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『番の呪い』前編
55 偽者
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ヴィクトリアは里を出てからのことを順を追ってリュージュに説明しようとしたのだが、話そうと口を開いた途端、ヴィクトリアの腹がぐーっと鳴った。そういえば食事は昼に摂ったが、その後はアイスクリームを食べただけでずっと何も口にしていなかった。
半日ほど何も食べていなかったと言うとリュージュは心配してくれて、夕食の残りを出してくれた。
食事を摂りながら、その合間でヴィクトリアはこれまでのことを話した。
里から逃げて何時間も経たないうちにレインという銃騎士の青年に見つかって捕まってしまったこと。
銃騎士隊九番隊砦に連れて行かれて、そこで囚人生活をしていたこと。
敵だけどジュリアスという銃騎士の青年がいて、ヴィクトリアに良くしてくれたこと。
ジュリアスにヴィクトリアが生き延びるためには奴隷になるしかないと言われたこと。
次の日にはシドがヴィクトリアを追って九番隊砦までやってきて、銃騎士隊――ジュリアスたちやオリオンという謎の魔法使いの少年によってシドが捕らえられたこと。
「ちょっと待て」
ヴィクトリアの話を黙って聞いていたはずのリュージュがそこで口を挟んだ。
「シドが捕まったのは、お前が里から出た次の日で間違いないのか?」
「ええ、そうよ」
シドが九番隊砦に現れたのは、ヴィクトリアが里を出奔した次の日の夕刻だ。
「シドは捕まってその後脱獄しなかったか?」
(脱獄?)
ヴィクトリアは首を傾げた。なぜそんな言葉が出てくるのだろう。
「いいえ、シドはその時からずっと捕まっていて脱獄なんかしていないわ。一度だけ拘束具を外して私の前に現れたけど…… その時の騒ぎで私は九番隊砦から逃げ出してきたのだけれど、でも結局その後また銃騎士隊に捕まったみたいよ。一緒に逃げた銃騎士隊員に連絡が入っていたから」
「それは、本当に確かな情報なのか?」
リュージュは訝しむような表情をしながら再度確認してくる。
(シドがずっと捕まっていたら何かおかしいのかしら?)
「そうね…… シドが二度目に捕まった時の情報は伝聞だから私が直接確認したわけじゃないけど、でも、シドが三日前に九番隊砦に現れた時から昨日砦で暴れ出すまでずっと捕まっていたのは本当よ。私はその間ずっと拘束されて動けないシドの気配を感じていたもの」
「シドが確実に拘束されていたのは、三日前の遅い時間帯から昨日の夜までか」
「そうなるわね」
リュージュは口元に手を当てつつ、難しい顔になってこちらを見てくる。
「ヴィクトリア、お前の話を疑ってるわけじゃないんだが、その話が本当だとすると、おかしなことになるんだ。四日前の夜、お前が里を逃げ出した後俺はシドを止めていたんだが、結局止めきれずにあいつも里から出て行ってしまったんだ。でも、その後あいつは帰ってきた」
「え?」
(シドが、里に帰ってきたですって?)
「シドが帰ってきたのは三日前の遅い時間帯だったと他の奴らに聞いている。俺も次の日実際に会っているし間違いない。あれはシドだった」
「……どういうこと?」
「さあ…… 俺にもさっぱりだ。お前と俺の話を総合すると、シドが二人いるってことになっちまう。だが、こっちのシドは昨日の夜脈絡もなく突然いなくなった。自分の部屋から忽然と姿を消している。里から出て魔の森に向かう気配すら誰一人感じていない奇妙なものだったって。
昨日の夜の時点ではいなくなったのはシドのいつもの気まぐれだろうって誰も気にしていなかったんだ。周りの奴らもまたお前を探しに行ったんだろうってそれぐらいにしか思っていなかったそうだ。
今日の夕刻に街まで用足しに降りていた人間が、シドが捕まって処刑されることが書かれた紙を持ち帰るまではな。
そこから里は大騒ぎだったよ。幹部連中はこれからどうするのかまだ話し合ってるんじゃないのか?」
二人目のシドが里にいたのは、ちょうど、ヴィクトリアが確実にシドが拘束されていたと断言できる時間帯だけだ。
「……もしかして、シドって双子だったのかしら?」
「やめてくれ、あんなの一人で充分だ」
「双子じゃなくても影武者ってことは? 族長なんだからそれくらいいてもおかしくないわ」
「ああ、そうだな。でもあいつは自分の強さを過信しているから、誰かを身代わりに立てて自分の命を守らせるとかそういう発想はないと思う。断言はできないけど。ただ影武者だったとしても、それでも匂いまでは誤魔化せないだろ。あれは確実にシドの匂いだった」
「そうね、私の方に現れたシドも、間違いなくシド本人の匂いだったわ。あれが違う人だったとは思えない」
匂いは指紋のように一人一人違うものだ。似ている匂いはあっても、全く同じ匂いがする者同士が存在することはない。唯一の例外は双子だが、双子でも成長するにつれて匂いに違いが出てくることが多い。
「同じ獣人が同時に存在することなんてあるわけないんだから、結局はどちらかが偽者なんだと思うわ…… やっぱり双子……?」
ヴィクトリアの双子発言を受けて、リュージュがげんなりとした顔をした。
「この話やめよう。頭痛がしてきた……」
双子説か怪奇現象か、今の二人にはそれくらいしか結論が出せなかった。
半日ほど何も食べていなかったと言うとリュージュは心配してくれて、夕食の残りを出してくれた。
食事を摂りながら、その合間でヴィクトリアはこれまでのことを話した。
里から逃げて何時間も経たないうちにレインという銃騎士の青年に見つかって捕まってしまったこと。
銃騎士隊九番隊砦に連れて行かれて、そこで囚人生活をしていたこと。
敵だけどジュリアスという銃騎士の青年がいて、ヴィクトリアに良くしてくれたこと。
ジュリアスにヴィクトリアが生き延びるためには奴隷になるしかないと言われたこと。
次の日にはシドがヴィクトリアを追って九番隊砦までやってきて、銃騎士隊――ジュリアスたちやオリオンという謎の魔法使いの少年によってシドが捕らえられたこと。
「ちょっと待て」
ヴィクトリアの話を黙って聞いていたはずのリュージュがそこで口を挟んだ。
「シドが捕まったのは、お前が里から出た次の日で間違いないのか?」
「ええ、そうよ」
シドが九番隊砦に現れたのは、ヴィクトリアが里を出奔した次の日の夕刻だ。
「シドは捕まってその後脱獄しなかったか?」
(脱獄?)
