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ここは別の世界なんだ
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ユイとペン太はどんどん進んだ。
傷んだ本棚やびっしりと這うつたに繰り返し足をとられたが、ペン太は嫌な顔一つせず、手を差し出してユイを引っ張った。色紙チョウが本を運ぶ光景にも何度も出くわした。
しばらくすると、階段状の本棚があらわれた。
ラシンバンが見つめる地下に向かう階段だった。
突然、強い風が地下から吹いてきた。のぞき込んでいたユイは体が浮かび上がりそうになった。大きな動物が深呼吸したような生暖かい風だ。せまい場所を通りぬけるような高い音も聞こえる。
しかし、地下深くはまったく見通せない。
ユイは図書界に来て、初めて少し怖いと感じた。
「そろそろ帰った方がいい。図書界も危ない場所があるから、怖いなら無理に――」
「ううん。ペン太のじゃまにならないなら、連れていって」
ユイは汗が浮いた額をぬぐった。
「もう図書ペンギンのすごさが分かったろ? ずっとついてくる必要は……」
「すごいってわかったから、ついていきたい」
ペン太は目を大きく開いた。
「こんなにすごい世界に来たのに、すぐ帰っちゃうなんてもったいないから。それに、ペン太はすぐに見習いを卒業して司書になるんでしょ? その瞬間を見たいなあって」
ユイははるか遠くに顔を向けた。
一匹の恐竜のような生き物が、翼をはばたいてぐるりと無数の本棚の上を飛び回っていた。空からさし込む光を避けるように方向を変え、甲高い鳴き声を響かせて遠くに消えていく。
どこを見てもすごい景色だ。
色紙チョウも、ユイが十人集まってもかなわないくらいに太い植物のつるも、そして圧倒されるたくさんの本も。
何もかもが初めてで、ユイの心はわくわく踊り続けていた。
「だから、お願い」
ユイは短く呼吸をして、頭を下げた。
ペン太が身じろぎする気配がした。素早く顔をあげれば、あきれたような笑っているような微妙な表情を浮かべている。
「ユイは病気にかかったかな」
「病気? 私、そんなのかかってないよ」
「ううん、たぶんかかってるよ。目が怖いくらいに興味しんしんだからね」
ペン太が両目を細め、何かを言おうとして黄色い口を開いた。しかし、言葉は聞こえなかった。かわりにくるりと背を向けて歩き出した。
遅れまいとユイが追いかける。まだ返事を聞いていない。
「それって悪いことなの?」
ペン太が首だけ曲げてユイを見た。
「前に、一人だけ図書界に案内したことがあるんだ。ユイの時とおんなじでぼくのミスでバッジを落としちゃって見られたんだ」
「……それで?」
「その子は、図書界にとても驚いてくれて何度か連れてきたんだけど、ちょっと危険な目にあわせちゃってね……帰るって泣きだして、そのあと一度も図書界に入ろうとはしなかったんだ」
ユイは首をかしげた。
言いたいことがよくわからなかった。
「それが病気となんの関係があるの?」
「その子を危険にあわせた時のぼくは、きっとユイと同じ目をしてたってことだよ」
「意味がわかんない」
「図書界はユイの世界とは違うってこと」
わかったような、わからないようなペン太のセリフ。
じっとユイを見つめる二つの黒い瞳はまったく動かない。わかるまで待つと言っているようだ。
「この先に行きたいなら、今の話でぼくが言いたいことを考えてほしい」
ペン太は重々しく告げた。
ユイは頭を悩ませはじめた。
目をつむって会話を思い出す。
ユイの前に来た子の話。興味しんしんの目をしていると言ったペン太の言葉。
図書界とは世界が違う? 当たり前だ。こんなに変わった景色は現実の世界では見られない。二度と見られないかもしれない。
だから、もっと見たい。
巨大な樹にも行ってみたい。地下の真っ暗闇にはなにがあるのか知りたい。
本棚の本も読んでみたい。
それにペン太が司書になるところだって――
そうこう考えるうちに、火照った体が冷えてきた。
汗びっしょりの体に服がはりついて気持ち悪い。
頭はまだ熱いけど、気づけば太ももがだるい。
ユイはなんとなく疲れを感じて、横にそびえたつ本棚に、背中からもたれかかった。
すると、背中を何かに小突かれた。
一度、二度。別の場所を強い力で。石を当てられたような固い感触だ。
何だろう、とぼんやりした頭で振り返った。
そこには、大きな三匹のトカゲが本棚で寝そべっていた。赤く長い舌がチロチロと出たり入ったりをくりかえし、黄色い瞳が細められた。
緑の体、黒い体、ごつごつした茶色い体。
まったく種類の異なるトカゲたちは、一斉に大口をあけた。こんなに開くのかと驚くほどだ。赤黒く光る口内にねばねばした何かが光っていた。
同時に聞こえた「シィィィッ」という低い音。今にもとびかかってくるのではと思わせる威嚇音。
ユイは驚きと恐怖で、弾かれたようにあとずさった。みしりと何かが音を立てた。
それは本棚の板がきしむ音だった。つづいて木が割れるような音が聞こえた。
体がななめに傾いた。視界に、ペン太があわてて手をのばすのが見えた。
短すぎる平たい手だ。とてもユイには届かない。
「うそっ――」
体がふわりと浮いた。いや、そう感じただけだ。すぐにやってきたジェットコースターですべり落ちるような感覚。浮遊感というものだろうか。
