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1章 ユスティニアの森
鹿頭の巨人③
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「よお、ハニー……」
森の向こうからやってきたのは、ボロボロになりながらも白鳥を担いで来た日野だった。
「おい!大丈夫か!」
慌てて駆け寄ると、日野は歯を見せて笑った。
「へへ……俺、約束守ったぜ……褒めてくれよな」
笑いながらそう言った日野の焦点は既に合ってはおらず、今にも意識が飛びそうだった。
「ああ……!凄い奴だよお前は……!」
そう言いながら日野に肩を貸してやると、日野は照れ臭そうに笑った。
「わりぃ……本当は、巻き込むつもりは無かったんだけどよ、最期に顔が見たくて…ここまで逃げてきちまった」
「『顔が見たくて』ってお前……どうして俺の居場所を……?」
「さあ……?無我夢中で逃げてたらここにたどり着いた。恋する二人の奇跡って奴かな。ハニーを見つけたときなんか幻覚かと思ったぜ」
嫌な奇跡だな。
というかそのハニーって呼び方そろそろやめてくれないかな。
「おい!悠長に喋ってる場合じゃないぞ!!後ろからアイツが来てる!!」
安達が大量の汗を流しながら、向こう側を見上げて言った。
安達の見ている方を見れば、木々をなぎ倒しながら鹿頭の巨人が迫ってきていた。
「あ……あ……来た………」
安達の隣で、名護が恐怖で顔を歪ませた。
鹿頭の巨人は俺達を見つけるとけたたましい雄叫びを上げた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「くっ…………!」
天を衝くような轟音に思わず耳を塞いだ。
「くそ……【影や――」
「特能を使うな!!」
せもてもの足止めに影槍を使おうとした瞬間、吼えるように日野が叫んだ。
「はっ……?」
「何言ってるんだ!!あんな奴を連れて来た挙句、今度は俺たちも殺す気か!?特能の力無しにどうやってアイツを足止めするって言うんだ!?」
今まで大人しかった名護が鹿頭の巨人のプレッシャーからか、半狂乱になりながら日野に向かって怒鳴った。
確かに、名護の言うことは正しい。
俺たちがあの化け物にせめてもの対抗ができるとしたら、それは特能の力の他にない。
その特能を、使わない――?
「日野、今のはどういう――」
「ゲホッ!ガハッ!!」
言葉の真意を日野に尋ねようとしたら、日野が血を吐いて激しく咳き込んだ。
「冗談じゃない!下らない冗談に付き合ってこんなところで死んでたまるか!」
その様子を見て痺れを切らした名護は、日本刀を手に居合いの構えを取ると――
「【真空斬】!!」
鞘から刀を抜刀し、空を切って斬撃を飛ばした。
蜘蛛を簡単に両断した名護の斬撃はしかし、いとも簡単に鹿頭の巨人の体毛によって防がれた。
「あ……あ……ああ……」
名護はその結果を見てみるみる青ざめていった。
そして、ガタガタと恐怖で震えわせながら刀を鞘へと仕舞うと――
「もう嫌だ!もう嫌だ!!僕を帰らせてくれ!!もう嫌だああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そのまま名護は安達の手を引っ張って森の向こうへ駆け出して行ってしまった。
「……悪い、限界だ!俺達はこれ以上付き合い切れない!お前らも…頑張ってくれ!」
名護に腕を引っ張られながら、安達は俺達に振り返って申し訳なさそうにそう言った。
俺はそれに頷いて返事をした。
別に逃げ出した安達と名護を冷たい奴らだとは思わない。
誰だってまずは自分たちが生き残るのが第一だ。
鹿頭は逃げる日野を追ってここまで来たのだから、安達と名護は巻き込まれた側とも言える。
俺は――――
日野は俺との約束を果たした。今度は俺が応えるべき番だ。
真紅の大鎌を構えると、ゆっくりと近づいてくる鹿頭の巨人と対峙した。
恐怖で大鎌を握る手がカタカタと震える。
「……そのまま動くなよ。特能も使っちゃ駄目だ」
俺に担がれながら、日野が苦しそうに息を切らしながらそう言った。
「は―――?」
振り返って聞き返そうとしたら、日野は真面目な顔をして言葉を続けた。
「いいから。俺を信じてくれ」
こうしている間にも、鹿頭の巨人が近づいてくる。
しかし、俺は大鎌を構えることも無く日野を担いだまま身構える。
「くっ…………」
そして――――――
鹿頭の巨人は俺達の横をそのまま通り過ぎて、地を揺らしながら安達と名護を追っていった。
「は―――――?」
どういうことだ?
