上 下
2 / 27

非番とは休みに似たもの

しおりを挟む
 背の低いラズベリーの木は無残に折れている。
 一度目のイノシシ襲来で折られたものだ。その中から使えそうな実を丁寧にとって、持ってきた布袋に入れる。
 傷んだ実でもジャムならいける。
 幸い、若木が少し折れずに残っていたので、次の楽しみとしよう。

「まあ、こんなもんかな」

 立ち上がって、のびをする。

「あの……」

 後ろで控えめな声が聞こえた。
 彼女はカルエッタと名乗っているらしい。仕立ての良いローブの肩には一度は見たマークがある。

「どうしてこんな場所で畑をしているのですか?」
「まあ、色々あってね」

 甘いものと見ればかたっぱしから食べてしまうやつとか、僕の能力のせいとか色々あるが、一言で言えば――仕事から逃れたいのだ。
 あの場所は何かと騒がしいし、一日中そこにいる僕は、非番も休みもごちゃまぜになってしまって、はっきりした休みを取るのが難しい。
 でも、森の中で一人になる時間は気持ちが仕事から離れる。
 どうあっても逃げられない『警報』のおかげで命の保証はないが、『宮殿(パレス)』に出入りすることと比べれば、危険は小さい――はず。

「さて、じゃあ行くか。たぶん王都に用事だろ?」

 紺色の髪のカルエッタと、同じ色の髪の付き人である子供みたいなランツが首を縦に振った。
 僕は頷いて歩き始めた。
 このエリアは王都領土の北部外縁に広がる鬱屈した森だ。
 ここまで来れば西に手を出されることもないので、無意味な襲撃に気を遣う必要はない。
 現れるのはせいぜいE級ランクのモンスターか、強くてD級だろう。僕でも『安全に』対処できる。

「見たところ魔法は使えるみたいだけど、探索者になりたいのかい?」
「そんなところです」
「そっか。ライバルも多いし大変だと思うけどがんばって」

 この数十年の間に、探索者になりたいという者の数は増えた。
 ある日を境に、空から謎の巨大な円柱(ピラー)が降ってくるようになってからだ。その円柱は大地に突き刺さると、ぐにゃりと形を変えて様々な建物に変化する。一度目の前で見たことがあるが、異様な光景だった。
 出会わせてくれた《探索》クリティカルに随分あきれ返ったものだ。
 塔の形状だったり、山に擬態したりと種類は多いが、圧倒的に宮殿型が多いので、いつの間にか『パレス』と呼ぶようになっている。
 まあ、呼び名はどうでもいいのだ。
 問題は、その『パレス』内で新しい生き物が跋扈し、中には外界――僕らの住む世界――に出てくるものがいた。
 森にいるモンスターとはまったく違うモンスターだ。
 初めて『パレス』に入った人間はさぞ驚いただろう。外観と似ても似つかない弱肉強食のモンスターたちの世界が広がっているのだから。
 彼らの中には姿を消すような特異な能力持ちもいたが、共通して、殺せば魔核と呼ばれるエネルギー体を落とすうえ、一部はそれに加えて遺産(ヘリテージ)と呼ばれる得体の知れないアイテムを身につけているものもいる。
 ヘリテージは、性能がよくわからずゴミ同然のものが大半だが、中には戦闘向きのものや、生活をより豊かにするものもある。
 その代表格が南のエリアと西のエリアにある『列車』と呼ばれるものだ。
 目印の石板を二つ立てておけば、そこから向こうへと一直線に走りだす金属の塊である。危険な森の中を一般人でも移動できるようにした画期的な乗り物だ。
 学の無い僕にはまったく原理のわからないシロモノである。
 通信と呼ばれる遠距離の人間と会話できるヘリテージもあれば、風景を一定時間記録できるものもあった。
 すると、いつの間にか気味悪がっていた『パレス』を宝の山と認識する連中が現れた。
 中に住むモンスターを蹴散らし、奥に進んでヘリテージを手に入れる。
 そして王都に戻って市場で売って儲ける――そういう循環ができあがった。探索者とはそう言ったヘリテージ狙いの人間を指す。
 王国が要する騎士団とは別に、民間人が次々と探索者に夢を見て強くなった。一発逆転のヘリテージを求めて駆けずり回ったらしい。
 残念ながら死んでしまった者も多い。
 そんな時だ。
 とある研究者がとんでもない仮説とともに、モンスターを『リデッド』――Re:Dead――と呼ぶことにしたと発表する。
 その仮説とは――
 リデッドたちは、『元々この世界で死んだ生き物の生まれ変わりではないか』というものだった。
 議論は荒れた。王国の広報官ですら「何も根拠がない」と公式発表したほどだ。
 バカバカしすぎて受け入れられないとう意見が大半だった。
 だが、とある探索者が「死んだ友人に似たリデッドを見かけた」と言った。また別の探索者は「事故で死んだアイドルそっくりの女がいた」と言った。
 世間に、もしや? という風潮が広がったのは確かだ。
 けれど、それも一瞬のことだ。
 なぜなら、探索者が見たリデッドは、どちらも生気のないくすんだ灰色の肌を持ち、こげ茶色の衣装をまとったゴーストだったからだ。
 横顔は似ていても、人間ですらないことに、誰もが安堵したという。
 結果として、モンスターをリデッドと呼ぶ習慣だけが残った――と、こういうわけだ。

