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58 危地で出会った初めての

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 ちっちゃなケーキ屋さんの営業は順風満帆である。
 ヴァンパイアの王と嗜虐翁が全力で街を守ったという事実のおかげで、二人が生まれ変わったという噂が現実味を帯びた。
 当然、その二人と一緒に戦った私も同じだし、エリザやシャロンも同様だ。
 ちなみに二人とも大人の女性なので、町を歩いていて声をかけられることが急に増えたと言っていた。
 特に『真夜姫エルゼベート』と明かしていないエリザはとても評判がいい。
 見た目が見目麗しいエルフだし、スタイルも抜群だ。しかも、冒険者ギルドであっさり高難度のクエストをクリアし頭角を現すと、いつの間にかレンタル冒険者として色々なパーティに顔を出しているらしい。

「毎日、楽しいわ」そう言うエリザは、憑き物が落ちたように無垢な笑顔で笑う。
 幸せなのはとてもいいことだ。
 うちの材料集めも変わらずやってくれているし、エリザに任せていると心配がない。
 例の砂糖結晶すら、「ついでだから、200階まで探してくるわ」なんて男前なセリフを吐いて、颯爽と集めてくる。
 国民の間の、「いいヴァンパイアたちが、カステラを格安で作っている」という噂が客をさらに呼んでいる。
 おかげでお店は大繁盛だ。この調子で行けば、二号店も出せるとシャロンが誇らしそうに言っていた。
 そんなある日――お店に珍しい客が現れた。

「騎士団長のメイブルンさん?」

 茶髪を逆立てた大柄な男性がやってきた。しかも鎧姿で。
 カステラやケーキを求めて並ぶ客の中ではとても目立っていて、少し遠慮がちに私の名を呼んだ。

「私に、用事……ですか?」
「はい。ポーレット様から、手紙を預かっております」

 ポーレット? その名前が誰のものだったか思いつくまで――10秒以上かかった。
 正確には隣にいたシャロンの耳打ちが10秒後だった。
 アメリ・ル・ポーレットのことです――と。
 もう秘書にしたい。

「ああ、あの!」
「ええ、そのポーレット様です。ご存知とは思いますが」

 微妙に間の抜けたやり取りを交わしながら、それ以外の情報を必死に思い出そうと記憶を掘り起こす。
 そうだ。パセリ国王という不憫な呼び名の王様で、13歳の物静かで控えめで理知的な少女という評判の人だ。
 シャロンがそっと耳を寄せる。
 ――この国にはプルルス様がいるので、王の呼び名の衝突を避ける意味で、騎士もポーレット国王とは呼ばないのです。
 なるほど。そういう細かい情報は全然知らないね。
 というか、知らないことの方が多い。

「そのポーレット様が、私に手紙? どうしてですか?」
「あなたがカステラを渡しに来てくださったお礼、と聞いています」
「おお!」

 そう言えばそうだった。
 門番の人に、「もしかしたらお礼の手紙が届くかも」と聞いた気がする。
 でも――
 目の前のメイブルンさんをちらっと眺める。とても体格の良い美丈夫だ。騎士団長と言われても、すぐに納得できる風格がある。
 だからこそ、なぜこんな下っ端の仕事を、この人がしているのかがわからない。

「ここで手紙を開けてもいいですか?」
「もちろんです」

 上質な紙だ。封蝋を開けて、折りたたまれた紙を開いた。
 達筆な文字で、こう書かれている。

 ――カステラ、美味でした。お返しに当家特製のアイスクリームを食べに来ませんか? 一度お話しがしたいと思っています。

 そっと手紙を畳む。
 はるかに身長の高いメイブルンさんを見上げて言った。

「すぐ行きます」

 彼の顔がわずかにほっとしたように変化した。

「それは重畳。ポーレット様も喜ぶでしょう」
「はい! ぜひお願いします!」

 こうして私はポーレット城に登城することになった。


 ***


 格式高い城だった。
 元は白かっただろう壁は、歴史の長さで色が落ち着き、黄土色か茶色に近い。煉瓦を綺麗に修復したあとがあちこちにあった。
 内部に入って驚いた。内側は完全な白亜だったからだ。
 外と内。手が届くところはとても綺麗に手入れされている。
 淡い調光を放つシャンデリアが、赤い絨毯を照らし、なんとも言えない高貴さを感じさせる。

