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闇を抜けて・隼
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優香と結婚が決まったことを打ち明けた時に、結夏だと勘違いした戸籍上の両親。
ニューヨーク帰りの両親はずっと待っていたようなのだ。
僕と結夏の間に誕生するかも知れないベビーを。
本当は誕生していて子宮外妊娠で流れたとも言えずに……
僕がニューヨークに訪ねた時には既に結夏が亡くなっていたことだけ伝えたのだった。
僕はあの時、結夏のバースデイの花火大会の日に結婚届け提出式する予定だと言うことを話していた。
承諾書にもサインをしていたから、当然のこと僕が結婚しているからものだとばかり思っていたのだった。
お袋は頭の中では理解していたけど、混乱を招くかも知れないと思い結夏の亡くなった事実を話していなかったのだ。
結夏に優香。
この紛らわしい名前の二人と本気の恋に墜ちた僕。
今まで隠れたように暮らしてきたから、余計に人恋しかったのかも知れない。
だから結夏にしがみ付かれた日に、押しきられたと言うことにして肌を重ねてしまったのだ。
クラクションに驚いてバイクを倒したあの日、結夏の死を知った。
僕はあの日から闇の中を手探りで歩いてきたのかも知れない。
優香と出逢わなかったら、僕は今でも奈落の底だ。
優香が僕を救いだしてくれなければ……
「ごめんなさい優香さん。隼から聞いていたのだけど、伝えることをしなかったの。優香さんには悪いけど、最初は優香さんと結夏さんの区別がつかなかったの。だから言えなかったの」
「お袋は病院で会っているでしょう」
「だから余計に混乱したのよ。電話じゃらちが明かないから、こうして来ていただいたの」
お袋はヤケに早口だった。
「此方が私の妹で、隼の戸籍上の母なの。それで此方が優香さん。ほら、信二さんから聞いているでしょう? アパートの隣にいた中野優香さん」
「確か、婚姻届けは保育園の仲良し三人組の結夏さんだったわね」
「お母さんごめんなさい。結夏に優香だなんて紛らわしくて。でも、二人共、僕が本気で愛した人なんだよ」
「解っているよ。『少し待っていれば二十歳になるのに……』ってコイツが言った時、『それが待てるようなら苦労はしないよ』ってお前は言った。だから私は『それだけ本気だってことだな』って言ったんだったな」
「僕が幸せになりたいだけなんだ。それだけ優香を愛しているんだ」
僕は又両親の前で、恋人宣言をしてしまったのだった。
お袋から結婚を拒まれたマネージャーが腹いせに流した授乳シーン。
それが大女優の隠し子騒動の発端だった。
マネージャーは母達が双子だと知っていた。
きっと授乳していたのがどっちでも関係なかったのだと思う。
マスコミに流すと脅かせば、お袋が動揺すると踏んだのだ。
でもお袋は屈しなかった。
行方不明になった親父をよっぽど愛していたのだろう。
そして親父と瓜二つの僕も……
双子の妹もそれ以上に……
マネージャーと言う立場は戸籍も調べられたのだと思う。
そして一旦僕がお袋の籍に入り、妹の籍に移動させた事実を知ったんだ。
それは特別養子縁組と言う、代理母出産時にも用いる制度だったのだ。
代理母出産の自主規制は昭和五十八年に決定されたが、原則実施されてはいないようだ。
未整備だった制度を検討し、平成十五年には認めないとした。
それは、丁度僕が子役として売れていた頃だったために噂が再燃したのだ。
でも法制化を公表したのにもかかわらず実施出来ずに強制力は持っていないようだ。
それでもマネージャーは日本では認められないことを口実に、悪巧みをしたのだった。
マネージャーは僕が、養母の連れ合いの弟と生活している事実を知っていた。
そして時々プライベートでアメリカに行くことも……
それを画策行為勘だとぐったのだ。
