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非番とは休みに似たもの
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背の低いラズベリーの木は無残に折れている。
一度目のイノシシ襲来で折られたものだ。その中から使えそうな実を丁寧にとって、持ってきた布袋に入れる。
傷んだ実でもジャムならいける。
幸い、若木が少し折れずに残っていたので、次の楽しみとしよう。
「まあ、こんなもんかな」
立ち上がって、のびをする。
「あの……」
後ろで控えめな声が聞こえた。
彼女はカルエッタと名乗っているらしい。仕立ての良いローブの肩には一度は見たマークがある。
「どうしてこんな場所で畑をしているのですか?」
「まあ、色々あってね」
甘いものと見ればかたっぱしから食べてしまうやつとか、僕の能力のせいとか色々あるが、一言で言えば――仕事から逃れたいのだ。
あの場所は何かと騒がしいし、一日中そこにいる僕は、非番も休みもごちゃまぜになってしまって、はっきりした休みを取るのが難しい。
でも、森の中で一人になる時間は気持ちが仕事から離れる。
どうあっても逃げられない『警報』のおかげで命の保証はないが、『宮殿(パレス)』に出入りすることと比べれば、危険は小さい――はず。
「さて、じゃあ行くか。たぶん王都に用事だろ?」
紺色の髪のカルエッタと、同じ色の髪の付き人である子供みたいなランツが首を縦に振った。
僕は頷いて歩き始めた。
このエリアは王都領土の北部外縁に広がる鬱屈した森だ。
ここまで来れば西に手を出されることもないので、無意味な襲撃に気を遣う必要はない。
現れるのはせいぜいE級ランクのモンスターか、強くてD級だろう。僕でも『安全に』対処できる。
「見たところ魔法は使えるみたいだけど、探索者になりたいのかい?」
「そんなところです」
「そっか。ライバルも多いし大変だと思うけどがんばって」
この数十年の間に、探索者になりたいという者の数は増えた。
ある日を境に、空から謎の巨大な円柱(ピラー)が降ってくるようになってからだ。その円柱は大地に突き刺さると、ぐにゃりと形を変えて様々な建物に変化する。一度目の前で見たことがあるが、異様な光景だった。
出会わせてくれた《探索》クリティカルに随分あきれ返ったものだ。
塔の形状だったり、山に擬態したりと種類は多いが、圧倒的に宮殿型が多いので、いつの間にか『パレス』と呼ぶようになっている。
まあ、呼び名はどうでもいいのだ。
問題は、その『パレス』内で新しい生き物が跋扈し、中には外界――僕らの住む世界――に出てくるものがいた。
森にいるモンスターとはまったく違うモンスターだ。
初めて『パレス』に入った人間はさぞ驚いただろう。外観と似ても似つかない弱肉強食のモンスターたちの世界が広がっているのだから。
彼らの中には姿を消すような特異な能力持ちもいたが、共通して、殺せば魔核と呼ばれるエネルギー体を落とすうえ、一部はそれに加えて遺産(ヘリテージ)と呼ばれる得体の知れないアイテムを身につけているものもいる。
ヘリテージは、性能がよくわからずゴミ同然のものが大半だが、中には戦闘向きのものや、生活をより豊かにするものもある。
その代表格が南のエリアと西のエリアにある『列車』と呼ばれるものだ。
目印の石板を二つ立てておけば、そこから向こうへと一直線に走りだす金属の塊である。危険な森の中を一般人でも移動できるようにした画期的な乗り物だ。
学の無い僕にはまったく原理のわからないシロモノである。
通信と呼ばれる遠距離の人間と会話できるヘリテージもあれば、風景を一定時間記録できるものもあった。
すると、いつの間にか気味悪がっていた『パレス』を宝の山と認識する連中が現れた。
中に住むモンスターを蹴散らし、奥に進んでヘリテージを手に入れる。