「リーンは探索者なのですか?」

 歩きなれた道を通り、ちょうど北ゲートに差しかかったころだ。
 カルエッタが質問を投げかけた。

「うーん……元探索者かな」

 北ゲートを守る騎士団の人間が数人走って向かってきた。鎧姿もいれば、ヘリテージが生み出した技術を利用した強化服を着ている者もいる。
 僕はにこりと笑って、カルエッタとランツに振り返った。

「今は探索者の取りまとめ役さ。ギルドマスターから北のギルド長を預かってる。まあ、やってることは大して変わらないけどね」
「ギルド長……エリアで一番強い者……」
「そんなに緊張しなくていいよ。名前だけの職だし、そもそもギルドマスターは勘違いしているんだ」

 僕のクリティカル体質をね。

「そんなことより、カルエッタ。リデッドは王国に入れちゃいけないって決まりがあるんだ。彼らは人間に害をなすからね」
「知っています」
「見つけ次第、始末しなくちゃならない決まりだ」

 僕は一歩近づいた。
 騎士団の数名が、囲むように円陣を組む。リーダーがこっちに視線を向ける。
 いつでも行ける――そう言っていた。

「……後ろについてきているやつは――仲間じゃないよね?」

 その瞬間、カルエッタとランツが勢いよく背後を振り向いた。
 騎士団の一人が『結界魔法』を発動する。びしっというガラスにひびが入るような音が響き、紫電が空間に走る。
 光が集約された場所に、何かがいた。
 真っ黒な靄だ。軟体動物のように形が定まらない体が蠢き、拳大の頭部にぱくりと亀裂が入った。
 口の中は灰色。ねばついた液体がぽたりと落ちた。

「見えないタイプのリデッドは珍しい」

 その言葉とともに、獅子の紋章を胸に刻む鎧の騎士が踏み込んだ。とてつもない速度で突き出した長大な槍の穂先が、黒い靄を刺し貫いた。
 騎士が呆れた顔で僕を見つめる。
 顔見知りの僕らは当然のように言葉を交わす。

「北はモンスターは少ないが、リーン案件が多くて困る。近くに活発な『宮殿』もないのに、どうしてリデッドに付きまとわれるんだ?」
「別に僕が連れてきてるんじゃないんだけど」
「そう言って、何度このパターンがあったと思ってるんだ」
「今回は違うよ――きっと。今日は非番だしね」
「はいはい」

 リデッドが跡形なく消えた。
 騎士が地に落ちた魔核を拾い上げる。親指ほどの大きさだ。ヘリテージは出なかったようだ。
 あのサイズだと小遣いにもならないだろうが、無いよりはいいだろう。
 夜の一杯にでも使ってほしい。換金無しの『魔核払い』でいける店でね。

「さて、それじゃあ行こうか二人とも。ここがアルホーン王国の王都ストラドス。世界でも屈指の『宮殿』でにぎわう街だ」

 定位置に戻っていく騎士団に見守られ、僕は北ゲートをくぐった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

処理中です...