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015 魔法というもの

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 ハグダは石に腰掛け、自分の透き通る手を苦笑しつつ眺める。

「……どれくらいもちそうかな?」
「それは何とも。個人差が大きいもので。ただ、早ければ一日程度だと思います」

 ロアは歯に衣を着せずに、はっきり告げた。ここで慰めを伝えたところで何も変わらない。それは墓守であってもどうしようもない定めだ。

 仙気の強い人間や魔獣は、死後も思い入れの強い地でしばらくの間、思念の塊となって存在することがある。ハグダはカヤコやエイミーの話の通り、優れた術師だったのだろう。
 それでも、永遠に存在し続けられるわけではない。

「ハグダさんの願いは何ですか? もし俺にできることなら協力させてください」
「……どうして?」
「お父さんのことをずっと想っているエイミーさんの為になるからです」
「そうか……親バカで悪いが、うちの娘は優秀なんだ」

 ハグダが自負するように胸を張った。

「魔力量も魔力操作も飛び抜けている。もう少し大きくなったら、私を超えるだろうと思っている」
「その魔力というのは何ですか?」
「ん? 知らないのかい? 見た所、ロアくんも使えそうだが……というか、大抵の人間は持っているものだ。体内で作り出されると言われる魔法を操るための力の源だね」
「なるほど……」

 ロアはじっと考え込んだ。ギャランから教わった仙気とは少し異なるからだ。
 仙気は、自然の『気』を取り込み、『血』に変えて、『水』と為す。つまり、自然エネルギーを体内に取り込み、体を媒介にして超常現象を起こす技術だと理解している。
 魔法の場合は、『気』と『血』の部分が無く、いきなり『水』が出てくるようなものだ。

「その力の源である魔力量がエイミーはかなり多いし、魔法に作り変える繊細な技術も高い。普通は専用の魔道具を使わないと属性に変換できないからね」
「……魔道具? 変換するようなものがあるのですか?」
「ある。火や水に魔力を作り変える術式を編み込んだ専用の道具だ。ただ放出するだけと違って属性への変換はセンスがいるからね。手ぶらで属性変化ができる魔法使いはなかなかいない」

「なんとなくわかりました。ありがとうございます」
「礼を言われるようなことは何も話してないよ」
「いえ……俺にとっては重要な情報でした。だからエイミーは優秀ってことなんですね。ちなみに魔道具無しで属性変化を起こせる魔法使いというのは、そんなに珍しいんですか?」
「何種類も、とあると本当に一握りだね。魔法隊でも数えるほどだったと思う。そういう子供だと教会の検査でわかると、どこで知ったのか、貴族が自分の子にしたいと押しかけてくるという噂も聞いたな」
「それはすごい……ハグダさんは?」
「私は一応、その一握りだ」

 ハグダは自信ありげに薄い笑みを浮かべた。
 ロアは一つ頷き、核心の質問を口にする。

「そのハグダさんでも……四つ足の魔獣は倒せなかったんですか?」
「……さっき君は、エイミーに私が魔獣を倒した――と説明していたと思うが。いや――」

 ハグダはかぶりを振った。

「もう死んだ身だ。変にごまかすのはやめとこう。……結論から言えば魔獣は2体いた。1体を何とか倒したと思った瞬間に……背後にいたんだ。そいつに重症を負わされた」
「2体目が……」
「振り返って目を見た瞬間に、そいつもエイミーに興味を持っていることがわかったよ。私なんかには見向きもしていなかった。娘は魔力の塊だ。魔獣からすれば美味しそうに見えるんだろうさ。ただ、それに気づいた私は――死に際に魔道具を使って、もう一匹を結界内に閉じ込めた」

 ハグダは疲れたように肩を落とした。

「でも、その結界の時間切れが間近に迫っている――と」
「どうしてそれを?」
「そっちの森の中に消えかかっている魔法の力を感じるからです。魔獣の気配が小さいのは、結界そのものに漏れ出す力を隠蔽する仕組みがあるからですか?」
「驚いたな……君の感知能力は並の魔法使いを大きく超えている」
「色々と訓練を積んできましたので」
「すべてロアくんの言う通りだ……エイミーになんとか危険を教えたいのだが、私は結界の状態はわかるというのに……そっちの世界に干渉できないようでね」
「外から結界を解くことはできますか?」
「魔道具を破壊すればできるが……やるわけにはいかない。もし解けば、中の魔獣は確実にエイミーを追いかける。あの子ではまだ――」
「魔獣は俺が倒します」

 ロアの言葉に、ハグダは驚愕の表情を浮かべた。たかが13、14歳程度の少年が魔獣に立ち向かう姿が想像できなかったからだ。
 魔獣は人間より魔力が格段に多く、騎士団でも集団であたるのが鉄則だ。

 と――その時だ。
 ロアとハグダは同時に森の中に視線を飛ばした。突然、強烈な魔力の波動を感じたからだ。

「もう解く必要はないか……私のこと以上に時間が無いようだ」

 ハグダは苦渋を滲ませて両手を組んだ。自分が油断しなければという無念さが見て取れる。だが、彼は数秒迷った後に、ロアに向き直った。

「頼める……だろうか? 無理を言ってるのはわかっている。だが、このまま放っておけば、確実にエイミーの死がやってくる。君に……もう頼るしか、ないんだ」
「もちろんです。任せてください」

 ロアは目を合わせて深く頷いた。
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