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秩父へ・隼
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僕達は八月二十四日の朝早くマンションにいた。
八月十四日の土曜日から数えると丁度十一日目だ。
優香が水子供養を言い出したのは、結夏の迎え火を焚いた十三日だった。
その翌日から早朝にマンションまで来てもらったのだ。
勿論結夏の御両親と優香の父親に許しをもらってからだった。
優香の父親は熱心な説得により朝早くから僕の部屋に来ることを許可してくれたのだった。だから優香は此処にいるのだ
おばさんには二人の気持ちをありのままに伝えることにした。
おばさんは優香の優しさに触れて泣いていた。
何故優香が水子供養を言い出したのかと言うと……
実はまだ、あの続きがあったのだ。
それは、結夏の流れた子供を自分のお腹で育てることだったのだ。
それにはまず、賽の川原から隼人を救い出すことからしなければいけなかったのだ。
隼人之霊と記した横十ございますセンチ縦五センチの半紙で作った紙を南側に立て掛けた。
東でも南でも良いそうだ。
だったら極楽浄土とされる西に対して、地獄とされる東には置きたくなっかたのだ。
東尋坊と言う名所がある。
地獄に匹敵するとしてこの東が使われたそうだ。
蝋燭に火を灯し、線香にも火を着ける。
お水とご飯をお供えしてから供養が始まった。
光明真言を一度、地蔵菩薩真言を三度唱える。
供養が済んだら、歩きで駅に向かった。
こう言う時にあのマンションは便利だ。
だから僕は秩父へお遍路に向かう時も優香を泊めたいと思ったのだった。
勿論、優香の父親には許しをもらってからだ。
だからこそ、身はキレイにしておこうと思ったのだった。
優香はこの日、保育園を休んだ。
それは、どうしても結夏達を供養したいとの願いを園長先生が理解してくれたからだった。
僕達は全ての人達に感謝しながら、駅に続く階段を上って行った。
優香と秩父駅に着いてバスの時間を見た。
一番札所の四萬部寺へ行くのには、三沢経由皆野行きか定峰行きに乗るようだ。
一番早く来るバスに乗って出発した。
秩父駅から出たバスは駅のロータリーを左に曲がった。
すぐ右手に秩父神社がある。
その左手には秩父夜祭り会館。
その先の信号を左に行くと線路があった。
「あっ、其処に札所十五番って書いてあった」
「あっ、今度は十一番だって」
その先の信号を左に折れると、次のバス停は札所十番だった。
深沢、語歌橋、横瀬上、下と続き……
金昌寺バス停になった。
「此さっき降りた人が教えてくれたの。これが子育て観音だって」
優香は駅で貰った秩父札所サイクル巡礼の案内図を僕に見せた。
その観音様は少し変わっていて、胸に子供を抱いた。
定峰行きは、栃谷から真っ直ぐ定峰峠入口まで向かう。
三沢経由皆野行きはそのバス停の先を左に曲がる。
僕達は栃谷で降り、信号の先を左に曲がった。
「一つ先のバス停だって聞いたけど、かなりあるわね。でも正解だったかな?」
優香が言った。
道が物凄く渋滞していたからだ。
「もし別のバスだったら大変でしたね」
優香が笑いながら言った。
秩父札所一番四萬部寺の階段を上る。
開けてくるはずの境内は人で埋め尽くされていた。
僕はまず、お釈迦様の像に案内した。
「明治時代に盗まれたそうだよ。それを銀座で見つけて買い戻したんだってさ」
それはおばさんからの受け売りだった。
実は去年は大雪に見舞われた秩父地方。
それでも御開帳の幕は開いたそうだ。
でも体力のことを考慮してゴールデンウイーク明けから回り始めたそうだ。