目の前にいる俺達よりも、逃げて行く名護と安達を追って行った?
そして、鹿頭の巨人の姿が見えなくなると、日野は白鳥を地面に丁寧に降ろした後、そのまま崩れ落ちるように地面へ倒れこんだ。
「日野!!」
「大丈夫だ……ちょっと疲れただけだぜ」
慌てて駆け寄って確認すると、日野の体は全身傷だらけだったが、それでも致命傷は無いようだった。
しかし全身の擦り傷や痣は日野がどれだけの苦労をしながらここまで逃げてきたのかをありありと現わしていた。
「……ってこんなことしてる場合じゃない。今のうちに逃げるぞ」
はっとして白鳥を担ごうとすると、日野は地面に寝ころんだまま返事をした。
「大丈夫だ。あいつらを追いかけて行ったんなら直ぐには戻ってこねえよ。あいつ足はそれほど速くねえ……代わりに地の果てまで追ってくるけどな」
日野の言葉に安心すると、横になってぐったりしている白鳥を見る。
「……白鳥は、大丈夫なのか?」
「特能の力を使いすぎたみたいだな……気を失ってるだけで死んじゃいねえ」
「そうか……」
どうやら限界まで特能の力を使ってしまうと意識を失ってしまうらしい。
体感で特能の力に使用回数に限度があるのは気づいていたが、限界を超えて使うとこうなるのか。俺も影槍も使い過ぎないようにしないと。
「……それで、いったい何があってあの化け物に追われるようなことになったんだ?」
改めて日野に問いかけると、日野は寝ころんだまま答えた。
「あの鹿の頭の化け物だよ。白鳥ちゃんが特能の力を使っているところを見られたんだ」
「見られた?」
日野の口ぶりに違和感を覚えた。
さっきもそうだったが、まるで特能の力を使う瞬間さえ見られなければいい、という口ぶりだ。
「どういうことだ?ただあいつに見つかったって訳じゃないのか?」
「ちげえんだ、あいつに姿を見つかるだけならまだ大丈夫なんだよ。力はやべえけど動きはそこまで速くねえし。でも、特能の力を使ってるところを見られた時だけ本気で追ってくんだ。どこまで逃げても追いかけてくるし、どんなに上手く隠れたって絶対に見つけてくる」
「なるほど……」
初めに遭遇した時に鹿頭の化け物が怒り狂っていたのは、あの二人の男子生徒が特能を見られたからか。
大方調子に乗って特能を使いまくっていたか、それとも特能の力を鹿頭に向けて使ったか……いや、そこまで馬鹿じゃないと思いたいが。
「話はだいたい分かった。……でも、それならなんで白鳥が狙われてるんだ?特能の力を見せびらかすようなタイプじゃないだろ?」
日野に尋ねると、日野は俯いた。
「……白鳥ちゃん、最初にあの化け物にやられた奴らを助けようとして戻っちまったんだよ。そのまま逃げりゃいいのに……よりによってあの化け物の目の前で"回復"させちまったんだ」
驚いた。あの鹿頭の巨人から逃げて来たあの二人、確実に死んだのだと思っていたのが生きていたのか。
どうやら白鳥の特能は治癒や回復の特能らしい。それにしてもあの状態から動けるようになるまで回復させるなんて凄まじい特能《ギフト》だぞ。
「そしたらアイツら、白鳥ちゃんに治してもらったくせに、動けるようになったら一目散に逃げ出しやがったんだ。白鳥ちゃんが襲われてる時もな」
そう言いながらギリ、と日野が奥歯を噛んだ。
「俺ぁハニーに白鳥ちゃんの事を頼まれたし、元々可愛い女は全員守ってやるつもりだったから、あの化け物に俺の特能《ギフト》の力をお見舞いしてやったのさ。そしたら俺もアイツのターゲットになって、白鳥ちゃんに回復してもらいながらここまで逃げてきたってワケ」
傷口を抑えながら、そう言って日野が笑った。
「日野……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
少し遠くから野獣の雄叫びが上がった。
地を鳴らす足音が、再び近づいてくるのが分かる。
「そろそろ逃げよう日野。白鳥は俺が担ぐから」
白鳥を担ぎながら俺がそう言うと、日野は地面に倒れこんだまま少し困ったように笑った。
「……わりぃ。俺、体力がもう残ってねぇんだ。走るどころかもう立ち上がるも無理だわ」
「……は?だってお前……さっきまで白鳥を担いでここまで……」
「白鳥ちゃんも任されてるし、気合で何とか逃げてたんだけどよ、駄目だな……ハニーの顔を見た瞬間気が抜けちまった」
