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体育祭②

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「さて、今年も決めていきたいと思います~」

生徒も一通り帰った時間。
ミーティングだと集まった教師陣をぐるりと見渡すと体育担当の先生の一人がぺらりと1枚の紙を掲げる。
そこには「混合リレー参加者一覧」という一文が書かれていて思わず首を傾げる。そんな俺を置いて周囲の先生方は「ああ、今年も来たか」というような苦笑交じりの雰囲気がにじみ出ていて、思わず隣にいる三戸先生の上着をちょん、と引っ張った。

「え。三戸先生どういう事ですか?」
「あー……混合リレーって名前なのかって話。これだよ理由」

普通のリレーならそのまま“部活動リレー”とでもしておけばいい。それがわざわざ金華名物とまでついた混合リレーになる理由はただ一つ。
参加者が部活動別のチームだけじゃないからだ。

「部活別の生徒のチームとは別にな、毎年教員で構成されたチームも参加するんだよ」
「えっ!?」
「各教科担当の先生が一人づつ持ち回りで参加する。それを決めるって話だ」

国語、数学、理科、社会系……各教科から一人選出したドリームチームが生徒と一緒に走るこの競技は、普段表立って出てこない先生方が参加するとあって生徒に大人気らしい。しかも教師陣は部活動の制服を着るという生徒のルールに則って白衣を着たり、その教科らしいものを持って走るらしい。なんだそのルール。

「そんで今年もそれの参加者を決める時が来た、って話」

説明に唖然としてると前方で先生が「各教科ごとに集まるように」と号令をかけている。少し離れた所に同じ数学担当の先生方が集まるのを見て俺も慌てて駆け寄った。

「……はぁ、今年もきたか」
「これ人気ですもんねぇ~老体にはきついけど」
「いやいや小林先生はまだまだお若いですよ。でもまぁ今年は大丈夫だと思いますよ」

ねえ津木先生、と微笑まれる。その笑顔には「君がやるもんね?」という無言の圧がひしひしと感じられて俺は無言で頷いた。どんな場でも年下というのは損な訳回りを請け負うものだ。

(まぁ、トラック半周くらいならいいか)

現役だった時に比べたら劣るだろうけどあくまで余興的な扱い。あくまで生徒主体の競技なのだし適当に走れば問題ないはず。
「数学担当からは津木先生っと……」とリストに名前を書いていた時だった。後方で相談していたグループから悲鳴のような声が聞こえてくる。


「ええぇぇ!?嫌!嫌です!!」

何事か。職員室に響き渡る声に思わず肩をビクつかせると、声のした方に視線を向けた他の先生がふふふ、と笑い声を上げた。

「ほら、三戸先生まだ若いし俺らの中だと一番体力あるでしょ」
「体力と運動神経はまた別問題なんですって!」
「でも俺は去年走ったし、雪村先生は……」
「私はもう勘弁して~おばさんにはしんどいのよこれ~」
「でも……ッ」

どうやら騒いでるのは三戸先生らしい。
嫌だ嫌だと職員室のど真ん中で成人男性がごねる姿はなかなかインパクトあるものだけど他の先生の反応は薄くて。

(まさかとは思うけど今までもこうやってごねた経験があるのか?)

だとしたらヤバすぎるだろ。
他の国語教師の方が宥めるように囲む中で頭を振っていやいやとごねる姿はいつもの頼れる先生の雰囲気が微塵もない。むしろ年配の先生に諭されてるせいで滅茶苦茶子供っぽく見えた。


(……っふ、何してんだかあの人)

駄目だツボる……っ。
こみ上げる笑いを抑えつつ名前を書き終わると、自分の席ではなくすぐ近くの三戸先生たちの輪に近づく。
突然やってきた俺に国語担当の先生はちょっと驚いていたようだけど、すぐ苦笑交じりに場所を開けてくれる。ああ、なんか俺三戸先生にいつもくっついてると思われてる気がする。


「……先生何騒いでるんですか。凄い目立ってますよ」
「っあ!津木先生、先生はリレー出るのか?」
「出ますよ。ていうか三戸先生も走りましょうよ。他の先生方もああ言ってるんですし」
「無理だってー!俺ほんっとうに遅いんだって!」
「いや余興競技みたいなもんでしょう?それに俺も走りますし、ね?」

三戸先生は本当に運動が嫌いらしい。
でも、とかいや……と渋る姿に「俺が先生の分も速く走りますから」と言うと一瞬目を丸くした先生がぐぬぬ……と唇尖らせる。なんだその表情。

「マジで、マーージ――で遅いからな?」
「はい、俺がガンガン追い上げますから大丈夫です」
「……それなら、わかった」
「あーよかった!ありがとうね三戸先生!」

途端にホッとした様子で胸をなでおろす先生達。
「津木先生もありがとうねぇ~」と謎のお礼に会釈しつつ、三戸先生の気が変わらないうちにとリストの元へと引っ張っていった。





体育祭当日は見事な晴天で絶好の体育祭日和だった。

グラウンドには前日に準備したテントがずらりと建てられ、後ろには各団の応援パネルやら入退場門やらが整備されている。
昔なら普通に登校して体育祭参加……となってたけど先生はもちろん違う。早めに出勤しては当日の流れについて最終確認をしたり、放送器具や救護用品のような貴重品を運び出したりと忙しない。
そういう俺も指示されるまま、救護スペースの為の椅子やら救急キッドやらをせっせと運んでいた。


「これここに大丈夫ですか?」
「あーはい。ありがとう津木先生」
「他に何かする事あります?」
「んーここはもう大丈夫かしら。冷却用の氷とかはギリギリにならないと出して来られないし……」


一通り備品を確認した養護教諭の先生はにこりと微笑む。

「津木先生は今日リレー参加されるのよね?」
「はい。佐々木先生は参加されないんですよね」
「もちろんよ~私が走ってる間に生徒が具合悪くなったら誰も見れないしね」
「はは、それもそうですね」

しっかり準備運動して望んでね~と微笑む姿は優し気だけど、その本音は「怪我すんなよ」といった所だろうか。確かに余興競技ではしゃいで捻挫や肉離れにでもなろうものなら目も当てられない。


(気をつけよう……)

無事に終わりますようにと願いつつ他に手伝いが必要な箇所はないかと歩き回る。だんだんと賑やかになって行くグラウンドで朝の澄んだ空気を思いきり吸い込むと熱気に晒される前の心地よい空気が肺を満たしていく。

……教員人生初の体育祭が、始まろうとしていた。
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