21 / 220
故郷編
19 失恋(ヴィクトリア視点→三人称)
しおりを挟む
その日はよく晴れた日だった。
長めの春が終わり、季節は苛烈な夏に向かおうとしている。
ヴィクトリアはようやく、シドに捕まることなくリュージュを見つけることができた。
ヴィクトリアは草原に座り込むリュージュを見つけて安堵の笑みを浮かべる。
会いに行くと約束したのに思ったより時間が過ぎてしまった。怒ってやしないかと思ったが、リュージュはヴィクトリアに気付くと満面の笑みを浮かべた。リュージュはいつでも自分を温かく迎えてくれる、そう思った。
けれど、違う。
(匂いが違う)
ヴィクトリアは足を止めた。
リュージュから、サーシャの匂いがする。
会っただけ、手を繋いだだけ、ただ抱き締め合っただけ、その程度では付かない濃いめの匂いがこびりついている。だからといって、身体を契ったほどではない。とある行為をした時にだけ付く、独特の濃さの匂い。
(これは、口付けしてる)
目の前が真っ暗になって立ち尽くしていると、リュージュの方から走り寄ってきた。
ヴィクトリアは咄嗟に下を向いた。
笑顔で、返す――――多分それが正しいのだろう。けれどヴィクトリアは、上手く表情を作ることができなかった。
「ヴィクトリア?」
リュージュが怪訝そうな様子で、長い銀髪に隠れたヴィクトリアの顔を覗き込もうとしてくるので、彼女は痛みを堪えるような表情を浮かべて、顔を上げた。
「ごめん、ちょっと足が痛くなっちゃって」
「そうなのか? 大丈夫か?」
「たいしたことないから大丈夫よ」
そう言ったのに、リュージュは屈んで、「足のどこが痛いんだ?」と言いながら心配してくる。
(嘘なのに、優しくしないで。泣きそうよ)
ヴィクトリアはリュージュを振り切るように、その場からスタスタと歩いてみせた。
「ほら、歩けるから大丈夫みたい。気のせいだったのかも」
そう言って、ヴィクトリアは今度こそ笑顔を貼り付けた。
「本当か? 痛かったら無理するなよ。そうだ、この後サーシャに会うんだ。足の状態を診てもらったらどうだ? 何か薬もらっとけよ」
ヴィクトリアは頭をぶんぶんと思いっきり左右に降った。
「いい! それはいいから! 本当に大丈夫!」
「そうか? ならいいんだけどさ」
「えと…… サーシャに会うのね。それじゃ私はお邪魔かな。リュージュの顔を久しぶりに見られて良かったわ。私は部屋に戻るね」
「ちょっと待て」
踵を返して足早に歩み去ろうとしたが、リュージュに腕を掴まれた。
ヴィクトリアは振り返ることができない。
「実はさ、昨日ようやくサーシャから返事がもらえたんだ。俺の番になってくれるって」
(胸が苦しい。助けて。誰か助けて)
「もちろん今すぐってわけじゃなくて、もっとお互いをよく知ってからにしようってなったんだけどさ。ヴィクトリアに一番に知らせたかったんだ。本当は今日またお前の部屋に行こうと思ってたんだけど、会えてよかったよ」
ヴィクトリアは泣きそうになるのを耐えていた。早く一人になりたかった。
「ヴィクトリア?」
ヴィクトリアはリュージュに背を向けて黙ったままだったが、やがて顔を上げ、振り向いた。
「おめでとう! よかったね! もう、いきなりだったから本当にびっくりした! 二人のこと祝福するわ! お幸せに!」
ヴィクトリアは今できる最大限の笑顔を貼り付けてリュージュを見上げた。こんな時でも笑顔を作れてしまうことが悲しい。
祝いの言葉を紡ぐヴィクトリアの瞳が少しだけ潤んでいた。
リュージュもヴィクトリアの表情を見て、弾けるような輝く笑顔を返した。
「ありがとう、ヴィクトリア。諦めなくて良かった。お前のおかげだ」
逃げるようにリュージュの元から去り、闇雲に走った。できるだけ人気のない所に行こうとして、気付けば里の端の方にある草むらの中に座り込んでいた。この辺は魔の森の近くで、あまり手入れがされていない。人の目からヴィクトリアを隠してくれる。
「うっ……っ……ううっ………」
際限なく涙が溢れて止まらない。
(心のどこかで、結局最後にリュージュは私を選んでくれるのではないかと思っていた)
仲の良さは自覚していたし、自惚れていたのかもしれない。
リュージュに恋焦がれながら、でも同時に、いつかリュージュから離れるつもりでもいた。
リュージュはどこかでそれをわかっていたんじゃないだろうか。
これは当然の結果だ。
本当に欲しいと思って行動しなかった。いつか逃げ出すつもりで、リュージュと真剣に向き合ってこなかった。「俺を頼れ」と言ってくれたのに、その手を取らず、その場その場でごまかしてばかりいた。
勇気を出して、本当の自分の気持ちを言っていたら、結果は今とは違っていたかもしれない。
(好きだって、ちゃんと言うべきだった)
もしもその結果、思いを受け入れてもらえなかったとしても、別れが待っていたとしても、全て覚悟して自分の気持ちに正直に生きるべきだった。
