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001 墓守は伝説の騎士団の力を受け継いでいる

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 澄み渡る青い空の下で、墓守であるロアは天を仰いだ。
 額には玉のような汗が浮かび、艶のある黒い髪が緑薫る風に揺れている。切れ長の瞳と形の良い鼻梁。そして穏やかな微笑をたたえた口元。ラフな服から伸びた腕や足には赤や青の打撲痕が数多いものの、表情は晴れやかで満足げだ。

「今日もよくがんばったな。俺から一本取れるやつはそういないぞ」

 ロアの目の前に太い腕が差し出された。
 長めの茶髪とこめかみからぐるりと顎にまでのびた髭がワイルドな、いかにも戦士といった風貌の男の名はギャラン。数百年前に、とある騎士団を率いた無敗の団長である。

 ロアが太い腕に引っ張り起こされると、その隣に白いローブを纏った非常に美しい女性が近づいてきた。緑色の光を手にした彼女は、傷んだロアの四肢を撫でるように触れていく。
 くすぐったさに身を捩るロアを女性が嗜める。

「こら、動かないで」
「大丈夫だよ、これくらい」
「私は心配性なのよ。知ってるでしょ?」

 金色の髪、目尻を穏やかに下げた優しそうな風貌の女性は十字のネックレスを首に下げて、天女のように微笑む。

「本当にロアは毎日がんばってるわ。途中からイジメみたいなシゴキにも弱音一つ吐かずに、すごいわ」
「おい、ニーア……俺はロアのことを考えてやってるんだ。誰がイジメだ。俺にそんな趣味はねえ」

 二人のやり取りを聞きつつ、ロアが忍び笑いを漏らす。

「俺は大丈夫だから。二人ともありがとう」
「ほんとに逞しくなって……もう6年になるかしら」
「……そんなになるかな?」
「そうよ。ロアが戦い方を教えて欲しいと言ったのがちょうど8歳の誕生日のあとだったもの。よく覚えてるわ」
「もうそんなになるのか。最初は剣に振り回されていた坊主が、今じゃ俺とタメ張れるくらいになるとはな」

 ギャランが豪快に笑ってロアをじっと見つめる。その時を思い出すような温かみのある視線だ。

「でも、お前の変わりっぷりには正直びびったぜ。俺もニーアも3日……いや1日で終わるだろうなってたかをくくってたからな」
「それは……まあ、そう思われても仕方ないよ。その頃の俺って目標とか無かったし」

 ロアは苦笑いしながら自分の手のひらを眺めた。毎日剣を振ってきたせいか、昔の手の平ではなくなっている。
 シャベルで土を掘り起こし、運ばれてきた棺桶を埋める。ごく稀に行う仕事ではマメなんてできることはなかった。慣れてしまえば草むしりもしんどくはない。

 仙術もそうだ。周囲から取り込めなかった仙気も今は体に常に満ちていて多少の傷ならたちどころに癒やしてしまう。
 ギャランがすっと目を細める。

「ロア……俺は未だに覚えてるが、お前が変わったのは『ココドコダ』って聞き慣れない言葉を呟いた日からだ。結局、あの時の記憶ははっきりせずか?」
「うん……よく思い出せない」
「そうか……あのあと、しばらくおかしな行動もあったが……」

 ギャランが意味深な視線をニーアに向けた。
 ニーアがあとの言葉を引き取るように言う。

「勘違いしないでね。私達はロアが変わってくれて嬉しいのよ。墓園のみんなと打ち解けてくれたし、代々の墓守の中で何年もかけてみんなを回ってくれたのはあなたくらいよ」
「そうだぞ。言っちゃ悪いが、あの日までのお前は悪戯小僧でどうしようもない子供だった。墓守って役割を与えられたただのガキ……そのはずが、今は墓園の誰もが認める本当の墓守になった」
「いや、今の俺があるのはギャランやニーアのおかげだよ。感謝してる」
「ロア……」

 ニーアがその言葉を嬉しそうに受け止めて、「じゃあ」と続けた。

「出発する? 約束の14歳だもんね。私も教えられることは教えたし」
「そのつもりだよニーア。これから準備して、先に出ていった姉さんを捜そうかなって」
「アルミラな。お転婆娘は今何してんのかね。一人だけ連れてってあとは音沙汰無しだもんな」

 ギャランは肩をすくめて視線を別方向に向ける。その先には、『厚い黒雲の下で広がる白い雪景色』が見えている。ミストン山もその木々も、重量のある雪に覆われしんと静まり返っている。まるで春と真冬が境界線を作っているような光景だが、ニーアもロアもそれを当たり前のように眺めている。

「もうすぐ外も冬になる。旅立ちにはちょうどいいな」

 ギャランは面白そうに独り言ちた。
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