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光の柱が立ち登るように見えた。
四枚の白い聖羽を持った銀髪の男が、ふわりと舞い降りる。
あまりに落ち着き払った態度にはふてぶてしさすら感じる。
「誰だ、お前」
「初めまして。僕はウリエル。偉大なる主の配下の一人だよ」
「知らんな。さっきのやつらの仲間か?」
「仲間とも言うし、仲間とも言えないかも」
「かたき討ちにでも来たのか?」
「僕の話を聞いていましたか? まだ彼らを部下に勧誘できますよって言ったんです」
「何を言っている?」
「察しが悪いですね――彼らは、ちゃんと生きていますよ」
「は?」
ウリエルは優雅な動きで人差し指を立て、遠くの建物を指さした。
誘導されるように首を向けた銀帝は、かっと目を見開いた。
ディアッチの姿が見えたのだ。しかも肩にウーバ。足元にはシャロンとミャンまでいるではないか。
「ばかなっ! あいつらは確実に死んだはず!」
「死んでいないから、あそこにいるんですよ」
銀帝は驚愕の表情をウリエルに向けた。
涼しい顔で肩をすくめたウリエルは、バチっという音を立てて、手に何かを生成した。
白銀色に輝く、短めの手槍だ。
「さあ、次は僕が相手をしましょう。数だけ多いアンデッドや下級の竜の相手はそろそろ飽きていたところなので。見たところ、あなたはかなり強そうで楽しみですよ」
「なにぃ? でかい口を叩くなよ、小僧。どんな手品を使ったか知らんが、首をねじり切ったあと、お前の仲間にも確実に止めを刺してやる」
「どうぞ、どうぞ。ご自由に。では始めさせていただきますね」
ウリエルはそういって微笑を浮かべたまま、手槍を投げた。
***
銀帝の顔色があからさまに変化した。
猪口才な攻撃だと思い、羽で打ち払ったはずの槍が、見事に貫通しているではないか。
さらに槍は姿を溶かし、雷撃のダメージをスポットで与える。
「これは……」
「まだほんの小手先ですよ」
静かな声に、銀帝がはっとなって首を上げた。
何ということか、ウリエルの背後に無数の槍が浮かんでいる。重力を感じさせない発光する刃が、今か今かと銀帝を見下ろすように用意されている。
「《大天使の試練》と呼称していますが、大半の者には死刑執行と変わりありません。まあ、あなたは切り抜けられそうですが」
ウリエルが片腕を顔の横から真下に振った。
我先にと光の槍が飛来する。
「数が多ければいいんじゃないぞっ!」
銀帝は頭に血を上らせて息を吸った。
空中に槍が浮かぶ光景に、一瞬でも息を呑んだ己が許せなかった。
銀帝の口内が赤く染まり、高熱の炎が噴出された。
炎と光のぶつかり合い――
怒涛の勢いで正面から互いを叩き潰す光景は、この世の終わりを見るかのような迫力があった。
「やりますね」
ウリエルは真面目な顔で感心し、「では、追加を差し上げましょう」と、逆の手を天に向けた。
また無数の槍が瞬時に形成される。
銀帝が一瞬ぎょっとしたが、すぐに態勢を立て直して、またブレスの動作を始める。
そして、すぐに落ちる槍の群れ。
銀帝の周囲は音を立てて爆散し、砂煙がもうもうと舞った。
ようやく炎と光の双方が力を失うと、
「二度の試練を耐えましたか」
「お前、何者だ……」
銀帝の体に、幾筋もの青い線が描かれていた。
深い青という竜族特有の色をした血が、数多くの傷口からふき出しているのだ。
銀帝が呼吸を行うたびに、小さく音を立てて新たな血が零れ落ちる。
さらにその場所は雷魔法の追加効果を受けて、黒く焼け焦げている。
と、突如、銀帝が空中に向けて長い尾を真一文字に振った。
そこはウリエルが浮かんでいる場所。
「速い……」
尾は虚しく空を切った。
