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036怪しい靴屋さん
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波乱の一幕を終えて、俺達はさっさと場を離れた。
横やりが入って目的を忘れそうになるけれど、とんがり帽子の建物に向かっている最中だったのだ。
「ナギ、どうかした?」
「いえ、別に……」
さっきの特大の火魔法がぶつかったと思ってからだ。
ブレスレットのふりをしている白雪がムズムズしている。
ちらっと視線を下ろすと、微妙に太さも変わっている気がする。
はっきり言って――あの魔法は当たっていたと思う。
でも俺は何もしていないし、ガドが言ったように「防ぐ」術もない。
となると、やっぱり白雪が何かしたのだ。
《喚び魔の笛》でやってきた生物も食べてしまったし、色々とヤバい能力を持っている気がする。
早いうちに調べるべきだ。
というか、こういう時にこそ黒の創造神セレリールが出てきたらいいのに。
「ここだねー」
「意外と……といったら悪いかもしれないですけど、綺麗な外観ですね」
古びた屋根からは想像できないほど掃除が行き届いた店――
靴の看板が出ているのはなぜ?
「店、間違えましたか?」
「とんがり屋根はここだけだから合ってるよ。とにかく入ろう」
「危険じゃないですか? さっきの例もあるし、闇魔法の使い手なんですよね? 実はネクロマンサーで死体が襲ってくるとか、即死トラップがあるとか警戒を……」
「言ってること全然わからないけど、たぶん大丈夫――こんにちはー!」
「はやっ! もっと警戒した方がいいって! 闇って絶対ヤバいし!」
などと訴えていてもアルメリーは少しも止まらない。
がらんとした室内につかつかと侵入し、さらに声をあげる。
「誰かいませんかー?」
アルメリーが首を傾げると、奥から誰かがパタパタと走ってくる音がした。
俺は心の準備をしつつ、どんな事態も受け入れられるよう無表情で待った。
「あっ、いらっしゃーい!」
しかし、やってきたのはほっそりした長身の女性だった。
長い金髪を後頭部でくくり、控えめな黄色のエプロンを身に着けた華やかな雰囲気。
たおやかな足取りが上品さを醸し出している。
彼女はわずかに瞳を輝かせアルメリーの足下に視線を落としてから顔を上げた。
「靴の注文でしょうか? なかなか丈夫そうな靴を履いてらっしゃるけど、冒険者の方? 人狼の方とは珍しいわ」
「あっ、私じゃなくて用事があるのはナギの方で……」
アルメリーが俺の背中をぐっと押して前に押し出した。
「……こんにちは。初めまして」
型どおりの挨拶をする間に、女性の視線がまた靴に注がれる。
「あぁ、なるほど……足に合わないのね。間に合わせでしょ? 随分擦れて痛いんじゃない?」
「ええ……まあ、それはそうなんですけど……」
女性がにっこり微笑み、膨らんだ胸にとんと自分の拳を当てた。
本当に天使のような笑みだ。
『何も見えなければ』きっと俺は嬉々として靴の話をし、有り金をはたいて靴の注文をしていただろう。
「どなたに聞いてこられたかわからないけれど、お姉さんに任せといて。小さい靴屋だけど、腕には自信があるのよ。うんと丈夫であなたの足にぴったりあった靴を作ってみせるから」
「あ、あの……」
「どの皮がいいかしら、採寸して木型を作ってアッパーとスケジュールは……」
「あの!」
自分の世界に入りかけていた女性がくりっとした青い瞳を向けた。
「なあに?」
おっとりした口調はどこか温かみがあり間延びしている。
何でも訊いて――と優しい表情が浮かんでいた。
だから、俺は尋ねた。
「《闇》魔法のすごい人……がこちらにいるんですよね? もしかしてご本人……とか?」
その瞬間、室内に冷気と混沌と陰鬱をブレンドしたような空気が一気に満ちた。
やっぱりな――この人だ。
「あ……」
気がつけば超絶不機嫌そうな女性が立っていた。
眉間には深い皺が寄せられ、瞳が歪に歪んでいる。
そしてそのピンク色の唇から紡がれる低音のボイス。
「まぁた、冷やかし野郎か」
たおやかな女性はどこにもいなかった。
全力で宇宙の果てまで飛んでいったようだ。
数秒前のイメージは木っ端微塵となり、今すぐ背を向けて逃げ出したい気分だった。
「すごっ」
こんな空気の中でもアルメリーはマイペースに驚いている。どこか面白がっている気配もある。
うちの仲間も超人である。
俺もあわよくばとは思っていた。
こんな美人が闇のプロフェッショナルですごい人だと思えない。
きっと店を間違えた。全部、ナユラさんの地図の誤りだ、と。
「えっと……ギルドに……紹介されまして。闇の適性があるとかで……」
女性は超絶めんどくさそうにひらひらと片手を振った。
それ以上言うな、と。
「知ってる、知ってる。ギルドってのはちょっと闇に適性が出たらみんな私のところに押しつけて来るからな。闇ってのは繊細だ。適性があるから使えるってものじゃない。ちょっと適性があって使えるなら、全属性魔法を使えるやつが何人も出てくる。無茶苦茶なんだよ」
「はぁ……」
「弟子になりたいとかなら却下だ。ギルドがごちゃごちゃ言うなら直接私に理由を聞きに来いと言っておけ。いくらでも説明してやる」
とりつく島もなかった。
なんと、すばらしい!