そして王都に戻って市場で売って儲ける――そういう循環ができあがった。探索者とはそう言ったヘリテージ狙いの人間を指す。
王国が要する騎士団とは別に、民間人が次々と探索者に夢を見て強くなった。一発逆転のヘリテージを求めて駆けずり回ったらしい。
残念ながら死んでしまった者も多い。
そんな時だ。
とある研究者がとんでもない仮説とともに、モンスターを『リデッド』――Re:Dead――と呼ぶことにしたと発表する。
その仮説とは――
リデッドたちは、『元々この世界で死んだ生き物の生まれ変わりではないか』というものだった。
議論は荒れた。王国の広報官ですら「何も根拠がない」と公式発表したほどだ。
バカバカしすぎて受け入れられないとう意見が大半だった。
だが、とある探索者が「死んだ友人に似たリデッドを見かけた」と言った。また別の探索者は「事故で死んだアイドルそっくりの女がいた」と言った。
世間に、もしや? という風潮が広がったのは確かだ。
けれど、それも一瞬のことだ。
なぜなら、探索者が見たリデッドは、どちらも生気のないくすんだ灰色の肌を持ち、こげ茶色の衣装をまとったゴーストだったからだ。
横顔は似ていても、人間ですらないことに、誰もが安堵したという。
結果として、モンスターをリデッドと呼ぶ習慣だけが残った――と、こういうわけだ。
「リーンは探索者なのですか?」
歩きなれた道を通り、ちょうど北ゲートに差しかかったころだ。
カルエッタが質問を投げかけた。
「うーん……元探索者かな」
北ゲートを守る騎士団の人間が数人走って向かってきた。鎧姿もいれば、ヘリテージが生み出した技術を利用した強化服を着ている者もいる。
僕はにこりと笑って、カルエッタとランツに振り返った。
「今は探索者の取りまとめ役さ。ギルドマスターから北のギルド長を預かってる。まあ、やってることは大して変わらないけどね」
「ギルド長……エリアで一番強い者……」
「そんなに緊張しなくていいよ。名前だけの職だし、そもそもギルドマスターは勘違いしているんだ」
僕のクリティカル体質をね。
「そんなことより、カルエッタ。リデッドは王国に入れちゃいけないって決まりがあるんだ。彼らは人間に害をなすからね」
「知っています」
「見つけ次第、始末しなくちゃならない決まりだ」
僕は一歩近づいた。
騎士団の数名が、囲むように円陣を組む。リーダーがこっちに視線を向ける。
いつでも行ける――そう言っていた。
「……後ろについてきているやつは――仲間じゃないよね?」
その瞬間、カルエッタとランツが勢いよく背後を振り向いた。
騎士団の一人が『結界魔法』を発動する。びしっというガラスにひびが入るような音が響き、紫電が空間に走る。
光が集約された場所に、何かがいた。
真っ黒な靄だ。軟体動物のように形が定まらない体が蠢き、拳大の頭部にぱくりと亀裂が入った。
口の中は灰色。ねばついた液体がぽたりと落ちた。
「見えないタイプのリデッドは珍しい」
その言葉とともに、獅子の紋章を胸に刻む鎧の騎士が踏み込んだ。とてつもない速度で突き出した長大な槍の穂先が、黒い靄を刺し貫いた。
騎士が呆れた顔で僕を見つめる。
顔見知りの僕らは当然のように言葉を交わす。
「北はモンスターは少ないが、リーン案件が多くて困る。近くに活発な『宮殿』もないのに、どうしてリデッドに付きまとわれるんだ?」
「別に僕が連れてきてるんじゃないんだけど」
「そう言って、何度このパターンがあったと思ってるんだ」
「今回は違うよ――きっと。今日は非番だしね」
「はいはい」
リデッドが跡形なく消えた。
騎士が地に落ちた魔核を拾い上げる。親指ほどの大きさだ。ヘリテージは出なかったようだ。
あのサイズだと小遣いにもならないだろうが、無いよりはいいだろう。
夜の一杯にでも使ってほしい。換金無しの『魔核払い』でいける店でね。
「さて、それじゃあ行こうか二人とも。ここがアルホーン王国の王都ストラドス。世界でも屈指の『宮殿』でにぎわう街だ」