わずかに位置をずらしたウリエルが、瞳の奥を光らせて銀帝の動きを観察する。
「その上、俺のブレスを突破してくる攻撃か……」
「本当に驚きましたよ。見た目以上に、あなたは強い。この短時間ですが得体の知れない何かを感じる」
微妙にかみ合っていない会話だが、二人は本心を吐露していた。
俺と戦えるものなどいない――その自信が揺らごうとするのを押しとどめる銀帝。
一撃で終わるだろう――見通しが甘かった、という反省を口にするウリエル。
形は違えど、互いの強さを認めた瞬間であった。
「未だに信じられんが、俺にこれほどのダメージを与えたのはお前が初めてだ。久しく忘れていた感覚だ」
「光栄ですね」
「だが、調子には乗らないことだ」
そう窘めた銀帝の眼前に、古い本が浮かんだ。降臨書だ。
それは自動的にパラパラとページを送り、とある場所で止まる。
「お前は相当素早いが、降臨書を持っていないことが敗因だ」
銀帝の体の輪郭がぼやけ始める。
はちきれんばかりの巨体が、ぐぐっと奇妙な音を立てて縮み始めた。
まず足。手。羽に首。みるみる細く短くなる。
鈍重で短足な竜に変化したと思ったのも束の間、まるで体内に引きずり込まれるように本体がぎゅうっと圧縮されていく。傷口も見事に塞がっていく。
ウリエルが唖然として眺めているうちに、銀帝は――
「驚いたか? 降臨書の更新の過程で手に入れた、俺の第二形態だ。見せるのは初めてだがな」
体の全てが急激に縮んでいた。
ディアッチを大きく超える巨体が、わずか2、3メートルほどの竜に変化している。
「小さくなっただけでしょう」
ウリエルは皮肉気に言いつつも油断なく警戒する。
目の前から感じるプレッシャーは明らかに強大に変化したからだ。
そんなウリエルだからこそ――
突如、高速で飛び立った銀帝の姿を捕らえることができたのだ。
「これは……」
ウリエルは驚愕していた。
銀帝の速度が爆発的に上昇したからだ。巨体を捨てた速度重視の形態。
しかも、空中で描く軌道が尋常ではない。まるでジグザグに動いているような急激な旋回を可能としている。
銀帝の挑発的な視線が、様々な角度からウリエルに降り注がれる。
ついて来られるか――と言わんばかりの笑みが浮かんでいる。
「いいでしょう」
ウリエルは感慨深げに言い、精緻な指をぐっと握りしめた。
「主より神器をいただいた身として、どこかでこういう敵を求めていたところです――――上等です」
大天使は、ばちっと小さな雷を放ち、その場から消えた。
***
それは天変地異を見ているような熾烈な戦いだった。
ウリエルは四枚の聖羽を巧みに動かし、銀帝を追いかけながら、槍を突き立てる。
銀帝は全身に赤い熱波を纏いつつ、長い爪と尾を中心に攻撃をしかける。
槍と爪。
蹴りと尾。
互いの一部がぶつかりあう度に、腹の底に響くような重低音が広がり、衝撃波が周囲の建物を吹き飛ばしていった。
「だいぶ息が上がっているぞ」
「あなたに言われたくはないですね」
ウリエルが投げたビルのような大きさの光の槍が、銀帝の喉元をかすった。
本当は致命の一撃になるはずだった。
しかし、紙一重でかわした銀帝はだらだらと青い血をふき出しながらも、降臨書を取り出し、不思議な力で癒してしまう。
対するウリエルもまた、肩を抉った爪の傷に白い羽を纏わせて回復する。
時間にしてほんの数分。
けれど、あまりに早すぎる攻撃の応酬は、余人の目に止まることはなく互いを深く傷つけていた。
「自分で回復までできるとは忌々しいやつ」
「言葉はそっくり返しますよ」
「竜でもないのにその強さとは感服するがな」
「私の方こそ。大天使がここまで手こずるとは思ってもいませんでしたよ」
白い光と赤い熱波は何度も何度も衝突し、まるで隕石のように町に落下し、すぐに空中に戻って対峙する。