弟子になるつもりはさらさらないけれど、断ってもらえるならこれ以上ない行幸。
俺は表情だけ苦渋にゆがめてくるりと背を向けた。
「そういうことなら、仕方ないですね! アルメリー、帰りましょう。今すぐ! 邪魔してはいけないので」
「待て」
「え?」
「靴は?」
「くつ?」
「貴様の靴は足に合ってない。何かの縁だ。安心しろ。靴は作ってやる」
「え、いや……靴はまた別の店で――」
女性の瞳が一気につり上がった。
綺麗でたおやかな指が、腕が伸びて俺の胸ぐらをぐいっと掴み上げた。
吐息がかかるほどの距離で、低い声がかかる。
「私の靴がそこらの店に負けると?」
「い、いや全然そういう話はしてなくてですね……あっ、そうだ! お金がないんです! ね? アルメリー、お金無いですよね?」
「お金はない。困った……」
「そうなんです! だからまた別の機会で……」
「金はいらない」
「ええっ?」
「冒険者なんだろ? 私の靴を履いて活躍しろ。宣伝しろ。それだけでいい。いいからこっちに来い。採寸する」
こんな細腕のどこに大男顔負けの力が眠っているのだろうか。
元々体力のない俺は、引きずられるまま地下の工房らしき部屋に連れ込まれた。
「まずは皮の材質を決める」
「あの……俺はナギです。せめてお名前だけ」
「……ミュリカだ」
ぽつりと言って、なぜかぶっきらぼうに視線を逸らした。
なんて可愛らしい名前だ。
ギャップがひどすぎるが。
「知っているだろうが、人間の魔力には個性がある」
全然知りません。
「靴は大地と接する大事な道具なんだ。個性にあった皮を用意し、その者の魔力に合わせて微調整する必要がある」
「……なるほど」
ミュリカさんの視線は怖いほど俺の足に釘付けだ。
確かにひどい靴擦れを薬草で治していたけれど、靴が変わると楽になるのだろうか。
「さらにそこに私オリジナルの闇魔術を練り込む」
「……なるほど」
「そうすると魔力を使う冒険者の動きが飛躍的によくなる」
「……なるほど」
「この研究だけで10年かかったというのに靴は全然売れない」
ミュリカさんの声が徐々に小さくなっていく。
「魔力伝導率も魔力抵抗も一級品なのに、動きにくいと評判だ」
「それはまた……」
「だから宣伝しろ。宣伝が足りないだけだ」
「いや、でも動きにくいんですよね?」
「そんなはずはない!」
言の端を切り飛ばすような苛烈な反応とともに、ミュリカさんが床を平手で叩いた。
息が詰まるほどの金色のオーラが噴出された。
やっぱりだ。
ミュリカさんはガドと違って必要なときに必要な魔力を扱うタイプだ。
「まずは貴様の魔力を調べる。ここに片足ずつ突っ込め」
目の前にバケツが二つ用意された。
中を覗き込むと――闇が溜まっているのではないか。
思わず頬が引きつりそうになる。
「これ大丈夫なんですか? ちょっと邪悪な感じが漂って……」
「安心しろ。闇が貴様の体の中を通り抜けるだけだ。私オリジナルの検査方法で誰にも真似できない」
ミュリカさんはとても誇らしそうに笑った。
この人、不器用だけど悪い人じゃない気がする。
仕事に変態である点に変わりないけれど。
俺は恐る恐る足をつけて、そのまま数分待った。
バケツの中身は黒いままだ。
熱も不快さもない。
ミュリカさんが片時も視線を離さず、右側のバケツを覗き込んでいる。
なぜか水面に映っている顔が怖い。
「……貴様、闇に適性があるな」
「ギルドでそう言われたって最初にいいましたよね? ナユラさんの紹介もありますし。ね、アルメリー?」
「ナギの検査紙の裏は黒い水玉だったもんね」
「ちょっと気持ち悪い感じでした」
「そうか……しばらく待っていろ」
横やりが入って目的を忘れそうになるけれど、とんがり帽子の建物に向かっている最中だったのだ。
「ナギ、どうかした?」
「いえ、別に……」
さっきの特大の火魔法がぶつかったと思ってからだ。
ブレスレットのふりをしている白雪がムズムズしている。
ちらっと視線を下ろすと、微妙に太さも変わっている気がする。
はっきり言って――あの魔法は当たっていたと思う。
でも俺は何もしていないし、ガドが言ったように「防ぐ」術もない。
となると、やっぱり白雪が何かしたのだ。
《喚び魔の笛》でやってきた生物も食べてしまったし、色々とヤバい能力を持っている気がする。
早いうちに調べるべきだ。
というか、こういう時にこそ黒の創造神セレリールが出てきたらいいのに。
「ここだねー」
「意外と……といったら悪いかもしれないですけど、綺麗な外観ですね」
古びた屋根からは想像できないほど掃除が行き届いた店――
靴の看板が出ているのはなぜ?
