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対銃騎士隊編
51 妹の告白
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「姉様! 何でさっき飛び出したりしたのよ!」
「だ、だって――」
「だってじゃありません!」
ナディアはヴィクトリアの続く言葉をぴしゃりと遮った。
二人は路地裏の奥の奥まで入り込んで身を隠していた。最初二人しかいなかった銃騎士は、応援を呼ばれたらしく人数が増えていた。ナディアがヴィクトリアを抱えて逃げるのにも限界が近付き、二人は物陰に潜んで休憩していた。
「あんな女性の敵みたいなろくでもない男を助けに行ったら駄目でしょう! 自分が何をされたのかちゃんと考えて!」
ヴィクトリアは怒られて小さくなっていた。
「こっちにはいないぞ! 向こうだ!」
休む間もなく銃騎士隊員が近付いてくる。
ナディアは再びヴィクトリアを抱えて走り、別の隠れられそうな場所まで移動した。
「しつこいわね、あいつら……」
ナディアが肩で息をしながら、銃騎士隊員の動向を探るように道の向こうを注視している。
ヴィクトリアは、ナディアを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていた。
ヴィクトリアは意を決し、先程から考えていた事を口にする。
「……ナディア、一人で逃げて」
「え?」
ナディアが戸惑った声を出す。
「ナディア一人だけなら逃げ切れる。二人して捕まるよりずっといい」
「何言ってるのよ! 姉様を置き去りになんてできないわ!」
ナディアが顔を強張らせて強く拒否するが、ヴィクトリアは穏やかな表情で微笑み、首を振る。
「私なら大丈夫よ。捕まっても、きっと命まで取られることはないから」
「……それで捕まったら、あの男か、それとも別の人間の奴隷になってもいいってこと?」
人間が獣人を奴隷として所持できることは、ナディアも知っているらしい。
「良くはないけど…… でも、それしか方法がないじゃない」
追手の人数は増えている。狭い路地裏で挟み撃ちにされたら逃げ場はないし、逃げた先で袋小路に迷い込んでしまう可能性もある。緊張を強いられる追いかけっこで、ヴィクトリアを抱えて逃げるナディアは明らかに体力を消耗していた。機敏に動けるうちに一人だけでも逃げてもらうのが得策だ。
ナディアは険しい顔でヴィクトリアを見つめた。
「嫌よ」
「ナディア……」
「姉様、聞いて。私ね、ずっと後悔していたの。里にいた頃、姉様がずっと傷付いて悩んでいたことを知っていたのに、私、見て見ぬふりして、何もしなかった。あの父様と戦うなんてことは流石にできなかったけど、話くらいなら聞いてあげられたのにね」
ヴィクトリアは目を見開き驚いていた。
(ナディアがそんな風に考えていてくれたなんて)
「ありがとう」
自然と感謝の言葉が口を衝いて出てくる。だが、ナディアは首を降った。
「違うの。感謝される筋合いなんて全然ないの。本当はね、私、ずっとヴィクトリア姉様のことを妬んで恨んでいたの。姉様がとても綺麗だったから。
姉様はこの世のものとは思えないほど美しいのに、どうして私は獣人として最低限持っているはずの美しさすら持っていないんだろうって思って悔しかった。
私たちは年も一つしか違わない姉妹なのに、どうしてこんなに違うのって思ってた。きっと、姉様が私が生まれる前に私の美しさを全部持って行ってしまったと思っていたの。
でも、そんなのはただの八つ当たりのやっかみよ。ヴィクトリア姉様に責任なんてちっともないのにね。私、逆恨みみたいなことしてたの。恥ずかしいわ。
それに私たち、血なんて一滴も繋がっていなかったんだから、似ていなくて当然なのにね」
「ナディア…… 知っていたの?」
「里を出てからね。とある人に聞いたの」