俺の脚力で駆けてきた道のりは、生身の日野にはどれだけ困難な道のりだっただろうか。
そのことを考えると今すぐ日野に立ち上がれとは、言えなかった。
「……一つ頼みがあるんだけどさ、そこに正座して座ってくれねぇか?」
「はっ?そんなことしてる場合じゃ……」
「頼むよ」
やけに呑気な頼みごとをしてくる日野にそんなことをしている場合じゃないと断ろうとしたら、日野が真剣な目をして頼んできた。
……日野には白鳥のことを頼んだ貸しがある。
俺が軽い気持ちで白鳥のことを頼んだばかりに日野はこんにボロボロな目にあう羽目になった。
「……分かったよ」
日野が何を考えているのか分からないが、とりあえず正座して地面に座り込む。スカートだから地面に触れているところがひんやりと冷たい。
「よっと」
地面に正座して座ると、俺の脚の上に日野が頭を乗せて寝ころんだ。
「お前っ何して――――!」
慌てて退こうとしたら日野が悲しそうな悲しそうな顔をした。
「……どうせもう逃げられねぇ。最期にちょっとくらいいい思いさせてくれよ。俺、頑張っただろ……?」
「うっ…………」
そう言われると弱い。
ため息をつくとそのまま日野の好きなようにさせてやった。
これで貸し借りはゼロだからな。
「なあ……あいつが戻って俺を殺しに来たら、雨夜は俺をここに置いて白鳥ちゃんを連れて逃げてくれ。それが、俺からの最期のお願いだ」
日野は真面目な顔でそう言うと、俺の膝の上でスースーと静かな寝息を眠りについた。
それから少しもしないうちに、天を割くような咆哮と地が震えるような足音が近づいてきた。
安達と名護を始末してきたということだろうか。思ったよりもずっと早かったな。
現在のターゲットは日野と白鳥。
そしてその日野と白鳥は行動不能。
一度特能を使えば最後。あいつは地の果てまで追ってくる。
「…………残念だが、ご褒美はお預けだな」
ため息を吐いて立ち上がる。ゴンと日野の頭が地面に落下した。
真紅の大鎌を構えて深呼吸一つ。
そして、ゆっくりと地面を揺らしながら歩いてくる鹿頭に対して――
「【影槍】」
特能を使ったのだった。
森の向こうからやってきたのは、ボロボロになりながらも白鳥を担いで来た日野だった。
「おい!大丈夫か!」
慌てて駆け寄ると、日野は歯を見せて笑った。
「へへ……俺、約束守ったぜ……褒めてくれよな」
笑いながらそう言った日野の焦点は既に合ってはおらず、今にも意識が飛びそうだった。
「ああ……!凄い奴だよお前は……!」
そう言いながら日野に肩を貸してやると、日野は照れ臭そうに笑った。
「わりぃ……本当は、巻き込むつもりは無かったんだけどよ、最期に顔が見たくて…ここまで逃げてきちまった」
「『顔が見たくて』ってお前……どうして俺の居場所を……?」
「さあ……?無我夢中で逃げてたらここにたどり着いた。恋する二人の奇跡って奴かな。ハニーを見つけたときなんか幻覚かと思ったぜ」
嫌な奇跡だな。
というかそのハニーって呼び方そろそろやめてくれないかな。
「おい!悠長に喋ってる場合じゃないぞ!!後ろからアイツが来てる!!」
安達が大量の汗を流しながら、向こう側を見上げて言った。
安達の見ている方を見れば、木々をなぎ倒しながら鹿頭の巨人が迫ってきていた。
「あ……あ……来た………」
安達の隣で、名護が恐怖で顔を歪ませた。
鹿頭の巨人は俺達を見つけるとけたたましい雄叫びを上げた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「くっ…………!」
天を衝くような轟音に思わず耳を塞いだ。
「くそ……【影や――」
「特能を使うな!!」
せもてもの足止めに影槍を使おうとした瞬間、吼えるように日野が叫んだ。
「はっ……?」
「何言ってるんだ!!あんな奴を連れて来た挙句、今度は俺たちも殺す気か!?特能の力無しにどうやってアイツを足止めするって言うんだ!?」
今まで大人しかった名護が鹿頭の巨人のプレッシャーからか、半狂乱になりながら日野に向かって怒鳴った。
確かに、名護の言うことは正しい。
俺たちがあの化け物にせめてもの対抗ができるとしたら、それは特能の力の他にない。
その特能を、使わない――?
