黒白のニンブルマキア

深田くれと

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21話 ノートマキア

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「黒曜鎧ってのはパワーはすげえ。スピードも相当だ。だが、燃費が悪い。だから、部位だけ変化させる。《境界渡り》や《世得》の障壁を瞬間的に破壊できるだけの《曜力》を込めて突き破り、こっちの技だけ叩き込む」
「それだとあんたはそれ以外の部分は生身ってことだ」
「だから、目と――《曜力》を感じる第六感ってやつを鍛えて避けるんだ」

 帯留辺の瞳が蒼く光っている。不敵に笑う姿は自信に満ちている。
 今も光矢の状態が見えているのだろう。

「一発KOのリスクがあるとわかってやるやつは、俺以外にはなかなかいないがな」
「どうして教えてくれたんだ?」
「タネがわかってもどうしようもないってのと……てめえの筋がいいからだ。《曜力》もそうだが、それ以上にスイッチが入ると、突然戦い慣れた《世得》に昇華するな。冷めたい目もいい」
「だけど、邪魔なクズだと」
「そういうことだ。運良く《世得》になれたんだろ? 何が何だかわからないまま死ぬのは憐れだろ。俺の優しさに感謝しろ」

 帯留辺が話は終えたと突っ込んでくる。
 足払い、猫だまし、膝蹴りに近接での肘の打撃。何もかも格闘技の延長線上だ。
 しかし、どこで来るかわからない瞬間的な《醒零》が止められない。
 光矢の反撃はことごとくかわされるうえ、張っているはずの障壁はガラスが割れるような音と共に難なく突破される。
 さらに、打ちこまれる一瞬の《曜力》の塊が確実に黒曜鎧と光矢にダメージを与えていく。

「呆れるほどのタフネスも好評価。普通ならとっくに黒曜鎧は砕けてるな」
「それは、どうも」

 光矢は負け惜しみを言ってから、大きくせき込んだ。
 鎧の中の《世得》にダメージを与える技というのは本当らしい。

「降参するか? 俺はクズには厳しいが、才能のあるやつには優しいぞ。ごめんなさいが言えたら、俺のフルコースを台無しにしたことを許してもいい」

 光矢は視線を一瞬だけ別方向に向けてから笑った。

「ソルベだっけ? 悪いけど、俺フルコースなんか食べたことないから、あんたの言うこと、一つもわかってないんだよ。なんか怒ってんなあ、ってくらいなんだよね」
「……あっそ」
「でもさ……怒ってんのはあんただけじゃないんだ」

 光矢は胸の前で手を広げた。
 手のひらから、ビー玉サイズの泡が次々と生まれた。
 黒いシャボン玉のようなそれは、風になびくことなく、あっという間に空間を埋め尽くしていく。
 光矢はもちろん、帯留辺もまとめて。

「なんのつもりだ? 新しい技か?」
「《曜力》って言ったっけ? ただ、それを込めただけ――丁寧に、ね。自分でもどうしてできるのかよくわかんないけど」

 光矢が走り出した。
 動きが遅い膝に力を込め、泡の中を左から帯留辺に向けて突進する。
 帯留辺は動かなかった。
 光矢が何をしたいのかわからなかったからだ。
 しかし、油断はしない。

「目くらましにしちゃ、お粗末だな」

 光矢は、左サイドから全力で右に跳んだ。
 緩急をつけた動きだが、体力の落ちた光矢の動きに翻弄されるような帯留辺ではなかった。
 しかし、突然泡が小さな破裂音を立てて割れ始めた。
 パン。
 パ、パン。
 光矢の体が振れるたびに、合唱を奏でるように壊れていく。
 そして、それは――光矢の黒曜鎧に流れる《曜力》をぼやかしていく。
 帯留辺はこの時点で狙いに気づいた。
 光矢は、弱い《曜力》を込めた爆弾を作り、《曜力》を見る帯留辺を翻弄しようとしたのだ。

「その移動はさっきと同じだろうが。こんな程度で――っ!?」

 帯留辺が光矢に向けて動き出した瞬間、目の前の泡が次々と破裂した。
 自分の《曜力》に反応するだけではなく、帯留辺にも反応させる。
 つまり、誰が触っても反応するのだ。
 しかも――数歩進んだと思えば、突然反応が止んだ。
 また数歩進めば、割れて反応する。

