26 / 31
おまけ
4
しおりを挟む
「シノサンタイセツ。ゴメンナサイ」
わかったならよし、という感じで悪さを働く俺の手を優しく解いて離れようとする。
手は出さないから離れないでいただきたい。それも許されませんか。
「今から揚げ物するよ」
「えっ。まだあるの?」
「うん。もういくつか」
「食べたいけどさすがに全部食いきれんかも」
「やっぱり?」
「えっと、うん。ごめん。それに、もう机に置けないよ?」
「だよね。張り切り過ぎたかー。また今度にしよう」
どうやら揚げるだけの状態まで完成しているらしく保存できるっぽい。さすがです。
また今度があるのも最高です。
「それじゃ、あとはこれ焼いてスープあったまったら終わりだから」
流れるようにボシュっと点火の音がする。消火したとバレていた。
「詩乃さん。本当ありがと。すげー嬉しい」
後頭部にキスをすると、詩乃さんの髪がさらさらと左右に揺れた。肯定の「ううん」ってやつだ。ちな、髪もいい匂い。
「逸登君、さっきの、ごめんね」
うん?
急にどうした?
「えっと、ほら私って逸登君ほど体力ないでしょ。後片付けできなくなると困る。というか、帰ってきてお風呂もまだだし。何て言うか、私じゃ満足させられないからせめて他のことはちゃんとしたくて。だから」
詩乃さんが一生懸命何かを伝えようとしている。訴えともいえる真剣さで。詩乃さん必死になると早口になるんだよなー。伝える努力してくれてるのがわかるから、俺もちゃんと受け止める。
詩乃さんの言わんとすることはだいたい把握した。
そりゃ今すぐここで抱けないのは残念だけれど、それだけだよ。あわよくばで誘った俺の方が悪いっちゃ悪い。たぶん。
「だから?」
ただ、ほんのちょっとだけ意地悪をしてみる。俺の我慢は今夜に限らずここ数か月分だからね。これぐらいは出来心で許されるでしょ。
「その、嫌ではないってことデス」
あああああ。
こんなん言われてまだ我慢しなきゃいけないとか苦行。
くるっと回ってぎゅっと抱き着かれたのに我慢は極刑。
「笑うな」
「笑ってないよ」
思いっきりニヤついちゃってますけどね。
めっちゃ震えてる、と上目遣いで非難されちゃったらもうお終いだ。
詩乃さんのむき出しの細い首を後ろから押さえつけて思いっきり吸いつ……
【ぴんっぽーーーん】
イチャつく俺らの仲をぶった斬るようにドアチャイムが鳴る。
なんとも間抜けな機械音が詩乃さんを先に正気に戻させてしまった。
「なんだろう。こんな時間に」
「宅配とか?」
心当たりがないと詩乃さんが首を横に振る。
「待ってて。俺が出る」
誰だか知らんが許すまじ。
せっかく詩乃さんをその気にさせられたかもしれないって時に。
「しぃのぉおお。急にごめんっ! 今夜」
え、あ、ちょっと。
多少イキってドアを開けた瞬間、俺の胸に見知らぬ女性が勢いよく飛び込んで来た。想定の範囲外の出来事で咄嗟に避けられなかった。まあまあな勢いは詩乃さんだったら倒れてたぞ。彼女に出させなくて正解だった。
で、あんた誰?