ユイは本棚から落ちた。
傷んだ本棚やびっしりと這うつたに繰り返し足をとられたが、ペン太は嫌な顔一つせず、手を差し出してユイを引っ張った。色紙チョウが本を運ぶ光景にも何度も出くわした。
しばらくすると、階段状の本棚があらわれた。
ラシンバンが見つめる地下に向かう階段だった。
突然、強い風が地下から吹いてきた。のぞき込んでいたユイは体が浮かび上がりそうになった。大きな動物が深呼吸したような生暖かい風だ。せまい場所を通りぬけるような高い音も聞こえる。
しかし、地下深くはまったく見通せない。
ユイは図書界に来て、初めて少し怖いと感じた。
「そろそろ帰った方がいい。図書界も危ない場所があるから、怖いなら無理に――」
「ううん。ペン太のじゃまにならないなら、連れていって」
ユイは汗が浮いた額をぬぐった。
「もう図書ペンギンのすごさが分かったろ? ずっとついてくる必要は……」
「すごいってわかったから、ついていきたい」
ペン太は目を大きく開いた。
「こんなにすごい世界に来たのに、すぐ帰っちゃうなんてもったいないから。それに、ペン太はすぐに見習いを卒業して司書になるんでしょ? その瞬間を見たいなあって」
ユイははるか遠くに顔を向けた。
一匹の恐竜のような生き物が、翼をはばたいてぐるりと無数の本棚の上を飛び回っていた。空からさし込む光を避けるように方向を変え、甲高い鳴き声を響かせて遠くに消えていく。
どこを見てもすごい景色だ。
色紙チョウも、ユイが十人集まってもかなわないくらいに太い植物のつるも、そして圧倒されるたくさんの本も。
何もかもが初めてで、ユイの心はわくわく踊り続けていた。
「だから、お願い」
ユイは短く呼吸をして、頭を下げた。
ペン太が身じろぎする気配がした。素早く顔をあげれば、あきれたような笑っているような微妙な表情を浮かべている。
「ユイは病気にかかったかな」
「病気? 私、そんなのかかってないよ」
「ううん、たぶんかかってるよ。目が怖いくらいに興味しんしんだからね」
ペン太が両目を細め、何かを言おうとして黄色い口を開いた。しかし、言葉は聞こえなかった。かわりにくるりと背を向けて歩き出した。
遅れまいとユイが追いかける。まだ返事を聞いていない。
「それって悪いことなの?」
ペン太が首だけ曲げてユイを見た。
「前に、一人だけ図書界に案内したことがあるんだ。ユイの時とおんなじでぼくのミスでバッジを落としちゃって見られたんだ」
「……それで?」
「その子は、図書界にとても驚いてくれて何度か連れてきたんだけど、ちょっと危険な目にあわせちゃってね……帰るって泣きだして、そのあと一度も図書界に入ろうとはしなかったんだ」
ユイは首をかしげた。
言いたいことがよくわからなかった。
「それが病気となんの関係があるの?」
「その子を危険にあわせた時のぼくは、きっとユイと同じ目をしてたってことだよ」
「意味がわかんない」
「図書界はユイの世界とは違うってこと」
わかったような、わからないようなペン太のセリフ。
じっとユイを見つめる二つの黒い瞳はまったく動かない。わかるまで待つと言っているようだ。
「この先に行きたいなら、今の話でぼくが言いたいことを考えてほしい」
ペン太は重々しく告げた。
ユイは頭を悩ませはじめた。
目をつむって会話を思い出す。
ユイの前に来た子の話。興味しんしんの目をしていると言ったペン太の言葉。
図書界とは世界が違う? 当たり前だ。こんなに変わった景色は現実の世界では見られない。二度と見られないかもしれない。
だから、もっと見たい。
巨大な樹にも行ってみたい。地下の真っ暗闇にはなにがあるのか知りたい。
本棚の本も読んでみたい。
それにペン太が司書になるところだって――
そうこう考えるうちに、火照った体が冷えてきた。
汗びっしょりの体に服がはりついて気持ち悪い。
頭はまだ熱いけど、気づけば太ももがだるい。
ユイはなんとなく疲れを感じて、横にそびえたつ本棚に、背中からもたれかかった。
すると、背中を何かに小突かれた。
一度、二度。別の場所を強い力で。石を当てられたような固い感触だ。
何だろう、とぼんやりした頭で振り返った。
そこには、大きな三匹のトカゲが本棚で寝そべっていた。赤く長い舌がチロチロと出たり入ったりをくりかえし、黄色い瞳が細められた。
緑の体、黒い体、ごつごつした茶色い体。
まったく種類の異なるトカゲたちは、一斉に大口をあけた。こんなに開くのかと驚くほどだ。赤黒く光る口内にねばねばした何かが光っていた。
同時に聞こえた「シィィィッ」という低い音。今にもとびかかってくるのではと思わせる威嚇音。
ユイは驚きと恐怖で、弾かれたようにあとずさった。みしりと何かが音を立てた。
それは本棚の板がきしむ音だった。つづいて木が割れるような音が聞こえた。
体がななめに傾いた。視界に、ペン太があわてて手をのばすのが見えた。
短すぎる平たい手だ。とてもユイには届かない。
「うそっ――」
体がふわりと浮いた。いや、そう感じただけだ。すぐにやってきたジェットコースターですべり落ちるような感覚。浮遊感というものだろうか。
ユイは本棚から落ちた。
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