町はまるで爆撃後の戦場のような惨状だった。
ウリエルはそれを苦い思いで見ていた。
――このままではリリ様に顔向けができない。あの方の右腕である大天使の私がこの様では。
焦燥感がじりじりと心を焼く。
「仕方ない」
ウリエルは町の被害が増えることを覚悟した。
銀帝に気づかれないように、できるだけ人が少ないエリアに誘い込む。激しく攻撃をくらったフリをして、狙いすました場所に細工し、また飛びあがって別の場所に移動する。
「どうした、どうした! さっきまでの威勢は!」
「操りやすいところは好印象ですよ」
ウリエルは砂埃を払って、ビルのような大きさの槍を生成した。
斜め45度で上空に向けて切っ先が向く。
一度は大きなダメージを与えた攻撃に、銀帝が急激に速度を落とし警戒する。
ウリエルはそれを見て微笑み、空中とは真逆の大地に向けて突き刺した。
途端、白い光の筋が八本に分かれて大地を走る。
密かに設置した魔法に光がぶつかると、そこから光の柱が空中に一気に伸びた。
「これは……」
銀帝の戸惑いをよそに、伸びた光が遥か上空で合流する。
大地から三角錐が伸びたような光景だった。
「《大天使の牢獄》――ちょろちょろと動かれると面倒なので、まずは逃げ場を無くそうかなと」
ウリエルが両手を前に突き出し、拳を握り込む。
すると、広大な面積を覆っていた《大天使の牢獄》がずずっと音を立てて縮んでいく。
それでも、小さな集落くらいなら呑み込んでしまいそうなほどだ。
「痛感しましたが、降臨書とやらが邪魔ですね。少しダメージを与えても、すぐにそれが癒してしまう。それなら、永遠にダメージを与え続けて本体を破壊すべきだ」
ウリエルが雷魔法を片手に纏い、《大天使の牢獄》に触れた。
瞬く間にそれが吸い込まれ、光の柱を通っていく。銀帝に近い場所で、突如、矢に形を変えて体を貫いた。
のけぞった銀帝が目をいからせる。
「今さら、この程度で」
「わかっていますよ」
貫通した雷の矢は別の柱に吸い込まれ、また昇っていく。
そして新たな矢となって、銀帝を打ち抜いた。
「この結界はまさか……」
「察しのとおり、打ち消さない限り雷魔法が永遠に続くエリアです。作成に時間はかかるのですが、逃げることもできないので……まあ、永遠に私のターンができるといったところですね。始めますよ」
ウリエルの全身が雷に覆われ、髪が逆立った。
そして、腕に集約した雷を、《大天使の牢獄》に移行していく。
永遠にとは言ったものの、それは自分のMPが続く限りという条件がある。
ウリエルにとっても大きな賭けだった。
瞬く間に、白い光が次々と立ち昇った。無数の雷の矢が生成され、雨嵐のように銀帝を打ち抜き始めた。
「ぉぉおおおおっ」
銀帝は体を小さく丸めて防御態勢に入った。
だが、雷の矢はそこに躊躇なく襲いかかる。ウリエルは額に汗を浮かべてさらに雷魔法を注ぎ込む。
《大天使の牢獄》の中、目で追えない速度の矢が、まるでキャッチボールでもするように飛び交う。
端から見れば、光輝く三角錐にしか見えないだろうが、その内部は生物の存在を許さない地獄のような光景だった。
銀帝がたまりかねて防御を解いた。
すでに羽はぼろぼろだ。高速でブレスを吐いたものの、背中側から無数の矢が貫通する。
ブレスで相殺した矢も、ウリエルがすぐに雷魔法を補充してしまう。
最大MPの差が徐々に表れていた。
「これはまずい……」
銀帝が柱の間を狙ってすべり込む。
だが、バチっと音を立てて見えない壁が阻む。この牢獄そのものが、雷魔法の集大成のようなものなのだ。
銀帝は深く息を吸った。
牢獄の壁を破壊するつもりだ。しかし、それを見逃すほどウリエルは甘くない。
