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9 生まれ変わったけど、こいつダメかも?
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《聖像ドミナ》を見送ってから、ふと降臨書に変化があることに気づいた。
ページの中ほどに薄ぼんやり光っているページがあった。
開いてみると――
「ガロンが更新された?」
種族名ガロン――つまりさっきのディアッチだ。
画面にそんなメッセージと共に、『スキルが更新されました』と表示されている。
特に変わったスキルは無いけれど。
《会心剣》だけは使っていたのを覚えている。弱点は聖属性であることも変わっていない。
でも、このタイミングで更新された理由は、間違いなく私が倒したからだ。
降臨書は、倒すか、仲間にしたときに更新される。
興味が湧いた。
ゲーム内のお金を費やすことに決定。
☆5程度なら、だいぶ安い。
光の粒子がすっと集合し、角を持つ牛のような四つ足のモンスターが顕現した。
驚いたことに、ガロンは5メートル級の体を丸め、大きな斧を地面に置いて、私の前で真摯に膝をついていた。
「主よ。ご命令により降臨致しました」
「う、うん」
ぎょろぎょろと奇怪な動きをしていた目玉は、しっかりとこちらを見つめ、憂いを帯びたように潤んでいる。
すごいギャップだ。
出会ったときのディアッチとは別人だ。
でも、これはいい機会じゃないだろうか。
降りかかってきた火の粉とは言っても、ディアッチは私が倒してしまった。
この子をプルルスの元に返してごまかしてもらえたら、荒事は当分先送りできそうな気がする。
ばれなければ――だけど。
「主よ、何かお悩みでしょうか? このガロンがお役に立ってみせましょう」
「お、うん……」
どうしようかとさらに悩む。
まあ、ばれたらばれたでいいか。
どっちにしろ、プルルスには嫌われているだろうし。
「ガロン……あなた、今からディアッチって名前を名乗ってくれる?」
「主の望みとあらば。我が、生前の名ですね」
「……生きてたときの記憶があるの!?」
「主よ、その通りです。愚かにも主に盾突いたことは慙愧に堪えませぬ。我はなぜあのような真似をしたのか。そもそも――」
「まあ、それは置いとくとして……もしかして、プルルスっていうヴァンパイアも知ってる?」
「《教祖プルルス》、朧げながら存じております。主のことほどではありませぬが」
「そうなんだ」
死んだときの記憶が一番強く残っている感じかな。
記憶がないのが前提だったから、この辺りをさまよいながらプルルスの部下に拾ってもらおうと思ってたんだけど、これは都合がいい。
「ディアッチ、あなたにはプルルスの監視をお願いします。居城とか隠しごととかを秘密裏に探って。どんな形でもいいから、私に報告を。もしプルルスにばれたら逃げてよし」
「承知しました」
雑だけど完璧な作戦だ。
これでアテルを盗られて怒っているとか、ウィミュという贄を失って怒り狂っているとかわかるようになる。
ただ――
私はディアッチをちらりと見た。
純真な大きな瞳が少し潤んでいて、頑なな光を宿している。
大丈夫だろうか。元々、ちょっと壊れた感じだったのに、今は賢そうすぎる。
「ディアッチ、ちょっと練習しよっか」
「練習……つまり、試練でしょうか?」
「まあ、似たような感じなんだけど……ちょっと、そのままだと前と感じが違いすぎるから……えっと、何を叫んでたっけ……」
あれ?