路地裏の向こうからまたバタバタと足音が近付いてくる。ナディアはヴィクトリアを抱えて走った。
「もうっ! 本当にしつこい!」
「ナディア、やっぱり一人で……」
「嫌よ」
ナディアは走りながらもきっぱりと否定する。
「私が助けたいと思ったから助けるの。これは私の意志よ。私に悪いことをしているだなんて、思わなくていいんだからね」
ナディアは道に物が積まれた箇所を見つけて、そこに身を潜ませる。
(ナディアの気持ちは嬉しい。でもこのままじゃ……)
ナディアはずっと肩で息をしていて、額から大量の汗を掻いている。体力の限界が近いことは彼女もわかっているはずだ。
「こうなったら……」
ナディアは提げていた肩掛け鞄の中を漁り、金髪と黒髪のウィッグ、色眼鏡や化粧道具、それから鋏と髪の毛を結わえる紐などを取り出した。
ヴィクトリアはナディアが鞄から出したものを見て驚く。化粧道具や鋏は別として、ウィッグや色眼鏡などは明らかに変装するためのものだ。ナディアは常時変装道具を持ち歩いているらしい。
里から出たこの二年間でナディアに一体何があったのだろうと思ったが、彼女の身の上話を詳しく聞いている余裕はない。
おそらく獣人であることを隠して人間社会に溶け込み生きてきたのだろうと思うが、気になったのはナディアから親密になったらしき男性の匂いがすることだ。
その人間の男の匂いはだいぶ薄くなっていて、ナディアに再会した当初は気付かなかったのだが、ヴィクトリアの嗅覚が段々と元に戻ってきたことでその匂いに気付けた。
男性の匂いは十代後半くらいの少年のもので、ナディアは一年近くはその少年に会っていない。でも口付けとかその他の行為は色々している。番になってはいないようだが……
ナディアはヴィクトリアをじっと見つめていた。
「姉様、ごめんね。髪の毛を切ってもいい?」
鋏を手にしたナディアにそう聞かれたが、ヴィクトリアは小首を傾げた。
「切ってどうするの?」
「急ごしらえだけど手元にあるものを使ってウィッグを作るの。私が姉様のふりをして囮になるから、その隙に逃げて」
「駄目よ! そんなことさせられないわ!」
今度はヴィクトリアがナディアの提案を拒否する番だった。
「でもこのままだと姉様の言う通り二人して捕まるだけだわ。私は姉様を置いて一人だけ逃げるつもりなんてさらさらないし、このまま捕まるくらいならこの方法に懸けてみない?」
「だけど…… ナディアを危険にさらすことになるわ」
「今だって追われてるんだから充分危険よ。別々に行動することになるから、満足に動けない姉様が一人になる方が危ないかもしれないわ。私のことは心配しないで。連中に捕まったりなんてしないから」
「ナディア……」
(この作戦に乗るべきか。でも……)
「逃げるのよ、姉様」
迷っているヴィクトリアをナディアが力強い声で後押しする。
「やっと父様から離れることができたんでしょ? なのにまた別の変な男のせいでこれからの人生もずっと搾取され続けるなんておかしいわ。奴隷になんかなったら絶対に駄目。今まで出来なかった分、姉様は自分の生きたいように生きていいのよ」
(生きたいように……
私は、自分の生きたいように自由に生きたい。だけど……)
ヴィクトリアは二の足を踏んでいる。ヴィクトリアの心中を察したらしきナディアがさらに説得する。
「私に申し訳ないとかは思わなくていいの。むしろもっと早く助けられればよかったって、こっちが謝りたいくらいよ。姉様の力になりたいの。ここは私に任せて」
ナディアがヴィクトリアの手を自身の手で包む。ナディアが屈託のない笑顔で笑いかけてくれた。
(嬉しい)
味方になってくれる人なんてこれまではほとんどいないと思っていたけど、全然いないわけじゃない。自分のことを心配して助けてくれる人はちゃんと存在しているのだ。
ヴィクトリアはナディアが掴んでいる手に自分も力を込めて握り返した。