そうしておけばせめて、こんなにも後悔という自責の念に駆られることはなかったはずだ。
ヴィクトリアにとって、失ったものは大きすぎた。
(母が死んでからの私の人生は一体なんだったのだろう)
ただ時間だけが、虚しく過ぎて行っただけだった。
(私は何もしなかった。常に受け身で、状況に流されていただけだ)
何も手に入らなくて当たり前だ。
(一人になりたくてここまで来たのに、何でよりによってこんな時に、この人は現れるの……)
泣き続けて酷い顔になっているはずで、誰にも見られたくないのに、シドは腕を掴んで暴こうとしてくる。
顔を無理矢理上げさせられると、神妙な面持ちをしたシドと目が合った。
シドは何も言わなかった。泣きじゃくるヴィクトリアを腕の中に抱き入れると、まるで幼子をあやすように背中を軽く叩いてくる。
泣いていいと、言われているようだった。
「シド……」
ヴィクトリアはシドに縋り付いた。初めて自分からシドを求めてしまった。
ヴィクトリアはシドの胸で号泣し続けた。
******
シドはヴィクトリアを逃さないようにとその身体に手を回しながら、ほくそ笑んでいた。
その表情にヴィクトリアが気付くことはなかった。
長めの春が終わり、季節は苛烈な夏に向かおうとしている。
ヴィクトリアはようやく、シドに捕まることなくリュージュを見つけることができた。
ヴィクトリアは草原に座り込むリュージュを見つけて安堵の笑みを浮かべる。
会いに行くと約束したのに思ったより時間が過ぎてしまった。怒ってやしないかと思ったが、リュージュはヴィクトリアに気付くと満面の笑みを浮かべた。リュージュはいつでも自分を温かく迎えてくれる、そう思った。
けれど、違う。
(匂いが違う)
ヴィクトリアは足を止めた。
リュージュから、サーシャの匂いがする。
会っただけ、手を繋いだだけ、ただ抱き締め合っただけ、その程度では付かない濃いめの匂いがこびりついている。だからといって、身体を契ったほどではない。とある行為をした時にだけ付く、独特の濃さの匂い。
(これは、口付けしてる)
目の前が真っ暗になって立ち尽くしていると、リュージュの方から走り寄ってきた。
ヴィクトリアは咄嗟に下を向いた。
笑顔で、返す――――多分それが正しいのだろう。けれどヴィクトリアは、上手く表情を作ることができなかった。
「ヴィクトリア?」
リュージュが怪訝そうな様子で、長い銀髪に隠れたヴィクトリアの顔を覗き込もうとしてくるので、彼女は痛みを堪えるような表情を浮かべて、顔を上げた。
「ごめん、ちょっと足が痛くなっちゃって」
「そうなのか? 大丈夫か?」
「たいしたことないから大丈夫よ」
そう言ったのに、リュージュは屈んで、「足のどこが痛いんだ?」と言いながら心配してくる。
(嘘なのに、優しくしないで。泣きそうよ)
ヴィクトリアはリュージュを振り切るように、その場からスタスタと歩いてみせた。
「ほら、歩けるから大丈夫みたい。気のせいだったのかも」
そう言って、ヴィクトリアは今度こそ笑顔を貼り付けた。
「本当か? 痛かったら無理するなよ。そうだ、この後サーシャに会うんだ。足の状態を診てもらったらどうだ? 何か薬もらっとけよ」
ヴィクトリアは頭をぶんぶんと思いっきり左右に降った。
「いい! それはいいから! 本当に大丈夫!」
「そうか? ならいいんだけどさ」
「えと…… サーシャに会うのね。それじゃ私はお邪魔かな。リュージュの顔を久しぶりに見られて良かったわ。私は部屋に戻るね」
「ちょっと待て」
踵を返して足早に歩み去ろうとしたが、リュージュに腕を掴まれた。
ヴィクトリアは振り返ることができない。
「実はさ、昨日ようやくサーシャから返事がもらえたんだ。俺の番になってくれるって」
(胸が苦しい。助けて。誰か助けて)
「もちろん今すぐってわけじゃなくて、もっとお互いをよく知ってからにしようってなったんだけどさ。ヴィクトリアに一番に知らせたかったんだ。本当は今日またお前の部屋に行こうと思ってたんだけど、会えてよかったよ」
ヴィクトリアは泣きそうになるのを耐えていた。早く一人になりたかった。
「ヴィクトリア?」
ヴィクトリアはリュージュに背を向けて黙ったままだったが、やがて顔を上げ、振り向いた。
「おめでとう! よかったね! もう、いきなりだったから本当にびっくりした! 二人のこと祝福するわ! お幸せに!」
ヴィクトリアは今できる最大限の笑顔を貼り付けてリュージュを見上げた。こんな時でも笑顔を作れてしまうことが悲しい。
祝いの言葉を紡ぐヴィクトリアの瞳が少しだけ潤んでいた。
リュージュもヴィクトリアの表情を見て、弾けるような輝く笑顔を返した。
「ありがとう、ヴィクトリア。諦めなくて良かった。お前のおかげだ」