あっさり終わりすぎて、いまいち記憶に残ってない。
《聖なる杯》で苦しんでいた印象が強すぎる。
繰り返し、首の黄金比率がどうとか言ってたような気がするんだけど。
「主よ、我にどのような試練を与えてくださるのでしょうか?」
「そうね……とりあえず、私の言ったことを繰り返して。いくよ――いじる! いじる! 首をいじるぅぅぅ! 首の黄金比率ぅぅぅ!」
「はっ! 繰り返します――いじる! いじる! 首をいじるぅぅぅ! 首の黄金比率ぅぅぅ!」
「すばらしい! さすが、記憶に残ってるだけある!」
「お褒めにあずかり光栄です」
誇らしげなディアッチが胸を張った。
それにしても、山に響きわたるような、とんでもない大声だ。
思わず耳を塞ぎそうになったのは内緒だ。
「続けるよ――この、腐れ芋虫がぁ! 無様に這いまわって謝罪せよ!」
「繰り返します――この、腐れ芋虫がぁ! 無様に這いまわって謝罪せよ!」
「エクセレント! いいできよ。それを、そうね……プルルスの元に戻ったら必要なときに使って」
「承知しました。我が全身全霊を賭けて」
「お願いね」
これで、だいぶ壊れた感じが演出できる。
ついでに――
「ディアッチ、これを使って」
「おぉ、主よ。これは神のアイテムではないですか! 私ごときに……感涙にむせび泣きそうです」
「おおげさすぎ」
レベルアップアイテムを十個使用。
☆5でレベル48だったディアッチは、一気にレベル58に上昇。
って、さらに体が大きくなった気がする。
気のせいだろう。
そもそも、このゲームはレベルよりステータスの上昇が鍵なのだ。
レベルが上がらなければ上位スキルが使えないだけで、ぶっちゃけ初期レベルでもめちゃくちゃ強いモンスターが作れたりする。
「よし、ディアッチ、行ってきて! しっかり、輪に溶け込むように」
「主の期待に応えてみせます! では!」
巨体を起こしたディアッチが斧を片手に空に飛びあがった。
意外に空を飛べるとか高性能だ。
私も飛んでみたい。
「いやー、我ながらいい案だったかも。まさか記憶が残ってるとか思わないし」
晴れ晴れとした気持ちで深呼吸をする。
手を組んで太陽に向け、背筋を伸ばした。
すると、同じタイミングで遠くから見慣れた二人が駆けてきた。
アテルとウィミュだ。
特にアテルの表情は固い。視線が何度もディアッチの飛んで行った方角を見ていた。
息も絶え絶えに言った。
「リリーン様、おケガはないですか!? 今のは、嗜虐翁では!?」
「……誰それ?」
「《教祖プルルス》の側近の一人です。あの後ろ姿、間違いありません! 何か、何か、私のことでご迷惑を!?」
「全然。むしろ、私に協力してくれるって」
「へ? きょ、協力? あの、嗜虐翁がですか!? ありえません! 絶対に騙されています!」
アテルの瞳は本気だ。
確かに元のディアッチとは永遠に分かりえないと思う。
私も無理だ。
ウィミュが割って入った。
「それより、それより、さっきの地面が何度も揺れたのはなんなの? 私たち、リリーン様がなにかに巻き込まれたんじゃないかって心配で仕方なくて」
「うん、色々あったけど大丈夫。心配してくれてありがとね」
「ほんとにケガしてない?」
「元気、元気」
私は細い腕を広げてくるりと回った。
どこも血は流れていないし。ケガもない。
二人は心の底から脱力したような表情を見せた。
「ねえ、二人とも――私、今日から、『リリ』っていう名前を名乗ることにしたから。いいよね?」
「それは……もちろん」
アテルがぽかんと口をあけて同意する。
ウィミュが隣で首をかしげた。
リリーンが種族名なら、誰か私の正体に気づく人がいるかもしれない。
それなら個体名として『リリ』を名乗ることは悪くないはず。
「それと、『リリ』はリリーンとは違うから、アテルとウィミュと友達ね」
「……どういう意味でしょうか?」
「アテルは、私の名前に『様』をつけないでってこと」
「ええっ!? 無理です! 私はリリーン様の眷属なのですよ!? 主を呼び捨てなんて」
「じゃあ、もう置いていく」
その言葉に、アテルがぴたりと止まる。
