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038 思いがけない声

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 ロアはただひたすら化け物を屠っていた。家の中まで入り込んでいるために、いちいち気配を探らなくてはいけないのがネックだった。
 しかも大半の敵は仙気掌で倒せるが、結構な確率で格の高い英霊が入っている。

 ロアは対峙すればそれがわかるので警戒できるが、街に出てきた騎士団の面々はそうもいかない。
 五人がかりなら化け物と互角に戦えるという指示を受けているのか、同じように周囲を囲むのだが、格の高い英霊の強さは桁が違うために死傷者がどんどん増えていっている。

「俺が相手します」

 負傷した騎士団の隙間を抜けて、格の高い英霊の化け物に攻撃を開始する。

(槍か……)

 騎士団の武器を片手に持った化け物は、風を切り裂くように槍をくるくる回すと、腰の後ろでぴたりと堂に入った構えを取る。

(この英霊も同じだ……)

 ロアは忸怩たる思いで一気に踏み込んでいく。槍を持つ相手に危険な行為だが、距離をずっと取られるよりはマシという判断だ。
 槍先を僅かな切り傷のみでかわして肉薄する。すると化け物は槍を放り投げて騎馬立ちという腰を落とした構えから両の掌底を凄まじい勢いで突き出した。
 これにはロアも息を呑んだ。槍の達人かと思っていたら肉弾戦も常人の域を超えていたのだ。
 ロアのガードを突き抜け、首下に一撃、腹部に一撃。同時に二つの攻撃を受けたロアは距離を取る為に跳び下がりつつ、受け身を取って熱い息を吐いた。

(まずい、仙気を散らされた)

 隙は逃さない。
 膝立ちになったロアの上空から化け物が舞い降りた。伸ばされた足は必殺の一撃か。
 地面に転がってかわしたロアはすぐに立ち上がって仙気を急速回復させる。『気』『血』『水』という一連の流れを誰もが驚くほどの速度で終わらせたロアの体が再び仙気で満ちた。
 飛び込んできた化け物の蹴りを掻い潜り、逆の足を払って地面に押し倒す。膝で両手を地面に押し付けながら、胸への一撃――仙気掌。

 化け物の動きが止まる。彼らは仙気を扱うようだが、新たに取り込むことはできないようだ。だから散らしてしまえば倒せる。

(でも、もし仙気を取り込める化け物が出てきたら)

 戦いが長引けばますます守り手が不利になる。
 ロアは内心で焦りつつも、背後で歓声をあげる騎士たちに軽く手を上げて応じてから、再び街の中を走り出した。

(また、力の無い人間を)

 今度は小さな息子をかばう母親に化け物が拳を振り上げていく。
 こんな場面ばかりだ。一歩遅かったら、右に曲がる角を間違ったら。薄氷を踏むような緊張感の中で、化け物の数だけがどんどん増えてきている。

 街中に突然現れた理由はおおよそ見当がついている。おそらく地下だ。
 共同墓地の側を通った瞬間に、その真下から気味の悪い仙気を強く感じた。普段は墓地に満ちているはずの英霊たちの気配をまるで感じないことからも、首謀者が何らかの手段でここの英霊を利用した可能性がある。
 ロアは考えを巡らせながらも化け物の背に掌打を当てる。膝から崩れたことを確認し、腰が抜けた母親と恐怖で引きつった顔の少年にニコリと笑顔を見せる。

「大丈夫ですか? ここは危険です」

 だから逃げて、という言葉を慌てて喉奥に戻した。結界で囲まれては逃げる場所がないのだ。化け物は家の中も念入りに探している。どこに逃げろ、と。
 ロアは言葉を濁してから「家の中に」と手振りを交えて促し背を向ける。

「ロア様っ!」

 ちょうどそのタイミングで馬に乗った女性が一人やってきた。第二王女クラティアの側近のユウだ。
 少々驚いたロアは目を丸くした。

「どうしてこちらに? 王女様の護衛は?」
「姫様は、私は良いから民を守れ――と」

 ユウは諦めたように深いため息をついた。一言だけだが、クラティアと一悶着あったことは容易に想像できる。
 ロアはそれには触れずに、

「化け物の中には非常に手強い者がいます。失礼ながら、ユウ様では……」

「わかっています。ですが、私とて騎士の端くれ。皆が命を賭けて戦っているときに逃げ出すようなことはしたくありません。戦えずとも、逃がす手伝いくらいはできるはずです」

 ユウは固い信念を口にする。
 それならば、とロアは背後の家を指差した。

「奥に親子がいます。安全な場所があるのなら、そちらに連れていってもらえないでしょうか? さきほど化け物に襲われていて憔悴しています」
「なるほど。お任せください。……ロア様は?」
「俺はできるだけ街の中を周ります」

 ロアはそう告げると上空を見上げた。赤、青、そして土の槍が様々な方向に放たれている。ユウも釣られて視線を上げて感慨深そうに言った。

「アルミラ様も戦っておられるようですね」
「ええ……では、俺はこれで」
「はい、ご武運を。また後ほどお会いできることを楽しみにしております」
「こちらこそ」

 軽く頭を下げたロアはとんと地面を蹴って家の屋根に乗った。そして跳び伝いながら、中央の人の多いエリアに急いで向かう。

(死人が増えすぎてる……)

 ロアは走りながら仙気の探知範囲を拡げていく。感じるのはどんどん数を減らしていく人間の気配。そして徐々に増えていく化け物の気配。特に南の門付近が酷い。途中で舗装された街路に降りると、その場にいた三体の化け物がぐるりとロアに視線を向けた。
 周囲には無数の人間が倒れていて、騎士が数人その上に被せられるように放り投げられている。

 ――ォォォッッツォ!!

 奇怪な咆哮をあげて走りくる化け物の攻撃に対し、ロアは静かに体を揺らして身をかわす。そして、次々に掌底を打ち込み、意識を刈り取っていく。
 生者がいなくなり、静まり返ったその場でロアは拳をぐっと握り込んだ。

(ダメだ。俺一人の力じゃ、まったく間に合わない。かと言って、騎士が増えると死人も増えてしまう)

 ロアは天を仰ぐ。
 英霊の意思を奪い、強制的に化け物に組み込み、人間を襲わせる。
 目的も分からなければ、対処方法も無い。逃げ道を塞がれた時点で、化け物を全て倒すか、全住民が殺されるかの道しか選べなくなってしまっている。

「でも……やるしかない。片っ端から倒すしか」

 ロアが沈みそうになる気持ちを改めて奮い立たせた時だ。
 ロア、と誰かが呼ぶ声がした。素早く振り返ったが誰もいない。
 声の主は少し苦笑いした雰囲気で、また呼んだ。

「ロア、俺だ」
「その声は……」

 聞き覚えのある声にロアは大きく目を見開いた。
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