その時、花祭りをしていたそうだ。
花祭りって言うのはお釈迦様の生まれた日だそうだ。
普通は四月八日なのだそうだ。
だから驚いたとおばさんは言っていた。
その時に、お釈迦様の里帰りの話を聞いたそうなのだ。
僕にはこの可愛らしいお釈迦様が結夏のように映っていた。
「何だか施食殿が回転しているように見えるね」
「おばさんから借りて来たパンフレットには、各宗派の僧侶によって読経供養の功徳力により八画輪蔵が静かに回転するとか書いてあったな。もしかしたらこれがそうなのかも知れない」
僕達はただひたすら祈りを捧げた。
結夏と流れた子供の霊の安泰を願って……
西暦五百三十八年に中国より伝来した仏教。
形を変えて今も受け継がれている。
その一つがこの御施食ではないのかと思った。
ごった返した境内脇の納経所の中に入って札所回りのパンフレットをもらった。
秩父札所めぐりと、サイクル巡礼。
二つそれぞれに道順が記されていた。
でもそれだけでは心もとないので図書館で詳しく書かれている本を借りることにした。
本殿の裏に回ってみると、小さなお地蔵様が沢山並んでいた。
思わず手を合わせた。
それは紛れもなく、水子の霊を慰めるために安置された物のようだ。
「水子地蔵の身に付けている物は持ち帰らないでください。だって」
「普通、持っては帰らないだろう?」
そう言いながら考えた。
それでも、一緒に居たいって思う人もいるのではないのかと……
大施食供養会終了後、歩いて帰ることにした。
三沢方面から来るバスも栃谷停留所から乗るバスもきっと満席だと判断したのだ。
その上、渋滞して何時秩父駅まで辿り着いけるか解らないからだ。
優香が駅で貰った秩父札所サイクル巡礼に書かれていた地図を頼りに、和銅黒谷駅まで行くことにした。
それは来月此処に訪れる際の目安になってくれると思っていた。
「九月の二回の三連休のシュミレーションになるかもね」
何気に彼女が言った。
それは彼女が言い出したことだった。
今年は敬老の日と、秋分の日がそれぞれ三連休になるのだ五月並の連休になる所もあるらしい。でも優香の通う保育園は通常だ。
『だからその時にお遍路にでましょう。きっと少しは涼しくなっているはずだから』って。
僕は彼女の言葉が嬉しくて泣いてしまったんだ。
たとえ長い道程でも二人で歩けば天国に変わる。
僕はそう思っていた。
でも、炎天下は容赦く二人に試練を与えた。
それでも幸せにだった。
自然に笑顔になる。
「来月は必ず来ようね」
優香の言葉に頷きながら、僕は一番から続く道程を頭に画いていた。
やっと国道まで辿り着いた僕達は一気に和銅黒谷駅に向かった。
まだ電車の到着時間までには余裕があったので、自動販売機で冷たいドリンクを購入した。
その時、二人の会話を閉ざすように携帯が鳴る。
表示も見ずに渋々出ると懐かしい声がした。
『もしもし隼元気か?』
その声の持ち主はアメリカに行っている叔父だ。
「叔父さんどうしたの心配してたんだよ」
僕は嬉しさの余り泣きそうになっていた。
『ごめん、ごめん。やっと帰れそうだから、悪いけどあの部屋に空気入れておいてくれないか?』
「うん、解った。今出先だから、帰ったらすぐやっておくよ。鍵は何時ものトコだよね」
『ああそうだ、よろしく頼むよ』
叔父はそう言って電話を切った。
「おじさま?」
「そうだよ、ずっとアメリカに行っていたんだ」
「だから暗かったのね。もしかしたら引っ越したのかな? って父と話していたのよ」
「誰にも言わないで行ったのかな?」
「そうみたいです」
優香の言葉で、叔父が慌てて日本を離れたことが伺われた。
叔父は一体何をしにアメリカまで行ったのだろう?