相手もおかしいと気づいたようで恐々とスローモーションで俺を見る。目が合った途端に「ひぃっ!」と叫んで後ずさった。
涙目になってるのは俺のせいじゃないはず。
いずれにしても……うーん。知らんひと。
宅配でも押し売りでもないから危険はなさそう。というより、眼鏡の女性は随分切羽詰まった様子でいたましさすら醸している。
「詩乃さーん」
ひとまず眼鏡さんを部屋に上げるのは阻止しておいて、部屋の中に声を掛けた。パタパタと駆け足でやってきた詩乃さんが、
「宇多!」
と驚きつつも引き留めたのを確認した。
ああ。このひとが宇多さんか。
想像してたよりイイ感じじゃん。同僚たちならめっちゃ食いつくタイプだ。それはともかく。詩乃さんから聞いていた限り、連絡なしに突撃訪問するようなひとじゃない。
なにやらのっぴきならない状況であろうことは、詩乃さんの緊迫感からも感じ取れた。
***
宇多さんにしばし詩乃さんを譲って、俺は近くの公園に来た。軽くウォーミングアップしてからランニングで時間を潰すつもりだ。スマートウォッチの設定を確認して走り出す。
走りながら、さっきのめっちゃかわいい詩乃さんとそんな詩乃さんの言葉を思い出した。
俺が鍛えてるのは仕事の一環で、詩乃さんが俺より体力がないなんて当たり前だ。詩乃さんが俺らばりにムッキムキだったら、正直ちょっと。
体力面うんぬんはいいとして「私じゃ満足させられないから」ってやつはいかん。
どう取っても引っかかる。
俺が満足していないって、何をどう理解して導き出された? 確かに告った日はテンションダダ上がりで自重しきれなかった。事後、詩乃さんはほとんど寝落ち状態で──俺は大満足だった。
それから数回。(まだ数回ってのが会わなかった期間の長さを物語る)満足するから次もってなる。そもそも不満だったらやるわけない。さっきなんて台所でって妄想までしたのに。
彼女の勘違いは正しておくべきな気がしてならない。
もしかして!
ふと頭を過った可能性に足が止まってしまった。
詩乃さんが親友のひとりに元彼を寝取られたのは一年以上前のはずだ。俺の知る限り、元彼と理都子さんとも距離を置いている。だからといって詩乃さんの傷が癒えたことにはならない。
俺の予想が当っていたらむちゃくちゃ腹立たしい。
詩乃さんはスタイル抜群で美人で最高なのに、本人はグラマーな、それこそ理都子さんみたいな女性に憧れている節がある。理都子さんの経験値と比べて卑下してるとしたらとんだお門違いだ。
ムラとクマから話は聞いている。あの女、そっち方面のレベル全部カンストしてんでしょ。
元彼だかカンスト女から受けたダメージで体力うんぬんに繋がってるとしたらやるせない。
詩乃さんは詩乃さんのままがいい。
でも、詩乃さんは「だからせめて」って。
うっわ。やっば。
俺って最低じゃん。
詩乃さんが用意してくれた料理そっちのけで、詩乃さんというメインディッシュに食らいつくとこだった。俺にそのつもりはなくとも、詩乃さんがそう捉えていても不思議じゃない。
試験後ろくに休息せず、はりきって準備してくれた彼女の気持ちを蔑ろにしたのと同義だ。
冷や汗が流れて、反省と身体を温め直すためにも訓練モードで足を動かす。
……危ねぇ。やらかすとこだった。
今日の詩乃さんはデザートポジやぞ。メインじゃねぇ。
彼女を幸せにするのは俺の役目。誰にも譲れない。
あとでちゃんと話しをしよう。ちゃんと彼女の言葉を聞こう。
詩乃さんが真顔だったのは詩乃さんには詩乃さんなりの考えがあってのことで、俺はまだそれを全部聞いていないに違いない。わかったつもりなだけでは彼女を悲しませるだけだ。
それにしても宇多さんがあのタイミングで来てくれてよかった。でなきゃ俺は色々見過ごしたまま抱き散らかして、結果的に、長期的に見たらって意味で、取りかえしのつかないことになったかもしれない。
宇多さん、マジ神。
おみやげ買って帰ろう。
こころばかりでも上納品を捧げんと気が済まん。
コンビニを目指して、ほんの少し遠回りすることにした。
おしまい
(……もしかしたら続くかも?)
わかったならよし、という感じで悪さを働く俺の手を優しく解いて離れようとする。
手は出さないから離れないでいただきたい。それも許されませんか。
「今から揚げ物するよ」
「えっ。まだあるの?」
「うん。もういくつか」
「食べたいけどさすがに全部食いきれんかも」
「やっぱり?」
「えっと、うん。ごめん。それに、もう机に置けないよ?」
「だよね。張り切り過ぎたかー。また今度にしよう」
どうやら揚げるだけの状態まで完成しているらしく保存できるっぽい。さすがです。
また今度があるのも最高です。
「それじゃ、あとはこれ焼いてスープあったまったら終わりだから」
流れるようにボシュっと点火の音がする。消火したとバレていた。
「詩乃さん。本当ありがと。すげー嬉しい」
後頭部にキスをすると、詩乃さんの髪がさらさらと左右に揺れた。肯定の「ううん」ってやつだ。ちな、髪もいい匂い。
「逸登君、さっきの、ごめんね」
うん?