「ありがとう、ナディア。力を貸してくれる?」
ナディアは心得たとばかりに大きく頷いた。
「だ、だって――」
「だってじゃありません!」
ナディアはヴィクトリアの続く言葉をぴしゃりと遮った。
二人は路地裏の奥の奥まで入り込んで身を隠していた。最初二人しかいなかった銃騎士は、応援を呼ばれたらしく人数が増えていた。ナディアがヴィクトリアを抱えて逃げるのにも限界が近付き、二人は物陰に潜んで休憩していた。
「あんな女性の敵みたいなろくでもない男を助けに行ったら駄目でしょう! 自分が何をされたのかちゃんと考えて!」
ヴィクトリアは怒られて小さくなっていた。
「こっちにはいないぞ! 向こうだ!」
休む間もなく銃騎士隊員が近付いてくる。
ナディアは再びヴィクトリアを抱えて走り、別の隠れられそうな場所まで移動した。
「しつこいわね、あいつら……」
ナディアが肩で息をしながら、銃騎士隊員の動向を探るように道の向こうを注視している。
ヴィクトリアは、ナディアを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていた。
ヴィクトリアは意を決し、先程から考えていた事を口にする。
「……ナディア、一人で逃げて」
「え?」
ナディアが戸惑った声を出す。
「ナディア一人だけなら逃げ切れる。二人して捕まるよりずっといい」
「何言ってるのよ! 姉様を置き去りになんてできないわ!」
ナディアが顔を強張らせて強く拒否するが、ヴィクトリアは穏やかな表情で微笑み、首を振る。
「私なら大丈夫よ。捕まっても、きっと命まで取られることはないから」
「……それで捕まったら、あの男か、それとも別の人間の奴隷になってもいいってこと?」
人間が獣人を奴隷として所持できることは、ナディアも知っているらしい。
「良くはないけど…… でも、それしか方法がないじゃない」
追手の人数は増えている。狭い路地裏で挟み撃ちにされたら逃げ場はないし、逃げた先で袋小路に迷い込んでしまう可能性もある。緊張を強いられる追いかけっこで、ヴィクトリアを抱えて逃げるナディアは明らかに体力を消耗していた。機敏に動けるうちに一人だけでも逃げてもらうのが得策だ。
ナディアは険しい顔でヴィクトリアを見つめた。
「嫌よ」
「ナディア……」
「姉様、聞いて。私ね、ずっと後悔していたの。里にいた頃、姉様がずっと傷付いて悩んでいたことを知っていたのに、私、見て見ぬふりして、何もしなかった。あの父様と戦うなんてことは流石にできなかったけど、話くらいなら聞いてあげられたのにね」
ヴィクトリアは目を見開き驚いていた。
(ナディアがそんな風に考えていてくれたなんて)
「ありがとう」
自然と感謝の言葉が口を衝いて出てくる。だが、ナディアは首を降った。
「違うの。感謝される筋合いなんて全然ないの。本当はね、私、ずっとヴィクトリア姉様のことを妬んで恨んでいたの。姉様がとても綺麗だったから。
姉様はこの世のものとは思えないほど美しいのに、どうして私は獣人として最低限持っているはずの美しさすら持っていないんだろうって思って悔しかった。
私たちは年も一つしか違わない姉妹なのに、どうしてこんなに違うのって思ってた。きっと、姉様が私が生まれる前に私の美しさを全部持って行ってしまったと思っていたの。
でも、そんなのはただの八つ当たりのやっかみよ。ヴィクトリア姉様に責任なんてちっともないのにね。私、逆恨みみたいなことしてたの。恥ずかしいわ。
それに私たち、血なんて一滴も繋がっていなかったんだから、似ていなくて当然なのにね」
「ナディア…… 知っていたの?」
「里を出てからね。とある人に聞いたの」
路地裏の向こうからまたバタバタと足音が近付いてくる。ナディアはヴィクトリアを抱えて走った。
「もうっ! 本当にしつこい!」
「ナディア、やっぱり一人で……」
「嫌よ」
