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030 準備

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「アラギ様、収集はもう終わりではなかったのですか?」
「んー、そうだけどね」

 背後からかかった仮面男のダミ声に、アラギと呼ばれた灰色の髪を束ねた男は振り向きもせず返事をする。

「手の届くところに見えると、やっぱり収集欲がうずくじゃないか」
「まもなくグランドリアが王女を連れて帰還します。お戯れもほどほどに」
「おや? クラティアは無事だったんだね」

 アラギは大して興味無さそうに言うと、少年の背中に『普通では視えない』死霊を折りたたむようにしながら押し込んでいく。
 すると、少年の目がみるみる血走り、四肢の血管が奇怪に盛り上がっていく。

「ッゥゥ、アァァア」

 子供とは思えない野太い声をあげた少年の皮膚がぼこぼこと泡立ち、さらに異常な速度で筋肉が盛り上がっていく。
 そうして数分ほど経つと、少年は大人顔負けの身長を持った全身薄紫色の皮膚の化け物に変化していた。
 アラギが満足そうに頷いた。

「少し小さいけど、なかなか強そうだ。君もそう思わないかい? ジャグノー」
「私は真剣に対峙しなければ強さを測れません」
「んー、そうか。それは残念だ」

 アラギは軽く肩をすくめる。

「でも、いつまでもそれではダメだよ。君たちソルジャー――特にジャグノーは素晴らしい死霊の力を持っている。がんばればできるはずだ」
「ご期待に添えず申し訳ありません」

 ジャグノーは生真面目に頭を下げた。しかし、アラギは「そういうところだよ」と苦笑交じりに振り返った。

「さあ、新たな仲間もできたし、報告を聞こうかな。そうそう、王女が無事だったって話しだね。……あっちにはナイト級を一人送ったはずだけど」
「殺されました」
「殺された?」
「相手はわかっておりません」
「死体は?」
「確認しました。非常に綺麗な状態でした」

 アラギが「ふむ」と顎に手を当てて考える。
 ジャグノーは新たに仲間となったソルジャーに自分のコートをかけて姿を目立たないようにしている。少々大きすぎるようだが。

「グランドリアに殺されたというわけではないのだね?」
「それはありません。やつが城門を出たタイミングは王女が森に追い込まれたあとです。ナイト級を始末したのは別人と思われます」
「なるほど、なるほど。でも、そう短時間でナイト級をやれる騎士が国にいたかな? 護衛隊長のアドルが力を隠していた、とか?」
「どうでしょうか。魔力の量は多いですが、遠目で見る限りそこまで強いとは思えません」
「でも仙気術の使い手だと隠していたらどうだい? それだと体内だけ見ていても意味がないだろ?」
「おっしゃる通りですが、それならそもそも王女は追い込まれないはず。アドル一人でソルジャーをすべて始末できるはずですので」
「それもそうだね。まあ……わからないものは仕方ないか。でも、ナイト級を倒せる人間がいるとは興味深いな。そいつにはどんな死霊が宿っているのか」

 アラギは心を弾ませるように言う。もしナイト級ソルジャーを安安と倒せるような人間が手に入るなら、それは大幅な戦力の増強に繋がる。
 口には出さないが、目の前のジャグノーの強さを優に超えるだろう。

「で、ソルジャーの配置は予定通り終わったのかい?」

 アラギの問いに、ジャグノーが力強く頷く。元々王女を襲わせたのは別に彼女を始末したかったからではない。騎士団の目を王国の外に向けさせる為だ。
 普段、監視の厳しい騎士団だが、さすがに王女が襲われたとなれば相当数の兵を差し向けるはず。そしてその狙いは見事に成功した。
 国の三つの門の警備は手薄になったうえ、準備してきた地下通路からも難なくソルジャーを侵入させられた。

「すべてつつがなく完了しております。あとはアラギ様の合図一つで」
「ありがとう、ジャグノー」
「混沌の為なら、いかようなことでも尽力いたします」
「そうだね。中に入ってしまえば事が済んだも同然だ。この国には存分に踊ってもらうとしよう」

 アラギは薄ら笑いを浮かべると、ジャグノーと新たなソルジャーを連れて共同墓地をあとにした。
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