「日野、今のはどういう――」
「ゲホッ!ガハッ!!」
言葉の真意を日野に尋ねようとしたら、日野が血を吐いて激しく咳き込んだ。
「冗談じゃない!下らない冗談に付き合ってこんなところで死んでたまるか!」
その様子を見て痺れを切らした名護は、日本刀を手に居合いの構えを取ると――
「【真空斬】!!」
鞘から刀を抜刀し、空を切って斬撃を飛ばした。
蜘蛛を簡単に両断した名護の斬撃はしかし、いとも簡単に鹿頭の巨人の体毛によって防がれた。
「あ……あ……ああ……」
名護はその結果を見てみるみる青ざめていった。
そして、ガタガタと恐怖で震えわせながら刀を鞘へと仕舞うと――
「もう嫌だ!もう嫌だ!!僕を帰らせてくれ!!もう嫌だああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そのまま名護は安達の手を引っ張って森の向こうへ駆け出して行ってしまった。
「……悪い、限界だ!俺達はこれ以上付き合い切れない!お前らも…頑張ってくれ!」
名護に腕を引っ張られながら、安達は俺達に振り返って申し訳なさそうにそう言った。
俺はそれに頷いて返事をした。
別に逃げ出した安達と名護を冷たい奴らだとは思わない。
誰だってまずは自分たちが生き残るのが第一だ。
鹿頭は逃げる日野を追ってここまで来たのだから、安達と名護は巻き込まれた側とも言える。
俺は――――
日野は俺との約束を果たした。今度は俺が応えるべき番だ。
真紅の大鎌を構えると、ゆっくりと近づいてくる鹿頭の巨人と対峙した。
恐怖で大鎌を握る手がカタカタと震える。
「……そのまま動くなよ。特能も使っちゃ駄目だ」
俺に担がれながら、日野が苦しそうに息を切らしながらそう言った。
「は―――?」
振り返って聞き返そうとしたら、日野は真面目な顔をして言葉を続けた。
「いいから。俺を信じてくれ」
こうしている間にも、鹿頭の巨人が近づいてくる。
しかし、俺は大鎌を構えることも無く日野を担いだまま身構える。
「くっ…………」
そして――――――
鹿頭の巨人は俺達の横をそのまま通り過ぎて、地を揺らしながら安達と名護を追っていった。
「は―――――?」
どういうことだ?
目の前にいる俺達よりも、逃げて行く名護と安達を追って行った?
そして、鹿頭の巨人の姿が見えなくなると、日野は白鳥を地面に丁寧に降ろした後、そのまま崩れ落ちるように地面へ倒れこんだ。
「日野!!」
「大丈夫だ……ちょっと疲れただけだぜ」
慌てて駆け寄って確認すると、日野の体は全身傷だらけだったが、それでも致命傷は無いようだった。
しかし全身の擦り傷や痣は日野がどれだけの苦労をしながらここまで逃げてきたのかをありありと現わしていた。
「……ってこんなことしてる場合じゃない。今のうちに逃げるぞ」
はっとして白鳥を担ごうとすると、日野は地面に寝ころんだまま返事をした。
「大丈夫だ。あいつらを追いかけて行ったんなら直ぐには戻ってこねえよ。あいつ足はそれほど速くねえ……代わりに地の果てまで追ってくるけどな」
日野の言葉に安心すると、横になってぐったりしている白鳥を見る。
「……白鳥は、大丈夫なのか?」
「特能の力を使いすぎたみたいだな……気を失ってるだけで死んじゃいねえ」
「そうか……」
どうやら限界まで特能の力を使ってしまうと意識を失ってしまうらしい。
体感で特能の力に使用回数に限度があるのは気づいていたが、限界を超えて使うとこうなるのか。俺も影槍も使い過ぎないようにしないと。
「……それで、いったい何があってあの化け物に追われるようなことになったんだ?」
改めて日野に問いかけると、日野は寝ころんだまま答えた。
「あの鹿の頭の化け物だよ。白鳥ちゃんが特能の力を使っているところを見られたんだ」
「見られた?」
日野の口ぶりに違和感を覚えた。
さっきもそうだったが、まるで特能の力を使う瞬間さえ見られなければいい、という口ぶりだ。
「どういうことだ?ただあいつに見つかったって訳じゃないのか?」
「ちげえんだ、あいつに姿を見つかるだけならまだ大丈夫なんだよ。力はやべえけど動きはそこまで速くねえし。でも、特能の力を使ってるところを見られた時だけ本気で追ってくんだ。どこまで逃げても追いかけてくるし、どんなに上手く隠れたって絶対に見つけてくる」
「なるほど……」
初めに遭遇した時に鹿頭の化け物が怒り狂っていたのは、あの二人の男子生徒が特能を見られたからか。
大方調子に乗って特能を使いまくっていたか、それとも特能の力を鹿頭に向けて使ったか……いや、そこまで馬鹿じゃないと思いたいが。