答えは一つ。
きっと行方不明になっていた親友が見つかったのかも知れない。
「きっと、あのアパートの本来の借りち主が見つかったのかも知れないな」
「本来の持ち主って、もしかしたらアメリカに行った人?」
「知っていたの?」
「パパが話してくれたの。『隼君のおじさんは、アメリカに行っている親友のためにずっとあの部屋を借り続けているんだ』って『誰にも出来ることじゃないんだ』って」
「嬉しいよ。優香のパパが叔父のことを理解してくれて……叔父は皆に変わり者だと思われていたからね」
「ねえ、私も一緒に行ってもいい?」
その言葉に頷いた。
久し振りにオンボロアパートの部屋に入る。
三ヶ月間閉ざされていた部屋は異常か臭いがした。
僕達は鼻を詰まんで窓を開けた。
空気を入れ替えた後は軽く埃を払いながら掃除機掛けた。
「少しはキレイになったかな?」
「うん。上出来なんじゃない」
優香が窓を拭きながら言う。
叔父が久し振りに帰って来ることが二人の気持ちを明るくさせていた。
「あれっ!? この人は確か……」
優香が鴨居に隠してあった写真を見つけた。
「この人、例の女優さん。この授乳しているのは……もしかしたら隼なの?」
そう……
あの噂は本当だったんだ。あの女優は僕を産んだ人らしいのだ。
「マネージャーの話によると、僕には二人の母がいるらしいんだ」
「えっ、どう言うこと?」
「噂の女優とその妹だ。僕は代理母の胎内で育ったんだって。それがあの女優だよ。週刊誌によれば、僕は日本に居てはならない存在だそうだ。代理母でもなくて、不倫相手の子供だとかも書かれていたみたいだ」
僕は優香に芸能界を辞めた理由を話し始めていた。
「もしその話が本当なら、叔父さんは本当の叔父ってことじゃなくなる。だけど……僕は叔父さんが大好きなんだ」
「うっ……」
優香は泣いていた。
こんな僕のために涙を流してくれていた。
「でも、僕はその写真の人がニューヨークにいる母だと思っているんだ。二人はそっくりなんだよ」
優香に心配かけまいとして作り笑いをしながら言った。
「こんな時にまで気を遣わないの」
優香はそう言いながらもっと泣き出した。
「その当時母はカルフォルニア州にいたんだって。カルフォルニア州では、結婚して一年以上経った夫婦間に子供が出来ない場合に代理母が認められていたそうだ。だけど、アメリカ人に頼むのを躊躇ったんだって。そしたら、あの人が代理母を引き受けてくれたんだってさ。知った時は運命を恨んだよ。だから芸能界を辞めたんだ」
「嘘でしょ」
「でもそれなら叔父さんは叔父さんなんだよね。日本では代理母は認められていないんだって。だから僕の戸籍上の母が誰なのか……怖くて見られない。でも本当の両親はニューヨークにいるんだ。それだけは確かなんだ。僕はそう信じているんだ」
「この写真、隠し撮りよね。何か悪意がある」
「撮ったのはあの人のマネージャーだよ。週刊誌に売り込むつもりだったようだ」
「そんな……」
優香は又僕のために涙を流してくれていた。
「僕が引退さえすれば誰も傷付かないと思っていたんだ。だからマネージャーに見つからないように身を隠したんだ。ソフトテニスの王子様騒動の時だって……、それを封印してしまった。本当はソフトテニスが大好きだったんだけどね」
「辛いね隼」
優香は僕を抱き締めてくれた。
そしてキスしてくれた。
「ありがとう優香。ソフトテニスのインストラクターをして、気が付いたんだ。僕は本当は辞めたくなかったんだって」
優香のキスにお返しをするようにそっと唇を近付ける。
それは息が出来なくなるほど強く合わさる。
息継ぎの度に更に激しさを増すその深い口づけ。
僕達はその行為に溺れていた。
