うつ病のウシ

ushiraku

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不眠症とウシ

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「このままもう二度と目が覚めませんように」

 夜寝る時、おれはこの祈りを捧げながら目を閉じる。
 このまま眠って目が覚めなければ、明日からはもう嫌な思いをしなくて済む。
 うつ病からも解放される。
 もう、不眠症で悩まなくて済む。
 永眠したい。



 世の中そう甘いものではなくて。
 こういう時ほど、なかなか眠れないものだ。
 眠剤を飲んで布団に入り、もうかれこれ40分くらい経つ……ような気がする。
 真っ暗な部屋の中、目を開けて天井を見つめている。何もない。

「一旦、体を起こそう……」

 おれは体を起こし、椅子に腰かけた。
 眠れぬ夜、ずっと布団の中にいると眠れぬプレッシャーに押し潰されそうになる。
 コップに水を注ぎ、ゆっくり口に含む。

「頭が重い。ぼーっとする……」

 眠剤を飲むと、頭がボーッとして体全身が鉛のように重くなる。
 意識はあるのに、頭も体もフラついて何もできない。これが辛い。
 時間が経つのがとてつもなく遅く感じられる。

「本は無理だな」

 おれは本でも読んで時間を潰そうとしたけど、手にした本を机に置いた。文字が頭に入ってこない。
 やはり、眠れない時はなにをしてもダメだ。



 しばらくの間、そのまま椅子に座り、何もせずにボーっと過ごした。
 相変わらず、眠くならない。
 もう一層のこと、一切眠らないサイボーグにでもなったほうが楽になれるんじゃないかと思う。
 もしくは、死んでもう二度と目を覚さないか。

「ま、そんなに焦りなさんな」

 ふと目線を上げると、目の前におれによく似た背格好のウシが座っていた。
 姿形はめちゃめちゃ似てるけど、なんか色が黒い。やんごとなく黒い。

「お前、誰?」
「そうさな。もう1人のキミっちゅうとこやな。端的にいうと」
「そのままやん」

 もう1人のおれを名乗るこいつに、普通にツッコミを入れた。
 この際、こいつが誰であってもどうでもいい。
 眠れぬこの夜の気持ちを紛らわせられるのであれば、なんだっていい。

「キミ、眠れないことで悩んでるみたいやな」
「ああ、毎日寝る時が一番つらいよ。眠れないんだ」

 不眠症状が出たのは、もう今から10年前くらい。
 その時、精神科の主治医からは「とりあえず軽い薬を処方しますね」と言われ、眠剤デビューした。
 しばらくはその薬で寝付けるようにはなったけど、段々と効果が薄なっていった。
 そして、他の薬を試したり量を増やしたりして、今の処方に至っている。

「こんなに重めの薬を飲んでるのにさ、全然眠くならないんだ。おれ、変だろ? 狂ってるよ」
「ふむ。そうかな?」

 もう1人のおれは、タブレット端末を起動し、とあるページを開いた。

「ギネスブックにはな、こんな記録がある。この挑戦者、11~12日間一切寝ないという記録を叩き出したんや。人間、ここまで眠らなくても死なないもんなんやな」

 該当のページを開いたまま、タブレット端末を手渡してきた。

「確かに、10日間近く寝なくても死なないもんだな……こんなに狂ってる人がいるのか。世界は広いな」

 おれは夢中になって、記事を読み進めていく。
 人間の限界に挑戦している人の記録をみることで、不眠で悩んでいる自分の心が軽くなったような気がした。

「ま、ようするに。寝なくてもそう簡単には死なんちゅうこっちゃな」
「そう……なのかもな」

 気持ちが少し落ち着いたからか、目元と頭がぼやーっとしてきた。さっきよりも少し、眠くなってきたような気がする。
 ぼやけた視界には、もう1人のおれとやらは、もういなかった。
 あれは単なる妄想だったのだろうか。

 気がつくと朝になって、今日が始まった。
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