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012 ソース攻防

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 エイミーとその母親のカヤコが馬車を停めた場所は、街道から随分と森に入り込んだ場所だった。その奥に小屋があった。こじんまりした小屋は年季が入っているが雨風はきちんと防げそうだ。
 内部には手つかずの干し肉がぶら下がっており、カヤコが「ちゃんと干せてるわ」と満足そうに手に取っている。二人の専用小屋なのかもしれない。

 カヤコはキッチンに立つと、慣れた手付きで肉を炙りつつ、持ってきた荷物の中からパンを取り出しナイフを入れてその間に挟んでいく。

 さらに炙ったチーズを手早く作ったスープの中に豪快に落とし、軽くとろけたところで火を止める。
 エイミーは野菜を切りながら皿に盛り木皿に積んでいく。

「すごく早い……」

 ユーリアが感心しっぱなしで目を丸くしている。
 エイミーが横目でそれを確認しつつ、誇らしげに頷いた。

「さあ、簡単だけど、二人も一緒にどうぞ」
「文句言ったら叩くから」
「こら、エイミー」
「冗談だし」

 いたずらっぽく笑うエイミーは「ほら、座って」とロアとユーリアの為に奥の部屋から丸太から切り出した椅子を並べた。
 ユーリアがさっそくサンドイッチにかぶりついた。ほろりと溶けるような笑みが浮かぶ。

「おいしい! これ、何のお肉!?」
「鹿よ。この辺には数が多いから」

 エイミーがお姉さんぶって、ふふんと顎を上げた。

「捕まえてすぐ血抜きしないとダメなの。お母さんプロなんだから」
「えー、すごい、すごい! こんな美味しいお肉食べたことない!」
「大げさよ……」

 カヤコが少々気恥ずかしそうに首を傾げた。

「いえ、確かに美味しいです。この間に挟まっているソースがまた美味しい。材料は何だろ?」

 ロアがびっくり顔でパンの隙間を見つめていると、
「良かったらレシピ教えましょうか?」とカヤコが魅力的な提案をした。

 最初に飛びついたのはユーリアだ。

「うん! お願いします! お兄ちゃんの料理がもっと美味しくなるから!」
「あら……ロアくんも料理が上手なの?」
「まあ、人並みに嗜む程度ですが」

 謙遜したロアにユーリアが隣から「そんなことないよ」と眉を寄せて不満気に言う。

「お兄ちゃん、ほんとに上手なの。私も教えてもらってるところ」
「それはすごいわ……いいお兄さんなのね」
「うん!」

 ユーリアはサンドイッチにかぶりつきつつ、元気よく返事した。だが、口周りに茶色いソースがついていたので、ロアが仕方ないなとばかりに拭いてやる。

 するとそれを目の前で見ていてエイミーがジト目を向けた。

「ロアって……ちょっと過保護っぽいんじゃない?」
「え? そうかな?」
「そうよ。だって、ユーリアって私と同じくらいだし……普通はしないって」
「でも、エイミーもソースついてるよ? 私と一緒」
「へ?」

 ユーリアの指摘にエイミーの表情が固まった。恥ずかしそうに視線を逸らした彼女は、さらに、次の一言で真っ赤になる。

「お兄ちゃん、拭いてあげてくれる?」
「もちろん」

 ロアが中腰になり布巾を持つ手を伸ばしたので、エイミーは慌てて立ち上がり後ずさった。

「ちょっ!? ば、バカ言わないで! 拭かせるわけないでしょ!?」
「エミリー、どうしたの? 顔赤いよ」
「――っ、こ、これは」
「お兄ちゃんに拭かれるの嫌?」
「い、嫌とかじゃなくて……ああ、もう!」

 エイミーはくるりを背中を向けてごしごしと袖で口元を拭った。
 そして――

「残念! もう拭いちゃったもんね」

 と、勝ち誇った顔になる。
 だが、そんなエイミーの行動をカヤコが許すはずもない。

「エイミー、食事中に立ち上がるのも袖で拭くのもお行儀が悪いです」
「……はい。ごめんなさい」

 しおしおと小さくなったエイミーは気まずそうに着席した。
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