もう僕には優香しか見えなくなっていた。
さっきまであんなに気に掛けていた結夏と隼人の存在も消えていた。
その時、叔父が入って来た。
「隼、お前の親父が見つかった!!」
叔父はいきなり言い放った。
「何だい叔父さん、藪から棒に……」
あまりに突然の出来事に僕は面食らって、慌てて優香とのキスを中断した。
八月十四日の土曜日から数えると丁度十一日目だ。
優香が水子供養を言い出したのは、結夏の迎え火を焚いた十三日だった。
その翌日から早朝にマンションまで来てもらったのだ。
勿論結夏の御両親と優香の父親に許しをもらってからだった。
優香の父親は熱心な説得により朝早くから僕の部屋に来ることを許可してくれたのだった。だから優香は此処にいるのだ
おばさんには二人の気持ちをありのままに伝えることにした。
おばさんは優香の優しさに触れて泣いていた。
何故優香が水子供養を言い出したのかと言うと……
実はまだ、あの続きがあったのだ。
それは、結夏の流れた子供を自分のお腹で育てることだったのだ。
それにはまず、賽の川原から隼人を救い出すことからしなければいけなかったのだ。
隼人之霊と記した横十ございますセンチ縦五センチの半紙で作った紙を南側に立て掛けた。
東でも南でも良いそうだ。
だったら極楽浄土とされる西に対して、地獄とされる東には置きたくなっかたのだ。
東尋坊と言う名所がある。
地獄に匹敵するとしてこの東が使われたそうだ。
蝋燭に火を灯し、線香にも火を着ける。
お水とご飯をお供えしてから供養が始まった。
光明真言を一度、地蔵菩薩真言を三度唱える。
供養が済んだら、歩きで駅に向かった。
こう言う時にあのマンションは便利だ。
だから僕は秩父へお遍路に向かう時も優香を泊めたいと思ったのだった。
勿論、優香の父親には許しをもらってからだ。
だからこそ、身はキレイにしておこうと思ったのだった。
優香はこの日、保育園を休んだ。
それは、どうしても結夏達を供養したいとの願いを園長先生が理解してくれたからだった。
僕達は全ての人達に感謝しながら、駅に続く階段を上って行った。
優香と秩父駅に着いてバスの時間を見た。
一番札所の四萬部寺へ行くのには、三沢経由皆野行きか定峰行きに乗るようだ。
一番早く来るバスに乗って出発した。
秩父駅から出たバスは駅のロータリーを左に曲がった。
すぐ右手に秩父神社がある。
その左手には秩父夜祭り会館。
その先の信号を左に行くと線路があった。
「あっ、其処に札所十五番って書いてあった」
「あっ、今度は十一番だって」
その先の信号を左に折れると、次のバス停は札所十番だった。
深沢、語歌橋、横瀬上、下と続き……
金昌寺バス停になった。
「此さっき降りた人が教えてくれたの。これが子育て観音だって」
優香は駅で貰った秩父札所サイクル巡礼の案内図を僕に見せた。
その観音様は少し変わっていて、胸に子供を抱いた。
定峰行きは、栃谷から真っ直ぐ定峰峠入口まで向かう。
三沢経由皆野行きはそのバス停の先を左に曲がる。
僕達は栃谷で降り、信号の先を左に曲がった。
「一つ先のバス停だって聞いたけど、かなりあるわね。でも正解だったかな?」
優香が言った。
道が物凄く渋滞していたからだ。
「もし別のバスだったら大変でしたね」
優香が笑いながら言った。
秩父札所一番四萬部寺の階段を上る。
開けてくるはずの境内は人で埋め尽くされていた。
僕はまず、お釈迦様の像に案内した。
「明治時代に盗まれたそうだよ。それを銀座で見つけて買い戻したんだってさ」
それはおばさんからの受け売りだった。
実は去年は大雪に見舞われた秩父地方。
それでも御開帳の幕は開いたそうだ。
でも体力のことを考慮してゴールデンウイーク明けから回り始めたそうだ。