定位置に戻っていく騎士団に見守られ、僕は北ゲートをくぐった。
一度目のイノシシ襲来で折られたものだ。その中から使えそうな実を丁寧にとって、持ってきた布袋に入れる。
傷んだ実でもジャムならいける。
幸い、若木が少し折れずに残っていたので、次の楽しみとしよう。
「まあ、こんなもんかな」
立ち上がって、のびをする。
「あの……」
後ろで控えめな声が聞こえた。
彼女はカルエッタと名乗っているらしい。仕立ての良いローブの肩には一度は見たマークがある。
「どうしてこんな場所で畑をしているのですか?」
「まあ、色々あってね」
甘いものと見ればかたっぱしから食べてしまうやつとか、僕の能力のせいとか色々あるが、一言で言えば――仕事から逃れたいのだ。
あの場所は何かと騒がしいし、一日中そこにいる僕は、非番も休みもごちゃまぜになってしまって、はっきりした休みを取るのが難しい。
でも、森の中で一人になる時間は気持ちが仕事から離れる。
どうあっても逃げられない『警報』のおかげで命の保証はないが、『宮殿(パレス)』に出入りすることと比べれば、危険は小さい――はず。
「さて、じゃあ行くか。たぶん王都に用事だろ?」
紺色の髪のカルエッタと、同じ色の髪の付き人である子供みたいなランツが首を縦に振った。
僕は頷いて歩き始めた。
このエリアは王都領土の北部外縁に広がる鬱屈した森だ。
ここまで来れば西に手を出されることもないので、無意味な襲撃に気を遣う必要はない。
現れるのはせいぜいE級ランクのモンスターか、強くてD級だろう。僕でも『安全に』対処できる。
「見たところ魔法は使えるみたいだけど、探索者になりたいのかい?」
「そんなところです」
「そっか。ライバルも多いし大変だと思うけどがんばって」
この数十年の間に、探索者になりたいという者の数は増えた。
ある日を境に、空から謎の巨大な円柱(ピラー)が降ってくるようになってからだ。その円柱は大地に突き刺さると、ぐにゃりと形を変えて様々な建物に変化する。一度目の前で見たことがあるが、異様な光景だった。
出会わせてくれた《探索》クリティカルに随分あきれ返ったものだ。
塔の形状だったり、山に擬態したりと種類は多いが、圧倒的に宮殿型が多いので、いつの間にか『パレス』と呼ぶようになっている。
まあ、呼び名はどうでもいいのだ。
問題は、その『パレス』内で新しい生き物が跋扈し、中には外界――僕らの住む世界――に出てくるものがいた。
森にいるモンスターとはまったく違うモンスターだ。
初めて『パレス』に入った人間はさぞ驚いただろう。外観と似ても似つかない弱肉強食のモンスターたちの世界が広がっているのだから。
彼らの中には姿を消すような特異な能力持ちもいたが、共通して、殺せば魔核と呼ばれるエネルギー体を落とすうえ、一部はそれに加えて遺産(ヘリテージ)と呼ばれる得体の知れないアイテムを身につけているものもいる。
ヘリテージは、性能がよくわからずゴミ同然のものが大半だが、中には戦闘向きのものや、生活をより豊かにするものもある。
その代表格が南のエリアと西のエリアにある『列車』と呼ばれるものだ。
目印の石板を二つ立てておけば、そこから向こうへと一直線に走りだす金属の塊である。危険な森の中を一般人でも移動できるようにした画期的な乗り物だ。
学の無い僕にはまったく原理のわからないシロモノである。
通信と呼ばれる遠距離の人間と会話できるヘリテージもあれば、風景を一定時間記録できるものもあった。
すると、いつの間にか気味悪がっていた『パレス』を宝の山と認識する連中が現れた。
中に住むモンスターを蹴散らし、奥に進んでヘリテージを手に入れる。
そして王都に戻って市場で売って儲ける――そういう循環ができあがった。探索者とはそう言ったヘリテージ狙いの人間を指す。
