上 下
100 / 220
『番の呪い』前編

83-1 別れと再会 1

しおりを挟む
 浴室から出たヴィクトリアは身体にタオルを巻いた状態でしばらく床に座り込んでいた。

 自分の身体からは付けられたばかりのリュージュの匂いが濃い。ヴィクトリアは何も考えられずにただ呆然と時を浪費するだけだった。

 シャワーを浴びた身体は既に冷えきっていて、ヴィクトリアは一つくしゃみをした。

 ヴィクトリアはどちらかといえば暑さが苦手で寒さにはそこそこ耐性があった。自分では冬生まれのせいなのではないかと思っていた。

 それでも湯上がりで身体もよく拭かずにほぼ裸のままでずっといたら風邪をひく。流石にいつまでもこのままこうしているわけにはいかない。

(こんなところでずっと座り込んでいては駄目だ)

 ヴィクトリアは立ち上がった。

 ヴィクトリアは脱衣所の床に置かれたままになっていた手提げバッグに手を伸ばした。
 中にはリュージュがヴィクトリアの部屋から持ち出してくれた服や下着が入っている。

 ヴィクトリアは新しい服を着込みながら、やっと、これから自分がどうするべきなのかを考え始めた。

(とにかく、朝になったら里から出てレインに会いに行こう)

 リュージュには本当に申し訳ないことをしてしまった。けれどヴィクトリアとしては、もう一度レインに会って自分の気持ちを確かめない限りは誰とも番になれないと思った。

 もし、自分が本心からレインを望んでいて彼と番になりたいのならば、レインの自分への憎しみも酷い所も全部引っくるめて彼を受け入れなければならないと思う。

 そして何より自分の罪と向き合い、何某かの禊を済ませる必要があるだろう。

 まずはレインに会って謝罪がしたい。謝った程度で簡単に許されることではないし、奴隷になるしか贖罪の道がないのなら、誰にも束縛されずに自由に生きていきたいという自分の望みを犠牲にしてでも、それを受け入れなければならないと思った。

 本当にそれでいいのかどうか、自分の一生をレインに捧げて尽くす覚悟があるかどうか、もう一度レインに会って確かめたい。

 罪を告白すれば、レインに家族を見殺しにしたことを許してもらえず、拒絶されて二度と会うことができなくなる可能性もある。
 叶わぬ思いを抱えて長い間アルベールのように耐えなければならなくなるかもしれない。

 でも、それが罰だというなら、それでもいいのかもしれない。

(レインのことを思ってずっと生きていく)

 本当は、レインに許された上で奴隷にならずとも彼と番になる方法があれば、ヴィクトリアにとっては一番いいのだが…………

 ヴィクトリアが半ばレインと番になることを決めたような考えを巡らせながら服を着終え、最後に短剣が収まったガーターホルダーを装着しようと脱衣カゴの中へ手を伸ばした時だった。

 ノックもなくいきなり脱衣所の扉が開いた。思考に没頭していたせいかリュージュの匂いにも足音にも全く気付かなかった。

「ヴィクトリア、さっきはごめん」

「ううん、謝らないで。悪いのは私なんだから」

 さっきまでしていたことが脳裏をかすめ、恥ずかしくてリュージュの顔が直視できない。

「『番の呪い』にかかっているんだから、仕方ないよ」

「リュージュ、私、明日レインに会いに行ってくるわ。ちゃんと話をしてくる」

 リュージュの顔から視線を外してやや俯きがちに話すヴィクトリアは、リュージュが驚きに目を見開いことに気付かない。

「…………行かないでくれ」

 ヴィクトリアはその言葉に驚いてリュージュの顔を見た。

「でもさっき……」

 リュージュもレインに会いに行った方がいいと言っていた。

「さっきは気落ちしててついあんなことを言ってしまったけど、本心じゃない。俺は別れるつもりなんかない。別れたくない」

 今度はヴィクトリアが目を見開く番だった。まさか引き止められるとは思わなかった。

 それに――――

(「別れたくない」って…………)

 リュージュはヴィクトリアの告白を受け入れてくれて、自分と番になることを了承してくれた。

 お互いの思いも打ち明け合っていて、ヴィクトリアも一度は決意したはずだったのだから、今リュージュとは友達ではなくて、恋人同士ということになるのか…………

「ごめんなさい、私から言い出したことだけど、『番の呪い』を解かない限り、リュージュとは一緒になれないわ」

「『呪い』を解く方法ならこれから二人で探していこう。時間がかかってもいい。俺は待つ。必ず解けるよ」

「だけど、だけど…… 私、もう一度レインに会いたいの。会って自分の気持ちを確かめたい」

 その言葉を聞いたリュージュが顔をしかめた。

「会わなくたって『番の呪い』にかかっているお前の気持ちの在り処は一つしかない。行っても行かなくてもお前はそいつを選ぶ。確かめに行く必要はない。むしろ行ったらそいつに捕まってお前は帰って来ない。