動きを止めた銀帝に向けて、ウリエル自身が飛びあがり、巨大な雷の矢をがら空きの背中に打ちこむ。
牢獄内で飛び交う雷魔法の数倍の威力。
銀帝は落下しかけたもののホバリングで耐える。だが、そこに無数の矢がまた降り注ぐ。
「あれも、降臨書の力というわけですか」
銀帝の体の周囲に、四匹の竜が突然現れた。
降臨書から召喚したのだ。
自身のダメージを一時でも下げるための盾だが、数本の雷の矢で消滅してしまう。
☆9の大天使の攻撃の前には数秒と持たないのだ。
「ぐぅぅぅっ――」
数の暴力を受けて、とうとう銀帝が落下した。
だが、雷魔法は手を緩めない。執拗に矢で打ち抜き、攻撃を繰り返す。
ようやくウリエルが攻撃を止めた時――
大地は無残に抉れ、建物は影も形もないほど消滅していた。
銀帝は羽と尾を完全に失い、わずかに呼吸を保っていた。体の隣には古ぼけた降臨書が焼け焦げた状態で転がっている。
彼は死の淵にいた。
「ようやく……ですか」
ウリエルは息を切らせながら言葉を口にした。
銀帝の瞳はあらぬ方向を見ている。
「こ……んな……最期など……」
「私の、記憶に……留めてあげるので光栄に思いなさい」
ウリエルは深く息を吸い、右手と左手に槍を生成した。
降臨書と銀帝を同時に貫く――そうすれば完全な死に至る、という妙な直感があった。
だが――
その寸前、何かが空中から降ってきた。
半身を失った人間だった。
いや、人間ならそもそも死んでいる傷だ。目が紅い――ヴァンパイア。
そのヴァンパイアが憐れむような表情を浮かべた。
「銀帝ともあろうものが、この様とはな。落ちぶれたな」
「その声は……サカネか。そう言うお前も、気配が弱いぞ」
「手ひどくやられたのさ」
「俺も……だ……まさか、これほどの敵がいるとは思わなかった……」
死の寸前にいる銀帝とヴァンパイア。
諦めの境地に立つような、銀帝の落ち着いた言葉。
しかし――《烈剣》サカネは、ひび割れたように笑っていた。
「ああ、いい状態だ。すばらしい」
「……なに?」
「こんなに貴様が弱っているなんて。ああ……何ていい日だ」
サカネはちらりとウリエルに視線を向け、くつくつと喉奥を鳴らす。
いつの間にか空中に降臨書が浮かんでいる。
ウリエルの背中をぞわぞわと何かが這うような感触が走った。
嫌な予感。
「《融合》」
サカネの言葉はひどく冷静だった。
突如、体の芯から熱を奪うような冷気が一帯に広がり、白い靄が覆った。
ウリエルは異様な気配を感じて空を見上げた。
《大天使の牢獄》を越える大きさの『真っ黒な教会』が浮かんでいた。
入り口には人間の頭骨をドアノブに仕立てた意匠の扉。
屋根の上には逆さになった十字架が立ち、それを数多の種族の像が崇めるように囲っている。窓は一つもない。
呼吸でもするように、どす黒い瘴気が噴出された。
そして、はっと気づく――銀帝とサカネの姿が消えているのだ。
降臨書が二冊とも消えている。
扉がぎいっと音を立てて開いた。
何かが、足音を鳴らして出てきた。
「こ、こんなことが……」
現れたのは、人型のシルエットを有する首の長いヴァンパイアだった。彫刻のようにシンメトリーな顔には吊り上がった紅い瞳。
全体的に紫がかった体色で、ところどころ金属の光沢を放つ鱗があった。さらに手が四本あり、長く太い尾が体に巻きつくように蠢いている。
「とうとう……とうとう到達した。これが☆10の聖域か」
サカネと銀帝の声が同時に重なるような奇妙な濁声が、歓喜に打ち震えていた。
《真っ黒な教会》が溶けるように消えていく。
「また降臨書の力か……めんどうな」
「私は『悪神ヴァリス』……初めましてになるな、大天使ウリエル」
旧知の友にかけるような柔らかい表情を浮かべたヴァリスは、音もなくウリエルに近づいた。