だから僕はマネージャーから脅されていたのだ。
違法で取得した国籍なのだとマネージャーは言って、アメリカへ追いやる気だったのだ。
叔父からお金を脅し取っておきながら、一緒にアメリカに行くように仕向けたのだ。
そのせいで僕は芸能界から逃げ出したんだ。
マネージャーに見つからないように気を配りながら生活していたのだった。
だから、ソフトテニスの王子様騒動の時は焦ったのだ。
そのお陰で大好きなソフトテニスを封印してしまったのだった。
僕は結夏には、マネージャーとのトラブルは報告していた。
マネージャーが以前隠し撮りした映像で叔父を恐喝したらしいことを……
だから又脅かされると思って隠れるように生活していることも……
だから、結夏は気を遣ってくれていたんだ。
僕のことを両親に隠してまで……
でも、もう逃げも隠れもしない。
僕は優香の言う通りに、正々堂々と生きて行くつもりでいる。
もっと早くそうしていればもしかしたら結夏は死ななくても良かったのかも知れない。
僕と優香の結婚式は身内だけで執り行われることとなった。
それは又マスコミのネタにされない配慮だった。
疚しいことはないから、堂々としていたい。
それでも僕はソフトテニスの王子様騒動を思い出し、周りの意見に従った。
優香は白無垢だった。
下着から打ち掛けまで白一色で染められた格調高い和装だ。
身を清めることと嫁ぎ先の色に染まる意味がある。
明治や大正時代の花嫁などを演じてきたお袋に聞いた話しだ。
戦前の花嫁衣装は黒いのが主流だったそうだ。
そして喪服は白だった。
これは、貴方以外の方には嫁ぎません。
と言う、未亡人の決意の現れなのだそうだ。
(今は逆転しているのかな?)
何気にそう思った。
白無垢姿の優香を見ていたら、きっと白い喪服も似合うだろうと思えてきた。
僕は、優香の最初で最後の男になりたいと思った。
だから僕が先に死んだら、白い喪服を着てほしいと願っていた。
男の無責任の願望に過ぎないけど……
まず優香は母親のお墓に向かい、挙式することを報告した。
次は結夏のお墓だ。
そう……
優香と僕の選んだ式場は結夏の眠る菩提寺だったのだ。
チャペル、神前、仏前、人前と沢山ある中、優香の選んだのは墓前結婚式だった。
それは、どうしても結夏に許可してもらいたいと優香が切に願った結果だったのだ。
「結夏さん、許してください。結夏さんの愛した相澤隼さんと結婚することになりました」
「結夏、許してくれ。僕は結夏の亡くなっていた事実を知らなかった。いや、二年間も確かめもしなかった。本当にごめん。どうか僕を……」
皆の前で結夏の流れた胎児のことは言えなかった。
だから僕は心の中で誤った。
優香はそんな僕に寄り添ってくれていた。
「結夏。僕達を見守ってくれないか?」
「お願いします結夏さん。私達の行く末を……」
優香の声がフェードアウトする。気になってそーっと見ると、優香は泣いていた。
そんな優香を見ていたら急に涙が吹き出してきた。
「優香、愛してる」
僕は優香の唇に唇を重ねた。
「優香さん。隼。おめでとう」
皆一斉に僕達を祝福してくれていた。
十月十日。
空模様の怪しい中、僕達は結婚した。
何とか持ちこたえてくれたけど、明日は完璧に雨だと言う。
そんな中で優香はあることを実行しようとしていた。
それが、あの日遠い目をしていた真相だった。
新婚旅行は秩父に決まった。
『どうしても地蔵菩薩様に会いたいの。それまでお預けね』
だそうだ。
これで初夜は地獄となると決定した。
(ヤだよ。やっと愛し合えるって思ったのに……。それにその日は誕生日じゃないか……)
頭の中でシミュレーションばかりしていたからガッカリもいいとこだ。
だから余計に興奮してしまったのだった。
目の前に優香と言う御馳走をぶる下げられているに我慢しなければならない旦那の気持ちなど解るはずもないんだよ。
そうだよ僕は旦那だよ。
それなに……
優香をいくら抱きたくても抱けないんだ!!
