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003 少女は転生者
しおりを挟む「雪の中、ご苦労さまです」
積雪の中ソリを引いてきたベルルクに向けて、ロアは丁寧に頭を下げた。
幸い降雪は止まっており、厚い雲の間には晴れ間が覗いている。
ベルルクは大きく息を吐いて引いてきた紐をロアの足元に向けて放り投げた。雪の中にさくっと音を立てて落ちた紐を掴もうとロアがしゃがみ込む。
「ここでいいのかい?」
「はい。あとは当方で埋葬致しますので」
ロアは冷え切った棺桶の前で十字を切り、積もった雪を手で払いのけ――首を傾げた。棺桶には必ずある名札が無いのだ。
「弔名が無いのですが……この方の名をご存知ですか?」
「いや、知らない。訳ありとは聞いてるけど」
「訳あり?」
「俺にもあんたにも関係ない村のごたごた話さ。ま、あとは任せるから。適当にやってよ」
ベルルクは興味なさそうに言う。ロアはそれ以上追求しなかった。
代わりに静かに棺桶の紐を引いて立ち上がると、一礼してから墓地の中に入っていく。
ベルルクより随分小柄で13から14歳といったところだろう。それでも息一つ切らせず棺桶を引く姿は何か異質な雰囲気を感じさせた。
(色気も何もない場所だな……変わったものも無し、か……)
ベルルクはロアの背中を見送りつつ、殺風景な光景をぐるりと見回す。雪の中から石碑が無数に顔を出している。過去の騎士団の埋葬地だそうだが、当然誰の記憶にも残っておらず名前も知られていない。
そんな無銘の墓を生まれつき守る仕事を課せられた人間――墓守の一族。
墓の奥まった場所には彼が暮らすための小屋がぽつんと存在するが、本当にそれだけだ。
毎日毎日、墓の世話をして稀な埋葬者を待つ人生――
(ほんとに見張る意味あるのかね。何もなきゃ、ここもあと1年だけにするか)
ベルルクは内心でため息をつきつつ声を上げた。
「なあ、お前! たった一人でこんな場所で生きててさ、人生つまらなくない?」
その問いかけはベルルクの期待を込めたもの。ロアが振り返った。
「そう思ったことはないですが」
「あっ、そう」
実につまらない返答だった。ベルルクは腰の短剣の柄を軽く握ってから踵を返した。
◆
ロアは棺桶を引いて自分の小屋に到着した。彼にはギャランとニーアの二人が付き添っており、ベルルクが消えた方角を窺っている。
「最後の質問はどういう意図でしょうね?」
「さあな。墓守に興味を持った――って感じではなかったがな」
「ギャラン、ニーア……この子まだ生きてる」
ロアの言葉に二人が目を見開いた。
ロアは痩せ細った少女の手首に触れていた。微かな脈がある。ロープで縛られた状態で食事も最低限しか与えられず長く放置されたのだろう。体は真っ白で肌もカサカサだ。
「ひでえことしやがるな」
「まだ子供です。村に捨てられた……ということでしょう」
「とにかく温めよう」
ロアは少女の縛めを素手で斬り、ボロボロになった彼女を腕の中に抱いた。
その姿を痛ましそうに見ていたニーアはロアの肩に手を置き、言いづらそうに言う。
「もう亡くなる寸前ですよ。この寒波の中で体は凍えきっていますし栄養失調も間違いありません……仙気が枯渇しかけているのも見えるでしょう?」
「わかってる。でも、できる限りのことはしたいんだ」
ロアは珍しく頑固に言って、小屋の中に少女を連れていく。
四肢のどれもが枯れ木のように容易く折れそうで、生命力をまったく感じられない。それでも腕と足をさすりつつ、汚れを厭わずベッドに寝かせて毛布をかけ、粗末な衣装を取り払い、温かい湯で絞った布で体を拭いていく。
(この子には……妹の面影がある)
ロアの前世の記憶の中に残る血のつながらない妹の笑顔。両親を知らずに育った二人にとって保護施設の中で育った身内に等しい人。
(こんなこと俺だって無駄だってわかってるけど)
ニーアが言ったとおり少女の仙気の漏れが止まらない。特定の傷口があるわけではなく、全身から薄く流れ出ている。
仙気とは生気と同義だ。体を司る『気』と『血』と『水』の3つを合わせたものだと教えられたが、生命の源であることは間違いない。
(やっぱりダメなのか……)
ロアは両手に仙気を集めて少女の体に大量に流し込む。それでも穴の空いたビンから漏れ出ていくような勢いが一向に止まらない。
「ロア……」
ニーアが背後で悲痛な声で静止を促した。
だがロアは聞けない。施設の皆で初めてバスで遠出した帰りだった。運悪く対向車線から飛び出したトラックと衝突したのだと思う――突然体が空中に浮かび、耐え難い衝撃で意識を失った。
最後の記憶は、妹の意識を失っている血みどろの顔と冷えていく手。
(くそっ)
妹であるはずがないのだ。別世界に生まれ変わり、記憶を取り戻し、さらに目の前に妹が現れるなんて、どんな天文学的な確率だ。あり得ないと頭ではわかっている。
でも、もしそうだったら――ロアは二度、妹を守れなかったことになる。名状しがたい感情がロアを突き動かす。
「しっかりしろ! 何か、何かしゃべれないか!?」
「……っ……ん……」
少女がその時、微かに口を動かした。ロアが慌てて耳を近づけて聞き取る。消え入りそうな吐息を漏らし、朦朧とした意識下での言葉は――
「『タスケ……オニイチャン』」
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