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016 初めての魔獣

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 異変が起きたのはその数分後だった。
 しんと静まり返っていた森が急にざわめき、小動物たちが一目散に崖を飛び降りて逃げていく。

 何より濃密な魔力の気配が、周囲一体に弾けるように走り抜けた。そして、腹の底に響くような咆哮が力の無い動物たちを震え上がらせる。

(そろそろか……)

 ロアはその森に向けて、わざと仙気を拡げた。魔獣一匹に向けるのではなく、じわりと広範囲に拡散させるように。
 エイミーを追いかける前に自分の方に引き寄せる為だ。
 それに応じたかのように――巨大な黒い塊が、一瞬月明かりを遮り、ドンっと滝の浅瀬に舞い降りた。

(これが……魔獣か)

 ロアは瞳の奥を細める。
 前情報通り狼のような四つ足で、頭部には2つの目とその間で縦に裂けたような1つ目がある。さらに、首元にも変わった形の目があり、四つ目だ。
 空腹なのか深く開いた口の端にはダラダラと唾液が漏れ鼻息が荒い。

(こいつも、魔力――だな)

 ロアは瞬時に見抜いた。魔獣が纏っているモノは、エイミーやハグダと同じ非常に透明度が高い。仙気はもっと白く濁ったような色をしている。

 ギャランの言葉が脳裏に蘇る。

『そう言えば、俺らが使う仙気とは違って魔力ってのを使うやつもいてな』
『……どう違うの?』
『魔力は外の『気』を吸えないやつが使ってたんだ。自分の力しか使えないから、仙気切れというのか、魔力切れというのか……まあ、とにかく長く戦えないから、前線にはほとんどいなかったな。まあ、ロアもたぶん見たらすぐわかる。仙気と違って混ざりけがないから、見る分には綺麗だぜ』

(魔力を使う魔獣がいるっていうのも、参考に教えてほしかったな)

 ロアは内心で苦笑いしつつ、瞬時に後ろに退がった。
 魔獣が一足飛びに襲いかかり鋭利な爪が生えた前足を振り下ろしたからだ。凄まじい水しぶきが跳ね上がり、霧のように靄がかかる。

(魔獣っていうのは好戦的な生き物だな)

 魔獣がさらに追撃した。跳ねるような跳躍は人知を超えたように速い。
 普通の人間では最初の一撃で死んでいる攻撃だ。それが、連続で頭上から落ちてくる。
 ロアは徐々に退がる距離を小さくしつつ腰の刀を抜いた。月明かりの中でぎらりと反射する片刃の刀はギャランに貰ったものだ。

 ――ゥォォォォォオオオオン

 周囲に反響するような高音と共に魔獣が纏う魔力が膨れ上がった。今までは様子見だったとでも言いたげだ。

 魔獣は一度左に跳び、着地の瞬間に滑るように右に跳んだ。そして大きく振り上げた腕がロアを押しつぶさんとして地面に叩きつけられ――たかのように見えた。
 ロアは刃の裏に手を当て平然と受け止めていた。

 そのまま流すように刀を滑らせると、ざくっという鈍い音と共に、魔獣の片腕が手首あたりまで一気に裂けた。たまらず飛び退った魔獣を、今度はロアが追いかける。
 ダメージを負った腕の方に周りながら、瞬時に刀を数回振り抜いた。
 硬質な音は弾かれたものではない。まるで金属を断ち切るように軽々と刃が沈み込んでいくのだ。魔獣の腕がみるみるうちにズタズタになった。

 魔獣は慌てたように口を大きく開く。そのまま首を伸ばしロアに噛み付くように閉じた。
 だが、ロアはこれも刀を尖った牙に当てて阻んだ。
 ならばと魔獣は上空にロアを跳ね上げる。その高さは途方もない。

「グゥゥゥッッ!!」

 魔獣がロアを追跡して後ろ足で飛び上がった。さらに大きく口を開き、無気味に生え揃った乱雑な牙を立てようと噛み付く。

 だが、ロアは空中で壁を蹴るような動きで避けた。
 目を見開く魔獣の背中側に回ったロアは不安定な姿勢ながら腰に刀を構えた。

 が、そこに魔獣の尾が向けられている。

(尾が剣先のようになるのか……)

 迎撃するつもりのロアは、その尾に急速に集まる魔力を感知した。

(まさか……)

 魔獣の尾は、あろうことか剣山のように無数の針の形状に変化したのだ。
 再びギャランの言葉を噛みしめる。

『いいか、ロア。魔獣っていうのは仙気の集合体だと思っておけ』
『集合体?』
『見た目に騙されるなってことだ。例えば人型のやつがいたとしても、人間と同じ攻撃だけしてくるとは限らないってことだ。突然頭が裂けて針が飛び出てくるやつとか、足が曲がって攻撃してくるやつとか色々いる』
『それって対処しようがないんじゃ……』
『だから相手の仙気の流れを常に読め。そうすれば――お前は何にも負けない』

 教えを反芻しながら、迫りくるその針の群れに対し、ロアは落ち着いて仙気を練り上げ――一閃。
 仙気術を用いた刀の分厚い衝撃波が魔獣の攻撃のことごとくを塵に変えた。そのままくるりと器用に腰を捻ったロアは再び刀を腰に構えた。

 ――仙気剣術。

 銀閃が数度瞬いた。星を上回る煌めきが魔獣の全身を包む。
 それは魔獣にとっての死の宣告だ。
 瞬きすら許さない速度で切り刻まれた体が、銀色の粉となって上空で弾けた。
 濃密な魔力が空中で溶けて消えていく。
 ロアはほっと安堵の息を漏らしつつ、直後に訪れた浮遊感を密かに楽しみながら、音もなく地面に着地した。

 そして――

「ロアっ!」

 森から慌てて走り出してきた2人――エイミーとユーリアに柔らかい笑みを向けた。
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