式が終了した後で宿泊施設に向かった。
「結婚おめでとうございます。なんだか嬉しいわ。新婚旅行先に家を選んでもらえて……」
そう言いながら女将さんは涙を溢してくれた。
僕達はお遍路でお世話になったあの旅館をハネムーン先に選んだのだった。
お遍路の時には二組敷かれていた夜具が一組になっていた。
優香ははにかみながらそっと布団を捲り、僕と指を絡めて夜具に潜った。
恥じらいながら俯く優香がまた可愛いんだ。
(優香……。僕は本当は怖いんだ。優香に触れることが……。優香と触れ合うことが……。結夏のように、突然居なくなるような気がしてならないんだ。それでも今。優香を抱きたい)
頭に血が上り、心臓がバクバクしてる。
興奮しっぱなしで眠れる訳がない。
(優香……今日が僕の誕生日だってこと忘れたんかい? プレゼントなんていらないから……君が欲しいよ)
イヤな男だと思う。
でも……
初夜に手も足も出せない僕の身にもなってくれよ。
僕は新婚早々嘆いていた。
僕は朝まで一睡も出来ずにいた。
多種多様の思いが交錯する。
此処まで辿り着けた軌跡が過った。
結夏と再会した駅前のキャッシュコーナー。
突然僕にしがみ付いた結夏に戸惑った。
それでも僕は結夏を家に招き入れて肌を重ねてしまったのだった。
炊飯器と電子レンジだけは叔父のプレゼントたけど……
結夏と生活する前提で購入した冷蔵庫や家電。
その全てを優香は残してくれた。
『壊れてもいないのを処分するに抵抗がある』と優香は言った。
だけど……
本当はイヤなんだと思う。
『だって勿体ないでしょう?』って念を押すように発言した。
その中に、結夏との思い出を大切に考えてくれている優香の優しさが溢れていると僕は感じたんだ。
狭くて軋むソファーベッドの上で、結夏に隼人を誕生させた僕。
本当の贖罪は今始まるのかも知れない。
優香を精一杯愛することで、その罪から逃れられるなら嬉しいのだけど……
そんなうまい話などある訳がない。
だから僕は夕べ、誠実に生きることを優香の寝顔に誓った。
孔明の兄貴に、あの警察官が紹介した仕事先で頑張っていると告げられた。
その際、結夏の事件の真相も打ち明けられた。
エイズ撲滅キャンペーンイベントで孝明の兄貴はスキンとポケットティッシュを貰った。
それを何気にポケットに入れていたそうだ。
そんな時に結夏がストーカー被害に合っていることを知ったらしい。
孝明の兄貴は偶々結夏の後を付けていた男性を目撃したようだ。
事件当日。
アイスクリームショップで彼を見掛けた時に鳥肌が立ったそうだ。
ストーカーと言う存在だけで性犯罪と結び付けていたからだ。
身体が異常に興奮して制御出来なくなった孔明の兄貴はスーパーのトイレに駆け込みそれを解消した。
その時使用したスキンを其処に棄てる訳にもいかずにティッシュペーパーに包んでポケットに仕舞い込んだのだ。
何故そんなことをしたのか解らないそうだ。
奥さんと別れてから一度も女性と関係を持たなかったから、スキンを試してみたくなったようだ。
(きっと奥さんのことを思い出しながらやったのだろう?)