ヴィクトリアは首を傾げた。なぜそんな言葉が出てくるのだろう。
「いいえ、シドはその時からずっと捕まっていて脱獄なんかしていないわ。一度だけ拘束具を外して私の前に現れたけど…… その時の騒ぎで私は九番隊砦から逃げ出してきたのだけれど、でも結局その後また銃騎士隊に捕まったみたいよ。一緒に逃げた銃騎士隊員に連絡が入っていたから」
「それは、本当に確かな情報なのか?」
リュージュは訝しむような表情をしながら再度確認してくる。
(シドがずっと捕まっていたら何かおかしいのかしら?)
「そうね…… シドが二度目に捕まった時の情報は伝聞だから私が直接確認したわけじゃないけど、でも、シドが三日前に九番隊砦に現れた時から昨日砦で暴れ出すまでずっと捕まっていたのは本当よ。私はその間ずっと拘束されて動けないシドの気配を感じていたもの」
「シドが確実に拘束されていたのは、三日前の遅い時間帯から昨日の夜までか」
「そうなるわね」
リュージュは口元に手を当てつつ、難しい顔になってこちらを見てくる。
「ヴィクトリア、お前の話を疑ってるわけじゃないんだが、その話が本当だとすると、おかしなことになるんだ。四日前の夜、お前が里を逃げ出した後俺はシドを止めていたんだが、結局止めきれずにあいつも里から出て行ってしまったんだ。でも、その後あいつは帰ってきた」
「え?」
(シドが、里に帰ってきたですって?)
「シドが帰ってきたのは三日前の遅い時間帯だったと他の奴らに聞いている。俺も次の日実際に会っているし間違いない。あれはシドだった」
「……どういうこと?」
「さあ…… 俺にもさっぱりだ。お前と俺の話を総合すると、シドが二人いるってことになっちまう。だが、こっちのシドは昨日の夜脈絡もなく突然いなくなった。自分の部屋から忽然と姿を消している。里から出て魔の森に向かう気配すら誰一人感じていない奇妙なものだったって。
昨日の夜の時点ではいなくなったのはシドのいつもの気まぐれだろうって誰も気にしていなかったんだ。周りの奴らもまたお前を探しに行ったんだろうってそれぐらいにしか思っていなかったそうだ。
今日の夕刻に街まで用足しに降りていた人間が、シドが捕まって処刑されることが書かれた紙を持ち帰るまではな。
そこから里は大騒ぎだったよ。幹部連中はこれからどうするのかまだ話し合ってるんじゃないのか?」
二人目のシドが里にいたのは、ちょうど、ヴィクトリアが確実にシドが拘束されていたと断言できる時間帯だけだ。
「……もしかして、シドって双子だったのかしら?」
「やめてくれ、あんなの一人で充分だ」
「双子じゃなくても影武者ってことは? 族長なんだからそれくらいいてもおかしくないわ」
「ああ、そうだな。でもあいつは自分の強さを過信しているから、誰かを身代わりに立てて自分の命を守らせるとかそういう発想はないと思う。断言はできないけど。ただ影武者だったとしても、それでも匂いまでは誤魔化せないだろ。あれは確実にシドの匂いだった」
「そうね、私の方に現れたシドも、間違いなくシド本人の匂いだったわ。あれが違う人だったとは思えない」
匂いは指紋のように一人一人違うものだ。似ている匂いはあっても、全く同じ匂いがする者同士が存在することはない。唯一の例外は双子だが、双子でも成長するにつれて匂いに違いが出てくることが多い。
「同じ獣人が同時に存在することなんてあるわけないんだから、結局はどちらかが偽者なんだと思うわ…… やっぱり双子……?」
ヴィクトリアの双子発言を受けて、リュージュがげんなりとした顔をした。
「この話やめよう。頭痛がしてきた……」
双子説か怪奇現象か、今の二人にはそれくらいしか結論が出せなかった。
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