「ああっ、ちまちまめんどくせぇんだよ!」

 帯留辺は泡を気にすることをやめた。
 いずれにしろ、泡の中を動く光矢はとらえている。細部の《曜力》が見えずとも、大元さえ見失わなければ構わない。

「そこだっ!」

 帯留辺が軽い跳躍とともに頭上を取った。
 真下で光矢が驚いている。
 瞬間的に《醒零》を発動。
 黒曜鎧を拳の表面にのみ厚く作成し、全《曜力》を集中する。
 そして、自慢の背筋を引き絞り、落下速度と合わせて打ち抜く。
 単純だが、絶大なダメージを与える技だ。
 それを、光矢は――
 受け止めた。決死の覚悟だろうか。一挙手一投足を見逃すまいとする顔が、帯留辺の勘に障った。
 そんなもので――
 自分の防御を捨てて一点に集中させた拳が防げるはずがない。
 帯留辺は、粉々になる光矢を幻視し、拳を振り抜いた。
 爆風が起きた。
 光矢が重ねた手にヒビが入った。当然だ。
 黒曜鎧は腕から崩壊し、肩に亀裂が走る。
 そして砕けた。
 だが――
 その下に、白い鎧があった。
 帯留辺の思考に空白が生まれた。なぜ、素人が重殻を持っている――
 その瞬間、左に危険を感じた。

「《三重奏掌》(さんじゅうそうしょう)!」

 それはいつの間にか接近していた北大我だった。
 背中に三重の円。
 一瞬で消え去り、腕に巻きつく。
 帯留辺は全力で防御に《曜力》をシフトした。
 しかし、わずかに間に合わなかった。左腕が嫌な音を鳴らし、衝撃が体を突き抜ける。
 俺と似たいい技だ――と思わず感嘆するものだった。

「がぁぁっ!」

 痛さ以上に、やられたという想いが脳内をめぐった。
 吹き飛んだ瞬間に見えたのは、無数にあったはずの黒い泡が、北大我の周りだけ一つもなかったことだ。
 光矢は最初から自分で攻撃する気はなかったのだ。
 ただ、《曜力》の流れを読めるという良すぎる目をかく乱させ、狙いを光矢にのみ向かせること。北大我だけを無警戒で近づけられれば、別にどこで泡が破裂しようが関係なかったのだ。
 帯留辺はビルに別の大穴を空けた。
 やったことを完全にやり返されたうえ、まさか北大我に殴られるとは。

「いやー、派手にやられましたね」

 帯留辺は最初の場所に近い位置で仰向けになっていた。
 小柄な青年がのぞき込んだ。九々良だ。

「……お前、ほんとに何もしねえな」
「だって、帯留辺さん、全部俺がやるって言ったっすよ?」
「言ったけどよ」
「そこのクズ、感謝しなさいよ。三重奏で手加減してやったんだから」

 北大我と光矢がビルを抜けて歩いてきた。
 彼女は右腕だけ黒曜鎧を纏っている。
 それに対し、帯留辺の左腕は粉々になって千切れていた。

「これで手を抜いたのかよ。クズは手加減も下手くそだ」
「……今、ここで消滅させてもいいけど?」

 北大我の挑発に、帯留辺は「くくっ」と含み笑いを漏らす。

「腕をとばしたくらいで、強がるなよ。そっちのド素人と瀕死のクズで、俺と九々良をやれると思ってるのか」
「俺は、やらないっすよ? ぶっちゃけしんどいし」
「九々良ぁ……《世斬蔵》解除すれば、何とでもなるだろうが」
「これ解いて、次にそのビルに穴あけたら、崩壊しますって。俺はそこで飯おごってほしいんで絶対反対っす」
「んん……じゃあ仕方ねえな」

 帯留辺が無くなった左手部分を平然と眺めながら傷口をさすった。

「いつ以来か、治さないと第二ラウンドが始められねえもんな――《醒零》」
「そこまでだ、帯留辺」

 セピア色の風景の中を、色を持った人間――《世得》が歩いてきた。
 帯留辺の表情が苦虫をかみつぶしたようなものに変わった。

「無断での《世斬蔵》使用、無害な《世得》への暴行、さらに《疑似黒曜》の持ち出し――謹慎だな」
「羽斗ぉ、いいタイミングじゃねえか、誰のちくりだ?」
「誰でもいいだろ」

 羽斗と呼ばれた男は、ロマンスグレーの髪を生やした濃紺のスーツに紅いネクタイを締めた三十代くらいの《世得》だった。
 周囲を見回し、被害状況を確認しつつ、有無を言わせず「撤収しろ」と九々良に命じた。
 九々良が何かを口にすると、途端にセピア色の世界とともに、ビルの大穴などが元の状態に戻り、車や人が動き出した。