そして、とん――と胸を押した。
四枚の白い聖羽を持った銀髪の男が、ふわりと舞い降りる。
あまりに落ち着き払った態度にはふてぶてしさすら感じる。
「誰だ、お前」
「初めまして。僕はウリエル。偉大なる主の配下の一人だよ」
「知らんな。さっきのやつらの仲間か?」
「仲間とも言うし、仲間とも言えないかも」
「かたき討ちにでも来たのか?」
「僕の話を聞いていましたか? まだ彼らを部下に勧誘できますよって言ったんです」
「何を言っている?」
「察しが悪いですね――彼らは、ちゃんと生きていますよ」
「は?」
ウリエルは優雅な動きで人差し指を立て、遠くの建物を指さした。
誘導されるように首を向けた銀帝は、かっと目を見開いた。
ディアッチの姿が見えたのだ。しかも肩にウーバ。足元にはシャロンとミャンまでいるではないか。
「ばかなっ! あいつらは確実に死んだはず!」
「死んでいないから、あそこにいるんですよ」
銀帝は驚愕の表情をウリエルに向けた。
涼しい顔で肩をすくめたウリエルは、バチっという音を立てて、手に何かを生成した。
白銀色に輝く、短めの手槍だ。
「さあ、次は僕が相手をしましょう。数だけ多いアンデッドや下級の竜の相手はそろそろ飽きていたところなので。見たところ、あなたはかなり強そうで楽しみですよ」
「なにぃ? でかい口を叩くなよ、小僧。どんな手品を使ったか知らんが、首をねじり切ったあと、お前の仲間にも確実に止めを刺してやる」
「どうぞ、どうぞ。ご自由に。では始めさせていただきますね」
ウリエルはそういって微笑を浮かべたまま、手槍を投げた。
***
銀帝の顔色があからさまに変化した。
猪口才な攻撃だと思い、羽で打ち払ったはずの槍が、見事に貫通しているではないか。
さらに槍は姿を溶かし、雷撃のダメージをスポットで与える。
「これは……」
「まだほんの小手先ですよ」
静かな声に、銀帝がはっとなって首を上げた。
何ということか、ウリエルの背後に無数の槍が浮かんでいる。重力を感じさせない発光する刃が、今か今かと銀帝を見下ろすように用意されている。
「《大天使の試練》と呼称していますが、大半の者には死刑執行と変わりありません。まあ、あなたは切り抜けられそうですが」
ウリエルが片腕を顔の横から真下に振った。
我先にと光の槍が飛来する。
「数が多ければいいんじゃないぞっ!」
銀帝は頭に血を上らせて息を吸った。
空中に槍が浮かぶ光景に、一瞬でも息を呑んだ己が許せなかった。
銀帝の口内が赤く染まり、高熱の炎が噴出された。
炎と光のぶつかり合い――
怒涛の勢いで正面から互いを叩き潰す光景は、この世の終わりを見るかのような迫力があった。
「やりますね」
ウリエルは真面目な顔で感心し、「では、追加を差し上げましょう」と、逆の手を天に向けた。
また無数の槍が瞬時に形成される。
銀帝が一瞬ぎょっとしたが、すぐに態勢を立て直して、またブレスの動作を始める。
そして、すぐに落ちる槍の群れ。
銀帝の周囲は音を立てて爆散し、砂煙がもうもうと舞った。
ようやく炎と光の双方が力を失うと、
「二度の試練を耐えましたか」
「お前、何者だ……」
銀帝の体に、幾筋もの青い線が描かれていた。
深い青という竜族特有の色をした血が、数多くの傷口からふき出しているのだ。
銀帝が呼吸を行うたびに、小さく音を立てて新たな血が零れ落ちる。
さらにその場所は雷魔法の追加効果を受けて、黒く焼け焦げている。
と、突如、銀帝が空中に向けて長い尾を真一文字に振った。
そこはウリエルが浮かんでいる場所。
「速い……」
尾は虚しく空を切った。
わずかに位置をずらしたウリエルが、瞳の奥を光らせて銀帝の動きを観察する。
「その上、俺のブレスを突破してくる攻撃か……」
