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028 悼む時間

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 墓は木を切り出し、十字の形に組み合わせて木の洞の中に作られた。
 化け物にやられた遺体はどれもひどい状態で、丁寧に埋めている時間も無いので身につけていた遺品を二種類集めた。
 一つはこの簡易の墓に。もう一つは遺族に渡すのだ。
 ロアは墓の前で十字を切り、言葉を発することなく祈りを捧げた。残りの者たちも瞑想し、死者を想って祈りを捧げる。
 クラティアはロアの敬虔な信者のような背中に心を打たれていた。

(この方は……墓守とおっしゃっていたけれど、どんなことをなさっているのでしょう)

 内心で興味を膨らませつつ、立ち上がったロアの行く先を目で追う。
 そしてしゃがみこんだ場所は、さっきまで戦った化け物が倒れ伏したところだ。
 これには瞠目した。クラティアやアドルにとっても、ロアにとっても敵だった者たちだ。
 そんな気持ちが誰の瞳にも宿っていたのだろう。
 ロアは正面から視線を受け止めつつ言った。

「敵、味方関係なく『死を悼む』のが墓守です」

 達観し、落ち着き払った声だった。若すぎるほどの少年だというのに、内部には揺るがない信念を感じる。
 クラティアはこれまでの自分と比べて、ロアに憧れに近い感情を抱いた。

(ロア様は戦いも精神もお強い……私とは比べ物にならない)

 ロアはその後も葬った化け物に祈りを捧げていった。

「じゃあ、森から出るか」

 すべてを終えたのち、アドルの言葉に全員が頷いた。
 まだ化け物がいるのではないかとピリピリしているが、ロアが一緒なのでクラティアとしては少し安心している。もちろんアドルやユウに申し訳ないので言葉にはしないが。

「おっ、ラッキー。馬車が生きてるな!」
「これを生きてるとは言わないような……」

 アドルの喜びの声にユウが呆れ声で返す。
 馬に引かれている箱の天井から中間がひしゃげており、器のように変わってしまっている。天井もないので何の防御力も期待できない。

「バカ、動くだけで儲けものだろうが。姫様もいるんだぞ」
「それはそうですが……姫様の威厳に……」
「私は構いませんよ」

 クラティアは心配するユウにとびっきりの笑顔を向けた。
 そして自嘲気味に、

「王家一、威厳の無い姫ですから」
「姫様ぁ……それは言っちゃダメです」
「アドルとユウしか聞いてないし、大丈夫よ」
「一応、ロア様とユーリア様もおられるので」
「あっ……」

 慌てて首を回したクラティアに、ロアが小さくかぶりを振った。

「私は何も聞こえませんでした」
「私もお兄ちゃんと同じ」
「すげー、できた兄妹だな」

 早速御者となったアドルが、大きな声で笑った。
 ユウが「気を遣わせて申し訳ありません」とロアとユーリアに謝罪し、

「では、どうぞお乗りください」

 と半壊した馬車の席にクラティアを案内してから、ロアとユーリアにも乗席を促した。
 これに驚いたのはロアだ。なぜなら彼はこれで別れるつもりだったからだ。

「あの、私達はここで」

 ロアは丁重に断った。
 しかし、それに強く反応した者が、一、二、三――全員が眉を寄せて、

「それはいけません! 命の恩人を蔑ろになどできません!」
「そうですわ! まだ御礼もできておりませんのに」
「そうだぜ。ロア殿とユーリア殿は、主とうちの部下を救ってくれた。借りは返すのが俺のルールだ」

 三者三様だが、その意見は見事に一致していた。
 ロアは若干たじろぎながら、なおも遠慮した。

「しかし……お聞きした限りではクラティア様は姫とのこと……姫様と言えば――」
「ここに姫などおりませんわ」
「そうです。従者がたった二人なのですよ。あり得ません」
「その内の一人は左手も満足に動かないポンコツだしな」

 どうやら反論は許さないようだった。
 なんとなく普段の関係性が垣間見えて、ロアは思わずくすりと笑みを零した。
 今まで分厚い壁を作ってきた少年の少し打ち解けた雰囲気を感じた三名は、密かに胸を撫で下ろす。
 できればこの少年をクラティアの側に置けないかと画策しているアドルは特にほっとした顔だ。

(あれだけの腕だ。武芸師範、騎士候補、クラティア姫専属騎士……ロア殿くらいとなると身分関係なく何でもありだな)

 大人の企みで悪い笑みを浮かべたアドルは、タイミングを見計らってロアとユーリアに乗席を促した。

「ってことだから、気楽に乗ってくれ。それともどこか目的地が別にあるのか?」
「いえ、私達はドラスト王国を目指しています」
「おっ、それは都合が……いや、行き先が一緒なら遠慮することはないな」

 ロアはその物言いに微苦笑を浮かべながらユーリアの手を引いた。
 乗ることを決めたのだ。

「では、申し訳ないですがご一緒させていただきます」
「申し訳なくありませんわ」
「そうです。それと……ロア様とユーリア様には何か御礼をしたいのですが、クラティア様からも……よろしいですか?」
「もちろんですわ! 私が用意できるものでしたら、何なりとおっしゃってください」

 二人の女性から謎の熱い視線を注がれながら、ロアは居心地悪そうに視線を下げた。

「そういう物は特には……ただ、人を捜しているだけですので」
「……捜し人ですか?」
「差し支えなければ教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 クラティアが興味深そうに身を乗り出した。個人的関心が透けてみえている。

「アルミラという人物を探しています」
「……アルミラ?」

 クラティアとユウは二人で目を丸くした。

「アルミラって……あの?」
「ロア様、お知り合いなのですか?」
「え? まさかご存知なのですか?」

 ロアが驚きつつ訊ね返した。と、全員がはっと頭を上げた。ドラスト王国方面から、地鳴りのような音が近づいてくるからだ。
 土煙と共に街道を凄まじい速度で近づいてくる集団がある。

「あれは……グランドリア様の!」

 黄色い軍団旗を掲げた銀の鎧の集団だ。
 それは、遅ればせながらの援軍だった。
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