その時、花祭りをしていたそうだ。
花祭りって言うのはお釈迦様の生まれた日だそうだ。
普通は四月八日なのだそうだ。
だから驚いたとおばさんは言っていた。
その時に、お釈迦様の里帰りの話を聞いたそうなのだ。
僕にはこの可愛らしいお釈迦様が結夏のように映っていた。
「何だか施食殿が回転しているように見えるね」
「おばさんから借りて来たパンフレットには、各宗派の僧侶によって読経供養の功徳力により八画輪蔵が静かに回転するとか書いてあったな。もしかしたらこれがそうなのかも知れない」
僕達はただひたすら祈りを捧げた。
結夏と流れた子供の霊の安泰を願って……
西暦五百三十八年に中国より伝来した仏教。
形を変えて今も受け継がれている。
その一つがこの御施食ではないのかと思った。
ごった返した境内脇の納経所の中に入って札所回りのパンフレットをもらった。
秩父札所めぐりと、サイクル巡礼。
二つそれぞれに道順が記されていた。
でもそれだけでは心もとないので図書館で詳しく書かれている本を借りることにした。
本殿の裏に回ってみると、小さなお地蔵様が沢山並んでいた。
思わず手を合わせた。
それは紛れもなく、水子の霊を慰めるために安置された物のようだ。
「水子地蔵の身に付けている物は持ち帰らないでください。だって」
「普通、持っては帰らないだろう?」
そう言いながら考えた。
それでも、一緒に居たいって思う人もいるのではないのかと……
大施食供養会終了後、歩いて帰ることにした。
三沢方面から来るバスも栃谷停留所から乗るバスもきっと満席だと判断したのだ。
その上、渋滞して何時秩父駅まで辿り着いけるか解らないからだ。
優香が駅で貰った秩父札所サイクル巡礼に書かれていた地図を頼りに、和銅黒谷駅まで行くことにした。
それは来月此処に訪れる際の目安になってくれると思っていた。
「九月の二回の三連休のシュミレーションになるかもね」
何気に彼女が言った。
それは彼女が言い出したことだった。
今年は敬老の日と、秋分の日がそれぞれ三連休になるのだ五月並の連休になる所もあるらしい。でも優香の通う保育園は通常だ。
『だからその時にお遍路にでましょう。きっと少しは涼しくなっているはずだから』って。
僕は彼女の言葉が嬉しくて泣いてしまったんだ。
たとえ長い道程でも二人で歩けば天国に変わる。
僕はそう思っていた。
でも、炎天下は容赦く二人に試練を与えた。
それでも幸せにだった。
自然に笑顔になる。
「来月は必ず来ようね」
優香の言葉に頷きながら、僕は一番から続く道程を頭に画いていた。
やっと国道まで辿り着いた僕達は一気に和銅黒谷駅に向かった。
まだ電車の到着時間までには余裕があったので、自動販売機で冷たいドリンクを購入した。
その時、二人の会話を閉ざすように携帯が鳴る。
表示も見ずに渋々出ると懐かしい声がした。
『もしもし隼元気か?』
その声の持ち主はアメリカに行っている叔父だ。
「叔父さんどうしたの心配してたんだよ」
僕は嬉しさの余り泣きそうになっていた。
『ごめん、ごめん。やっと帰れそうだから、悪いけどあの部屋に空気入れておいてくれないか?』
「うん、解った。今出先だから、帰ったらすぐやっておくよ。鍵は何時ものトコだよね」
『ああそうだ、よろしく頼むよ』
叔父はそう言って電話を切った。
「おじさま?」
「そうだよ、ずっとアメリカに行っていたんだ」
「だから暗かったのね。もしかしたら引っ越したのかな? って父と話していたのよ」
「誰にも言わないで行ったのかな?」
「そうみたいです」
優香の言葉で、叔父が慌てて日本を離れたことが伺われた。
叔父は一体何をしにアメリカまで行ったのだろう?
