誰も住んでいない。シドが母との思い出を他の者に汚されるのを嫌ったからだ。しかし、時々シドに管理を任されていた者が出入りしていて、中を綺麗に掃除して保っていたのは知っていた。

 母が亡くなってヴィクトリアはシドの館に住むようになった。最初の頃はヴィクトリアも鍵が開けられて掃除される時に家を訪れていたが、そうすると必ずと言っていいほどシドがやって来て鉢合わせしてしまうので、そのうちに足が遠のいていった。

 今回シドが亡くなったことで、母の家として保管を続ける必要が無くなり、代わりにまた住居として使用してはどうかという話になったそうだ。

「……うん、大丈夫よ。嫌な記憶だけじゃないもの」

 ヴィクトリアは頷き、リュージュと一緒に家に近付いた。

「鉄格子…………」

「……住むってなったら取るよコレ」

 家の全ての窓には、オリヴィアの逃走防止のために、ヴィクトリアのかつての部屋にもお馴染みだった鉄格子が取り付けられている。それを間近で見たヴィクトリアは思わず呟いてしまった。

 リュージュも自分の父親がオリヴィア女性に働いた無体を連想したのか、少しげんなりした表情になっている。

「あと、できれば玄関の扉も変えましょう……」 

「そうだな……」

 玄関の扉には元々備え付けの鍵が一個掛かっているだけだが、その扉には後付けの錠前の痕がかなりの数残っていた。シドによる母への執着の名残りのようで、改めて見るとかなりドン引く。

 玄関の横には、子供だったヴィクトリア専用の小さな出入り口が付いていた。

 大人が出入りするには難しい大きさだが、当時十歳だったヴィクトリアも、通り抜けるのはギリギリだった。

 その扉はヴィクトリアが通り抜け辛くなるたびに改良されて少し大きくなったが、そうするとそのうちに母も通れる大きさになったかもしれない。

 ふと、シドはそこら辺はどうするつもりだったのだろうかと思った。

 たぶん、あのまま母が病気で死ぬことがなければ、ヴィクトリアは初潮が来た時点で適当な男と番にさせられて、この家から追い出されていただろう。

 母オリヴィアはなんとなく、ヴィクトリアと番になるのはアルベールだと思っている節があった。

 母は鼻を焼かれていたので、ヴィクトリアがアルベールに血を飲まれていたことは知らなかったし、ヴィクトリアも心配を掛けたくなかったので何も言わなかったから、そんな風に思ったのだろうと思う。

 現在アルベールは医療棟からは退院していて自宅療養中である。

 ウォグバードの話によれば、ヴィクトリアがリュージュと番になったことで、アルベールの『番の呪い』は解けたらしい。

 本人は、「もうヴィクトリアは襲わない」と新族長オニキスに誓っていたそうだが、とはいえ、「危険人物なので極力近付かないように」とウォグバードには言われていて、ヴィクトリアもそのつもりだった。

 昔は、母とアルベールの会話になるたびに、ヴィクトリアはアルベールと番になることを全力で否定していた。

 ヴィクトリアは、もし今母が生きていて、娘の番になったのがリュージュシドの息子だと知ったら、どんな反応をするだろうかと考えてしまった。

 かなりびっくりして、でも、最終的には許してくれるような気がした。

(きっと、子供ができたことだって、喜んでくれるはずよ……)

「どうした? 辛いか? やっぱりここはやめておくか?」

 ヴィクトリアは家の中を見て回りながら、久しぶりに訪れたことで母のことを懐かしく思い出し、思わず涙ぐんでしまったが、リュージュが気付いて支えてくれる。

「違うの、辛いんじゃないの。幸せだった頃を思い出して懐かしかったの。

 ねえリュージュ、ここにしましょう。ここには私の幸せだった頃の思い出が詰まってるの。ここで、あなたとこの子と三人で暮らしていきたいわ」

 ヴィクトリアは言いながら腹を撫でた。

「そうだな」

 リュージュが優しく微笑んで、ヴィクトリアの目尻に浮かぶ涙を拭ってくれる。

「あ……」

「どうした?」

 不意に驚いたような声を出したヴィクトリアにリュージュが尋ねる。

「今、お腹の子が動いた気がしたわ」

「えっ、まさか。まだタマゴに毛が生えた程度の成長具合だろ?」

「やあね、タマゴに毛なんか生えないわよ」

 二人は笑い合い、やって来るだろう幸せな未来に希望を抱きながら、ヴィクトリアが幼い頃過ごした家を新しい住処にすることに決めた。
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