ナディアは走りながらもきっぱりと否定する。
「私が助けたいと思ったから助けるの。これは私の意志よ。私に悪いことをしているだなんて、思わなくていいんだからね」
ナディアは道に物が積まれた箇所を見つけて、そこに身を潜ませる。
(ナディアの気持ちは嬉しい。でもこのままじゃ……)
ナディアはずっと肩で息をしていて、額から大量の汗を掻いている。体力の限界が近いことは彼女もわかっているはずだ。
「こうなったら……」
ナディアは提げていた肩掛け鞄の中を漁り、金髪と黒髪のウィッグ、色眼鏡や化粧道具、それから鋏と髪の毛を結わえる紐などを取り出した。
ヴィクトリアはナディアが鞄から出したものを見て驚く。化粧道具や鋏は別として、ウィッグや色眼鏡などは明らかに変装するためのものだ。ナディアは常時変装道具を持ち歩いているらしい。
里から出たこの二年間でナディアに一体何があったのだろうと思ったが、彼女の身の上話を詳しく聞いている余裕はない。
おそらく獣人であることを隠して人間社会に溶け込み生きてきたのだろうと思うが、気になったのはナディアから親密になったらしき男性の匂いがすることだ。
その人間の男の匂いはだいぶ薄くなっていて、ナディアに再会した当初は気付かなかったのだが、ヴィクトリアの嗅覚が段々と元に戻ってきたことでその匂いに気付けた。
男性の匂いは十代後半くらいの少年のもので、ナディアは一年近くはその少年に会っていない。でも口付けとかその他の行為は色々している。番になってはいないようだが……
ナディアはヴィクトリアをじっと見つめていた。
「姉様、ごめんね。髪の毛を切ってもいい?」
鋏を手にしたナディアにそう聞かれたが、ヴィクトリアは小首を傾げた。
「切ってどうするの?」
「急ごしらえだけど手元にあるものを使ってウィッグを作るの。私が姉様のふりをして囮になるから、その隙に逃げて」
「駄目よ! そんなことさせられないわ!」
今度はヴィクトリアがナディアの提案を拒否する番だった。
「でもこのままだと姉様の言う通り二人して捕まるだけだわ。私は姉様を置いて一人だけ逃げるつもりなんてさらさらないし、このまま捕まるくらいならこの方法に懸けてみない?」
「だけど…… ナディアを危険にさらすことになるわ」
「今だって追われてるんだから充分危険よ。別々に行動することになるから、満足に動けない姉様が一人になる方が危ないかもしれないわ。私のことは心配しないで。連中に捕まったりなんてしないから」
「ナディア……」
(この作戦に乗るべきか。でも……)
「逃げるのよ、姉様」
迷っているヴィクトリアをナディアが力強い声で後押しする。
「やっと父様から離れることができたんでしょ? なのにまた別の変な男のせいでこれからの人生もずっと搾取され続けるなんておかしいわ。奴隷になんかなったら絶対に駄目。今まで出来なかった分、姉様は自分の生きたいように生きていいのよ」
(生きたいように……
私は、自分の生きたいように自由に生きたい。だけど……)
ヴィクトリアは二の足を踏んでいる。ヴィクトリアの心中を察したらしきナディアがさらに説得する。
「私に申し訳ないとかは思わなくていいの。むしろもっと早く助けられればよかったって、こっちが謝りたいくらいよ。姉様の力になりたいの。ここは私に任せて」
ナディアがヴィクトリアの手を自身の手で包む。ナディアが屈託のない笑顔で笑いかけてくれた。
(嬉しい)
味方になってくれる人なんてこれまではほとんどいないと思っていたけど、全然いないわけじゃない。自分のことを心配して助けてくれる人はちゃんと存在しているのだ。
ヴィクトリアはナディアが掴んでいる手に自分も力を込めて握り返した。
「ありがとう、ナディア。力を貸してくれる?」
ナディアは心得たとばかりに大きく頷いた。
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