急にどうした?
「えっと、ほら私って逸登君ほど体力ないでしょ。後片付けできなくなると困る。というか、帰ってきてお風呂もまだだし。何て言うか、私じゃ満足させられないからせめて他のことはちゃんとしたくて。だから」
詩乃さんが一生懸命何かを伝えようとしている。訴えともいえる真剣さで。詩乃さん必死になると早口になるんだよなー。伝える努力してくれてるのがわかるから、俺もちゃんと受け止める。
詩乃さんの言わんとすることはだいたい把握した。
そりゃ今すぐここで抱けないのは残念だけれど、それだけだよ。あわよくばで誘った俺の方が悪いっちゃ悪い。たぶん。
「だから?」
ただ、ほんのちょっとだけ意地悪をしてみる。俺の我慢は今夜に限らずここ数か月分だからね。これぐらいは出来心で許されるでしょ。
「その、嫌ではないってことデス」
あああああ。
こんなん言われてまだ我慢しなきゃいけないとか苦行。
くるっと回ってぎゅっと抱き着かれたのに我慢は極刑。
「笑うな」
「笑ってないよ」
思いっきりニヤついちゃってますけどね。
めっちゃ震えてる、と上目遣いで非難されちゃったらもうお終いだ。
詩乃さんのむき出しの細い首を後ろから押さえつけて思いっきり吸いつ……
【ぴんっぽーーーん】
イチャつく俺らの仲をぶった斬るようにドアチャイムが鳴る。
なんとも間抜けな機械音が詩乃さんを先に正気に戻させてしまった。
「なんだろう。こんな時間に」
「宅配とか?」
心当たりがないと詩乃さんが首を横に振る。
「待ってて。俺が出る」
誰だか知らんが許すまじ。
せっかく詩乃さんをその気にさせられたかもしれないって時に。
「しぃのぉおお。急にごめんっ! 今夜」
え、あ、ちょっと。
多少イキってドアを開けた瞬間、俺の胸に見知らぬ女性が勢いよく飛び込んで来た。想定の範囲外の出来事で咄嗟に避けられなかった。まあまあな勢いは詩乃さんだったら倒れてたぞ。彼女に出させなくて正解だった。
で、あんた誰?
相手もおかしいと気づいたようで恐々とスローモーションで俺を見る。目が合った途端に「ひぃっ!」と叫んで後ずさった。
涙目になってるのは俺のせいじゃないはず。
いずれにしても……うーん。知らんひと。
宅配でも押し売りでもないから危険はなさそう。というより、眼鏡の女性は随分切羽詰まった様子でいたましさすら醸している。
「詩乃さーん」
ひとまず眼鏡さんを部屋に上げるのは阻止しておいて、部屋の中に声を掛けた。パタパタと駆け足でやってきた詩乃さんが、
「宇多!」
と驚きつつも引き留めたのを確認した。
ああ。このひとが宇多さんか。
想像してたよりイイ感じじゃん。同僚たちならめっちゃ食いつくタイプだ。それはともかく。詩乃さんから聞いていた限り、連絡なしに突撃訪問するようなひとじゃない。
なにやらのっぴきならない状況であろうことは、詩乃さんの緊迫感からも感じ取れた。
***
宇多さんにしばし詩乃さんを譲って、俺は近くの公園に来た。軽くウォーミングアップしてからランニングで時間を潰すつもりだ。スマートウォッチの設定を確認して走り出す。
走りながら、さっきのめっちゃかわいい詩乃さんとそんな詩乃さんの言葉を思い出した。
俺が鍛えてるのは仕事の一環で、詩乃さんが俺より体力がないなんて当たり前だ。詩乃さんが俺らばりにムッキムキだったら、正直ちょっと。
体力面うんぬんはいいとして「私じゃ満足させられないから」ってやつはいかん。
どう取っても引っかかる。
俺が満足していないって、何をどう理解して導き出された? 確かに告った日はテンションダダ上がりで自重しきれなかった。事後、詩乃さんはほとんど寝落ち状態で──俺は大満足だった。
それから数回。(まだ数回ってのが会わなかった期間の長さを物語る)満足するから次もってなる。そもそも不満だったらやるわけない。さっきなんて台所でって妄想までしたのに。
彼女の勘違いは正しておくべきな気がしてならない。
もしかして!
