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52 出会っちゃった!
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とうとう、ちっちゃなケーキ屋さんのオープンの日がやってきた。
その前日からそわそわしていて寝られなかった私は、クロスフォーのメンバーと夜通しトランプをして時間を潰した。
ウィミュは早々に途中で寝てしまったけれど、基本的にヴァンパイアは睡眠が少なくても問題ないらしい。
私とアテルとミャンは、7並べをぶっ通しで楽しんだ。
本当はポーカーも教えたかったけれど、トランプ初心者たちにはルールが難しい。
元王族のミャンは頭がいいのか、すぐに7並べのコツを掴んでいた。
逆に、アテルは「なぜ私にはいつも1から3のカードしか来ないのでしょうか」とうんうん唸っていた。
単に運が悪いだけだけど。
そして、朝日が昇るころ、ウィミュを起こして、ダッシュでお店に向かった。
お店ではシャロンやルヴァンさんたちが最終準備をしていた。
今日は、お店の前の広いスペースを使って、立食パーティ式のコーナーも用意している。
試食用のカステラやケーキを準備し、買わなくても楽しんでもらえるように工夫した。
まずは、客の一口目のハードルを下げるのだ。
「みんな、がんばるよ!」
「「「「おぉーっ!」」」」
クロスフォーのメンバーも含めてメイド服に着替える。
アテル推奨の服で、色々と突っ込みどころが多いけれど、この際、何でもいい。
――開店時間数分前。
ちらほらと店のオープンを待ってくれている人たちがいる。
そしてオープン。
「俺が一番だな」
渋い声でそう吠えたのは、『わんちゃんのフルーツ屋』の店主、ワルマーさんだ。
背の高いワーウルフで銀色のたてがみに黒いはちまきが印象的だ。何より、私たちを一時期雇ってくれたいい人だ。
話を聞いてみると、一番早く店の前に立っていたらしい。
何時起きだったんだろう。嬉しくて涙が出そうだ。
彼は、片手に花束を持って「オープンおめでとう」と渡してくれた。
「ありがとうございます!」
「うちのフルーツもご贔屓に」
「もちろんです」
彼は「じゃあ、カステラ貰おうかね」と流れるように硬貨をさし出した。
後ろにやってきた人たちに聞こえるような大きな声で「こいつは安い!」と吠える。
わざとらしい棒読み。すごい大根役者だ。
アテルは「そこまでしなくても」と、くすくす笑っている。
それに気づいたワルマーさんが、恥ずかしそうに怖い顔を歪め、踵を返してどすどすと無言で帰っていく。
気を利かせてサクラまでしていってくれるなんて。とてもいい人だ。
「あの……来たよ。リリ」
緊張で上ずった、今にも掻き消えそうな声。
二番目に入ってきたのは二人の小さな姉妹だった。
あの時と同じように、姉が妹の手を引いている。相変わらずぼさぼさの髪と傷んだ服。
姉は小さな手に、銅貨1枚を握りしめていた。
「お母さんにも食べさせてあげたいの」
妹は瞳を輝かせている。
受け取った銅貨はとても生暖かかった。
私はシャロンからカステラを受け取り、二人に渡す。
そして、同時に、銅貨もそっと返した。
きょとんと首を傾げる姉妹の前で、ひとさし指を唇に当てて立てる。
「今日は、オープン記念なので特別。内緒だよ。あと、お母さんにもよろしくね」
姉妹の顔がぱっと綻んだ。妹の方は私の真似をして、指を立てている。
しぃー、だって。可愛い。
「……うん! ありがと、リリ!」
「また来てねー!」
小さな背中に手を振って見送る。
ミャンが「子供には甘いんですのね」と呆れた声で言う。
こそっとしたのに見られていたらしい。
「甘味を広めるのが、目標だからね」
「その前に赤字を出して、潰れたら知らないわよ」
「シャロンがなんとかしてくれるよ……ね?」
首を回すとシャロンが微苦笑を混ぜて「努力いたします」と言う。
「シャロンさんは、リリさんを甘やかしすぎですわ」
ぼやくキャットピープルの監視は厳しいね。
***
「いらっしゃいま――うっ」
「いやあ、いいお店ですね」
にこやかな笑顔を浮かべて入ってきたのは、よく見知った人物だった。
彫刻のように精緻で、見る者を魅了するイケメン大天使。
隣には付き添いなのか、大剣を持ったウェイリーンがいる。気後れしているのか、少し表情が固い。
「ここはリリさぁんの濃密な気配が――」
「気配?」
ウェイリーンが耳ざとく怪訝そうな顔をした。
ウリエルが慌てて一つ咳ばらいする。本当に残念な大天使だ。
「あの……来てくださって……嬉しいです」
私の社交辞令に、ウリエルの瞳が大きく見開かれた。
なぜか身震いまでしていて――正直、怖い。早く帰ってほしい。
出禁にしてもいいかな?
「あの……注文はどうされますか?」
「そちらのフルーツタルトを8切れもらいましょう」
私はちらりとタルトを見る。よりにもよって一番高い商品だ。ちょうど8切れ。
いきなり売り切れにするなんて。
嫌がらせか?
「あの……8切れ、でいいんですか?」
「もちろん! おや、もしや少ないですか? 売り上げに貢献できない? では、そちらのイチゴのショートケーキも――」
「あっ、大丈夫! ほんと大丈夫です! タルト8切れ! シャロン、包んであげて! 大急ぎで!」
ウリエルが満面の笑みでタルトの箱を二つ持ち帰った。
シスターたちに分けてくれるとは思うけれど、あんまり嬉しくなくて複雑だ。
第一、真祖教会が大人買いって、どうなのよ。
店員にとっても、私以外はウリエルを全然知らないし、その並々ならぬ気配もあるのか、全員が引いている。
「店長、外のスペースにもお客様です。商業ギルドの方ですが」
「あっ、すぐ行く!」
幸いなことにお客さんは外にも並んでくれていた。
ただ――亜人や獣人、ヴァンパイアばかりだ。
純粋な人間は、やっぱり避けられてしまうのかもしれない。
まあ、怖いのはわかる。
「うん……わかってたこと。まずは実績作り。何も事件がなければ、大丈夫」
自分に掛け声をかけて、外の試食コーナーに挨拶に行く。
時折「あんな子供が」と驚かれたけれど、営業スマイルを浮かべて手を振っておいた。
まずは無料スマイルをプレゼントだ。
***
初日の売り上げは思っていたより多かった。
行列のできる店とはまではいかなかったけれど、カステラを中心に、少し高めのケーキの大半も売れた。
「ふぅ」
「お疲れ様でした」
最後の客を見送り、庭の椅子に座った私に、シャロンが温かい紅茶を出してくれた。
アッサムだね。美味しい。
彼女はお金の勘定をしつつ、ミスなく客対応もこなしてくれた。
もちろん双子のヴァンパイアの対応も完璧だった。クロスフォーのメンバーだってがんばってくれたし、きっと、怖いヴァンパイアというイメージは払拭できたと思う。
ウィミュなんて、客引きの大道芸をしすぎてぐったりしているほどだ。突っ伏したまま耳がぺたりと寝ている。ありがとうね。
「もう二、三種類くらいならメニューを増やしても大丈夫かもね」
ルヴァンさんもほっと一息ついた。
私には理由はわからないけれど、長いお店の経験からそう感じたのだろう。
「じゃあ、私も帰りますわ」
「ウィミュも……疲れた」
「みんなありがとね!」
クロスフォーのメンバーに手を振った。
私はシャロンたちと作戦会議がある。リピーターが増えていく場合と、そうでない場合の両方の対策を考えないといけない。
と、敷地内に美しいエルフのヴァンパイアが現れた。
肩には大きな荷物を担いでいる。エリザさんだ。
相変わらず存在感がすごい。
そう言えば最近気づいたけど、シャロンたちは彼女が来ると急に笑顔を浮かべる。
よく知る私には、距離を置くような顔で、少し心配なのだ。
「お店はどうだったの?」
「好評でした!」
「良かったじゃない。これは、頼まれていた砂糖結晶ね」
「いつもありがとうございます!」
エリザさんは、あれからうちの専属ハンターとして仕事をしている。
時折、「調べ物があるの」と言って、ふらりといなくなることがあるけれど、次の日の朝には顔を出してくれるのでありがたい。
彼女にとっては『浮世の迷層』も危険なダンジョンには当たらない。
「じゃあ、私はこれで」
彼女が颯爽と背を向けた。
今日も無駄話はしない。ただストイックに仕事をこなすハンター。
しかし、今日はそうではなかった。
突然ぴたりと足を止めると、上空を見上げた。
「遅れちゃってごめんね」
軽い口調で言葉が降ってきた。
大きな体。
ディアッチがプルルスを肩に乗せて降りてきたのだ。
逆の腕には目を引く大輪の花ばかりをあしらえた、とんでもない大きさの祝い花。
私の目の前に降りてきた二人は、「はいどうぞ」と当然のように店の壁に立てかける。
クローズ寸前に持ってくるとは……
また嫌がらせかな?
ディアッチが私の視線に気づいたようで、慌てて弁明する。
「本当はもう少し早く来る予定だったのですが、その、プルルス様が……最初の花では納得いかないと言って……」
「悪かったって。だって、せっかくなんだし、他のやつらに負けるのは癪だからさ。国中回って大きな花をかき集めてきたんだよ。こういう時は花らしいからね」
プルルスは「ふふふ」と笑い、流し目を送る。
そして――打って変わって、猛禽類のような鋭い瞳を、とある方向に向けた。
そこにはエルフのヴァンパイアが立っている。
「これは、珍しい客もいたもんだね。僕の国に何か用事かい? 真夜姫」
ぞっとするほどの声色。
しかし、返ってきた言葉は、それを越えて冷たい声だった。
「出不精と評判の男が、こんな時間に出歩いているとは思わなかったわ」
「エリザ……さん? お知り合い……ですか?」
一触即発の空気に、私はごくんと喉を鳴らした。
エリザさんはつかつかと足音を鳴らして、プルルスに無造作に近づいた。
高い身長から見下ろすような鋭い視線。
「リリ、こいつは凶悪なヴァンパイアよ。どういう関係か知らないけれど、関わらない方が賢明だわ」
そう言ったエリザさんの背後に、巨大な六芒星の紋章が浮かぶ。圧倒的な魔力の波動が放たれ、一体の気配が塗り潰されるように変わっていく。
対するプルルスは奇妙な笑みを浮かべる。すると、背後にサソリ紋が赤々と浮かんだ。
ヴァンパイアにとってわずか数歩の距離で向かい合った二人は、びりびりと緊張感をまき散らしながらにらみ合う。
「何の用だい? まあ、聞かなくても想像はつくけどさ」
プルルスが挑発的に口端を上げた。
「ふぅ……潜入が時間の無駄になったわね」
「潜入? 最古参の真夜姫ともあろうものが、潜入とは弱気だね。これは――よほど、アレにビビっているらしい」
「……なんですって?」
とんでもない迫力だ。
思わず縮み上がってしまうほど怖い。
プルルスはまだしも、エリザさんにこんな一面があったなんて。
「プルルス、二度は言わないわ。あなたも私の『真夜』の恐ろしさは知っているでしょう? 用意したレガシーはこれだけではない。国ごと滅びたくなければ、アレの居場所を言いなさい。どうせ、あなたが匿っているんでしょ?」
「匿ってなんていないさ。それどころか隠すつもりもない。ねえ、ディアッチ」
「左様です。匿ってなど……むしろ自由気ままに動いておられる。第一、我々が制御できるようなお方ではないゆえ」
「嗜虐翁、あなたには聞いていない。私はプルルスと話しているの」
「これは失礼を……」
ディアッチがすごすごと引き下がる。
その様子を、シャロンや双子のヴァンパイアたちが、はらはらした様子で見守っている。
「で、どうするの? あくまで隠すつもりなら、この場で一戦始めてもいいけれど?」
「そんなに知りたいのか。そうか……仕方ないね。どうせ隠していてもいずれわかるんだし」
「もったいぶるのはやめなさい。不愉快よ」
「じゃあ、最後に一言だけ伝えておこうかな。アレはまだ――過去を清算していない。もし君がここから逃げた場合には、君は永遠に追い続けられるだろう」
エリザさんの顔色が変わった。
例えるなら青白くなった。拳をぐっと握り、耐えるように歯を噛みしめた顔だ。
葛藤が透けて見える。
何の話だろう? 私にはまったくわからない。というか、まさか二人が知り合いだったなんて。思ってもみなかった。
「は……早く教えなさい」
エリザさんは絞り出すように言った。
そして、プルルスが指さした――私だった。
「ん?」
「え?」
私とエリザさんの声がはもった。
「え? 私がなに?」
「『主さま』、そこのヴァンパイアが御身に何か伝えたいことがあるようです」
「え、どういうこと? エ、エリザさん?」
首を回した私は、そこに真っ青な顔をしているエリザさんを見た。
膝はがくがく揺れ、口は時間を止めたように開いたままだ。
彼女は、半歩、後ろに下がった。
かたかたと腰の剣が鳴っている。彼女の顎が同じようにがくがく揺れた。
「な、な、な、な――」
「あの……エリザさん?」
何か悪いことが起きている。そう直感した私は、恐る恐る半歩踏み出した。
反応は劇的で苛烈だった。
エリザさんが、
「く、く、来るなぁぁぁぁ!」
今にも千切れんばかりの声で叫んだ。
どん、と大地が揺れた。
彼女が斜め上空に跳んだのだ。さらに空中に血界術で足場を作り、二度、空中で加速した。
相変わらず、すごい技術だ。
いや、そういう話じゃない。
ぐるっと首を回す。プルルスが笑っている。
「っていうか、え? どういうこと? ちょっと、プルルス! ちゃんと説明して! 私、なんかした!? どうしてシャロンも苦笑いしてるの!?」
私は半泣きになって夜空に怒鳴った。
その前日からそわそわしていて寝られなかった私は、クロスフォーのメンバーと夜通しトランプをして時間を潰した。
ウィミュは早々に途中で寝てしまったけれど、基本的にヴァンパイアは睡眠が少なくても問題ないらしい。
私とアテルとミャンは、7並べをぶっ通しで楽しんだ。
本当はポーカーも教えたかったけれど、トランプ初心者たちにはルールが難しい。
元王族のミャンは頭がいいのか、すぐに7並べのコツを掴んでいた。
逆に、アテルは「なぜ私にはいつも1から3のカードしか来ないのでしょうか」とうんうん唸っていた。
単に運が悪いだけだけど。
そして、朝日が昇るころ、ウィミュを起こして、ダッシュでお店に向かった。
お店ではシャロンやルヴァンさんたちが最終準備をしていた。
今日は、お店の前の広いスペースを使って、立食パーティ式のコーナーも用意している。
試食用のカステラやケーキを準備し、買わなくても楽しんでもらえるように工夫した。
まずは、客の一口目のハードルを下げるのだ。
「みんな、がんばるよ!」
「「「「おぉーっ!」」」」
クロスフォーのメンバーも含めてメイド服に着替える。
アテル推奨の服で、色々と突っ込みどころが多いけれど、この際、何でもいい。
――開店時間数分前。
ちらほらと店のオープンを待ってくれている人たちがいる。
そしてオープン。
「俺が一番だな」
渋い声でそう吠えたのは、『わんちゃんのフルーツ屋』の店主、ワルマーさんだ。
背の高いワーウルフで銀色のたてがみに黒いはちまきが印象的だ。何より、私たちを一時期雇ってくれたいい人だ。
