転生幼女な真祖さまは最強魔法に興味がない

深田くれと

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69 みーんな成長してるんだよね

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 アイランをしばらく探したけれど、結局見つけることはできなかった。
 ダックワーズはお預けになってしまった。
 まあ、本気で探すなら建物に昇ってビューポイントで目を凝らせば見つかるはず。
 でも、せっかくのお祭りだし時間がもったいない。それに、またどこかで会うだろう。
 私は気の向くままにお祭りの様子を見て回る。
 ふと、白雪城はどんな様子なのか気になった。

「誰か残ってるのかな」

 独り言をつぶやき、歩を進める。
 今までどおり、様々な食べ物をアイテムボックスに放り込みつつ、自己満足の食レポをしつつ、平屋根の城にたどり着いた。

「あれ? 門番いない?」

 首を傾げつつ入口の門を押し開ける。いつもならこの廊下を進むと美女軍団の列が出迎えてくれるところ、今日はしんと静まり返っている。
 さすがに町をあげてのポーレット祭なので、全員出払っているんだろうか。

「いるじゃん」

 シックなメイド服に身を包んだ集団が最奥の大広間の扉の前に身を寄せていた。
 全員が同じ方向――門のわずかなすき間から奥を覗いているようだ。
 中には肩車をしているメイドまでいる。

「どうしたの?」

 一番外にいたメイドに声をかけると、彼女は慌てて振り返り「リリ様」とちょっと驚いた顔をした。

「どうぞお静かにお願い致します」
「何かあったの?」
「決闘です」
「決闘?」
「はい。すさまじい真剣なやり取りが今まさに」

 メイドは綺麗な面差しを向けつつも、すぐに扉の間に視線を向けなおした。
 私は首をひねりつつ、四つん這いになって彼女たちの足下の隙間を潜り抜けた。
 大広間はいつも通り殺風景だったけれど、そこには見知った二人が、さながら決闘のように距離を空けて向かい合っていた。

 西――嗜虐翁ディアッチ
 東――宰相ウーバ

 右のウーバに視線を向ける。
 そこには異様な熱が存在した。
 余人が立ち入ることを許さない、見ていて甘酸っぱく、胸がぎゅっと詰まるような緊迫感が、ひしひしと伝わってくる。
 ウーバの衣装はとても煌びやかだった。
 いつかのBBQのときのように清楚さを重視したものから一転、どの絵本の物語から飛び出してきたのだろうと錯覚するような漆黒のドレスに身を包んでいる。
 盛った金髪の上でまぶしいティアラが輝き、形の良い耳たぶには銀光を放つイヤリングが煌めいている。
 瑞々しい桃色の唇にはすうっと薄紅が引かれ、頬は上気したように紅が差している。
 完全に花嫁だ。

 だというのに――

 相対する巨体を仁王像のように立てたディアッチは、真っ赤な甲冑を身に着けており、今にも戦場に駆けつけんとする赤備えのようだ。
 兜が無いだけで、武将の鎧、当世具足そのものなのだ。

「これ……どうなってるの」

 人知れずつぶやいた私の背中を冷や汗が流れた。
 絶対にこの二人はかみ合ってないと思う。
 脳裏にいやーなやり取りが蘇る。

『ディアッチは最初から大きな勘違いをしてるの』
『勘違い……ですか?』
『そうよ。よく聞いてね――ウーバは、あなたに尊敬の念を抱いているわけじゃない。もっと……大切で、熱くて……ときどき恥ずかしくなる……あれよ。そう、あれなの。わかる?』
『我の……勘違いだったとは。その可能性はまったく考慮しておりませんでした。しかし、主がそう言うのであれば、間違いないのでしょう。たしかに、我とウーバの立場は近い』

「ぜ、ぜったいあれが原因だ……」

 顔から血の気が引いていく音が聞こえるようだ。
 そんな私の気持ちをよそに、二人の会話が始まった。


 ***


「ウーバよ、呼び出してすまなかった」
「いいの。それで……その……何の用事?」

 床を見ていたウーバが少し潤んだ瞳を、ちらっ、ちらっとディアッチに向ける。
 その視線を受け、ディアッチがひるんだのか「んん」と頼りない咳ばらいをする。
 この時点ですでに私は飛び出したい気持ちだった。
 メイドたちはしかし、誰もが熱っぽい瞳でそれを眺めのどを鳴らしている。
 なかなか次の言葉を口にしないディアッチに、ウーバがじれたような表情で言う。

「その……外れてるかもしれないけど、ちょっとはこれかなぁって思ってることが私にもあって」
「そ、そうか……」
「だって、盛装してきてほしいって……そういうことかなって思って。よくわからないけど、結構がんばったっていうか……」
「う、うむ……」
「ディアッチも、よく似合ってるよ。その鎧……しょ、勝負服みたいなものなんだよね?」
「ま、まあ……勝負服……だろうな」

 ディアッチが視線をふっとそらした。
 真正面から表情が見える。浮かんでいるのは困惑と恥じらい。
 ウーバはそれにまったく気づいていない。照れ照れのサキュバスは、両手を腰の前で組みつつ、指をもじもじさせている。
 いじらしいほど初心な仕草だ。
 そのまま、無言の時間が流れる。
 またウーバが先に口を開く。