そして、ひどく恐縮した様子で、「リリ……と呼びます」と口にした。
「よしよし。それでよし。ウィミュは大丈夫よね?」
「うん! リリって呼んでってことでしょ? いいよ! 私は呼びやすくて好き!」
「うんうん。ウィミュはかわいいなぁ」
私がそう言うと、ウィミュは「友達は耳を触るの」と膝を折って両耳をさし出した。
撫でてほしいらしい。
さわさわと撫でると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。
アテルがそれを間に入って止める。
「な、な、何をしているんですか!?」
「友達の挨拶だよ」
「ウサギ族はいい慣習があるね。アテルもなでなでする? それともしたい?」
「私は……そんな、リリ…………の耳を、撫でるなんて……」
「じゃあ、私が撫でてあげる」
「や、や、やめてください! 恥ずかしい! ひぃぃぃっ!?」
ページの中ほどに薄ぼんやり光っているページがあった。
開いてみると――
「ガロンが更新された?」
種族名ガロン――つまりさっきのディアッチだ。
画面にそんなメッセージと共に、『スキルが更新されました』と表示されている。
特に変わったスキルは無いけれど。
《会心剣》だけは使っていたのを覚えている。弱点は聖属性であることも変わっていない。
でも、このタイミングで更新された理由は、間違いなく私が倒したからだ。
降臨書は、倒すか、仲間にしたときに更新される。
興味が湧いた。
ゲーム内のお金を費やすことに決定。
☆5程度なら、だいぶ安い。
光の粒子がすっと集合し、角を持つ牛のような四つ足のモンスターが顕現した。
驚いたことに、ガロンは5メートル級の体を丸め、大きな斧を地面に置いて、私の前で真摯に膝をついていた。
「主よ。ご命令により降臨致しました」
「う、うん」
ぎょろぎょろと奇怪な動きをしていた目玉は、しっかりとこちらを見つめ、憂いを帯びたように潤んでいる。
すごいギャップだ。
出会ったときのディアッチとは別人だ。
でも、これはいい機会じゃないだろうか。
降りかかってきた火の粉とは言っても、ディアッチは私が倒してしまった。
この子をプルルスの元に返してごまかしてもらえたら、荒事は当分先送りできそうな気がする。
ばれなければ――だけど。
「主よ、何かお悩みでしょうか? このガロンがお役に立ってみせましょう」
「お、うん……」
どうしようかとさらに悩む。
まあ、ばれたらばれたでいいか。
どっちにしろ、プルルスには嫌われているだろうし。
「ガロン……あなた、今からディアッチって名前を名乗ってくれる?」
「主の望みとあらば。我が、生前の名ですね」
「……生きてたときの記憶があるの!?」
「主よ、その通りです。愚かにも主に盾突いたことは慙愧に堪えませぬ。我はなぜあのような真似をしたのか。そもそも――」
「まあ、それは置いとくとして……もしかして、プルルスっていうヴァンパイアも知ってる?」
「《教祖プルルス》、朧げながら存じております。主のことほどではありませぬが」
「そうなんだ」
死んだときの記憶が一番強く残っている感じかな。
記憶がないのが前提だったから、この辺りをさまよいながらプルルスの部下に拾ってもらおうと思ってたんだけど、これは都合がいい。
「ディアッチ、あなたにはプルルスの監視をお願いします。居城とか隠しごととかを秘密裏に探って。どんな形でもいいから、私に報告を。もしプルルスにばれたら逃げてよし」
「承知しました」
雑だけど完璧な作戦だ。
これでアテルを盗られて怒っているとか、ウィミュという贄を失って怒り狂っているとかわかるようになる。
ただ――
私はディアッチをちらりと見た。
純真な大きな瞳が少し潤んでいて、頑なな光を宿している。
大丈夫だろうか。元々、ちょっと壊れた感じだったのに、今は賢そうすぎる。
「ディアッチ、ちょっと練習しよっか」
「練習……つまり、試練でしょうか?」
「まあ、似たような感じなんだけど……ちょっと、そのままだと前と感じが違いすぎるから……えっと、何を叫んでたっけ……」
あれ?