逃げるようにリュージュの元から去り、闇雲に走った。できるだけ人気のない所に行こうとして、気付けば里の端の方にある草むらの中に座り込んでいた。この辺は魔の森の近くで、あまり手入れがされていない。人の目からヴィクトリアを隠してくれる。
「うっ……っ……ううっ………」
際限なく涙が溢れて止まらない。
(心のどこかで、結局最後にリュージュは私を選んでくれるのではないかと思っていた)
仲の良さは自覚していたし、自惚れていたのかもしれない。
リュージュに恋焦がれながら、でも同時に、いつかリュージュから離れるつもりでもいた。
リュージュはどこかでそれをわかっていたんじゃないだろうか。
これは当然の結果だ。
本当に欲しいと思って行動しなかった。いつか逃げ出すつもりで、リュージュと真剣に向き合ってこなかった。「俺を頼れ」と言ってくれたのに、その手を取らず、その場その場でごまかしてばかりいた。
勇気を出して、本当の自分の気持ちを言っていたら、結果は今とは違っていたかもしれない。
(好きだって、ちゃんと言うべきだった)
もしもその結果、思いを受け入れてもらえなかったとしても、別れが待っていたとしても、全て覚悟して自分の気持ちに正直に生きるべきだった。
そうしておけばせめて、こんなにも後悔という自責の念に駆られることはなかったはずだ。
ヴィクトリアにとって、失ったものは大きすぎた。
(母が死んでからの私の人生は一体なんだったのだろう)
ただ時間だけが、虚しく過ぎて行っただけだった。
(私は何もしなかった。常に受け身で、状況に流されていただけだ)
何も手に入らなくて当たり前だ。
(一人になりたくてここまで来たのに、何でよりによってこんな時に、この人は現れるの……)
泣き続けて酷い顔になっているはずで、誰にも見られたくないのに、シドは腕を掴んで暴こうとしてくる。
顔を無理矢理上げさせられると、神妙な面持ちをしたシドと目が合った。
シドは何も言わなかった。泣きじゃくるヴィクトリアを腕の中に抱き入れると、まるで幼子をあやすように背中を軽く叩いてくる。
泣いていいと、言われているようだった。
「シド……」
ヴィクトリアはシドに縋り付いた。初めて自分からシドを求めてしまった。
ヴィクトリアはシドの胸で号泣し続けた。
******
シドはヴィクトリアを逃さないようにとその身体に手を回しながら、ほくそ笑んでいた。
その表情にヴィクトリアが気付くことはなかった。
11
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
異世界転移したらヒグマに!?しかも美醜逆転の世界だなんて聞いてません!!
エトカ
恋愛
雷に打たれた夫美(ふみ)が次に目を覚ますと、そこは美醜が逆転した世界だった。「しかもヒグマってどういうことぉぉぉ!?」これはクマに変身した主人公が、世の醜男(イケメン)たちを救済する物語……なのかもしれない。
*ノリで書いているので更新にムラがありますすみません(^^;
*Rシーンは予告なく入ります
*タグ要チェックでお願いします。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(^^)
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました
中七七三
恋愛
わたしっておかしいの?
小さいころからエッチなことが大好きだった。
そして、小学校のときに起こしてしまった事件。
「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」
その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。
エッチじゃいけないの?
でも、エッチは大好きなのに。
それでも……
わたしは、男の人と付き合えない――
だって、男の人がドン引きするぐらい
エッチだったから。
嫌われるのが怖いから。
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
凌辱系エロゲの世界に転生〜そんな世界に転生したからには俺はヒロイン達を救いたい〜
美鈴
ファンタジー
※ホットランキング6位本当にありがとうございます!
凌辱系エロゲーム『凌辱地獄』。 人気絵師がキャラクター原案、エロシーンの全てを描き、複数の人気声優がそのエロボイスを務めたという事で、異例の大ヒットを飛ばしたパソコンアダルトゲーム。 そんなエロゲームを完全に網羅してクリアした主人公豊和はその瞬間…意識がなくなり、気が付いた時にはゲーム世界へと転生していた。そして豊和にとって現実となった世界でヒロイン達にそんな悲惨な目にあって欲しくないと思った主人公がその為に奔走していくお話…。
※カクヨム様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる