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39 あなたの笑顔いただきます!
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あれから二週間ほど経過した。
その間に、とにかく試作品を作りまくった。ルヴァンさんはもちろん、他のお友達のシェフたちも定期的に顔を出してくれている。
完全に素人だったはずのシャロン、ユミィ、ルリィも今ではカステラの味どころかメレンゲの出来まで判断できるようになっている。
ちなみに私は混ぜてばかりいる。真祖の無限のパワーでかき混ぜ棒を目に見えない速度で振るう。まさに自動泡だて器。他の人には真似できない真祖の特技と言っていい。
「うぉぉぉぉっ!」
「あっ、リリ様、もうそれくらいで!」
「ん、これくらい?」
「完璧です」
シャロンが全卵と卵黄と砂糖を混ぜて泡になったものを注意深く確認している。
かき混ぜすぎてもいけないし、混ぜなさすぎてもいけない。
オーナーの私は、この微妙な匙加減がわからない。
でも、シャロンはその鋭敏な感覚を頼りに、見極めはプロの領域だ。
「やはり完璧のはずですが……」
シャロンが眉を寄せた。
キッチンの上には、一昨日作ったカステラ、昨日作ったカステラが並んでいる。
朝から味見をして、意見を聞かせてほしいというので、率直に言った。
――生地が重い、と。
口の中でふわっとした感じが足りないのだ。
焼き上がりの表面もツルっとしているし、底には結晶化した砂糖を砕いてザラメが付いているし、もうカステラと呼べるお菓子だ。
でも、もう一息。
「シャロン様、どなたかが水飴を入れると美味しいとおっしゃっていましたわ」
金髪のユミィが短い髪を揺らした。
彼女は調理の邪魔になるからと腰までの長い髪をばっさりカットしていた。妹のルリィもユミィと同様だ。
髪を切った日が、私がサラマンダーを召喚した日とかぶるので、とても申し訳ない気持ちになるのだけれど。
「確かに……でも、水飴を作ることでコストがさらに膨らんでしまいます。リリ様の目標は鉄銭一枚でも安く作ることですのに」
「ですが、シャロン様、これはリリ様が開かれる『ちっちゃなケーキ屋さん』の看板商品の一つですわ。予定ではケーキにつなげるための入り口の一つ。コストも大切ですが、何より皆さんに喜んでもらえる味を追求すべきでは? まして――」
ユミィが私に視線を向けて、言った。
「リリ様ご自身が――生地が重い、とおっしゃったのですから、それを解消するのが私たち配下の務めです」
「……その通りですね。もう一度やり直しましょう。少し急ぎすぎたようです」
シャロンが肩の力を抜くように目尻を下げた。
その視線がこちらに向いた。
「もう少し、もう少しだけ、お時間を頂戴しても構いませんか?」
「もちろん! 私も、まだまだ混ぜるよ!」
「ありがとうございます。あっ、そういえば、頼んでいた焼きごても届きましたので、ぜひリリ様に見ていただきたくて」
「焼きごて? そんなの頼んでたの?」
「はい。使っていける商品にはぜひ押していこうかと思いまして」
シャロンは朗らかに言って、鉄製の焼きごてを持ってきた。
印面を確認すると、にっこりと笑う幼女の顔が――あれ? 私じゃない?