僕はそう思った。
元々孝明の兄貴は真面目な人間で、奥さん一筋だったのだ。
スーパーから出て、彼の視線の先に結夏を見つけた時にドキッとした。
結夏があまりにも大人びていたからだった。
トイレで一応処理はしたけど、まだ興奮状態だったのだ。
だからストーカーがどんな手を使うのか見てみたくなったのだ。
でもストーカーは動く気配がなかった。
だから後を付けるところを目撃させたのだ。
結夏は可愛い妹みたいな存在だった。
でも最近冷たいと感じていたのだ。
だからストーカーを焚き付けて結夏をいたぶるつもりだったのだ。
結夏を困らせてやる。
それしか孔明の兄貴にはなかったようだった。
でもそんな孝明の兄貴もやっと闇から抜けることが出来たようだ。
やはり、奥さんと翔のお陰なのだろう。
何時か翔の背中に翼があったことを思い出した。
翔だけではない。
あの翼できっと、家族全員が飛び立つ日が来ると感じていた。
ニューヨーク帰りの両親はずっと待っていたようなのだ。
僕と結夏の間に誕生するかも知れないベビーを。
本当は誕生していて子宮外妊娠で流れたとも言えずに……
僕がニューヨークに訪ねた時には既に結夏が亡くなっていたことだけ伝えたのだった。
僕はあの時、結夏のバースデイの花火大会の日に結婚届け提出式する予定だと言うことを話していた。
承諾書にもサインをしていたから、当然のこと僕が結婚しているからものだとばかり思っていたのだった。
お袋は頭の中では理解していたけど、混乱を招くかも知れないと思い結夏の亡くなった事実を話していなかったのだ。
結夏に優香。
この紛らわしい名前の二人と本気の恋に墜ちた僕。
今まで隠れたように暮らしてきたから、余計に人恋しかったのかも知れない。
だから結夏にしがみ付かれた日に、押しきられたと言うことにして肌を重ねてしまったのだ。
クラクションに驚いてバイクを倒したあの日、結夏の死を知った。
僕はあの日から闇の中を手探りで歩いてきたのかも知れない。
優香と出逢わなかったら、僕は今でも奈落の底だ。
優香が僕を救いだしてくれなければ……
「ごめんなさい優香さん。隼から聞いていたのだけど、伝えることをしなかったの。優香さんには悪いけど、最初は優香さんと結夏さんの区別がつかなかったの。だから言えなかったの」
「お袋は病院で会っているでしょう」
「だから余計に混乱したのよ。電話じゃらちが明かないから、こうして来ていただいたの」
お袋はヤケに早口だった。
「此方が私の妹で、隼の戸籍上の母なの。それで此方が優香さん。ほら、信二さんから聞いているでしょう? アパートの隣にいた中野優香さん」
「確か、婚姻届けは保育園の仲良し三人組の結夏さんだったわね」
「お母さんごめんなさい。結夏に優香だなんて紛らわしくて。でも、二人共、僕が本気で愛した人なんだよ」
「解っているよ。『少し待っていれば二十歳になるのに……』ってコイツが言った時、『それが待てるようなら苦労はしないよ』ってお前は言った。だから私は『それだけ本気だってことだな』って言ったんだったな」
「僕が幸せになりたいだけなんだ。それだけ優香を愛しているんだ」
僕は又両親の前で、恋人宣言をしてしまったのだった。
お袋から結婚を拒まれたマネージャーが腹いせに流した授乳シーン。
それが大女優の隠し子騒動の発端だった。
マネージャーは母達が双子だと知っていた。
きっと授乳していたのがどっちでも関係なかったのだと思う。
マスコミに流すと脅かせば、お袋が動揺すると踏んだのだ。
でもお袋は屈しなかった。
行方不明になった親父をよっぽど愛していたのだろう。
そして親父と瓜二つの僕も……
双子の妹もそれ以上に……
マネージャーと言う立場は戸籍も調べられたのだと思う。
そして一旦僕がお袋の籍に入り、妹の籍に移動させた事実を知ったんだ。
それは特別養子縁組と言う、代理母出産時にも用いる制度だったのだ。
代理母出産の自主規制は昭和五十八年に決定されたが、原則実施されてはいないようだ。
未整備だった制度を検討し、平成十五年には認めないとした。
それは、丁度僕が子役として売れていた頃だったために噂が再燃したのだ。
でも法制化を公表したのにもかかわらず実施出来ずに強制力は持っていないようだ。