「本当に驚きましたよ。見た目以上に、あなたは強い。この短時間ですが得体の知れない何かを感じる」
微妙にかみ合っていない会話だが、二人は本心を吐露していた。
俺と戦えるものなどいない――その自信が揺らごうとするのを押しとどめる銀帝。
一撃で終わるだろう――見通しが甘かった、という反省を口にするウリエル。
形は違えど、互いの強さを認めた瞬間であった。
「未だに信じられんが、俺にこれほどのダメージを与えたのはお前が初めてだ。久しく忘れていた感覚だ」
「光栄ですね」
「だが、調子には乗らないことだ」
そう窘めた銀帝の眼前に、古い本が浮かんだ。降臨書だ。
それは自動的にパラパラとページを送り、とある場所で止まる。
「お前は相当素早いが、降臨書を持っていないことが敗因だ」
銀帝の体の輪郭がぼやけ始める。
はちきれんばかりの巨体が、ぐぐっと奇妙な音を立てて縮み始めた。
まず足。手。羽に首。みるみる細く短くなる。
鈍重で短足な竜に変化したと思ったのも束の間、まるで体内に引きずり込まれるように本体がぎゅうっと圧縮されていく。傷口も見事に塞がっていく。
ウリエルが唖然として眺めているうちに、銀帝は――
「驚いたか? 降臨書の更新の過程で手に入れた、俺の第二形態だ。見せるのは初めてだがな」
体の全てが急激に縮んでいた。
ディアッチを大きく超える巨体が、わずか2、3メートルほどの竜に変化している。
「小さくなっただけでしょう」
ウリエルは皮肉気に言いつつも油断なく警戒する。
目の前から感じるプレッシャーは明らかに強大に変化したからだ。
そんなウリエルだからこそ――
突如、高速で飛び立った銀帝の姿を捕らえることができたのだ。
「これは……」
ウリエルは驚愕していた。
銀帝の速度が爆発的に上昇したからだ。巨体を捨てた速度重視の形態。
しかも、空中で描く軌道が尋常ではない。まるでジグザグに動いているような急激な旋回を可能としている。
銀帝の挑発的な視線が、様々な角度からウリエルに降り注がれる。
ついて来られるか――と言わんばかりの笑みが浮かんでいる。
「いいでしょう」
ウリエルは感慨深げに言い、精緻な指をぐっと握りしめた。
「主より神器をいただいた身として、どこかでこういう敵を求めていたところです――――上等です」
大天使は、ばちっと小さな雷を放ち、その場から消えた。
***
それは天変地異を見ているような熾烈な戦いだった。
ウリエルは四枚の聖羽を巧みに動かし、銀帝を追いかけながら、槍を突き立てる。
銀帝は全身に赤い熱波を纏いつつ、長い爪と尾を中心に攻撃をしかける。
槍と爪。
蹴りと尾。
互いの一部がぶつかりあう度に、腹の底に響くような重低音が広がり、衝撃波が周囲の建物を吹き飛ばしていった。
「だいぶ息が上がっているぞ」
「あなたに言われたくはないですね」
ウリエルが投げたビルのような大きさの光の槍が、銀帝の喉元をかすった。
本当は致命の一撃になるはずだった。
しかし、紙一重でかわした銀帝はだらだらと青い血をふき出しながらも、降臨書を取り出し、不思議な力で癒してしまう。
対するウリエルもまた、肩を抉った爪の傷に白い羽を纏わせて回復する。
時間にしてほんの数分。
けれど、あまりに早すぎる攻撃の応酬は、余人の目に止まることはなく互いを深く傷つけていた。
「自分で回復までできるとは忌々しいやつ」
「言葉はそっくり返しますよ」
「竜でもないのにその強さとは感服するがな」
「私の方こそ。大天使がここまで手こずるとは思ってもいませんでしたよ」
白い光と赤い熱波は何度も何度も衝突し、まるで隕石のように町に落下し、すぐに空中に戻って対峙する。
町はまるで爆撃後の戦場のような惨状だった。
ウリエルはそれを苦い思いで見ていた。
