上 下
60 / 80

60 お外なんてっ!

しおりを挟む
 白雪城、入口門前。
 非常に端整な顔立ちの女性が二人、軽鎧に身を包み、瞳を紅く輝かせている。
 間違いなくヴァンパイアだ。
 武器は槍斧とも呼ばれるハルバード。
 ポーレットの前に二本のハルバードががしゃんと音を立ててクロスする。
 正直に言って、ちびりそうだった。

「プルルスいる?」

 ポーレットと手を繋ぐリリが、通りを歩く知り合いに声をかけるかのような気軽さで尋ねた。自分よりもずっと小さな子供に手を引かれていると思うと情けない。
 しかし、彼女ののどは硬直したように動かないし、足がふわふわしていて大地を踏みしめている感覚がなく、手を引かれなければまともに歩けそうにない。

「ポーレット様も、胸を張ってください」

 背後からメイブルンがこっそり耳打ちしてきた。
 そんなことはわかってる――と、怒鳴りたい気持ちが、一瞬胸に去来して、瞬時に通り去った。なにせ、ここは仇敵の居城。
 因縁のヴァンパイアの根城なのだ。緊張するなという方が無理だ。

「大丈夫ですよ。先日ここに来た宰相も、ちゃんと戻ってきたでしょう。別に獲って喰われるわけではないようですし」

 そんな思いを知ってか知らずか、メイブルンが言葉を続けた。
 確かに、「上納金を無くしてほしい」と伝えるように送った宰相は無事に帰ってきた。「教祖様は話を聞いてくれました」と聞かされた時には耳を疑ったが。

「し、しし、しかし……」

 歯の根が合わない。なんて、か細い声だ。
 ぐいっと手を強く引かれた。いつの間にかリリの話は終わったらしい。
 幼女は、あどけない顔で振り向き「ちょうど、暇してるって」と事も無げに言う。

「国のトップ同士、ちょうど話ができそうで良かった」
「まままま、ま、待って」

 懇願の声は無視された。いや、たぶん聞こえていないのだ。
 なにせ、ほとんど声が出ない。自分に聞こえたのは幻聴だ。
 おろおろしている間にも、ものすごく高い天井の通路を抜け、二列に並んだ美姫メイドの歓迎を受け、圧巻の内装に言葉を失っているうちに、大きな両開きの扉の前に出た。

「随分と明るい雰囲気に変わりましたね」

 メイブルンがほうっと感心するように言った。彼は以前の朱天城の時代を知っているので、比較しているのだろう。
 もちろんポーレットはまったく知らない話だ。

「以前の城は、少々過激でしたから」
「まあね……趣味悪かったし」

 メイブルンとリリが、顔を見合わせて苦笑する。
 ヴァンパイアの趣味の悪い城――豊かな想像力が、次から次へと恐怖の映像を頭に送り込んで来て気を失いそうだ。
 だいたい、彼女は教祖プルルスにも嗜虐翁ディアッチにも会ったことがない。
 訓練は城内でしていたし、過保護な親の教育で、ほとんど部屋の中にいたのだ。

「ねえ、そっちの子、大丈夫?」
「ひぅっ!?」

 鈴を転がすような透き通った声がかかって、ポーレットは全身を硬直させた。
 いつの間にか、目の前に絶世の美女が立っていた。
 真っ黒な水着のような衣装に身を包んだ豊かな体躯。尖った耳に青い瞳。ウェーブのかかった髪は金色で精緻な彫刻のようだ。背には蝙蝠のような羽。腰には自在に動く細い尾。
 噂に聞くサキュバス参謀で、白雪城の幹部だ。
 ポーレットの喉がさらに干上がっていく。緊張で動悸がひどく、体は金縛りにあったように重い。

「あっ、ウーバもいたんだ」
「そっちの子、誰なの? 顔色悪いけど」
「ポーレットさんだよ」
「ポーレット? アメリ・ル・ポーレット? 国王じゃない。なんて人連れてくるのよ。付き人を見て、もしやとは思ったけど」
「色々あって、一度プルルスと直接話をした方がいいかなって思って」
「だとしても、一応、準備とかあるのよ。また、無計画にこういう無茶をしちゃうんだから。せめて私に相談してからにしてよね」
「ご……ごめんなさい」

 傍若無人な振る舞いをしていたリリが、ウーバに怒られてしおしおと小さくなった。
 アイスクリームを食べていた時とは全然違う姿だ。
 もしかして、このサキュバスはリリより立場が上――そう考えたポーレットはさらに冷や汗を流した。
 時折自分に向くウーバの視線が品定めをしているように見える。
 つまり、この人のお眼鏡にかなわなければ、絶望的ということだ。

「とりあえず、そっちの部屋に入ってちょうだい」

 ウーバが通路に面した扉の一つを指さした。
 なんの変哲もない木製の扉だ。
 これは教祖プルルスに会う前の試験かもしれない。

「さあ、どうぞ」

 ウーバが扉を開けて全員を誘う。
 部屋に入る瞬間にちらりと後ろを盗み見た。
 何かリリに耳打ちしている。すると、リリはさらに恐縮して身を縮こまらせた。
 下がった視線と、ハの字に曲がる眉。
 ポーレットの耳がわずかに聞きとれた言葉は――
『こんな……子………………悪い……殺され…………』

「――っ」

 早鐘のように心臓が鳴る。
 ポーレットは、必死に頭を働かせ、生き延びる為の行動を考えた。
 味方はメイブルンしかいない。二人で生きて帰る為にはどうすれば良いのか。
 沸騰するほど額が熱くなったとき――

「大したものじゃないけれど」

 テーブルについていた彼女の前に、白磁のカップが差し出された。
 中には茶色く透明の液体。湯気が昇っている。受け皿にはレモンの薄切り。
 さらに、もう一枚の皿が並んだ。
 どこかで見た顔のイラストが入ったカステラが二切れ。

「少し、リラックスしてから、会いにいきましょう。そんなに緊張していたら、まともに話もできないでしょうから。プルルス様も、本当に悪い人じゃないから安心して」
「……へ?」
「ごめんなさいね、こんな重大な話を。どうせリリに、近くの店に野菜を買いに行こうみたいな気軽さで連れて来られたんでしょ? わかるわ」
「え……ええ」
「そういうの多いのよ」

 ウーバがポーレットに、にこりと微笑んでから、ジトっとした目をリリに向けた。

「少しは気を遣ってあげなさい。教祖プルルスと聞いて、ステップ踏んで飛んでくるのはあなたくらいなのよ。まして、人間の王を気軽に連れてくるものじゃありません」
「ごめんなさい……お母さん……」
「誰がお母さんよ。全然反省してないなら、シャロンを返してもらうから」
「あぁっ、嘘です、嘘! めっちゃ反省しました!」
「その反省は、三日もつかしらねぇ」
「ほ、ほんとに! 海より深く反省してます!」

 リリがテーブルに頭をこすりつけんばかりに謝罪する。
 ポーレットはわけがわからず、首を回してメイブルンに目で尋ねた。
 ――どういうこと? と。
 彼は「色々あるのでしょう」と苦笑を浮かべるだけだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...