それでもマネージャーは日本では認められないことを口実に、悪巧みをしたのだった。
マネージャーは僕が、養母の連れ合いの弟と生活している事実を知っていた。
そして時々プライベートでアメリカに行くことも……
それを画策行為勘だとぐったのだ。
だから僕はマネージャーから脅されていたのだ。
違法で取得した国籍なのだとマネージャーは言って、アメリカへ追いやる気だったのだ。
叔父からお金を脅し取っておきながら、一緒にアメリカに行くように仕向けたのだ。
そのせいで僕は芸能界から逃げ出したんだ。
マネージャーに見つからないように気を配りながら生活していたのだった。
だから、ソフトテニスの王子様騒動の時は焦ったのだ。
そのお陰で大好きなソフトテニスを封印してしまったのだった。
僕は結夏には、マネージャーとのトラブルは報告していた。
マネージャーが以前隠し撮りした映像で叔父を恐喝したらしいことを……
だから又脅かされると思って隠れるように生活していることも……
だから、結夏は気を遣ってくれていたんだ。
僕のことを両親に隠してまで……
でも、もう逃げも隠れもしない。
僕は優香の言う通りに、正々堂々と生きて行くつもりでいる。
もっと早くそうしていればもしかしたら結夏は死ななくても良かったのかも知れない。
僕と優香の結婚式は身内だけで執り行われることとなった。
それは又マスコミのネタにされない配慮だった。
疚しいことはないから、堂々としていたい。
それでも僕はソフトテニスの王子様騒動を思い出し、周りの意見に従った。
優香は白無垢だった。
下着から打ち掛けまで白一色で染められた格調高い和装だ。
身を清めることと嫁ぎ先の色に染まる意味がある。
明治や大正時代の花嫁などを演じてきたお袋に聞いた話しだ。
戦前の花嫁衣装は黒いのが主流だったそうだ。
そして喪服は白だった。
これは、貴方以外の方には嫁ぎません。
と言う、未亡人の決意の現れなのだそうだ。
(今は逆転しているのかな?)
何気にそう思った。
白無垢姿の優香を見ていたら、きっと白い喪服も似合うだろうと思えてきた。
僕は、優香の最初で最後の男になりたいと思った。
だから僕が先に死んだら、白い喪服を着てほしいと願っていた。
男の無責任の願望に過ぎないけど……
まず優香は母親のお墓に向かい、挙式することを報告した。
次は結夏のお墓だ。
そう……
優香と僕の選んだ式場は結夏の眠る菩提寺だったのだ。
チャペル、神前、仏前、人前と沢山ある中、優香の選んだのは墓前結婚式だった。
それは、どうしても結夏に許可してもらいたいと優香が切に願った結果だったのだ。
「結夏さん、許してください。結夏さんの愛した相澤隼さんと結婚することになりました」
「結夏、許してくれ。僕は結夏の亡くなっていた事実を知らなかった。いや、二年間も確かめもしなかった。本当にごめん。どうか僕を……」
皆の前で結夏の流れた胎児のことは言えなかった。
だから僕は心の中で誤った。
優香はそんな僕に寄り添ってくれていた。
「結夏。僕達を見守ってくれないか?」
「お願いします結夏さん。私達の行く末を……」
優香の声がフェードアウトする。気になってそーっと見ると、優香は泣いていた。
そんな優香を見ていたら急に涙が吹き出してきた。
「優香、愛してる」
僕は優香の唇に唇を重ねた。
「優香さん。隼。おめでとう」
皆一斉に僕達を祝福してくれていた。
十月十日。
空模様の怪しい中、僕達は結婚した。
何とか持ちこたえてくれたけど、明日は完璧に雨だと言う。
そんな中で優香はあることを実行しようとしていた。
それが、あの日遠い目をしていた真相だった。
新婚旅行は秩父に決まった。
『どうしても地蔵菩薩様に会いたいの。それまでお預けね』
だそうだ。
これで初夜は地獄となると決定した。
(ヤだよ。やっと愛し合えるって思ったのに……。それにその日は誕生日じゃないか……)
頭の中でシミュレーションばかりしていたからガッカリもいいとこだ。
だから余計に興奮してしまったのだった。
目の前に優香と言う御馳走をぶる下げられているに我慢しなければならない旦那の気持ちなど解るはずもないんだよ。
そうだよ僕は旦那だよ。
それなに……
優香をいくら抱きたくても抱けないんだ!!