――このままではリリ様に顔向けができない。あの方の右腕である大天使の私がこの様では。
焦燥感がじりじりと心を焼く。
「仕方ない」
ウリエルは町の被害が増えることを覚悟した。
銀帝に気づかれないように、できるだけ人が少ないエリアに誘い込む。激しく攻撃をくらったフリをして、狙いすました場所に細工し、また飛びあがって別の場所に移動する。
「どうした、どうした! さっきまでの威勢は!」
「操りやすいところは好印象ですよ」
ウリエルは砂埃を払って、ビルのような大きさの槍を生成した。
斜め45度で上空に向けて切っ先が向く。
一度は大きなダメージを与えた攻撃に、銀帝が急激に速度を落とし警戒する。
ウリエルはそれを見て微笑み、空中とは真逆の大地に向けて突き刺した。
途端、白い光の筋が八本に分かれて大地を走る。
密かに設置した魔法に光がぶつかると、そこから光の柱が空中に一気に伸びた。
「これは……」
銀帝の戸惑いをよそに、伸びた光が遥か上空で合流する。
大地から三角錐が伸びたような光景だった。
「《大天使の牢獄》――ちょろちょろと動かれると面倒なので、まずは逃げ場を無くそうかなと」
ウリエルが両手を前に突き出し、拳を握り込む。
すると、広大な面積を覆っていた《大天使の牢獄》がずずっと音を立てて縮んでいく。
それでも、小さな集落くらいなら呑み込んでしまいそうなほどだ。
「痛感しましたが、降臨書とやらが邪魔ですね。少しダメージを与えても、すぐにそれが癒してしまう。それなら、永遠にダメージを与え続けて本体を破壊すべきだ」
ウリエルが雷魔法を片手に纏い、《大天使の牢獄》に触れた。
瞬く間にそれが吸い込まれ、光の柱を通っていく。銀帝に近い場所で、突如、矢に形を変えて体を貫いた。
のけぞった銀帝が目をいからせる。
「今さら、この程度で」
「わかっていますよ」
貫通した雷の矢は別の柱に吸い込まれ、また昇っていく。
そして新たな矢となって、銀帝を打ち抜いた。
「この結界はまさか……」
「察しのとおり、打ち消さない限り雷魔法が永遠に続くエリアです。作成に時間はかかるのですが、逃げることもできないので……まあ、永遠に私のターンができるといったところですね。始めますよ」
ウリエルの全身が雷に覆われ、髪が逆立った。
そして、腕に集約した雷を、《大天使の牢獄》に移行していく。
永遠にとは言ったものの、それは自分のMPが続く限りという条件がある。
ウリエルにとっても大きな賭けだった。
瞬く間に、白い光が次々と立ち昇った。無数の雷の矢が生成され、雨嵐のように銀帝を打ち抜き始めた。
「ぉぉおおおおっ」
銀帝は体を小さく丸めて防御態勢に入った。
だが、雷の矢はそこに躊躇なく襲いかかる。ウリエルは額に汗を浮かべてさらに雷魔法を注ぎ込む。
《大天使の牢獄》の中、目で追えない速度の矢が、まるでキャッチボールでもするように飛び交う。
端から見れば、光輝く三角錐にしか見えないだろうが、その内部は生物の存在を許さない地獄のような光景だった。
銀帝がたまりかねて防御を解いた。
すでに羽はぼろぼろだ。高速でブレスを吐いたものの、背中側から無数の矢が貫通する。
ブレスで相殺した矢も、ウリエルがすぐに雷魔法を補充してしまう。
最大MPの差が徐々に表れていた。
「これはまずい……」
銀帝が柱の間を狙ってすべり込む。
だが、バチっと音を立てて見えない壁が阻む。この牢獄そのものが、雷魔法の集大成のようなものなのだ。
銀帝は深く息を吸った。
牢獄の壁を破壊するつもりだ。しかし、それを見逃すほどウリエルは甘くない。
動きを止めた銀帝に向けて、ウリエル自身が飛びあがり、巨大な雷の矢をがら空きの背中に打ちこむ。
牢獄内で飛び交う雷魔法の数倍の威力。