あっさり終わりすぎて、いまいち記憶に残ってない。
《聖なる杯》で苦しんでいた印象が強すぎる。
繰り返し、首の黄金比率がどうとか言ってたような気がするんだけど。
「主よ、我にどのような試練を与えてくださるのでしょうか?」
「そうね……とりあえず、私の言ったことを繰り返して。いくよ――いじる! いじる! 首をいじるぅぅぅ! 首の黄金比率ぅぅぅ!」
「はっ! 繰り返します――いじる! いじる! 首をいじるぅぅぅ! 首の黄金比率ぅぅぅ!」
「すばらしい! さすが、記憶に残ってるだけある!」
「お褒めにあずかり光栄です」
誇らしげなディアッチが胸を張った。
それにしても、山に響きわたるような、とんでもない大声だ。
思わず耳を塞ぎそうになったのは内緒だ。
「続けるよ――この、腐れ芋虫がぁ! 無様に這いまわって謝罪せよ!」
「繰り返します――この、腐れ芋虫がぁ! 無様に這いまわって謝罪せよ!」
「エクセレント! いいできよ。それを、そうね……プルルスの元に戻ったら必要なときに使って」
「承知しました。我が全身全霊を賭けて」
「お願いね」
これで、だいぶ壊れた感じが演出できる。
ついでに――
「ディアッチ、これを使って」
「おぉ、主よ。これは神のアイテムではないですか! 私ごときに……感涙にむせび泣きそうです」
「おおげさすぎ」
レベルアップアイテムを十個使用。
☆5でレベル48だったディアッチは、一気にレベル58に上昇。
って、さらに体が大きくなった気がする。
気のせいだろう。
そもそも、このゲームはレベルよりステータスの上昇が鍵なのだ。
レベルが上がらなければ上位スキルが使えないだけで、ぶっちゃけ初期レベルでもめちゃくちゃ強いモンスターが作れたりする。
「よし、ディアッチ、行ってきて! しっかり、輪に溶け込むように」
「主の期待に応えてみせます! では!」
巨体を起こしたディアッチが斧を片手に空に飛びあがった。
意外に空を飛べるとか高性能だ。
私も飛んでみたい。
「いやー、我ながらいい案だったかも。まさか記憶が残ってるとか思わないし」
晴れ晴れとした気持ちで深呼吸をする。
手を組んで太陽に向け、背筋を伸ばした。
すると、同じタイミングで遠くから見慣れた二人が駆けてきた。
アテルとウィミュだ。
特にアテルの表情は固い。視線が何度もディアッチの飛んで行った方角を見ていた。
息も絶え絶えに言った。
「リリーン様、おケガはないですか!? 今のは、嗜虐翁では!?」
「……誰それ?」
「《教祖プルルス》の側近の一人です。あの後ろ姿、間違いありません! 何か、何か、私のことでご迷惑を!?」
「全然。むしろ、私に協力してくれるって」
「へ? きょ、協力? あの、嗜虐翁がですか!? ありえません! 絶対に騙されています!」
アテルの瞳は本気だ。
確かに元のディアッチとは永遠に分かりえないと思う。
私も無理だ。
ウィミュが割って入った。
「それより、それより、さっきの地面が何度も揺れたのはなんなの? 私たち、リリーン様がなにかに巻き込まれたんじゃないかって心配で仕方なくて」
「うん、色々あったけど大丈夫。心配してくれてありがとね」
「ほんとにケガしてない?」
「元気、元気」
私は細い腕を広げてくるりと回った。
どこも血は流れていないし。ケガもない。
二人は心の底から脱力したような表情を見せた。
「ねえ、二人とも――私、今日から、『リリ』っていう名前を名乗ることにしたから。いいよね?」
「それは……もちろん」
アテルがぽかんと口をあけて同意する。
ウィミュが隣で首をかしげた。
リリーンが種族名なら、誰か私の正体に気づく人がいるかもしれない。
それなら個体名として『リリ』を名乗ることは悪くないはず。
「それと、『リリ』はリリーンとは違うから、アテルとウィミュと友達ね」
「……どういう意味でしょうか?」
「アテルは、私の名前に『様』をつけないでってこと」
「ええっ!? 無理です! 私はリリーン様の眷属なのですよ!? 主を呼び捨てなんて」
「じゃあ、もう置いていく」
その言葉に、アテルがぴたりと止まる。
そして、ひどく恐縮した様子で、「リリ……と呼びます」と口にした。
「よしよし。それでよし。ウィミュは大丈夫よね?」
「うん! リリって呼んでってことでしょ? いいよ! 私は呼びやすくて好き!」
「うんうん。ウィミュはかわいいなぁ」
私がそう言うと、ウィミュは「友達は耳を触るの」と膝を折って両耳をさし出した。
撫でてほしいらしい。
さわさわと撫でると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。
アテルがそれを間に入って止める。
「な、な、何をしているんですか!?」
「友達の挨拶だよ」
「ウサギ族はいい慣習があるね。アテルもなでなでする? それともしたい?」
「私は……そんな、リリ…………の耳を、撫でるなんて……」
「じゃあ、私が撫でてあげる」
「や、や、やめてください! 恥ずかしい! ひぃぃぃっ!?」
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