カナリアを食べた猫

端本 やこ

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おまけ

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「シノサンタイセツ。ゴメンナサイ」

 わかったならよし、という感じで悪さを働く俺の手を優しく解いて離れようとする。
 手は出さないから離れないでいただきたい。それも許されませんか。

「今から揚げ物するよ」
「えっ。まだあるの?」
「うん。もういくつか」
「食べたいけどさすがに全部食いきれんかも」
「やっぱり?」
「えっと、うん。ごめん。それに、もう机に置けないよ?」
「だよね。張り切り過ぎたかー。また今度にしよう」

 どうやら揚げるだけの状態まで完成しているらしく保存できるっぽい。さすがです。
 また今度があるのも最高です。

「それじゃ、あとはこれ焼いてスープあったまったら終わりだから」

 流れるようにボシュっと点火の音がする。消火したとバレていた。

「詩乃さん。本当ありがと。すげー嬉しい」

 後頭部にキスをすると、詩乃さんの髪がさらさらと左右に揺れた。肯定の「ううん」ってやつだ。ちな、髪もいい匂い。

「逸登君、さっきの、ごめんね」

 うん?
 急にどうした?

「えっと、ほら私って逸登君ほど体力ないでしょ。後片付けできなくなると困る。というか、帰ってきてお風呂もまだだし。何て言うか、私じゃ満足させられないからせめて他のことはちゃんとしたくて。だから」

 詩乃さんが一生懸命何かを伝えようとしている。訴えともいえる真剣さで。詩乃さん必死になると早口になるんだよなー。伝える努力してくれてるのがわかるから、俺もちゃんと受け止める。
 詩乃さんの言わんとすることはだいたい把握した。
 そりゃ今すぐここで抱けないのは残念だけれど、それだけだよ。あわよくばで誘った俺の方が悪いっちゃ悪い。たぶん。
 
「だから?」

 ただ、ほんのちょっとだけ意地悪をしてみる。俺の我慢は今夜に限らずここ数か月分だからね。これぐらいは出来心で許されるでしょ。

「その、嫌ではないってことデス」

 あああああ。
 こんなん言われてまだ我慢しなきゃいけないとか苦行。
 くるっと回ってぎゅっと抱き着かれたのに我慢は極刑。

「笑うな」
「笑ってないよ」

 思いっきりニヤついちゃってますけどね。
 めっちゃ震えてる、と上目遣いで非難されちゃったらもうお終いだ。
 詩乃さんのむき出しの細い首を後ろから押さえつけて思いっきり吸いつ……

【ぴんっぽーーーん】 

 イチャつく俺らの仲をぶった斬るようにドアチャイムが鳴る。
 なんとも間抜けな機械音が詩乃さんを先に正気に戻させてしまった。

「なんだろう。こんな時間に」
「宅配とか?」

 心当たりがないと詩乃さんが首を横に振る。

「待ってて。俺が出る」

 誰だか知らんが許すまじ。
 せっかく詩乃さんをその気にさせられたかもしれないって時に。

「しぃのぉおお。急にごめんっ! 今夜」

 え、あ、ちょっと。
 多少イキってドアを開けた瞬間、俺の胸に見知らぬ女性が勢いよく飛び込んで来た。想定の範囲外の出来事で咄嗟に避けられなかった。まあまあな勢いは詩乃さんだったら倒れてたぞ。彼女に出させなくて正解だった。
 で、あんた誰?
 相手もおかしいと気づいたようで恐々とスローモーションで俺を見る。目が合った途端に「ひぃっ!」と叫んで後ずさった。
 涙目になってるのは俺のせいじゃないはず。
 いずれにしても……うーん。知らんひと。
 宅配でも押し売りでもないから危険はなさそう。というより、眼鏡の女性は随分切羽詰まった様子でいたましさすら醸している。