王国が要する騎士団とは別に、民間人が次々と探索者に夢を見て強くなった。一発逆転のヘリテージを求めて駆けずり回ったらしい。
残念ながら死んでしまった者も多い。
そんな時だ。
とある研究者がとんでもない仮説とともに、モンスターを『リデッド』――Re:Dead――と呼ぶことにしたと発表する。
その仮説とは――
リデッドたちは、『元々この世界で死んだ生き物の生まれ変わりではないか』というものだった。
議論は荒れた。王国の広報官ですら「何も根拠がない」と公式発表したほどだ。
バカバカしすぎて受け入れられないとう意見が大半だった。
だが、とある探索者が「死んだ友人に似たリデッドを見かけた」と言った。また別の探索者は「事故で死んだアイドルそっくりの女がいた」と言った。
世間に、もしや? という風潮が広がったのは確かだ。
けれど、それも一瞬のことだ。
なぜなら、探索者が見たリデッドは、どちらも生気のないくすんだ灰色の肌を持ち、こげ茶色の衣装をまとったゴーストだったからだ。
横顔は似ていても、人間ですらないことに、誰もが安堵したという。
結果として、モンスターをリデッドと呼ぶ習慣だけが残った――と、こういうわけだ。
「リーンは探索者なのですか?」
歩きなれた道を通り、ちょうど北ゲートに差しかかったころだ。
カルエッタが質問を投げかけた。
「うーん……元探索者かな」
北ゲートを守る騎士団の人間が数人走って向かってきた。鎧姿もいれば、ヘリテージが生み出した技術を利用した強化服を着ている者もいる。
僕はにこりと笑って、カルエッタとランツに振り返った。
「今は探索者の取りまとめ役さ。ギルドマスターから北のギルド長を預かってる。まあ、やってることは大して変わらないけどね」
「ギルド長……エリアで一番強い者……」
「そんなに緊張しなくていいよ。名前だけの職だし、そもそもギルドマスターは勘違いしているんだ」
僕のクリティカル体質をね。
「そんなことより、カルエッタ。リデッドは王国に入れちゃいけないって決まりがあるんだ。彼らは人間に害をなすからね」
「知っています」
「見つけ次第、始末しなくちゃならない決まりだ」
僕は一歩近づいた。
騎士団の数名が、囲むように円陣を組む。リーダーがこっちに視線を向ける。
いつでも行ける――そう言っていた。
「……後ろについてきているやつは――仲間じゃないよね?」
その瞬間、カルエッタとランツが勢いよく背後を振り向いた。
騎士団の一人が『結界魔法』を発動する。びしっというガラスにひびが入るような音が響き、紫電が空間に走る。
光が集約された場所に、何かがいた。
真っ黒な靄だ。軟体動物のように形が定まらない体が蠢き、拳大の頭部にぱくりと亀裂が入った。
口の中は灰色。ねばついた液体がぽたりと落ちた。
「見えないタイプのリデッドは珍しい」
その言葉とともに、獅子の紋章を胸に刻む鎧の騎士が踏み込んだ。とてつもない速度で突き出した長大な槍の穂先が、黒い靄を刺し貫いた。
騎士が呆れた顔で僕を見つめる。
顔見知りの僕らは当然のように言葉を交わす。
「北はモンスターは少ないが、リーン案件が多くて困る。近くに活発な『宮殿』もないのに、どうしてリデッドに付きまとわれるんだ?」
「別に僕が連れてきてるんじゃないんだけど」
「そう言って、何度このパターンがあったと思ってるんだ」
「今回は違うよ――きっと。今日は非番だしね」
「はいはい」
リデッドが跡形なく消えた。
騎士が地に落ちた魔核を拾い上げる。親指ほどの大きさだ。ヘリテージは出なかったようだ。
あのサイズだと小遣いにもならないだろうが、無いよりはいいだろう。
夜の一杯にでも使ってほしい。換金無しの『魔核払い』でいける店でね。
「さて、それじゃあ行こうか二人とも。ここがアルホーン王国の王都ストラドス。世界でも屈指の『宮殿』でにぎわう街だ」
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