話を聞いてみると、一番早く店の前に立っていたらしい。
何時起きだったんだろう。嬉しくて涙が出そうだ。
彼は、片手に花束を持って「オープンおめでとう」と渡してくれた。
「ありがとうございます!」
「うちのフルーツもご贔屓に」
「もちろんです」
彼は「じゃあ、カステラ貰おうかね」と流れるように硬貨をさし出した。
後ろにやってきた人たちに聞こえるような大きな声で「こいつは安い!」と吠える。
わざとらしい棒読み。すごい大根役者だ。
アテルは「そこまでしなくても」と、くすくす笑っている。
それに気づいたワルマーさんが、恥ずかしそうに怖い顔を歪め、踵を返してどすどすと無言で帰っていく。
気を利かせてサクラまでしていってくれるなんて。とてもいい人だ。
「あの……来たよ。リリ」
緊張で上ずった、今にも掻き消えそうな声。
二番目に入ってきたのは二人の小さな姉妹だった。
あの時と同じように、姉が妹の手を引いている。相変わらずぼさぼさの髪と傷んだ服。
姉は小さな手に、銅貨1枚を握りしめていた。
「お母さんにも食べさせてあげたいの」
妹は瞳を輝かせている。
受け取った銅貨はとても生暖かかった。
私はシャロンからカステラを受け取り、二人に渡す。
そして、同時に、銅貨もそっと返した。
きょとんと首を傾げる姉妹の前で、ひとさし指を唇に当てて立てる。
「今日は、オープン記念なので特別。内緒だよ。あと、お母さんにもよろしくね」
姉妹の顔がぱっと綻んだ。妹の方は私の真似をして、指を立てている。
しぃー、だって。可愛い。
「……うん! ありがと、リリ!」
「また来てねー!」
小さな背中に手を振って見送る。
ミャンが「子供には甘いんですのね」と呆れた声で言う。
こそっとしたのに見られていたらしい。
「甘味を広めるのが、目標だからね」
「その前に赤字を出して、潰れたら知らないわよ」
「シャロンがなんとかしてくれるよ……ね?」
首を回すとシャロンが微苦笑を混ぜて「努力いたします」と言う。
「シャロンさんは、リリさんを甘やかしすぎですわ」
ぼやくキャットピープルの監視は厳しいね。
***
「いらっしゃいま――うっ」
「いやあ、いいお店ですね」
にこやかな笑顔を浮かべて入ってきたのは、よく見知った人物だった。
彫刻のように精緻で、見る者を魅了するイケメン大天使。
隣には付き添いなのか、大剣を持ったウェイリーンがいる。気後れしているのか、少し表情が固い。
「ここはリリさぁんの濃密な気配が――」
「気配?」
ウェイリーンが耳ざとく怪訝そうな顔をした。
ウリエルが慌てて一つ咳ばらいする。本当に残念な大天使だ。
「あの……来てくださって……嬉しいです」
私の社交辞令に、ウリエルの瞳が大きく見開かれた。
なぜか身震いまでしていて――正直、怖い。早く帰ってほしい。
出禁にしてもいいかな?
「あの……注文はどうされますか?」
「そちらのフルーツタルトを8切れもらいましょう」
私はちらりとタルトを見る。よりにもよって一番高い商品だ。ちょうど8切れ。
いきなり売り切れにするなんて。
嫌がらせか?