「いかがでしょうか? リリ様のお顔を少しだけデフォルメさせていただいたのですが」
「顔はちょっと……恥ずかしいかも」
こんなに幸せそうな自分の顔をお菓子に押していくのは――って、誰がこんな顔を提供したんだ。
そう思ったときだ。
シャロンは笑みを浮かべて私の手を取り、膝を折ってしゃがみこむと、俯き加減になっていた私を覗き込むような体勢になった。
「リリ様の印を見るだけで、みなが幸せになるようになったときこそ――リリ様が望むカステラやケーキが世界に広まったときかと思います」
シャロンがそう言って立ち上がった。
「正直に申し上げると、『ちっちゃなケーキ屋さん』は、私たちヴァンパイアと、ディアッチ様、そしてプルルス様が関係しています。国王も商業ギルドの皆さんも、ルヴァンさんも口には出さなくともご存知です。普通の人間や獣人は、近寄らないかもしれません。老若男女に受け入れられるように店を整えましたが、以前であれば店員が私たちの時点でダメだったかもしれません。けれど、真祖であるリリ様が現れたときから、この国の支配層は変わりました。鬱屈した空気は和らぎ、恐怖が去り、他種族がのびのびと生活する雰囲気を感じるようになりました。ですから――」
シャロンがほほ笑んだ。
「私は、このリリ様の印を広めたいのです。この流れがとても心地よいのです。これだけは、私のわがままなのです。どうか、お許しください」
私は憮然とした表情で唇を尖らせた。
「……そこまで言われて、私が断れると思う?」
「思いません。リリ様なら、きっと受け入れてくださると確信しておりました」
「意外と強情な一面もあるんだね」
シャロンが天使のような笑みを返す。
私は眉を寄せて苦笑いする。
「だよねー、私が嫌がる理由って恥ずかしいってだけだもん」
「店の看板も手配しておりますが、そこにもしっかりと、この焼きごてのデザインを使っております」
「手回しが早い」
「お褒めに預かり光栄です」
「ちなみに、これ誰が描いたの?」
「アテル様から指導を受けつつ、そちらのルリィが描きました」
銀髪の妹の方か。姉のユミィはたまに話すけど、ルリィはほとんどしゃべらない。
じっと見つめると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
今度、じっくりと酒場で問い詰めないといけない。姉の後ろに隠れられないよう、一対一で。アテルも内緒にしてたから、ちょっとだけ叱らないと。
「もう、みんな勝手なことしすぎ! 私がなんにも言ってないことまで進んでるんだもん」
「リリ様、良いお店にいたしましょうね」
「それ、答えになってないから!」
シャロンは片手を口に当てて、くすくすと笑みをこぼした。
有能な社員は有能すぎて、ポンコツの私の手には負えませんね。
「これらかも、よろしく! でも、相談してね!」
そう伝えるのが精いっぱいだった。
その間に、とにかく試作品を作りまくった。ルヴァンさんはもちろん、他のお友達のシェフたちも定期的に顔を出してくれている。
完全に素人だったはずのシャロン、ユミィ、ルリィも今ではカステラの味どころかメレンゲの出来まで判断できるようになっている。
ちなみに私は混ぜてばかりいる。真祖の無限のパワーでかき混ぜ棒を目に見えない速度で振るう。まさに自動泡だて器。他の人には真似できない真祖の特技と言っていい。
「うぉぉぉぉっ!」
「あっ、リリ様、もうそれくらいで!」
「ん、これくらい?」
「完璧です」
シャロンが全卵と卵黄と砂糖を混ぜて泡になったものを注意深く確認している。
かき混ぜすぎてもいけないし、混ぜなさすぎてもいけない。
オーナーの私は、この微妙な匙加減がわからない。
でも、シャロンはその鋭敏な感覚を頼りに、見極めはプロの領域だ。
「やはり完璧のはずですが……」
シャロンが眉を寄せた。
キッチンの上には、一昨日作ったカステラ、昨日作ったカステラが並んでいる。
朝から味見をして、意見を聞かせてほしいというので、率直に言った。
――生地が重い、と。
口の中でふわっとした感じが足りないのだ。
焼き上がりの表面もツルっとしているし、底には結晶化した砂糖を砕いてザラメが付いているし、もうカステラと呼べるお菓子だ。
でも、もう一息。
「シャロン様、どなたかが水飴を入れると美味しいとおっしゃっていましたわ」
金髪のユミィが短い髪を揺らした。
彼女は調理の邪魔になるからと腰までの長い髪をばっさりカットしていた。妹のルリィもユミィと同様だ。
髪を切った日が、私がサラマンダーを召喚した日とかぶるので、とても申し訳ない気持ちになるのだけれど。
「確かに……でも、水飴を作ることでコストがさらに膨らんでしまいます。リリ様の目標は鉄銭一枚でも安く作ることですのに」
「ですが、シャロン様、これはリリ様が開かれる『ちっちゃなケーキ屋さん』の看板商品の一つですわ。予定ではケーキにつなげるための入り口の一つ。コストも大切ですが、何より皆さんに喜んでもらえる味を追求すべきでは? まして――」
ユミィが私に視線を向けて、言った。
「リリ様ご自身が――生地が重い、とおっしゃったのですから、それを解消するのが私たち配下の務めです」
「……その通りですね。もう一度やり直しましょう。少し急ぎすぎたようです」
シャロンが肩の力を抜くように目尻を下げた。
その視線がこちらに向いた。
「もう少し、もう少しだけ、お時間を頂戴しても構いませんか?」
「もちろん! 私も、まだまだ混ぜるよ!」
「ありがとうございます。あっ、そういえば、頼んでいた焼きごても届きましたので、ぜひリリ様に見ていただきたくて」
「焼きごて? そんなの頼んでたの?」
「はい。使っていける商品にはぜひ押していこうかと思いまして」
シャロンは朗らかに言って、鉄製の焼きごてを持ってきた。
印面を確認すると、にっこりと笑う幼女の顔が――あれ? 私じゃない?