 お前を奴隷になんてさせられない。行かないでくれ。俺のそばにいてくれ」

「でも、私、リュージュとは番になれない……」

 絞り出すように言うと、リュージュは悲しそうな顔をした。

「一回駄目だったくらいで諦めないでくれ。次は大丈夫かもしれないじゃないか」

 ヴィクトリアの顔色が見る間に悪くなっていく。

(リュージュとまたあの一連の行為をすることになるのか……)

 リュージュに身体を触られてもアルベールにされたほど嫌だとは思わなかったし、鼻をつまんでさえいれば心地良く感じられた。

 だけど最後の最後は身体が震えて全身全霊で拒んでしまった。嫌悪感が酷すぎて、リュージュを嫌いになってしまいそうだった。

『番の呪い』を解かない限り、リュージュとそういう行為はしたくない。

(リュージュのことは好きだけれど、レイン以外の男性に身体を開くなんてもうできない)

「無理、できない…… もうできない」

 身体を強張らせて震え、涙を浮かべ始めたヴィクトリアを見たリュージュもまた、悲痛な表情を浮かべていた。

「俺、頑張るから。お前に一番に好きになってもらえるように頑張るから。だから俺たちのことを諦めないでくれ。どうかそいつのことは忘れてほしい。俺を選んでくれ……」

 リュージュが距離を詰めてくるが、ヴィクトリアはその分下がって距離を取る。

「ヴィクトリアが好きなんだ。ずっと好きだった。お前を心から愛している。やっと自分の気持ちを解放できたんだ。その男じゃなくて俺を選んでほしい。

 今度は上手くやる。だから……」

 リュージュが手を伸ばしてくるが、ヴィクトリアはそれを拒むように首を振った。リュージュの手がヴィクトリアに触れずに止まる。

「リュージュ、お願いよ…… 私、レインに会いたいの。今行かなかったら一生後悔する。お願い、レインの所に行かせて」

「行かせたくない…… ヴィクトリア、俺はもう失いたくない」

 ここで離れたら、サーシャとの失恋で傷付いているはずのリュージュの心を、さらに傷付けることになる。

 リュージュのことは守りたい。傷付けたくない。

 でもここで胸につかえた思いを残したままリュージュを受け入れてその手を取ったら、この先きっと後悔することになる。それは巡り巡っていつかリュージュとの間に影を差すのではないか。

「リュージュ、ごめんなさい……」

 リュージュは俯いて沈黙している。ヴィクトリアが緊張したままリュージュを見つめていると、彼の手が再び動く。

 リュージュはそばにあった脱衣カゴから、ガーターホルダーに収まっていたヴィクトリアの短剣を掴むと、鞘から抜いた。

「リュ、リュージュ……!」

 ヴィクトリアは刃物を手にしたリュージュを信じられないものを見るような目付きで見ていた。身体に戦慄が走る。

 リュージュは短剣を逆手に持つと、それを振り下ろした。

「リュージュ!」

 ヴィクトリアは驚いて悲鳴に近い声を上げた。リュージュは自分の太ももに短剣を突き立てていた。痛みでリュージュの顔が歪んでいる。

「何てことを!」

「触るな!」

 リュージュに近付いて足元に座り込み、短剣を掴む手に触れようとすると、リュージュが叫んでそれを阻止してきた。

「俺に触るな。俺はお前が欲しい。俺もシドやアルベールと同じだ。お前を誰にも渡したくない。俺のものにしたい。別の男の所になんか行かせたくない。だからこうするしかないんだ。今のうちに早く行け!」

 リュージュは短剣を根元まで強く押し込んで苦悶の表情を浮かべている。

「リュージュ……」

 リュージュの行動に、ヴィクトリアは何も対応を取れずにいる。

「ヴィクトリア、このままここに残るなら俺はお前を抱くぞ。嫌がっても次は止めない。だから早く行け。

 泣くな、立て。

 お前は自分の思うように生きろ」

 リュージュはヴィクトリアの意志を尊重してくれている。リュージュはいつも、いつだって、ヴィクトリアの味方でいてくれた。










***

《Q.リュージュバッドエンドへの分岐点です》

A1.リュージュから逃げる(本編の続き)→次ページへ

A1.リュージュの元に残る(リュージュバッドエンド)→次々話へ
または目次からリュージュバッドエンド章の「1 『番の呪い』攻略法 ✤✤✤」へ入ってください
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

ヤンデレ化した元彼に捕まった話

水無月瑠璃
恋愛
一方的に別れを告げた元彼に「部屋の荷物取りに来いよ」と言われ、気まずいまま部屋に向かうと「元彼の部屋にホイホイ来るとか、警戒心ないの?」「もう別れたいなんて言えないように…絶対逃げられないようにする」 豹変した元彼に襲われ犯される話 無理矢理気味ですが、基本的に甘め(作者的に)でハッピーエンドです。

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

処理中です...