「あの……8切れ、でいいんですか?」
「もちろん! おや、もしや少ないですか? 売り上げに貢献できない? では、そちらのイチゴのショートケーキも――」
「あっ、大丈夫! ほんと大丈夫です! タルト8切れ! シャロン、包んであげて! 大急ぎで!」
ウリエルが満面の笑みでタルトの箱を二つ持ち帰った。
シスターたちに分けてくれるとは思うけれど、あんまり嬉しくなくて複雑だ。
第一、真祖教会が大人買いって、どうなのよ。
店員にとっても、私以外はウリエルを全然知らないし、その並々ならぬ気配もあるのか、全員が引いている。
「店長、外のスペースにもお客様です。商業ギルドの方ですが」
「あっ、すぐ行く!」
幸いなことにお客さんは外にも並んでくれていた。
ただ――亜人や獣人、ヴァンパイアばかりだ。
純粋な人間は、やっぱり避けられてしまうのかもしれない。
まあ、怖いのはわかる。
「うん……わかってたこと。まずは実績作り。何も事件がなければ、大丈夫」
自分に掛け声をかけて、外の試食コーナーに挨拶に行く。
時折「あんな子供が」と驚かれたけれど、営業スマイルを浮かべて手を振っておいた。
まずは無料スマイルをプレゼントだ。
***
初日の売り上げは思っていたより多かった。
行列のできる店とはまではいかなかったけれど、カステラを中心に、少し高めのケーキの大半も売れた。
「ふぅ」
「お疲れ様でした」
最後の客を見送り、庭の椅子に座った私に、シャロンが温かい紅茶を出してくれた。
アッサムだね。美味しい。
彼女はお金の勘定をしつつ、ミスなく客対応もこなしてくれた。
もちろん双子のヴァンパイアの対応も完璧だった。クロスフォーのメンバーだってがんばってくれたし、きっと、怖いヴァンパイアというイメージは払拭できたと思う。
ウィミュなんて、客引きの大道芸をしすぎてぐったりしているほどだ。突っ伏したまま耳がぺたりと寝ている。ありがとうね。
「もう二、三種類くらいならメニューを増やしても大丈夫かもね」
ルヴァンさんもほっと一息ついた。
私には理由はわからないけれど、長いお店の経験からそう感じたのだろう。
「じゃあ、私も帰りますわ」
「ウィミュも……疲れた」
「みんなありがとね!」
クロスフォーのメンバーに手を振った。
私はシャロンたちと作戦会議がある。リピーターが増えていく場合と、そうでない場合の両方の対策を考えないといけない。
と、敷地内に美しいエルフのヴァンパイアが現れた。
肩には大きな荷物を担いでいる。エリザさんだ。
相変わらず存在感がすごい。
そう言えば最近気づいたけど、シャロンたちは彼女が来ると急に笑顔を浮かべる。
よく知る私には、距離を置くような顔で、少し心配なのだ。
「お店はどうだったの?」
「好評でした!」
「良かったじゃない。これは、頼まれていた砂糖結晶ね」
「いつもありがとうございます!」
エリザさんは、あれからうちの専属ハンターとして仕事をしている。
時折、「調べ物があるの」と言って、ふらりといなくなることがあるけれど、次の日の朝には顔を出してくれるのでありがたい。
彼女にとっては『浮世の迷層』も危険なダンジョンには当たらない。
「じゃあ、私はこれで」
彼女が颯爽と背を向けた。
今日も無駄話はしない。ただストイックに仕事をこなすハンター。
しかし、今日はそうではなかった。
突然ぴたりと足を止めると、上空を見上げた。
「遅れちゃってごめんね」
軽い口調で言葉が降ってきた。
大きな体。
ディアッチがプルルスを肩に乗せて降りてきたのだ。
逆の腕には目を引く大輪の花ばかりをあしらえた、とんでもない大きさの祝い花。
私の目の前に降りてきた二人は、「はいどうぞ」と当然のように店の壁に立てかける。
クローズ寸前に持ってくるとは……
また嫌がらせかな?