「いかがでしょうか? リリ様のお顔を少しだけデフォルメさせていただいたのですが」
「顔はちょっと……恥ずかしいかも」
こんなに幸せそうな自分の顔をお菓子に押していくのは――って、誰がこんな顔を提供したんだ。
そう思ったときだ。
シャロンは笑みを浮かべて私の手を取り、膝を折ってしゃがみこむと、俯き加減になっていた私を覗き込むような体勢になった。
「リリ様の印を見るだけで、みなが幸せになるようになったときこそ――リリ様が望むカステラやケーキが世界に広まったときかと思います」
シャロンがそう言って立ち上がった。
「正直に申し上げると、『ちっちゃなケーキ屋さん』は、私たちヴァンパイアと、ディアッチ様、そしてプルルス様が関係しています。国王も商業ギルドの皆さんも、ルヴァンさんも口には出さなくともご存知です。普通の人間や獣人は、近寄らないかもしれません。老若男女に受け入れられるように店を整えましたが、以前であれば店員が私たちの時点でダメだったかもしれません。けれど、真祖であるリリ様が現れたときから、この国の支配層は変わりました。鬱屈した空気は和らぎ、恐怖が去り、他種族がのびのびと生活する雰囲気を感じるようになりました。ですから――」
シャロンがほほ笑んだ。
「私は、このリリ様の印を広めたいのです。この流れがとても心地よいのです。これだけは、私のわがままなのです。どうか、お許しください」
私は憮然とした表情で唇を尖らせた。
「……そこまで言われて、私が断れると思う?」
「思いません。リリ様なら、きっと受け入れてくださると確信しておりました」
「意外と強情な一面もあるんだね」
シャロンが天使のような笑みを返す。
私は眉を寄せて苦笑いする。
「だよねー、私が嫌がる理由って恥ずかしいってだけだもん」
「店の看板も手配しておりますが、そこにもしっかりと、この焼きごてのデザインを使っております」
「手回しが早い」
「お褒めに預かり光栄です」
「ちなみに、これ誰が描いたの?」
「アテル様から指導を受けつつ、そちらのルリィが描きました」
銀髪の妹の方か。姉のユミィはたまに話すけど、ルリィはほとんどしゃべらない。
じっと見つめると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
今度、じっくりと酒場で問い詰めないといけない。姉の後ろに隠れられないよう、一対一で。アテルも内緒にしてたから、ちょっとだけ叱らないと。
「もう、みんな勝手なことしすぎ! 私がなんにも言ってないことまで進んでるんだもん」
「リリ様、良いお店にいたしましょうね」
「それ、答えになってないから!」
シャロンは片手を口に当てて、くすくすと笑みをこぼした。
有能な社員は有能すぎて、ポンコツの私の手には負えませんね。
「これらかも、よろしく! でも、相談してね!」
そう伝えるのが精いっぱいだった。
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