「詩乃さーん」

 ひとまず眼鏡さんを部屋に上げるのは阻止しておいて、部屋の中に声を掛けた。パタパタと駆け足でやってきた詩乃さんが、

「宇多!」

 と驚きつつも引き留めたのを確認した。
 ああ。このひとが宇多さんか。
 想像してたよりイイ感じじゃん。同僚たちならめっちゃ食いつくタイプだ。それはともかく。詩乃さんから聞いていた限り、連絡なしに突撃訪問するようなひとじゃない。
 なにやらのっぴきならない状況であろうことは、詩乃さんの緊迫感からも感じ取れた。

***

 宇多さんにしばし詩乃さんを譲って、俺は近くの公園に来た。軽くウォーミングアップしてからランニングで時間を潰すつもりだ。スマートウォッチの設定を確認して走り出す。
 走りながら、さっきのめっちゃかわいい詩乃さんとそんな詩乃さんの言葉を思い出した。
 
 俺が鍛えてるのは仕事の一環で、詩乃さんが俺より体力がないなんて当たり前だ。詩乃さんが俺らばりにムッキムキだったら、正直ちょっと。
 体力面うんぬんはいいとして「私じゃ満足させられないから」ってやつはいかん。
 どう取っても引っかかる。
 俺が満足していないって、何をどう理解して導き出された? 確かに告った日はテンションダダ上がりで自重しきれなかった。事後、詩乃さんはほとんど寝落ち状態で──俺は大満足だった。
 それから数回。(まだ数回ってのが会わなかった期間の長さを物語る)満足するから次もってなる。そもそも不満だったらやるわけない。さっきなんて台所でって妄想までしたのに。
 彼女の勘違いは正しておくべきな気がしてならない。

 もしかして!

 ふと頭を過った可能性に足が止まってしまった。
 詩乃さんが親友のひとりに元彼を寝取られたのは一年以上前のはずだ。俺の知る限り、元彼と理都子さんとも距離を置いている。だからといって詩乃さんの傷が癒えたことにはならない。

 俺の予想が当っていたらむちゃくちゃ腹立たしい。

 詩乃さんはスタイル抜群で美人で最高なのに、本人はグラマーな、それこそ理都子さんみたいな女性に憧れている節がある。理都子さんの経験値と比べて卑下してるとしたらとんだお門違いだ。
 ムラとクマから話は聞いている。あの女、のレベル全部カンストしてんでしょ。
 元彼だかカンスト女から受けたダメージで体力うんぬんに繋がってるとしたらやるせない。
 詩乃さんは詩乃さんのままがいい。
 でも、詩乃さんは「だからせめて」って。

 うっわ。やっば。
 俺って最低じゃん。

 詩乃さんが用意してくれた料理そっちのけで、詩乃さんというメインディッシュに食らいつくとこだった。俺にそのつもりはなくとも、詩乃さんがそう捉えていても不思議じゃない。
 試験後ろくに休息せず、はりきって準備してくれた彼女の気持ちを蔑ろにしたのと同義だ。
 冷や汗が流れて、反省と身体を温め直すためにも訓練モードで足を動かす。

 ……危ねぇ。やらかすとこだった。
 今日の詩乃さんはデザートポジやぞ。メインじゃねぇ。

 彼女を幸せにするのは俺の役目。誰にも譲れない。
 あとでちゃんと話しをしよう。ちゃんと彼女の言葉を聞こう。
 詩乃さんが真顔だったのは詩乃さんには詩乃さんなりの考えがあってのことで、俺はまだそれを全部聞いていないに違いない。わかったつもりなだけでは彼女を悲しませるだけだ。

 それにしても宇多さんがあのタイミングで来てくれてよかった。でなきゃ俺は色々見過ごしたまま抱き散らかして、結果的に、長期的に見たらって意味で、取りかえしのつかないことになったかもしれない。

 宇多さん、マジ神。

 おみやげ買って帰ろう。
 こころばかりでも上納品を捧げんと気が済まん。
 コンビニを目指して、ほんの少し遠回りすることにした。



おしまい
(……もしかしたら続くかも?)
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