「すごいですねー。プルルスの白雪城より、ずっと歴史がある感じ」
「当城は私たちの誇りです」

 メイブルンさんは歩きながら視線を向ける。

「リリ様は、教祖プルルス様を、そのように呼ばれるのですね。仲が良いとは聞いていましたが」
「え……あ、まあ、色々とヴァンパイアつながりで……」
「近くで見ると教祖様はどのようなお方ですか?」
「近くで見ると? うーん、最近は自由なやつ……かな。結構、いい加減で適当だけど、フットワークは軽い感じ」
「普段は、どのようなことをなさっているのでしょう?」

 私は足を止めた。
 どうも尋問っぽく思えてきた。
 気づいたのか、メイブルンさんが振り返った。彼の顔は変わらず凛々しい表情だ。

「他意はありません。私は普段、教祖様のことを噂でしか知りませんので。近しい方はどう感じているのか気になりまして」
「普段は、よく寝てる……か、ワインを飲んでるよ」
「なるほど。自由な生活ですね。たまには変わりたいものです」

 彼は苦笑しつつ、納得したように頷いた。
 その後、何度か言葉を交わしながら、T字路のような場所に到着する。
 目の前には人間の高さに合わせた両開きの門。
 メイブルンさんが門の前に一足早くたどり着き、半身を向けた。
 彼の顔には、なぜか困惑顔が浮かんでいた。

「その……ポーレット様は、色々と物言いがストレートで気分を害することがあるかもしれません。ですが、悪い方ではないので、何が起きても寛大な心で見逃していただけるとありがたいです」

 思わず首を傾げたくなるような言葉だった。
 物静かで控えめで理知的な少女――なのに?

「どうぞ、中に」

 メイブルンさんが扉を開いた。
 中に入る。小さめのテーブルの奥で薄緑色の長髪を頭頂部でまとめた少女が立ち上がった。
 彼女は瞳を輝かせ、王としては幾分落ち着きのない歩き方でこっちに近づいた。
 背後のメイブルンさんに、「どうしたら?」と目で問いかけたものの、彼は眉を寄せて目を閉じていた。
 仕方なくこちらから近づくと、ポーレットは笑みを湛えて両手を取った。

「あの……この度はお招きいただき――」
「そんな挨拶はいい! よく、来てくれた! 会いたかった!」

 少女特有のはつらつとした声だ。飾り気も奥ゆかしさも無い。ストレートな物言いには勢いがある。
 遠慮のない口調は王ならではなのかもしれない。
 ただ、印象が噂とだいぶ違う。
 彼女は丸みを帯びた瞳を大きく広げ、私の手をぐいっと引いた。

「そこに掛けてくれ。うちのアイスクリームを出そう。話はそれからでいい」

 言われるがまま、椅子に座る。
 対面にもどこにもポーレットが座る椅子がないのが不思議だった。
 部屋は調度品で溢れて豪華なのに、取調室に放り込まれたような心細さを感じる。
 ポーレットが立ったまま手を鳴らす。
 奥の扉から、黒いタキシードに身を包んだ男性が現れた。片手に銀の給仕盆。
 私の目の前に、少し太めの柄を持つデザートカップが置かれる。透き通ったガラスの器は花弁のように複雑な形をしている。
 その中央には乳白色の見慣れた食べ物――アイスだ。
 この世界に来て初めてみた。
 お預けされた犬のような気分で、ポーレットに視線を送る。幸いにも彼女は頷いた。

「いっただきまーす!」

 銀のスプーンをさくっとアイスの端に突き立ててすくう。柔らかいクリームの塊が端からとろりと溶けていく。
 口に送ると、ふわふわとした淡雪のような感触が舌の上を撫でていった。
 アイスクリームの美味しさは、適度な気泡とそれを包み込む牛乳や生クリームの脂肪分と無乳固形分、卵や砂糖などのバランスで決まる。
 このバランスは非常に調整が難しく、気泡が少なければべったりと重くて甘いだけのアイスクリームになる。

「美味しい!」

 想像以上の衝撃に、それ以外の言葉が出てこない。

「美味しいよ、これ!」

 ポーレットに視線を送り、またアイスクリームにスプーンを立てた。
 二口目を存分に味わおう。そう思っていたときだ。
 何かがガラガラと音を立てた。場所は頭上から。
 ――ドンっ
 非常に重量のあるものが落ちてきた。それは、金属製の檻だった。
 部屋の床が低音と共に響き、テーブルが一瞬跳ねた。
 私は、同時に跳ね上がってしまったデザートカップの柄を、ぱしっと指先で掴んでいた。
 唐突に、破裂するような哄笑が聞こえた。
 ポーレットだった。

「やった、やったぞ! プルルスの弱点を手に入れた! 見たか、メイブルン! お前は心配していたが、あっさりつかまっただろう。強いやつほど、普段は抜けているというのがわかったか!」

 彼女は心の底から嬉しそうに笑顔を浮かべ、腰に手を当てて高笑いをした。
 メイブルンが眉間に深い皺を刻み、ため息をつく。
 ポーレットはそんなことは関係ないとばかりに、

「これが本当にあのヒュドラに止めを刺したヴァンパイアなのか? アイスに釣られてのこのこやってくる子供そのものだ――って、ちょっと食べる手を止めろ! こっちを見ろ!」
「え? でも、美味しくて」
「状況を見ろ! お前は今、ヴァンパイア用の鳥かごに閉じ込められたんだ! 見てわからないのか!?」

 私は口にスプーンを突っこんだ状態で、しぶしぶ首を回した。
 何が気に入らなかったのか、ポーレットの顔が真っ赤に染まっていく。
 しかし、わなわなと震えるだけで、言葉は続かなかった。
 なので、素早くアイスの続きをほおばった。このアイスは意外と溶けるのが早い。長話をしていると美味しい時間が終わってしまう。たぶんデザートカップを冷やしきれていなかったのが原因だ。
 でも、味には大満足。さすが歴史ある王家だ。

「いい加減にしろ! 今からお前は――」
「あの」

 ポーレットがぴたりと口を閉じた。
 少し戸惑いを浮かべつつ、言いたいことがあるなら言え――と顔に書いてあった。
 なので、遠慮なく訊いた。

「おかわりできますか?」
「……ふざけるな! ぜんっぜん、状況がわかってないだろ!?」

 ポーレットがこめかみに青筋を立てて怒鳴る。少女は、怒りっぽいらしい。
 でも、今食べないと二度と食べられないかもしれないのだ。
 美味しすぎて《リサイクル》を使うのを忘れたほどだ。
 デザートカップをそっと檻の間から突き出した。

「アイスを食べてから話を聞きます。絶対に約束する」
「だから、おかしいだろっ! なぜ檻に閉じ込められてるのに、こっちの立場が――くっ……も、もう一杯だけだぞ? それと、そのカップはテーブルに置け。使った皿に入れるわけがないだろ」
「はい! あっ、じゃあ大きめのカップで二杯くらいお願いできますか? もし別の味があればそれも」
「調子に乗るな」
「なら、一種類で」

 ポーレットが仏頂面で手を二度、打ち鳴らした。
 さっきのタキシードの男性がやってきた。

「こいつに、アイスクリームを二人分追加だ……さっきのやつより大きめで、一つはイチゴの方にしてやれ」

 ポーレットは苦虫を嚙み潰したよう顔をしつつも、とても優しかった。
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