「店、間違えましたか?」
「とんがり屋根はここだけだから合ってるよ。とにかく入ろう」
「危険じゃないですか? さっきの例もあるし、闇魔法の使い手なんですよね? 実はネクロマンサーで死体が襲ってくるとか、即死トラップがあるとか警戒を……」
「言ってること全然わからないけど、たぶん大丈夫――こんにちはー!」
「はやっ! もっと警戒した方がいいって! 闇って絶対ヤバいし!」
などと訴えていてもアルメリーは少しも止まらない。
がらんとした室内につかつかと侵入し、さらに声をあげる。
「誰かいませんかー?」
アルメリーが首を傾げると、奥から誰かがパタパタと走ってくる音がした。
俺は心の準備をしつつ、どんな事態も受け入れられるよう無表情で待った。
「あっ、いらっしゃーい!」
しかし、やってきたのはほっそりした長身の女性だった。
長い金髪を後頭部でくくり、控えめな黄色のエプロンを身に着けた華やかな雰囲気。
たおやかな足取りが上品さを醸し出している。
彼女はわずかに瞳を輝かせアルメリーの足下に視線を落としてから顔を上げた。
「靴の注文でしょうか? なかなか丈夫そうな靴を履いてらっしゃるけど、冒険者の方? 人狼の方とは珍しいわ」
「あっ、私じゃなくて用事があるのはナギの方で……」
アルメリーが俺の背中をぐっと押して前に押し出した。
「……こんにちは。初めまして」
型どおりの挨拶をする間に、女性の視線がまた靴に注がれる。
「あぁ、なるほど……足に合わないのね。間に合わせでしょ? 随分擦れて痛いんじゃない?」
「ええ……まあ、それはそうなんですけど……」
女性がにっこり微笑み、膨らんだ胸にとんと自分の拳を当てた。
本当に天使のような笑みだ。
『何も見えなければ』きっと俺は嬉々として靴の話をし、有り金をはたいて靴の注文をしていただろう。
「どなたに聞いてこられたかわからないけれど、お姉さんに任せといて。小さい靴屋だけど、腕には自信があるのよ。うんと丈夫であなたの足にぴったりあった靴を作ってみせるから」
「あ、あの……」
「どの皮がいいかしら、採寸して木型を作ってアッパーとスケジュールは……」
「あの!」
自分の世界に入りかけていた女性がくりっとした青い瞳を向けた。
「なあに?」
おっとりした口調はどこか温かみがあり間延びしている。
何でも訊いて――と優しい表情が浮かんでいた。
だから、俺は尋ねた。
「《闇》魔法のすごい人……がこちらにいるんですよね? もしかしてご本人……とか?」
その瞬間、室内に冷気と混沌と陰鬱をブレンドしたような空気が一気に満ちた。
やっぱりな――この人だ。
「あ……」
気がつけば超絶不機嫌そうな女性が立っていた。
眉間には深い皺が寄せられ、瞳が歪に歪んでいる。
そしてそのピンク色の唇から紡がれる低音のボイス。
「まぁた、冷やかし野郎か」
たおやかな女性はどこにもいなかった。
全力で宇宙の果てまで飛んでいったようだ。
数秒前のイメージは木っ端微塵となり、今すぐ背を向けて逃げ出したい気分だった。
「すごっ」
こんな空気の中でもアルメリーはマイペースに驚いている。どこか面白がっている気配もある。
うちの仲間も超人である。
俺もあわよくばとは思っていた。
こんな美人が闇のプロフェッショナルですごい人だと思えない。
きっと店を間違えた。全部、ナユラさんの地図の誤りだ、と。
「えっと……ギルドに……紹介されまして。闇の適性があるとかで……」
女性は超絶めんどくさそうにひらひらと片手を振った。
それ以上言うな、と。
「知ってる、知ってる。ギルドってのはちょっと闇に適性が出たらみんな私のところに押しつけて来るからな。闇ってのは繊細だ。適性があるから使えるってものじゃない。ちょっと適性があって使えるなら、全属性魔法を使えるやつが何人も出てくる。無茶苦茶なんだよ」
「はぁ……」
「弟子になりたいとかなら却下だ。ギルドがごちゃごちゃ言うなら直接私に理由を聞きに来いと言っておけ。いくらでも説明してやる」
とりつく島もなかった。
なんと、すばらしい!