ディアッチが私の視線に気づいたようで、慌てて弁明する。
「本当はもう少し早く来る予定だったのですが、その、プルルス様が……最初の花では納得いかないと言って……」
「悪かったって。だって、せっかくなんだし、他のやつらに負けるのは癪だからさ。国中回って大きな花をかき集めてきたんだよ。こういう時は花らしいからね」
プルルスは「ふふふ」と笑い、流し目を送る。
そして――打って変わって、猛禽類のような鋭い瞳を、とある方向に向けた。
そこにはエルフのヴァンパイアが立っている。
「これは、珍しい客もいたもんだね。僕の国に何か用事かい? 真夜姫」
ぞっとするほどの声色。
しかし、返ってきた言葉は、それを越えて冷たい声だった。
「出不精と評判の男が、こんな時間に出歩いているとは思わなかったわ」
「エリザ……さん? お知り合い……ですか?」
一触即発の空気に、私はごくんと喉を鳴らした。
エリザさんはつかつかと足音を鳴らして、プルルスに無造作に近づいた。
高い身長から見下ろすような鋭い視線。
「リリ、こいつは凶悪なヴァンパイアよ。どういう関係か知らないけれど、関わらない方が賢明だわ」
そう言ったエリザさんの背後に、巨大な六芒星の紋章が浮かぶ。圧倒的な魔力の波動が放たれ、一体の気配が塗り潰されるように変わっていく。
対するプルルスは奇妙な笑みを浮かべる。すると、背後にサソリ紋が赤々と浮かんだ。
ヴァンパイアにとってわずか数歩の距離で向かい合った二人は、びりびりと緊張感をまき散らしながらにらみ合う。
「何の用だい? まあ、聞かなくても想像はつくけどさ」
プルルスが挑発的に口端を上げた。
「ふぅ……潜入が時間の無駄になったわね」
「潜入? 最古参の真夜姫ともあろうものが、潜入とは弱気だね。これは――よほど、アレにビビっているらしい」
「……なんですって?」
とんでもない迫力だ。
思わず縮み上がってしまうほど怖い。
プルルスはまだしも、エリザさんにこんな一面があったなんて。
「プルルス、二度は言わないわ。あなたも私の『真夜』の恐ろしさは知っているでしょう? 用意したレガシーはこれだけではない。国ごと滅びたくなければ、アレの居場所を言いなさい。どうせ、あなたが匿っているんでしょ?」
「匿ってなんていないさ。それどころか隠すつもりもない。ねえ、ディアッチ」
「左様です。匿ってなど……むしろ自由気ままに動いておられる。第一、我々が制御できるようなお方ではないゆえ」
「嗜虐翁、あなたには聞いていない。私はプルルスと話しているの」
「これは失礼を……」
ディアッチがすごすごと引き下がる。
その様子を、シャロンや双子のヴァンパイアたちが、はらはらした様子で見守っている。
「で、どうするの? あくまで隠すつもりなら、この場で一戦始めてもいいけれど?」
「そんなに知りたいのか。そうか……仕方ないね。どうせ隠していてもいずれわかるんだし」
「もったいぶるのはやめなさい。不愉快よ」
「じゃあ、最後に一言だけ伝えておこうかな。アレはまだ――過去を清算していない。もし君がここから逃げた場合には、君は永遠に追い続けられるだろう」
エリザさんの顔色が変わった。
例えるなら青白くなった。拳をぐっと握り、耐えるように歯を噛みしめた顔だ。
葛藤が透けて見える。
何の話だろう? 私にはまったくわからない。というか、まさか二人が知り合いだったなんて。思ってもみなかった。
「は……早く教えなさい」
エリザさんは絞り出すように言った。
そして、プルルスが指さした――私だった。
「ん?」
「え?」
私とエリザさんの声がはもった。
「え? 私がなに?」
「『主さま』、そこのヴァンパイアが御身に何か伝えたいことがあるようです」
「え、どういうこと? エ、エリザさん?」
首を回した私は、そこに真っ青な顔をしているエリザさんを見た。
膝はがくがく揺れ、口は時間を止めたように開いたままだ。
彼女は、半歩、後ろに下がった。
かたかたと腰の剣が鳴っている。彼女の顎が同じようにがくがく揺れた。
「な、な、な、な――」
「あの……エリザさん?」
何か悪いことが起きている。そう直感した私は、恐る恐る半歩踏み出した。
反応は劇的で苛烈だった。
エリザさんが、
「く、く、来るなぁぁぁぁ!」
今にも千切れんばかりの声で叫んだ。
どん、と大地が揺れた。
彼女が斜め上空に跳んだのだ。さらに空中に血界術で足場を作り、二度、空中で加速した。
相変わらず、すごい技術だ。
いや、そういう話じゃない。
ぐるっと首を回す。プルルスが笑っている。
「っていうか、え? どういうこと? ちょっと、プルルス! ちゃんと説明して! 私、なんかした!? どうしてシャロンも苦笑いしてるの!?」
私は半泣きになって夜空に怒鳴った。
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後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
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