式が終了した後で宿泊施設に向かった。
「結婚おめでとうございます。なんだか嬉しいわ。新婚旅行先に家を選んでもらえて……」
そう言いながら女将さんは涙を溢してくれた。
僕達はお遍路でお世話になったあの旅館をハネムーン先に選んだのだった。
お遍路の時には二組敷かれていた夜具が一組になっていた。
優香ははにかみながらそっと布団を捲り、僕と指を絡めて夜具に潜った。
恥じらいながら俯く優香がまた可愛いんだ。
(優香……。僕は本当は怖いんだ。優香に触れることが……。優香と触れ合うことが……。結夏のように、突然居なくなるような気がしてならないんだ。それでも今。優香を抱きたい)
頭に血が上り、心臓がバクバクしてる。
興奮しっぱなしで眠れる訳がない。
(優香……今日が僕の誕生日だってこと忘れたんかい? プレゼントなんていらないから……君が欲しいよ)
イヤな男だと思う。
でも……
初夜に手も足も出せない僕の身にもなってくれよ。
僕は新婚早々嘆いていた。
僕は朝まで一睡も出来ずにいた。
多種多様の思いが交錯する。
此処まで辿り着けた軌跡が過った。
結夏と再会した駅前のキャッシュコーナー。
突然僕にしがみ付いた結夏に戸惑った。
それでも僕は結夏を家に招き入れて肌を重ねてしまったのだった。
炊飯器と電子レンジだけは叔父のプレゼントたけど……
結夏と生活する前提で購入した冷蔵庫や家電。
その全てを優香は残してくれた。
『壊れてもいないのを処分するに抵抗がある』と優香は言った。
だけど……
本当はイヤなんだと思う。
『だって勿体ないでしょう?』って念を押すように発言した。
その中に、結夏との思い出を大切に考えてくれている優香の優しさが溢れていると僕は感じたんだ。
狭くて軋むソファーベッドの上で、結夏に隼人を誕生させた僕。
本当の贖罪は今始まるのかも知れない。
優香を精一杯愛することで、その罪から逃れられるなら嬉しいのだけど……
そんなうまい話などある訳がない。
だから僕は夕べ、誠実に生きることを優香の寝顔に誓った。
孔明の兄貴に、あの警察官が紹介した仕事先で頑張っていると告げられた。
その際、結夏の事件の真相も打ち明けられた。
エイズ撲滅キャンペーンイベントで孝明の兄貴はスキンとポケットティッシュを貰った。
それを何気にポケットに入れていたそうだ。
そんな時に結夏がストーカー被害に合っていることを知ったらしい。
孝明の兄貴は偶々結夏の後を付けていた男性を目撃したようだ。
事件当日。
アイスクリームショップで彼を見掛けた時に鳥肌が立ったそうだ。
ストーカーと言う存在だけで性犯罪と結び付けていたからだ。
身体が異常に興奮して制御出来なくなった孔明の兄貴はスーパーのトイレに駆け込みそれを解消した。
その時使用したスキンを其処に棄てる訳にもいかずにティッシュペーパーに包んでポケットに仕舞い込んだのだ。
何故そんなことをしたのか解らないそうだ。
奥さんと別れてから一度も女性と関係を持たなかったから、スキンを試してみたくなったようだ。
(きっと奥さんのことを思い出しながらやったのだろう?)
僕はそう思った。
元々孝明の兄貴は真面目な人間で、奥さん一筋だったのだ。
スーパーから出て、彼の視線の先に結夏を見つけた時にドキッとした。
結夏があまりにも大人びていたからだった。
トイレで一応処理はしたけど、まだ興奮状態だったのだ。
だからストーカーがどんな手を使うのか見てみたくなったのだ。
でもストーカーは動く気配がなかった。
だから後を付けるところを目撃させたのだ。
結夏は可愛い妹みたいな存在だった。
でも最近冷たいと感じていたのだ。
だからストーカーを焚き付けて結夏をいたぶるつもりだったのだ。
結夏を困らせてやる。
それしか孔明の兄貴にはなかったようだった。
でもそんな孝明の兄貴もやっと闇から抜けることが出来たようだ。
やはり、奥さんと翔のお陰なのだろう。
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