「話はだいたい分かった。……でも、それならなんで白鳥が狙われてるんだ?特能の力を見せびらかすようなタイプじゃないだろ?」
日野に尋ねると、日野は俯いた。
「……白鳥ちゃん、最初にあの化け物にやられた奴らを助けようとして戻っちまったんだよ。そのまま逃げりゃいいのに……よりによってあの化け物の目の前で"回復"させちまったんだ」
驚いた。あの鹿頭の巨人から逃げて来たあの二人、確実に死んだのだと思っていたのが生きていたのか。
どうやら白鳥の特能は治癒や回復の特能らしい。それにしてもあの状態から動けるようになるまで回復させるなんて凄まじい特能《ギフト》だぞ。
「そしたらアイツら、白鳥ちゃんに治してもらったくせに、動けるようになったら一目散に逃げ出しやがったんだ。白鳥ちゃんが襲われてる時もな」
そう言いながらギリ、と日野が奥歯を噛んだ。
「俺ぁハニーに白鳥ちゃんの事を頼まれたし、元々可愛い女は全員守ってやるつもりだったから、あの化け物に俺の特能《ギフト》の力をお見舞いしてやったのさ。そしたら俺もアイツのターゲットになって、白鳥ちゃんに回復してもらいながらここまで逃げてきたってワケ」
傷口を抑えながら、そう言って日野が笑った。
「日野……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
少し遠くから野獣の雄叫びが上がった。
地を鳴らす足音が、再び近づいてくるのが分かる。
「そろそろ逃げよう日野。白鳥は俺が担ぐから」
白鳥を担ぎながら俺がそう言うと、日野は地面に倒れこんだまま少し困ったように笑った。
「……わりぃ。俺、体力がもう残ってねぇんだ。走るどころかもう立ち上がるも無理だわ」
「……は?だってお前……さっきまで白鳥を担いでここまで……」
「白鳥ちゃんも任されてるし、気合で何とか逃げてたんだけどよ、駄目だな……ハニーの顔を見た瞬間気が抜けちまった」
俺の脚力で駆けてきた道のりは、生身の日野にはどれだけ困難な道のりだっただろうか。
そのことを考えると今すぐ日野に立ち上がれとは、言えなかった。
「……一つ頼みがあるんだけどさ、そこに正座して座ってくれねぇか?」
「はっ?そんなことしてる場合じゃ……」
「頼むよ」
やけに呑気な頼みごとをしてくる日野にそんなことをしている場合じゃないと断ろうとしたら、日野が真剣な目をして頼んできた。
……日野には白鳥のことを頼んだ貸しがある。
俺が軽い気持ちで白鳥のことを頼んだばかりに日野はこんにボロボロな目にあう羽目になった。
「……分かったよ」
日野が何を考えているのか分からないが、とりあえず正座して地面に座り込む。スカートだから地面に触れているところがひんやりと冷たい。
「よっと」
地面に正座して座ると、俺の脚の上に日野が頭を乗せて寝ころんだ。
「お前っ何して――――!」
慌てて退こうとしたら日野が悲しそうな悲しそうな顔をした。
「……どうせもう逃げられねぇ。最期にちょっとくらいいい思いさせてくれよ。俺、頑張っただろ……?」
「うっ…………」
そう言われると弱い。
ため息をつくとそのまま日野の好きなようにさせてやった。
これで貸し借りはゼロだからな。
「なあ……あいつが戻って俺を殺しに来たら、雨夜は俺をここに置いて白鳥ちゃんを連れて逃げてくれ。それが、俺からの最期のお願いだ」
日野は真面目な顔でそう言うと、俺の膝の上でスースーと静かな寝息を眠りについた。
それから少しもしないうちに、天を割くような咆哮と地が震えるような足音が近づいてきた。
安達と名護を始末してきたということだろうか。思ったよりもずっと早かったな。
現在のターゲットは日野と白鳥。
そしてその日野と白鳥は行動不能。
一度特能を使えば最後。あいつは地の果てまで追ってくる。
「…………残念だが、ご褒美はお預けだな」
ため息を吐いて立ち上がる。ゴンと日野の頭が地面に落下した。
真紅の大鎌を構えて深呼吸一つ。
そして、ゆっくりと地面を揺らしながら歩いてくる鹿頭に対して――
「【影槍】」
特能を使ったのだった。
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ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
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