銀帝は落下しかけたもののホバリングで耐える。だが、そこに無数の矢がまた降り注ぐ。
「あれも、降臨書の力というわけですか」
銀帝の体の周囲に、四匹の竜が突然現れた。
降臨書から召喚したのだ。
自身のダメージを一時でも下げるための盾だが、数本の雷の矢で消滅してしまう。
☆9の大天使の攻撃の前には数秒と持たないのだ。
「ぐぅぅぅっ――」
数の暴力を受けて、とうとう銀帝が落下した。
だが、雷魔法は手を緩めない。執拗に矢で打ち抜き、攻撃を繰り返す。
ようやくウリエルが攻撃を止めた時――
大地は無残に抉れ、建物は影も形もないほど消滅していた。
銀帝は羽と尾を完全に失い、わずかに呼吸を保っていた。体の隣には古ぼけた降臨書が焼け焦げた状態で転がっている。
彼は死の淵にいた。
「ようやく……ですか」
ウリエルは息を切らせながら言葉を口にした。
銀帝の瞳はあらぬ方向を見ている。
「こ……んな……最期など……」
「私の、記憶に……留めてあげるので光栄に思いなさい」
ウリエルは深く息を吸い、右手と左手に槍を生成した。
降臨書と銀帝を同時に貫く――そうすれば完全な死に至る、という妙な直感があった。
だが――
その寸前、何かが空中から降ってきた。
半身を失った人間だった。
いや、人間ならそもそも死んでいる傷だ。目が紅い――ヴァンパイア。
そのヴァンパイアが憐れむような表情を浮かべた。
「銀帝ともあろうものが、この様とはな。落ちぶれたな」
「その声は……サカネか。そう言うお前も、気配が弱いぞ」
「手ひどくやられたのさ」
「俺も……だ……まさか、これほどの敵がいるとは思わなかった……」
死の寸前にいる銀帝とヴァンパイア。
諦めの境地に立つような、銀帝の落ち着いた言葉。
しかし――《烈剣》サカネは、ひび割れたように笑っていた。
「ああ、いい状態だ。すばらしい」
「……なに?」
「こんなに貴様が弱っているなんて。ああ……何ていい日だ」
サカネはちらりとウリエルに視線を向け、くつくつと喉奥を鳴らす。
いつの間にか空中に降臨書が浮かんでいる。
ウリエルの背中をぞわぞわと何かが這うような感触が走った。
嫌な予感。
「《融合》」
サカネの言葉はひどく冷静だった。
突如、体の芯から熱を奪うような冷気が一帯に広がり、白い靄が覆った。
ウリエルは異様な気配を感じて空を見上げた。
《大天使の牢獄》を越える大きさの『真っ黒な教会』が浮かんでいた。
入り口には人間の頭骨をドアノブに仕立てた意匠の扉。
屋根の上には逆さになった十字架が立ち、それを数多の種族の像が崇めるように囲っている。窓は一つもない。
呼吸でもするように、どす黒い瘴気が噴出された。
そして、はっと気づく――銀帝とサカネの姿が消えているのだ。
降臨書が二冊とも消えている。
扉がぎいっと音を立てて開いた。
何かが、足音を鳴らして出てきた。
「こ、こんなことが……」
現れたのは、人型のシルエットを有する首の長いヴァンパイアだった。彫刻のようにシンメトリーな顔には吊り上がった紅い瞳。
全体的に紫がかった体色で、ところどころ金属の光沢を放つ鱗があった。さらに手が四本あり、長く太い尾が体に巻きつくように蠢いている。
「とうとう……とうとう到達した。これが☆10の聖域か」
サカネと銀帝の声が同時に重なるような奇妙な濁声が、歓喜に打ち震えていた。
《真っ黒な教会》が溶けるように消えていく。
「また降臨書の力か……めんどうな」
「私は『悪神ヴァリス』……初めましてになるな、大天使ウリエル」
旧知の友にかけるような柔らかい表情を浮かべたヴァリスは、音もなくウリエルに近づいた。
そして、とん――と胸を押した。
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