「私から言うのもありかなって思うけど……私は、あなたの口から聞きたいの……」

 甘く蕩けるような声だ。私の胸がきりきり痛む。
 まさかの最後通告だ。
 もうサキュバスも我慢の限界なのだ。

「わかって……いる」

 ディアッチは視線を床に落とし、何度か首を横に振った。
 悩んでいるのだろう。

「ウーバ、我は……」

 言葉を切ると、ぐっと瞳に力が入った。

「そなたの気持ちに気づいていた」
「……うん」

 ウーバが潤んだ瞳を向け、口角を引き結んだ。
 正面からディアッチの言葉を受け止めようとする、彼女の誠意がにじみ出ていた。

「大切で、熱く……時に面映ゆい。昔の我は、そんな気持ちを抱いたことがなかった」
「うん……」
「だが、そなたが正面から向けてくる敬意に、我の気持ちは少しずつ変わっていった」
「うん……敬意?」
「プルルス様の部下として同格でありつつ、それ以上の関係ではなかったはずなのに、日に日にそこから一歩進んでみたいと思うようになった」
「うん……うん!」

 ディアッチが言葉を切って、照れくさそうに瞳を逸らす。
 ウーバは柔らかい表情でほほ笑んだ。
 そのまま、少しの時間が流れた。
 そして、沈黙を嫌うようにウーバが促した。

「それで? ディアッチはどう思ったの?」

 ディアッチはその言葉にぎゅっと目を閉じた。
 何かを懺悔するような、悔いるような、思いがけず複雑な表情だった。

「それは…………主に相談した」

 ディアッチが長い時間をかけ、申し訳なさそうに、大きなため息をついた。
 肩の力が一気に抜けたように見えた。 

「…………んん?」

 ウーバの顔がみるみる色を失った。
 目をゆっくり細めた彼女は、鋭い視線を扉の隙間に向けた。

 ――げっ、気づかれてた。

 と、メイドたちが慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げ、あっという間に私は一人となった。
 後ろから「あとで結果だけお願いします」というメイドの声が聞こえた。
 そんな一幕にまったく気づいていないディアッチの言葉が続く。

「この気持ちの正体がわからなかった。だが、主の言葉で合点がいった」
「そう。一応聞くけど、どんな気持ちだったの?」

 ウーバの声が北極の氷より冷たく響いた。
 もう結果は見えているのだろう。

「ウーバよ、我と義兄弟の契りを交わそうぞ!」
「うん……氷魔法――ニクス」
「ぐぉぉぉっ、ウーバ、なぜ、なぜ攻撃を!? 大切で、熱い兄妹魂を持っているのではないのか!? 我はその相手としては不十分なのか!?」
「0点。もう少し勉強してきなさい。ふん――」

 あっさり氷漬けになったディアッチが大広間で巨体を倒した。
 その彫像につかつかとヒールを鳴らして近づいたウーバが、一発蹴りを喰らわせた。
 カツンと硬質な音が鳴る。
 同時に「ほんと……ばか」と掻き消えそうな声でつぶやき、踵を返した。

「さあ、リリ、バカの相手も終わったし、どっか食べに行きましょ」

 ウーバは振り返ることなく、晴れ晴れとした笑みを浮かべ、扉の前で固まっていた私の手を引っ張り上げた。

「……いいの?」
「ほっときなさい。あんな根性無し」

 そう言った彼女は、ティアラを乱暴に放り投げ、ぐしゃぐしゃと金髪をかき乱した。さらに黒いドレスを無造作に脱いで下着姿になると、颯爽と自室に戻り、いつもの煽情的な服と靴を身に纏う。
 ウーバは無言で白雪城を出た。
 少し離れたところで、私は恐る恐る尋ねた。

「ほんとに……いいの?」

 その問いの意味は、さっきとは違う。
 ウーバはそれでも顔を向けずに「いいの」と答えた。

「これは独り言」

 彼女がぽつんと言った。
 私はこくんと頷いた。

「あいつが準備してるのは知ってた――指輪もね。どんなに隠したって城のことが私の耳に入らないはずないじゃない。ましてあんなに目立つ男よ」
「うん……」
「ずっと見てたサキュバスの私が、あいつの心の動きがわからないはずがないじゃない。今はもう……鈍感のフリしてるだけ」
「そうかもね……」
「土壇場で日和ったのが最悪。途中で怖くなったのよ。私もあんなに準備して逃げ道塞いだのに」
「今の関係を壊したくなかったんじゃない?」
「知ってる。でも、自分から呼び出したなら腹くくりなさいよ。ほんとバカで意気地無しなんだから」

 ウーバはぷりぷり怒って「あっ、あれ美味しそう」と忘れたように話を変える。
 彼女は焼きリンゴのようなものを二つ買って、一本を私に差し出した。

「まあ、でも」ウーバは一転して悪女のように笑顔を浮かべる。

「朴念仁からはだいぶ前進してきたし、あと一歩ね」
「だいぶ尻に敷かれそうな未来が見えるなぁ」
「当然でしょ。私の伴侶になるんだから、私を第一に考えないとダメ」

 ウーバは嬉しそうにそう言って、ひまわりのように笑った。
 言葉とは裏腹に、頬に朱が差し顔には毒気など少しも見当たらない。
 純朴で、ただ想い人のことをずっと考える少女そのものだった。
 この人には、私の助けなんていらなかったな――と心から反省した。
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