答えは一つ。
きっと行方不明になっていた親友が見つかったのかも知れない。
「きっと、あのアパートの本来の借りち主が見つかったのかも知れないな」
「本来の持ち主って、もしかしたらアメリカに行った人?」
「知っていたの?」
「パパが話してくれたの。『隼君のおじさんは、アメリカに行っている親友のためにずっとあの部屋を借り続けているんだ』って『誰にも出来ることじゃないんだ』って」
「嬉しいよ。優香のパパが叔父のことを理解してくれて……叔父は皆に変わり者だと思われていたからね」
「ねえ、私も一緒に行ってもいい?」
その言葉に頷いた。
久し振りにオンボロアパートの部屋に入る。
三ヶ月間閉ざされていた部屋は異常か臭いがした。
僕達は鼻を詰まんで窓を開けた。
空気を入れ替えた後は軽く埃を払いながら掃除機掛けた。
「少しはキレイになったかな?」
「うん。上出来なんじゃない」
優香が窓を拭きながら言う。
叔父が久し振りに帰って来ることが二人の気持ちを明るくさせていた。
「あれっ!? この人は確か……」
優香が鴨居に隠してあった写真を見つけた。
「この人、例の女優さん。この授乳しているのは……もしかしたら隼なの?」
そう……
あの噂は本当だったんだ。あの女優は僕を産んだ人らしいのだ。
「マネージャーの話によると、僕には二人の母がいるらしいんだ」
「えっ、どう言うこと?」
「噂の女優とその妹だ。僕は代理母の胎内で育ったんだって。それがあの女優だよ。週刊誌によれば、僕は日本に居てはならない存在だそうだ。代理母でもなくて、不倫相手の子供だとかも書かれていたみたいだ」
僕は優香に芸能界を辞めた理由を話し始めていた。
「もしその話が本当なら、叔父さんは本当の叔父ってことじゃなくなる。だけど……僕は叔父さんが大好きなんだ」
「うっ……」
優香は泣いていた。
こんな僕のために涙を流してくれていた。
「でも、僕はその写真の人がニューヨークにいる母だと思っているんだ。二人はそっくりなんだよ」
優香に心配かけまいとして作り笑いをしながら言った。
「こんな時にまで気を遣わないの」
優香はそう言いながらもっと泣き出した。
「その当時母はカルフォルニア州にいたんだって。カルフォルニア州では、結婚して一年以上経った夫婦間に子供が出来ない場合に代理母が認められていたそうだ。だけど、アメリカ人に頼むのを躊躇ったんだって。そしたら、あの人が代理母を引き受けてくれたんだってさ。知った時は運命を恨んだよ。だから芸能界を辞めたんだ」
「嘘でしょ」
「でもそれなら叔父さんは叔父さんなんだよね。日本では代理母は認められていないんだって。だから僕の戸籍上の母が誰なのか……怖くて見られない。でも本当の両親はニューヨークにいるんだ。それだけは確かなんだ。僕はそう信じているんだ」
「この写真、隠し撮りよね。何か悪意がある」
「撮ったのはあの人のマネージャーだよ。週刊誌に売り込むつもりだったようだ」
「そんな……」
優香は又僕のために涙を流してくれていた。
「僕が引退さえすれば誰も傷付かないと思っていたんだ。だからマネージャーに見つからないように身を隠したんだ。ソフトテニスの王子様騒動の時だって……、それを封印してしまった。本当はソフトテニスが大好きだったんだけどね」
「辛いね隼」
優香は僕を抱き締めてくれた。
そしてキスしてくれた。
「ありがとう優香。ソフトテニスのインストラクターをして、気が付いたんだ。僕は本当は辞めたくなかったんだって」
優香のキスにお返しをするようにそっと唇を近付ける。
それは息が出来なくなるほど強く合わさる。
息継ぎの度に更に激しさを増すその深い口づけ。
僕達はその行為に溺れていた。
もう僕には優香しか見えなくなっていた。
さっきまであんなに気に掛けていた結夏と隼人の存在も消えていた。
その時、叔父が入って来た。
「隼、お前の親父が見つかった!!」
叔父はいきなり言い放った。
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