「お前も撤収だ、帯留辺。あと一カ月の謹慎な」
「くそが、死ね」

 片腕となった帯留辺は悪態をつきつつも指示に従った。
 スーツはもちろん、片腕がなくなった彼は目立ちすぎていたが、本人と九々良は何も気にしていない。

「ねえ、帯留辺さん、そのスーツだとフルコースの店、入れてもらえないんじゃない?」
「無理に決まってるだろ。腕は治っても服は治らん。今日はイタ飯に変更だ」
「マジっすか……俺、長時間がんばったのに。ってかイタ飯でも無理っぽいんじゃ?」
「ごちゃごちゃうるさい。むしゃくしゃする。おい、ド素人!」

 帯留辺が立ち止まって、光矢に呼びかけた。

「名前はなんだ?」
「……葛切光矢」
「葛切、次はもっと訓練してこい。今日みたいな二人がかりは認めねえからな」

 帯留辺が歩き出した。「ああっ、腕がいてえ」という大きな声が響いた。

「最初から、相手はこーやじゃなくて、ニンブルマキアだっての。道端でしかけてくるなんて無茶苦茶すぎ」
「北大我も結構無茶言うよな。俺が戦ってる最中に、『殴らせろ』って」
「あっ、聞こえた? 黒曜鎧って近くなら通信っぽい力あるから、聞こえたらいいなあって」
「でも、片腕だけ変化させて歩いてきたときにはびっくりした」
「まあ、いいじゃん。結果的に、こーやは防御に集中できたんだから。私もあいつを一発殴れて満足。何回クズって言われたか」

 北大我はとても満足そうに笑うが、光矢としては冷や冷やしっぱなしだった。
 なにせ、注意を自分に惹きつけなければ、北大我に攻撃が向かうかもしれないのだ。
 思いつきとはいえ、《曜力》を閉じ込めて泡にする方法がうまくいって良かった。

「聞き間違いでなければだが……葛切光矢といったかい?」
「あっ、はい」

 羽斗と呼ばれた男はその返事に目を丸くした。

「失礼、私は羽斗戸羽(はねととば)。さっきの二人組の上司に当たる《世得》だ。今回は本当に迷惑をかけてすまなかった。上司として謝罪させてほしい」
「俺はもういいですけど、……人が、一人死んでいます」
「わかっている。ご家族を探し、組織として謝罪するつもりだ。もう一人、《世得》の女性にも、怖がらせたことを謝るつもりだ」

 光矢は最初、羽斗を警戒していた。
 帯留辺の上司が信用できるはずがない。
 けれど、その態度や物腰、なぜか聞き覚えのある声には安心感があった。
 いや――光矢は会話を続けつつ、ある可能性に思い至る。

「ただ、君たちがニンブルマキアでなかったら、ここまでの事態にはならなかった。ここはノートマキアの勢力下だからね」
「ノートマキア……何度か名前は聞きましたけど、それってなんですか?」
「『この世からすべての《世得》と《世無》を消滅させる』ことを信念にした組織さ。君たちニンブルマキアは『できる限り《世得》と《世無》に第二の人生を与える』ことを目標に動くだろ。我々はその対極にいる」

 羽斗はそう言って、困ったように頭をかいた。

「だから、この街には用事がないなら近づかない方がいい。帯留辺は特にひどいが、どいつも持ってる信念は同じだ。目をつけられたら互いに面倒なことになる。早く三途渡町に戻った方がいい。街を出るまでは、私が責任を持って見守るよ」

 光矢はくいっと腕を引かれた。
 北大我が「帰ろう」と目で語っていた。

「あの、ありがとうございました。帯留辺って人を止めてくれて」
「どういたしまして。だが、次はどうなるかわからない。それと……葛切くんも、あまり《醒零》状態を長く続けない方がいい。もし、まだ自分の意思で解除できないなら、生前に嫌いだった人間のことを考えることだ」

 羽斗は心配そうに見つめている。
 光矢は言われたとおり、思い出したくない人間の顔を思い浮かべた。
 すると、嘘のように黒曜鎧が解けて消えた。

「…………消えた。どうして……」
「《醒零》は、希望や願いが鍵になるからさ。だから、その正反対を思い浮かべればいい。特に君たちのように強い《世得》は、ほとんどが、生前にその正反対に立つ人間を知っているから、一番わかりやすいはずだ」
「あ、ありがとうございます」
「私に礼など不要だよ。それより長居は無用だ。早く帰りなさい」
「……あのっ!」

 光矢の呼びかけに、羽斗が「どうした?」と答えた。

「羽斗さん……、もしかして早卒センターにいた方じゃないですか? あのとき、俺の無理を聞いてくれた……その、ありがとうございます!」

 羽斗がそっと人差し指を口元に立てて、かすかな笑みを浮かべる。
 答えは口にしなかった。
 しかし、光矢は確信を持ち、勢いよく頭を下げた。

「千丈によろしく。変わらず『良い人生を』」

 羽斗はそう言って、ひらひらと手を振って踵を返した。
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