弟子になるつもりはさらさらないけれど、断ってもらえるならこれ以上ない行幸。
俺は表情だけ苦渋にゆがめてくるりと背を向けた。
「そういうことなら、仕方ないですね! アルメリー、帰りましょう。今すぐ! 邪魔してはいけないので」
「待て」
「え?」
「靴は?」
「くつ?」
「貴様の靴は足に合ってない。何かの縁だ。安心しろ。靴は作ってやる」
「え、いや……靴はまた別の店で――」
女性の瞳が一気につり上がった。
綺麗でたおやかな指が、腕が伸びて俺の胸ぐらをぐいっと掴み上げた。
吐息がかかるほどの距離で、低い声がかかる。
「私の靴がそこらの店に負けると?」
「い、いや全然そういう話はしてなくてですね……あっ、そうだ! お金がないんです! ね? アルメリー、お金無いですよね?」
「お金はない。困った……」
「そうなんです! だからまた別の機会で……」
「金はいらない」
「ええっ?」
「冒険者なんだろ? 私の靴を履いて活躍しろ。宣伝しろ。それだけでいい。いいからこっちに来い。採寸する」
こんな細腕のどこに大男顔負けの力が眠っているのだろうか。
元々体力のない俺は、引きずられるまま地下の工房らしき部屋に連れ込まれた。
「まずは皮の材質を決める」
「あの……俺はナギです。せめてお名前だけ」
「……ミュリカだ」
ぽつりと言って、なぜかぶっきらぼうに視線を逸らした。
なんて可愛らしい名前だ。
ギャップがひどすぎるが。
「知っているだろうが、人間の魔力には個性がある」
全然知りません。
「靴は大地と接する大事な道具なんだ。個性にあった皮を用意し、その者の魔力に合わせて微調整する必要がある」
「……なるほど」
ミュリカさんの視線は怖いほど俺の足に釘付けだ。
確かにひどい靴擦れを薬草で治していたけれど、靴が変わると楽になるのだろうか。
「さらにそこに私オリジナルの闇魔術を練り込む」
「……なるほど」
「そうすると魔力を使う冒険者の動きが飛躍的によくなる」
「……なるほど」
「この研究だけで10年かかったというのに靴は全然売れない」
ミュリカさんの声が徐々に小さくなっていく。
「魔力伝導率も魔力抵抗も一級品なのに、動きにくいと評判だ」
「それはまた……」
「だから宣伝しろ。宣伝が足りないだけだ」
「いや、でも動きにくいんですよね?」
「そんなはずはない!」
言の端を切り飛ばすような苛烈な反応とともに、ミュリカさんが床を平手で叩いた。
息が詰まるほどの金色のオーラが噴出された。
やっぱりだ。
ミュリカさんはガドと違って必要なときに必要な魔力を扱うタイプだ。
「まずは貴様の魔力を調べる。ここに片足ずつ突っ込め」
目の前にバケツが二つ用意された。
中を覗き込むと――闇が溜まっているのではないか。
思わず頬が引きつりそうになる。
「これ大丈夫なんですか? ちょっと邪悪な感じが漂って……」
「安心しろ。闇が貴様の体の中を通り抜けるだけだ。私オリジナルの検査方法で誰にも真似できない」
ミュリカさんはとても誇らしそうに笑った。
この人、不器用だけど悪い人じゃない気がする。
仕事に変態である点に変わりないけれど。
俺は恐る恐る足をつけて、そのまま数分待った。
バケツの中身は黒いままだ。
熱も不快さもない。
ミュリカさんが片時も視線を離さず、右側のバケツを覗き込んでいる。
なぜか水面に映っている顔が怖い。
「……貴様、闇に適性があるな」
「ギルドでそう言われたって最初にいいましたよね? ナユラさんの紹介もありますし。ね、アルメリー?」
「ナギの検査紙の裏は黒い水玉だったもんね」
「ちょっと気持ち悪い感じでした」
「そうか……しばらく待っていろ」
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