ふと頭を過った可能性に足が止まってしまった。
詩乃さんが親友のひとりに元彼を寝取られたのは一年以上前のはずだ。俺の知る限り、元彼と理都子さんとも距離を置いている。だからといって詩乃さんの傷が癒えたことにはならない。
俺の予想が当っていたらむちゃくちゃ腹立たしい。
詩乃さんはスタイル抜群で美人で最高なのに、本人はグラマーな、それこそ理都子さんみたいな女性に憧れている節がある。理都子さんの経験値と比べて卑下してるとしたらとんだお門違いだ。
ムラとクマから話は聞いている。あの女、そっち方面のレベル全部カンストしてんでしょ。
元彼だかカンスト女から受けたダメージで体力うんぬんに繋がってるとしたらやるせない。
詩乃さんは詩乃さんのままがいい。
でも、詩乃さんは「だからせめて」って。
うっわ。やっば。
俺って最低じゃん。
詩乃さんが用意してくれた料理そっちのけで、詩乃さんというメインディッシュに食らいつくとこだった。俺にそのつもりはなくとも、詩乃さんがそう捉えていても不思議じゃない。
試験後ろくに休息せず、はりきって準備してくれた彼女の気持ちを蔑ろにしたのと同義だ。
冷や汗が流れて、反省と身体を温め直すためにも訓練モードで足を動かす。
……危ねぇ。やらかすとこだった。
今日の詩乃さんはデザートポジやぞ。メインじゃねぇ。
彼女を幸せにするのは俺の役目。誰にも譲れない。
あとでちゃんと話しをしよう。ちゃんと彼女の言葉を聞こう。
詩乃さんが真顔だったのは詩乃さんには詩乃さんなりの考えがあってのことで、俺はまだそれを全部聞いていないに違いない。わかったつもりなだけでは彼女を悲しませるだけだ。
それにしても宇多さんがあのタイミングで来てくれてよかった。でなきゃ俺は色々見過ごしたまま抱き散らかして、結果的に、長期的に見たらって意味で、取りかえしのつかないことになったかもしれない。
宇多さん、マジ神。
おみやげ買って帰ろう。
こころばかりでも上納品を捧げんと気が済まん。
コンビニを目指して、ほんの少し遠回りすることにした。
おしまい
(……もしかしたら続くかも?)
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】
日下奈緒
恋愛
福住里佳子は、大手企業の副社長の秘書をしている。
いつも紳士の副社長・新田疾風(ハヤテ)の元、好きな気持ちを育てる里佳子だが。
ある日、出張旅行の同行を求められ、ドキドキ。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
孤独なメイドは、夜ごと元国王陛下に愛される 〜治験と言う名の淫らなヒメゴト〜
当麻月菜
恋愛
「さっそくだけれど、ここに座ってスカートをめくりあげて」
「はい!?」
諸般の事情で寄る辺の無い身の上になったファルナは、街で見かけた求人広告を頼りに面接を受け、とある医師のメイドになった。
ただこの医者──グリジットは、顔は良いけれど夜のお薬を開発するいかがわしい医者だった。しかも元国王陛下だった。
ファルナに与えられたお仕事は、昼はメイド(でもお仕事はほとんどナシ)で夜は治験(こっちがメイン)。
治験と言う名の大義名分の下、淫らなアレコレをしちゃう元国王陛下とメイドの、すれ違ったり、じれじれしたりする一線を越えるか超えないか微妙な夜のおはなし。
※ 2021/04/08 タイトル変更しました。
※ ただただ私(作者)がえっちい話を書きたかっただけなので、設定はふわっふわです。お許しください。
※ R18シーンには☆があります。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる